×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

萩原朔太郎  *


大正十四年

大正十五年/昭和元年

昭和二年

昭和四年

昭和五年

昭和六年

昭和七年

昭和八年

昭和九年

昭和十年

昭和十一年

昭和十二年

昭和十三年

喫茶店にて 『新日本』 13.1創刊号
初放送の記
 『放送』 昭和十三年二月号
軍歌その他の音楽について
  『新日本』 13.3
「シンニツポン」欄 『新日本』 13.3
叙事詩と日本文化 『日本文学』 13.6
改良日本服のイデー 『文芸春秋』 13.8

昭和十四年

昭和十五年

文化の凋落と再建 『新女苑』 15.12

昭和十六年

日本人的なる表情 『文藝世紀』 16.3
民衆心理考 『都新聞』 16.3.9、10、11
民衆娯楽 『現代』 16.5

昭和十七年

掲載年不祥

この頃の思ひ 掲載紙年月日不祥
我等は何をなすべきか 掲載紙年月日不祥



萩原朔太郎随筆 単行本編

 

詩論と感想』 1928 VIII

読者のために(序にかへて)  『現代文芸』 3.4
破壊と創造
 『現代文芸』 3.1
青猫スタイルの用意に就いて  『日本詩人』 大正15.11 
象徴の本質 『日本詩人』 大正15.11
日本詩歌の象徴主義   『日本詩人』 大正15.11
仮名と漢字 『詩と音楽』 大正12.4
国詩以前の詩壇 『詩歌時代』 大正15.8
印象的散文は詩に非ず    『近代風景』 2.2 
散文詩の時代を超越する思想    『近代風景』 2.3
自由詩原理への入門 『近代風景』 2.8
自由詩の本道はどこにあるか     『近代風景』 2.11
詩壇の先入見を排す      『新小説』 大正15.3 
室生犀星君の心境的推移について      『椎の木』 2.9
野口米次郎論 『詩歌時代』 大正15.5
山村暮鳥のこと 『日本詩人』 大正15.2
新世界からの感情 『随筆』 大正13
.7
文明の情操性 『虚無思想』 大正15.5
先駆者と反対のもの   『虚無思想』 大正15.4 創刊号
欧州文明の翻訳誤謬    『文藝春秋』 大正15.8
十九世紀の熱情 『文藝春秋』 2.5
僕はソクラテスだ 『詩神』 2.4

 

『純正詩論』 1935 IX

自序

西洋の詩と東洋の詩 『作品』 昭和九年十一月号
和歌の韻律について 『水甕』 昭和六年七月号
饒舌の詩と沈黙の詩 『蝋人形』 昭和六年九月号
詩とは何ぞや 『文学』 昭和五年二月号
現代詩の鑑賞 『日本現代文章講座』 昭和九年十一月号
無名詩人への供養 
純正詩への指南
僕の詩論の方式と原理について
詩人とジャーナリズム
詩と不安の文学 『東京朝日新聞』 昭和九年十一月十七、十八、十九日
詩の翻訳について 原題「詩の翻訳に就いて」 『生理』 昭和八年十一月
詩に告別した室生犀星君へ 『文芸』 昭和九年十月号
悲しき決闘
周作人の詩話 原題「支那の詩壇と日本の詩壇」 『日本詩』創刊号 昭和九年九月号
文学のインテリ病について
イデアなき日本の文壇
エッセイのない文壇
さまよへる詩人群
詩の未来 『作品』 昭和十年五月号
 

 

『廊下と室房』 1936 IX

自序

幸福について 初出題名「幸福とは?」 『若草』 昭和十年三月号
東洋の太鼓 
所得人 室生犀星 『文芸』 昭和十一年六月号
町の音楽を聴きて 『文学界』 昭和十年十一月号
初めてドストエフスキイを読んだ頃 『ヴレーミヤ』(ドストェフスキイ全集月報) 昭和十年十一月
秋と漫歩
ニイチェに就いての雑感 『浪漫古典』 昭和九年九月号
ドン・キホーテを見て 『書物』 昭和九年八月号
趣味と文学
書物の装幀について 『書物展望』 昭和十年四月号
詩の作り方 『コスモス』 昭和十年十一月号
超文壇の弁 『帝国大学新聞』 昭和十年十二月四日
僕の孤独癖について 『文藝汎論』 昭和十一年一月号
永遠の退屈
 『文藝汎論』 昭和十一年四月号
ゴム風船 『蝋人形』 昭和九年六月号
ゴム長靴 『蝋人形』 昭和九年六月号
酒に就いて 
青猫を書いた頃 『新潮』 昭和十一年六月号
復活した耶蘇の話 『若草』 昭和十年六月号
僕の文章道 
詩壇に出た頃 『日本詩』 昭和九年十月号
日本の女 『東京朝日新聞』 昭和十一年三月十五日
ダークのあやつり人形印象記 『マリオネット』 昭和六年五月号
常識とは何ぞや 『作品』 昭和十一年一月号
音楽について 『帝国大学新聞』 昭和十年三月三十日
哀しい新宿 『国民新聞』 昭和九年十二月十一日
休息のない人生 『国民新聞』 昭和九年十二月十三日
丸山薫と衣巻省三 『四季』 昭和十年一月号
日本の家 『行動』 昭和八年十二月号
辻潤と低人教 『書物展望』 昭和十年十二月号
芥川龍之介の死 『改造』 昭和二年九月号
自分の映像を見て 『四季』 昭和十一年一月号
西洋の羨ましさ
和歌と恋愛 『短歌研究』 昭和十年十二月号
悲恋の歌人 式子内親王 『コギト』 昭和十年九月号

 

『詩人の使命』 1937 X

自序
詩の本質性について 『四季』 11.10
理性に醒めよ 『文学界』 11.8
詩の生理学を呼ぶ 『文学界』 11.9
ロマンチストの二種類 『文学界』 11.9
日本の詩人 『文学界』 11.9
「氷島」の詩語について 『四季』 11.7
最近詩壇の動向 JOAK放送講演 『文学界』 12.2
インテリ以前の日本詩壇  『文学界』 11.5
詩人とジャーナリスト 『書物展望』 10.11
僕は日本語絶望論者ではない 『書物展望』 10.11
詩と音楽の関係 『日本詩』 10.4
知性と感情 『文芸首都』 11.7
新しさについて 『文芸首都』 11.7
政治と藝術 『文芸首都』 11.7
純正詩論の非論理性 『椎の木』 10.9
最近の詩壇 『椎の木』 10.9
認識第一歩の現詩壇 『椎の木』 10.9
我れは尚悔いて恨みず 『四季』 11.2
詩人は散文を書け 『四季』 11.2
わがひとに与ふる哀歌 伊藤静雄君の詩について 『コギト』 11.1
小説と詩的精神の問題  『月刊文章』 11.1
詩人の嘆き 『文学界』 10.6
日本浪曼派について 『文学界』 10.6
純正詩のイデアを求めて 『日本評論』 11.7
詩と批評家 『文学界』 10.2
詩の雑感  『文学界』 10.4
詩の建設の前に 『若草』 9.1
難解の詩について 『日本詩』 9.11
現代と詩精神
菊池寛氏の詩論 『文学界』 11.11
西脇順三郎氏の詩論   『椎の木』 12.2
春山行夫君に答えへて詩の本質を論ず 『文学界』 11.4
大宅壮一氏の詩人論 『詩人』 11.8
時代を呼ぶ人 『詩作』 11.1
新しい言葉は何処にあるか 『作品』 10.10
詩と日本語 『文藝』 11.9
処女の言葉 『婦人画報』 11.11
日常口語の人代名詞 
訳詩について 『文学界』 11.6
日本詩と思想性 『作品』 11.4
女性詩人に望む 『女性風景』 10.5
純正自由詩論 『四季』 11.4
仇敵の間に立ちて 『コギト』 11.6
詩と散文精神 
詩人の生活 『文学界』 11.1
詭弁を戒む 『エクリバン』 11.2
文化に先駆するもの 『月刊文章』 11.8
エッセイについて 『雑記帳』 12.2
今日の詩精神 『若草』 12.1
詩人と大衆 『エクリバン』 10.10
詩人は何を為すべきか 『文学界』 11.7
俳句の本質について 『新潮』 11.9
純粋詩としての国詩 『四季』 10.12
蕪村に帰れ 『俳句研究』 11.7
新古今集への歌壇的潮流とその批判 『短歌研究』 11.8   
蕪村俳句の再認識 『書物展望』 11.7
口語詩歌の韻律を論ず  『短歌研究』 10.6
俳句の解釈について 
芭蕉俳句の音楽性について 『俳句研究』 12.1

 

『無からの抗争』 X

  散文の黎明
私の詩人とツアラトストラ 『いのち』 12.5
インテリとは何ぞや 『文藝』 11.11
文学の革命 『文藝』 12.2
恋愛のない時代・詩のない時代 『詩壇』 11.2
嘘と文学 『自由』 12.2
彼等は何故に日本的なものを嫌ふか 『いのち』 12.6
漂泊者の文学 『文藝』 12.7
日本の橋を読む 『コギト』 12.3
歴史教育への一抗議 
平安朝文学と仏蘭西映画  『新潮』 14.8
徒然草について 『新潮』 14.8
中川与一氏の偶然文学論について 『讀賣新聞』 10.12.13、14
復讐としての文学 『コギト』 11.7
青年に告ぐ 『コギト』 11.7
古典と文明開化 『文藝懇話会』 11.5
英雄と詩人を読みて 『コギト』 12.1
流行歌曲について 『作品』 11.10
日本文芸の新思潮 『文学界』 11.12
悪ニヒリズムを排斥する  『讀賣新聞』 11.6.9、10
詩人と評論家の立場  『讀賣新聞』 11.6.16
進歩思潮の反動性
春琴抄の詩精神 『文学界』 10.10
デカダンの行動性 『作品』 12.1
虚無よりの建設 
ヒューマニストとしての啄木   『短歌文学全集』 11.9
支那と中華民国

  韻律の薄暮

詩歌の鑑賞と解釈
詩人の嘆き 『作品』 9.10
詩人の位置 
純粋詩と主知主義 『日本短歌』 12.4
叙事詩と叙情詩 『俳句研究』 12.4
日本詩歌の韻律に関する原理 『中央公論』 12.6
詩の原理と詩の研究
十九世紀的と二十世紀的 『文学界』 11.6
ハイネの嘆き 『文学界』 12.3
詩人の生活 『都新聞』 12.4
詩の孤独とその原因 『四季』 12.2
 

『日本への回帰』 全集10巻

  詩論と文明批評
日本への回帰 『いのち』 12.12
日本の軍人 『いのち』 13.1
日本の巡査
日本の女性 『文藝』 12.11
日本の都市
日本の使命 『いのち』 12.11
自然主義を離脱せよ 『日本短歌』 12.11
梃でも動かぬ歌壇
万葉集と新古今集 『むらさき』 11.8
詩人の文学
詩を小説で書く時代 『新日本』 13.2
政府の文芸関心
詩について  1 『文学界』 10.3
詩について  2 『文学界』 10.8
与謝野鉄幹のこと 『文学界』 10.5
詩と性欲 『文学界』 10.5
詩人の稚態 『蝋人形』 11.4
批判精神のない詩壇 『詩作』 11.5
異邦人としての郷土詩人  『上州詩人』 12.7
日本語の不自由さ 『文藝春秋』 12.12
寡作と多作 『文藝春秋』 12.12

 

 

『帰郷者』 1940 

自序
前編(文化問題について)
日本文化の特殊性 『形成』第六号・昭和十五年五月号
文化と政治
日本は世界の田舎者か 『改造』第二十二巻第六号・昭和十五年四五月合併号 
歴史の斜視線 『コギト』第九十一号・昭和十五年一月号
能と室町幕府  『謡曲界』第四十九巻第六号  昭和十四年十二月号
政治の心理学
童話と教育について  『文芸世紀』第六巻第八号 昭和十四円八月号
ローマ字論者への質疑
太平洋行進曲論 『文学界』第六巻第八号 昭和十四年八月号
宗教と現世利益
傭兵気質とやくざ仁義
英雄と豪傑
昭和青年論 『工業大学蔵前新聞』昭和十五年一月
学者の盲点 『新潮』 第三十五年第八号・昭和十三年八月号
後編(詩と文学について) 
農村文学について
文芸に於ける道徳性の本質
純粋詩としての新古今集 『文芸世紀』第一巻第四号 昭和十四年十二月号
日本人の戦争文学  『新日本』第二巻第五号      昭和十四年五月号
与謝野鉄幹論 『文学界』第七巻第二号  昭和十五年二月号
ヒューマニズムについて
自作詩の改作について 『知性』 第三巻第三号 昭和十五年三月号
趣味と感傷
俳句は叙情詩か? 『四季』第四十九号 昭和十四年九月号 
韻文学の興隆 『都新聞』  昭和十四年五月二十二二十三二十四日  初出「詩壇の沈滞と韻文学の興隆」
三好達治君への反問   『四季』 第十号 昭和十年夏季号
詩人の風貌   『文学』 第七巻第四号    昭和十四年四月号

 

 

『阿帯』 1940.10 全集11巻

自序
蟻と近代戦争 『知性』第三巻第九号 昭和十五年九月号
日本の政党 『知性』第三巻第九号 昭和十五年九月号
月の詩情 『文明評論』創刊号 昭和十五年六月号
人間と歩行
老年と人生
公衆道徳について
住宅について
暦と四季
能の上演禁止について 『新日本』第二巻第八号 昭和十四年八月号
名前の話
日本の宴会
季節と文学 『月刊文章』 第一巻第十号 昭和十年十二月号
能と戦国武士 『ホーム・ライフ』第六巻第四号 昭和十五年四月号
新年の辞 
詩人と宿命論 『四季』第五十号 昭和十四年十月号
前欧州大戦の頃 『信濃毎日新聞』 昭和十五年六月二十、二十二、二十三日
読書と教育について 
演芸随筆 『文芸首都』 昭和十五年八月
白秋露風時代の詩壇 『セルバン』 昭和十五年七月
思想人としての谷崎潤一郎と正宗白鳥 『文芸日本』 昭和十五年七月
変り種の文学者と日本の文壇 『文芸世紀』 昭和十五年十月
日本語の普及と統制について 『改造』 昭和十三年六月
日本国技の洋風化について 『河北新報』 昭和十五年十月九、十、十一日
小説家の俳句 『俳句研究』 昭和十三年六月号
四季同人印象記 『四季』 昭和十一年初秋号
水戸小遊記 
交友雑記
辻野久憲君を悼む 『四季』 昭和十二年十一月号 『作品』 昭和十二年十一月号
読書随感 『コギト』 昭和十五年四月号