詩人と宿命論
僕は元来宿命論者である。といふと語弊があるかも知れないが、僕の思想内景には、多分に宿命的な月暈がかかつてゐる。それで今度創元社から出した本にも、「宿命」といふ標題をつけたのだが、由来僕がかうした思想を抱懐するに至つたのは、必然の謂れ因縁が原因してゐる。そしてその原因は、主としで僕の過去の生活環境による如く思はれる。僕は比較的富有の家に育つたにもかかはらず、先天的の遺伝気質と環境とに禍ひされて、何一つ自分の自由意志を通し得ず、事毎に自我を圧屈され、陰惨憂鬱の日を送り続けて来た。自己の意志が否定され、自由が抑圧される環境の中で、人が長い間忍従する時、避けがたく宿命論者になることの実証は、東洋的封建政治の圧制した印度、支那、及び幕府時代の日本等に於て、民衆の殆んど全部が「あきらめ」の哲理を信ずる宿命論者であることによつても明らかである。印度の仏教は、本質的に徹底した宿命論であることから、かうした東洋の国々に伝布され、民衆の生活の中によく呼吸(いき)づいた。
僕の宿命論を誘動したのは、一つはまたショペンハウエルの哲学だつた。あの非独逸的なる独逸の哲学者は、印度のウパニシャツドや小乗仏教から詩を学んで、これを西欧紅毛人の言葉に論理づけた。そこで明治文明開化の学問をした僕等にとつては、原文の抹香臭い仏教よりは、却つてそのバタ臭い翻案であるショペンハウエルの言葉の方が、親しみ多く理解し易いといふわけだつた。
しかしながら此処に一つ、さらに僕を宿命論者たらしめた有力な原因は、僕が抒情詩の作家であり、詩人であつたといふことである。詩の作家は、だれも皆経験によつて知つてることだが、詩といふ文学の創作は、元来他力本願のものだといふことである。即ち詩といふ文学は、天啓のインスピレーションが衆ない以上、絶対に一行も書くことができないのである。もつともこれは詩ばかりでなく、美術や音楽でも同じであり、すべての藝術の創作は、所謂「天来の興」に乗じた時のみ、初めて可能とされるものであるが、詩の創作に於ては就中それが極端であり、殆んどすべてが他力のインスピレーションで指導される。それ故に古来西欧の詩人等も、詩は詩人が作るものでなくして、神が詩人に憑つて作るものだと言つてるし、我が日夏耿之介君の如きも、その詩集の序に文して、詩は自働書記(自働的に文字を揺る一種の占筮器)の類だと言つてゐる。
ボードレールは、その抒情詩や散文詩の中で、しばしばミユーゼに見捨てられ、霊感に見舞はれなくなつてしまつた、老いた詩人の落莫たる悲哀を嘆いてゐるが、世に霊感を失つた詩人ほど救ひなく絶望的のものはないであらう。他の小説や随筆等の文学は、たとひ所謂天来の興が湧かない時でも、勉めて想を構成し、内に想ひを練り、不断に努力勤労することによつて、或る程度の仕事を為し遂げることができるのである。然るに詩の創作では、そんな努力や根気よさやが、全く何の益にも立たないのである。詩はいかに想を構成しても、テーマを内に練り上げても、決して一行半句も書けはしない。詩人が詩を書く時の心的状態は、明白に一種の「神がかり」である。自分の意識の外にあるもの、自分自身で説明のできないもの、言葉の字義する観念ではなく、何か不思議に朦朧として、むづ痒く心にむらむらとして湧いてくるものが、霊感によつて発作をし、自働書記的にペンを走らせるもの、それが実に詩といふ奇妙な文学である。
それ故に詩人は、本来皆意志の自由を信じない。努力し、発奮し、自ら詩を書かうと意志することによつて、決して一篇の詩も書けないことを知つてるからだ。詩といふ文学の創作は、文字通りの意味において、一切か然らずんば無である。詩人は詩作をしてゐる時の外は、全然無為にごろごろと寝そべつてゐるのである。熱帯の沙漠の砂の上で、白日の長い時間を、いつも懶く眠つてゐる獅子のやうに、詩人は常に怠惰に寝ころんでゐる。そして或る時、不意に思ひがけなく、稲妻のやうに霊感の閃めいた時、丁度彼の餌物を見付けた獅子のやうに、猛然として立ち上つてくる。そして電光石火の如く、活躍のめざましい瞬間が過ぎた後では、満腹した獣のやうに、再びまた怠惰に眠つてしまふのである。
詩人の悲しさは、かうした稲妻のやうな霊感が、いつ何時、いかにしてやつて来るか、全く予想がつかないといふことの不安さにある。インスピレーシヨンの来ることは、地震を予知するよりも困難であり、全く偶然の「運」にすぎない。それは努力しても駄目であり、意志しても捉へられない。詩人は常に、空しく天の一方を望みながら、和泉式部の悲しい歌―つれづれと空ぞ見らるる思ふ人天くだり来む物ならなくに―のやうに、偶然の旅人が訪れる日を待つてるのである。
土耳古を旅行した外国人は、その東洋の都市の到る所にごろごろしてゐる、驚くべき多くの乞食を見てかう書いてる。「此等の土耳古人の心理は、到底自分等に理解できない。彼等は徹底的に怠けものであり、全然働かうといふ意志がない。土耳古政府は、時に彼等に労働を強制するが、彼等は決して肯じない。彼等の哲学はかう言ふのである。アラーの神が、一切の運命を決定してゐる。もし我等に幸運のあるものならば、運は寝ころんで居てもやつてくるし、もし宿命が不幸に決定されて居たとしたら、起きて働いたところで同じであり、到底幸福になれる筈がないと。そして彼等は、晏如として乞食生活に満足し、天命を楽しんでるやうに見える。」と。
悲しい哉。僕等の詩人の人生観が或る点でまた、かうした土耳古の宿命論者と類似してゐる。なぜなら僕等もまた、土耳古の乞食と同じやうに、常に天の一方を望みながら、あてのない幸運のチャンスが、霊感の翼に乗つて天降る日を待つてるからだ。そしてそれらの土耳古人等が、意志の自由を信じないやうに、僕等の詩人もまた、意志の自由を信じ得ない境遇にある。なぜなら詩作の霊感は、自己の努力によつて呼び起し得ず、自ら意志することによつて、一筋の詩をすら作ることができないからだ。小説は自力本願であるかも知れない。だが詩といふ文学は、徹底的に他力本願のものなのである。それ故にすべての詩人は、原則的に言つて、その詩人的風貌の中に、本来宿命論者的なものをイメーデしてゐる。いかに見よ。三好達治や丸山薫やが、その風貌自身の中にすら、宿命論者的なる自覚を持つてるかを。尠なくとも宿命論者的でない詩人の風貌を、僕はかつて見たことがない。といふことの深い意味は、人が元来詩人に生れたといふことがそもそも宿命的な因縁であり、宿命的な業だといふことなのだ。(もし宿命的な業でなければ、だれが詩人なんかになるものか。)
僕は詩集「宿命」の扉に序して、宇宙は意志の表現であり、意志の本体は悩みであるといふ、ショペンハウエルの標語を掲げた。そして実に、この「悩み」を文学する人が詩人であり、それがまた実に「詩」といふ文学の表現に外ならないのだ。