廊下と室房

自序
 過去数年間に亙つて、時々書き散らした随筆、及び評論の類をあつめて、此処に一冊の本に編集した。(但し詩に関する評論だけは、他日また別の書物に編纂する当てがあるので、すべてこの編纂から除外した。)
 この集に収めた随筆は、たいてい多くは著者の自伝や、著者の日常生活やを、漫然と率直に書いたものである。中にはエッセイ風のものもあり、人物評論や風俗批判のやうなものもあり、色々混つて居るけれども、結局やはり著者の主観的な自伝にすぎない。フローベルによれば、文学者は「自己」を語つてはいけないのである。しかし著者のやうな人間は、自己を語る以外には興味がなく、他の何事を書いた所で、結局やはり自分を語ることになつてしまふ。
 そこでこの事には、多くのちがつた標札を掲げたところの、多くのトピックを持つ室房があり、各自に個別して居るけれども、同じアパートの屋根の下で、廊下が一筋に通ずるのである。もしまた私の読者たちが、各自に夫々の個性を有し、夫々の鍵と扉を有するところの、一つ一つの区切られた室房人であるとすれば、この同じ書物の廊下を通じで、魂の共通するものを見るかも知れない。著者としての私は、何よりもそれを望んで居るのである。
    昭和十一年春

                   著   者