日本の女


 僕がもしコスモポリタンであるとしても、妻だけは日本の女を選ぶであらう。気立の粘から見ても、容貌か
ら見ても、日本の女はど好もしい女は世界にない。西洋人といふ奴は、鼻が高く眼が凹み、一饅に鷲のやうな
鋭い顔をしてゐるので、男性実には申分のない骨格であるけれども、女性美には甚だ不適官の容貌である0西
洋人の女を見ると、どうも肉食鳥の牝といふ感じがして、ぴつたりした性感が感じられない。もつとも活動馬
眞などで見ると、近頃ではアメリカあたりの女がよほど東洋的になつて来た。ナンシイ・キャロルとかシルビ
ァ・シドニイとかいふ女優の顔は、鷲型でなくて猫型であり、全く日本人向の美人に出来てる。昔僕が子供の
時には、フランスのパテーやイタリーのゴーモン合祀の馬眞ばかりが上映されたが、その頃見た西洋人の女と
2イア 廊下と窒房

いふ奴は、僕等日本人にとつて、どうしても異性としての性感を感じ得ないやうなものであつた。
近頃のアメリカ馬眞を見てから、西洋人の女にも中々美人が多いことを始めて知つた。つまり西洋人の女の
好みが、近来次第に東洋的になつて来たことの澄左である0してみれば美人の世界的典型が、次第に西洋から
東洋へ移つて爽たことになるのだらう○日本の女を世竺に美しいといふことは、近代において決して必ずし
も濁断ではない。
日本の女の美しさは、竺にその皮膚の色にある0あの陰影の深いクリーム色の皮膚は賓に美しい。それに
キメの細かいことも無顆である0西洋人の女の皮膚は、表に眞自で少しも味の深い陰影がない。室生犀星の
或る小説で、西洋人の皮膚の色を「晒し木綿」にたとへて居るが、正に適切の比喩である。白人種の色の白さ
は、晒粉ですつかり漂白してしまつた自さであつて、味覚も解党も感じさせない無味乾焼の自さである。それ
にキメが荒くざらざらしてゐるので、よけいに晒し木綿といふ感じがする。
活動馬異に見る美人なんかも、馬異に映るから好いのであつて、賓際に見たら却つて印象が悪いと思ふ。こ
れに反して日本の女は、概して皆馬眞よりも貨物が好い0といふのは、その魅力の主なる鮎が、皮膚の色やキ
メの鰻費やにあるからである。
 日本の女にも色々あるが、白色の中に少し黄色味の入つた皮膚の女が、美人としての代表者であるだらう。
あまり純白にすぎる女は、西洋人と同じく温情趣で美しくない○それにかういふ女はキメが荒く、性質までも
粗野でがさがさして居る0白色に黄色を混じたクリーム色で、滑らかの鱗覚的な皮膚を持つてる女が、いちば
    ヽ ヽ ヽ ヽ

ん日本人の中で美しく、且つ世界的にもすぐれて居る。
 かうした日本の女が、白粉の下から地肌の黄色を少し現はしてゐるのは、他に比類なく情趣の深い美しさで
ある0西洋人も近頃はこれを眞似て、逆に黄色の白粉などを用ゐるが、到底日本の女のやうな昧は出せない。
2イ∂
加持人の女に比して、日本人の女は著るしく解党的の美を持つれ霊西洋人の女の皮膚はか影から粁乾燥し
たやうな感じであつて、俄覚をそそるやうな魅力がない。これに反して日本の女は、広かな黄色味の影に柔か
な白色があり、菅油のやうに滑らかな肌をして居るので、非常に燭覚的な美感をそそられる。西洋婦人の美し
さは、畢に硯覚の表面に映る美しさだが、日本女の美しさは、その視覚の影に鰯覚が含まれて居り、美として
の情趣がずつと奥行き深いのである。その上に日本の女は、化粧法までも解党的に工夫して居る。
 日本の女の化粧法は、水白粉や練白粉やを使ふのである。これは液膿が皮膚にゼラチン状に塗りつくので、
非常に肌解りの好い淘覚的の誘惑を感じさせる。奉者のやうなコケット等は、特にまた化粧法の秘訣を知つて、
むしろエロチックにすぎて下品になるまで、ゼラチン化粧の特色する解党美を巧みに出してる。・日本の女では、
たしかに蓼者がいちばん美しい。そして奉者が美しいといふことは、彼等の化粧法が巧妙だといふことに過ぎ
ないのである。
 西洋人の女の化粧法は、ずつと簡畢でもあるし幼稚でもある。彼女等はただ粉白粉だけを使用する。本来生
毛が多く、桃色をした皮膚の上に、白い粉の浮いてる所は、ちよつと西洋菓子のやうな食慾を起させるが、到
底深い実の情趣がなく、子供らしい原始的な化粧に過ぎない。また化粧法の相違からして、日本の女は生毛を
剃り、西洋の女はそれを剃らない。そこで後者は、一層髄覚的にきたならしい感じがする。
 化粧した日本女の顔には、色々な複雑したデリケートな混色がある。それは皮膚の本来の色と、顔料との混
合から出来るもので、黄と白との中間にある様々な色の微妙な美しい陰影である。化粧した日本女の顔を、も
しパステル壷で描くとすれば、おそらく十数種もの色と檜臭が要るであらう。之れに反して西洋婦人の化粧顔
は、純白と鮮紅との二色しかなく、軍に畢純で呆気ない。遠見には鮮やかで美しいが、味も陰影もない退屈の
美しさである。西洋婦人自身も、近頃それを自覚し、情趣と陰影とをつける為に、種々の有色顔料を使用する
2イク 廊下と室房

やうになつて来た0しかし彼等が人工の技術を彗、青や紫やの百色白粉を使用し極めた結果が、是婦人の
左でする自然的な化粧の結果に、漸く未だ及び得ないところであらう。
是の女の姿態と風俗とは、すくなくともエロチックな実において、貰無比に秀れたものだと思つて居る。
今日では、運動や衛生や、とりわけ動作の便利といふ貰利主義の立場から、表に洋服が貰的に普及されて
る0しかし美といふ純粋の立場で見れば、日本の女の服装はどに美しく、拳術的に進歩したものは貰にない。
西洋人の着物といふ奴は、二本の腕に二本の筒ツぼをはめ、胴には胴の筒ツぽをはめたやうなものである。こ
れはどんな野攣人にも考へ付くところの、極めて畢純な肢髄原型的服装である。
是人も昔は嘉服を模倣し、今の洋服に近いものを用ゐて居た0しかし芸朝時代から既に古く、世界で
最も優美な拳術的衣装を濁創した、特に我々の女の服装は、・比驚く笑で艶めかしい。どんなパリ最新流行
の女服でも、日本の女の日常服である慧がけ姿にさへも、美と艶めかしさの鮎で及び得ない。
 ショーペンハウエルのいふ通り、異性の誉批判する男の目は、主として性感を中心にして居るのである。
そこで男のいふ「美人」といふ言葉には、エロチックな魅力が過半の條件となつてること勿論である。然るに
日本の女は、鈴木春信重く所の昔からして、エロチックな憲を持つことで貰的に特色して居る。男の意味
する言葉において、是の女が美人でなければ、世界の何虞に美人が有るかと問ひたくなる。畢に表面の衣服
ではなく、肉憶の姿態そのものからして、日本の女はエロチックに実しいのである。
 日本の美術家と表人の常識は、西洋女の裸饅を美の最高のものに考へ、日本女の裸讐翌的の慧に考
へてる0ところが西洋人の方では、春信や歌麿が描いた牛視髄の日本女(海女の慧ど)に、曲線美の最高な
2∫0
悩ましさを感じて居るのである。
臼本の女の裸饅姿が何故に醜態なのか
が0董家は足が短かくて太いとか
耶、肢膿の美挙的均雫が取れないとか言
1彗′軋払“汁一転格転爪りl浮1牡⊥檜.師はい簸り特長の故.に日杏女
」圃に瓜耕
た。・・ギリシャの彫刻を標準とする西洋の美挙で、日本の女を批判しょうとするのは、
で魅力野ああ殊女を
自然主義のレアリズ
ムで能の象徴蜃術を論ずるやうなものである。
 僕等の正直な感じから見て、あの竹馬のやゝつに長く眞直で、筋肉の引きしまつた西洋婦人の脚などに、何の
色つぽいエロチシズムも感じ得ない。女の脚は肉が多く、柔かの脂肪を感じさせるものほど美しい0即ちあの
大根を思はせる日本女の白い脚が、男の目にはもつとも美しく魅力があるのだ0ギリシャ彫刻の女神の像は、
眞の女性でなくして中性である。つまりいへば純季術上の美であつて、性盛上での美ではないのだ0
 そこで西洋婦人の裸膿もまたギリシャ彫刻に似て中性的には美しいが、女性的には魅力を感じさせる美が無
いのである。男が眞に男の目で「美しい」と見るものは、資際は却つて日本女の裸慣にある○それは歌麿など
の檜ばかりでなく、天平時代などの彿真備像にもよくレアールに為され、て居る0
要するに日本の女の芙しさは、町本の草花の美しさと同じく、陰影が深く細やかで味が深いのである0それ
は近づいて注意深く、静かに長く鑑賞した後、始めて解るデリケートの美しさである0単に肉鰹ばかりでなく、
精神がまた同様である。僕は西洋人の女と知合がなく、外国人の性格をよく知らない0しかし想像するところ
では、意外に畢純で詰らないやうに思はれる。西洋の女たちは、知識と教育において日本にまさり、概して皆
我々の女よりもインテリである。だがそれだけ感情的には粗野であり、情操の濃やかな味や陰影を軟いてるや
ぅに思はれる。彼等の女を妻としてゐる西洋人の男たちは、ずゐぶん退屈なことだと想像される0
西洋の女は、思想したり、褒術したり、社交したり、ダンスの封手をしたりするに通してゐる0しかし家庭
の濃やかな杢菊の中で、デリケートな情操生活をするに適して居ない○つまり彼等は情操的に粗野であつて、
男性に近く、理智や融合憶が饅育して居るのである。そしてまたそれ故に、我々の女性に此して、一般に「女」
ヱタ∫ 廊下と童顔

白夜七時 於 宮 地
      柳 座 劇 場
冬近い郷旦の町の四辻で、僕がこの珍しい雪を見たのは、小畢校に通つてゐる幼年の時のことであつた。
纂夢想家で、エキゾチックな憧憬を多分に持つてゐた僕は、西洋あやつりといふ不思議な名前、英囲人ダー
クといふ異国趣味の名前につられて、辞もわからずその劇場へ走つて行つた0もとより幼年の時の事であり、
遠い昔の色あせた記憶であるから、今日その印象を書き綴るべく、あまりに漠然とした夢の忘失を感じてゐる。
しかしながら高からは、子供の時の印象ほど、却つて強く忘れがたいものはないのである。常時この操り人
形を見た入は、おそらく僕の外にも多いであらう0以↑自分の語るところに、もし記憶の誤があるならば1
そして勿論あると思ふ  他の人々のょり健全な記憶によつて、辛ひ訂正していただきたく、あへてこの印象
を書く次第である。


               ベル
 英国人ダーク 開湯を知らせる鈴につれて、舞真に一人の外国人が現はれて来た。白髪童頚の老人であり、
古風なフロックコートを着てゐる。僕等は一見して、それがダークであることを直感した。如何にも「童話の
叔父さん」と言つた感じがする、上品で人懐かしい風貌の老人だつた。彼は観客に一揖した後、何か英語でべ
ラべラとしやぺり始めた。側に日本人の適評が居て、次のやうな意味の取りつぎをした。
「満場の紳士淑女諸君。私が官一座の座長ダークであります。これょり御覧に供しまする西洋あやつり人形は、
我が本国イギリスに於ては勿論、濁逸、彿蘭西その他欧洲大陸におきましても、至るところ多大の喝宋を博し
て居ります次第。今度世界を漫遊致しますついでを以て、昨年日本国に立ち寄り、.東京諸方の劇場にて公演致
心ましたところ、森く観客諸君の御意に邁ひ、至るところ多大の御喝采を博し居る次第であります。御宮地は
始めて御目見得なれば、とりわけ熱演を以て御高覧に供すべく、ひとへに御許列を願ひ奉る次第であります。
云々。」
 かうした口上を述べてる問に、背後の黒幕の聞から、小さな人形が幾度も顔を出して覗きに来る。中には小
道具の椅子など運んで来て、舞真にまだ人間が居るのを見、吃驚して楽屋に逃げ込む奴なども居る。なかなか
ユーモラスで愛嫁がある。
 第一幕 深夜の街の光景である。背景には都合の家々が眠つて居り、高層建築の窓々には、赤や青やの灯が
             ド ー ム
ついてる。所々に寺院の園塔があつて、峯に大きな月が出て居る。
2∫∫ 廊下と室房

 静かにピアノの音が聴える。曲は眠たげなメロヂイを奏して居る.
暫ちくして一人の酔漢が現れて来る。継ぎ足(西洋竹馬)をしてゐるので、足ばかり長く見える。両手に酒
の相をもち、ラッパ飲みをして舞茎をよろけ歩いて居る。それから眠たげな聾を出し、奇妙な調子で歌を唄ふ。
(歌はもちろん英語であり、天井でダークが唄つて居るのである。)
 酔漢の様子が、だんだん狂的になつてくる。ピアノの音楽も烈しくなり、唄も乱暴でグロテスクになつてく
る。
 酔漢が酒栢を投げ始める。家の屋根へ向つて、窓へ向つて、街路へ向つて、披木へ向つて、やたらむやみに
何でも構はず投げつける。酒符はポケットやヅボンの中から、何本も何本も取り出される。正に酒精中毒の妄
2∫4
想狂乱といふ感じである。
 最後に一本の梢を取り出し、杢の月を目がけて投げつける。命中!
破片が散る。ガラガラといふ凄まじい大きな響。(幕)
月が壊れて地上に落ち、舞壷に砕けた
(この仕掛は、月の研が幕の穴になつて居るのである。酒瓶がその穴に這入ると同時に、幕が落ちて月が見えなくなつて
しまふ。舞垂に散る月の破片は、もちろん天井から投げ出すのである。)
 第二幕 田園の春の景色である。背景には牧場があり、色々な花が咲き、地に若草が萌えてゐる。右手に数
禽があり、オルガンの音が準える。肥つた田舎の老婆が一人、手に大きな聖書を抱へ、枚を突いてょぼょぼ上
歩いて来る。田舎の春。凝らかな日曜日の朝なのだらう。
 老婆が讃美歌を唄ふ0それが次第に田舎の踊り唄に攣つて来」杖で拍子を取りながら腰をふる。すると噂の
小さい豆粒ほどの子供が跳び出し、舞憂をちよこちよこと踊り廻る。
 老婆は相か漑潅ず腰をふり、杖で地面を突きながら拍子を取つて居る。第二番目の子供が跳び出して来る。
それから第三番目、第四番目と、限りなく績々と現はれて来る。皆豆粒程の子供であり、漸く小指ぐらゐしか
ない。それが幾人となく無数に跳び出し、老婆の杖の調子につれて、舞憂をピヨピヨピヨピヨと踊り廻る。
(幕)
(この幕の印象は、田舎の平和な春を聯想させる。信心深い農家の老婆が、幾人となく子供を生んで、平和な生活をして
居る所を、童謡的な形式によつて表象したものであらう。前の酔漢の出る幻想的な舞茎と共に、七いへん詩味の深い舞垂
であり、牧歌風のなつかしい印象を強く受けた。)
 開幕 ダークが再び舞室に出て来る。そして今迄のは飴輿であり、これからいょいょ本筋の面白い芝居に這
入ると言ふ。劇の題はチャリップ、トリップといふ二人の盗人の一代記で、滑稽百出、最も奇抜で面白いもの
だと言ふ。この説明の間も、前の如く背後の幕の隙間から、人形が幾度も顔を出して覗きに来る。中にはそツ
と拳骨をふり廻し、ダークに早く引ツこめといふ身振りを示しながら、急いで逃げ込んでしまふ人形もある。
(以下教幕あつたやうだが、自分の記憶に残つてるのは三暮しかない。よつて三幕だけ書くことにする。幕の
順序は不明である。)
 第×幕 市街の或る一角である。舞垂右手に理髪店があり、赤と青で塗つた棒看板が」星根の横から往来の
方に突き出して居る。反封の側の舞重から、二人の攣テコな人物が歩いて居る。これがチャリップとトリップ
2∫j 廊下と室房

であることは、劇の進行によつてすぐに鰐つた。
 二人は何か耳打ちをする。それから忍び足をして、そツと理髪店の窓に近づいて来る。すると看板の飴ん棒
が、人間の腕のやうに動いて、窓に手をかけた奴の頭を殴りつける。も一人の奴が忍んで来る。これもまた殴
られる。
 チャリップとトリップが喧嘩を始める。互に自分を殴つた奴を、封手だと思ひちがへてゐるからである。
 馬鹿馬鹿しい喧嘩。乱暴な掴み合ひ。滑稽。愚劣。ナンセンス。滅茶苦茶騒ぎ。
 喧嘩してゐる二人の頭を、棒がまた残酷に殴りつける。とても痛さうな音がする。カチン! コチン! カ
チン!
 そこで二人は和辞し、協同の敵である棒に向つて掛つてくる。風車に突撃するドンキホーテのやうな工合に。
 棒と人間との大戦争! 勇壮悲紹。言語道断。デタラメ大騒動!
 人間が遂に勝利を得る。そして二人の盗人は、窓から家の中へ這入つてしまふ。舞重しばらく杢虚。
 急にけたたましい馨が起る。家の中から女が逃げ出して来たのである。績いて二人の盗人が迫ひかけてくる。
 女は寝衣をきてゐる。盗人がそれを脱がさうとする。女の悲鳴!
 ±人の盗人が、遂に女の寝衣を奪つてしまふ。それから筒下着も奪つてしまふ。女の悲鳴I・
 裸の女と、迫ひ廻す二人の男と。残酷。猥喪。グロテスク。大混乱!
 巡査がやつて来る。英国の巡査。ヘルメット帽を被り、大きな棍棒を持つてゐる。
 巡査と盗人との立ち廻り。馬鹿と間抜けの競技合。頭の上に足が立つたり、脊中から手が出たりする。.(幕)
2∫6
第×募 月夜の墓地。石塔に混つて、諸所に新しい十字架の卒塔婆が立つてる。物尊く寂しい音築。二人の
盗戦が大きなトランクを運んで来る。何虞かで盗んで爽たのである。蓋をあけると中から骸骨が跳び出す.二
人は吃驚敗亡。腰をぬかして逃げてしまふ。後に骸骨の踊りが始まる。首が胴から離れたり、腕が室中に浮い
たりして、四肢が散り散りに分離しながら、勝手放題に踊りを踊る。これは天勝の手品でもよく見るが、黒衣
を着た人間がやるトリックの魔術とちがつて、操り人形が踊るのだから、思ひ切つて農唐無稽の仕草ができる。
引力の法則を全く無線して、足が逆さに昼中へ立つたりするので、馬鹿馬鹿しくて吹き出してしまふ。子供た
ちは大悦びで、キャッキャッ言つて喝来する。ダークが時々馬鹿気た撃で、天井から「りわあツ」なんて掛け
饗する。如何にも無邪気で朗らかだ。


                   ベ ッド
 第×幕 田舎の旗館。舞壷左寄りに寝室がある。此虞へ前幕の盗人の一人が来る。すぐ衣服を脱ぎ、寝衣に
かへて寝蔓に眠る。
 夜が次第に更けて行く。時計が十二時をうつ。どこからとなく物凄い響が鵜える。燈火が自然に暗くなり、
陰気な影が壁に映る。化物屋敷である。
 部屋の四方の隅々から、無数の鼠が現はれて来る。そして盗人の寝てゐるベッドの上へ、績々として登つて
来る。ベッドの脚を、後から後から這ひあがつて、黒い紐のやうに無気味な列を作つてゐる。
 痕てゐる男が目を醍す。びつくりして悲鳴をあげ、一尺も高く痕憂の上に跳びあがる。瞬間! 鼠はすつか
り滑えてしまふ。
 男は安心して横になり、また寝入つてしまふ。舞壷はしばらく杢虚。
 再度また隅々から、影のやうに鼠の一陽が現はれて来る。そしてまた前のやうに、寝壷の脚にそつと這ひ登
る。黒い、長い、気味の悪い鼠の紐!
2∫ア 廊下と窒房

壁曇の男が目を醍す0跳びあがる。鼠が一再に滑えてしまふ。
男が安心して眠る0また鼠が現はれて来る。反覆。
男は紳経過敏になつてしまふ0恐怖によつてビクビクし、鼠が現はれても来ないのに、幾度良から頭をあ
げ、驚いて跳びあがつたりする。(その度に見物が笑ふ)
 しかし仕舞に疲れてしまふ0そして何時かまた眠つてしまふ。
 窓が自然に開閉する0天井で怪しい物音がする。
 青白い燐火が燃え、部屋の内を往来する。
 椅子がガタゴトと動き出す。
寝董の上の天井から、女の長い髪が垂れさがつて来る0それが↑度、寝てゐる男の頻に解る。
    kノな
 男が魔される。苦しげな坤き饗!
 青白い燐火が〔さかんに部屋の中を往来する。
幽慧現はれる0髪の毛をふり乱して、身慧苧に浮いてゐる0日本の怪談に出るそれと同じく、足が人
魂のゃぅに尾を曳いてゐる。女である。
疇蔓の男が目を醍す0すぐ目の前に幽慧居る0跳び起きて逃げょうとする0しかし幽慧上に来つてる。
2∫β
ノ小j.」つ題「】一
起きあがれない0苦悶・! 絶叫! 断末魔の大反捧!
 巡査が突入して来る0男の悲鳴を聴いて衆たのである。
幽蛮が滑える0男は巡査を見て逃げょうとする○幽塞がまた出て押へつける。
 惑漢遂に捕縛される。ハ終幕)
匡巨トnピー戸,√
\l
潤そ.の後少しも葺東京に簡碓冬洩草花屋敷嘗ダ操儲仙ハ著者板を見頸前嘗壷頑虐雅凄の
で、再度見物席に入つたけれども、前に田舎の劇場で見た時とは、商事様子がちがつて面白くなかつた。後に聞けば、常
時既にダークは本国に辟つてしまひ、その技術を革んだ日本人が、ダーク操りの名で演じてゐるのだと言ふことだつた0
それは肇も下手であつたし、ユーモアやグロテスクの気分がなく、妙に眞面目くさつて詰らない演出だつた〇一膿日本人
といふものは、かうした子供封手の演蜃でさへも、悪く厳粛に四角ばり、常識的な教訓意識や感傷趣味を持ち出すので、
無邪気なユーモアが無くなつてしまふ。今の紙芝居もさうであるし、サーカスもさうである。
常識とは何ぞや
 最近の文壇では、常識といふ言葉が流行して居る。人が何か言ふと、すぐ「常識だ」といつて片づけてしま
ふのである。常識が文学の水準下であることは言ふ迄もない。すべての文畢する精紳は、常識を啓蒙するとこ
ろの批判に立つてゐる。しかしこの頃の文壇人は、自分の議論が負けて来たり、敵の正義が公認されたり、特
にまた甚だしきは、自分に解らないすべてのことをV常識だと言つて片づけるのである0つまり敵に降参する
場合に、負け惜しみを言つて逃げる一手が、近頃流行の「常識」なのである。かつて日本の或る文士は、ニイ
チェを常識だと言つて冷笑したが、そのくせ彼自身には、ニイチェの一断想さへ解つてないのだ0何でも解つ
て居ないくせに、何でも鰐つてるやうな顔をし、おつに悟り澄した様子をするのが、日本人の俸統的な悪い癖
であるつチェホフやトルストイやは、死ぬまで人生の意義を考へて苦しみぬいた。だが日本の超常識的な先生
2∫9 廊下と室房

たちは、人生の意義なんか始めからよく知つてるのだ0是の「悟りすました1言リス上はか喜ふのだ。
「何虞へ行つたつて突き首りさ○何もかも解り切つてる0人生のことなんか、眞面目に考へるだけ馬鹿馬鹿し
いのさ0」と0そして皆腹の中で、ト〜ストイやチェホフを憐憫し、大悟に徹しない痴愚の「常識家」と考へ
てゐる○だがかうなつて来ると、どつちが眞の「常識家」だか鮮らなくなる0そこでまた、そもそ晶識とは
何ぞやといふ、あまりに常識的な問が改めて起つて来る。
元来、人間の言葉といふものは、一つの固定した語義を持つものでなく、時と誓と使用者により、種々の
異つた意味を持つものである○特に「常識」といふ言葉の如きは、語義の内容が漠然として居り、一つの言海
的字解も下せないほど、重用例の最も多い言葉である○普通には「公衆の所有してゐる表並還的の知識」を
意味して居るが、その公衆といふ中にも、またいろいろインテリのちがつた段階がある○例へば署仲間の常
識と世間人の常識では、知識の程度に雲泥の相違がある0しかもその署たちは、世間人からしばしば非常識
と見られるのである0そこで、算荷風氏は、かつ…豊常識」といふ言葉を使用されたが、その高等常識の
上に、さらにまた超高等常識があるとすれば、結局常識といふ藁はナンセンスになつてしまふ。
 英国人の使ふ常識といふ墓は、智情意の平衡が取れ、よく中庸を得た「健全な判断力」及び「健全な思
       コソモソセソス
想」を言ふので雲0そこでこの定義からすると、古代のギリシア人や孔子の思想やは、善い意味での「常。
識」を代表することになる0この字鮮による常識の反封はデカダンスである0古代ギリシアの文明を憧憬し、
ギリシア人の常識的健筐をイデアしたニイチェが、ソクラテスをデカダンスと言つた理由は、ソクラテスが
                                                                                ヽ
希勝人の例外であり、アポロ的芸の平衡性を逸失して、デイオニソス的情熱の狂信に走つたからである。そ
 ヽヽヽヽヽ1111111111 111111111111111 111111111111、、、
ニス圃の奨型位は二つしかない0常識家でなければデカダンであり、デカダンでなければ常識家である。
260
 哲学の高い見識は、科挙を常識と呼んで軽蔑する。科学は現象の世界(感覚的存在) のみを認識して、超現
象のメタフィヂツタを知らないからである。詩人や蛮術家等が、世俗人の思想を軽蔑し、常識的のものと考へ
るのも、これに頬する同じ一つの根接を持つてる。即ち世俗人(政治家や、軍人や、腎師や、官吏や、教育者
や)は、今日現象する世界に於ての、特殊の時室に限定された、特殊の現世的人生のみを考へてる。如何に
「よく生きる」かと言ふことは、彼等の場合の常識に於て、如何によく虞世するかを意味して居る。だが肇術
家の思想は之れに反し、人間性のメタフィジツタな本質を考へてゐる。「よく生きる」といふことは、彼等の
場合の理念として、自我の個性を饅揚したり、生命の普遍相を捉へたりすることを意味して居る。そこで嚢術
家の思想には功利がなく、世俗人の思想には功利がある。僕等山肇衝家の立‖場からして、一般世俗人の思想を常
                                                                                     ヽ
議的と考へるのは、それがメタフィヂツタの哲拳を所有せず、現象界の功利観に捉はれて居るからである。・即
ヽ ヽ ヽ
ちすべ
ての功利的な思想は‥肇術的でなく、=肇術的でない思想は常識的である。
 常識とは何だらうか? さらにもう一度考へて見よう。モーパ\ッサンは人生を性慾の痴爛と見た。トルスト
イは人生を塞と肉との戦ひと見た。フローベルは人生を退屈の持績と見た。ボードレエルは人生を無限の悔恨
と見た。此等はすべて「常識」だらうか? 然り! と或る人は答へるか知れない。なぜならすべて此等のこ
と  人生が性慾の饅展だつたり、過失の繰返される悔恨であつたりすること − は、だれにも解りきつた平
凡な常識に過ぎないから。ニイチェを常識と言ふ日本の「悟りすましたニヒリスト」は、勿論また彼等に封し
ても言ふであらう。「そんなことはだれも知つてる。皆常識さ。常識さ。」と。だがそれだつたら、一饅嚢術は
何虞にあるのだペ
フ釘 廊下と室房

拳衝の目的は、普遍に通じないやうな特挽のことを、特貌の人間のために書くのではない。反封に拳衝は、
百萬人に通ずる普遍のことを、特殊の栖性の窓を通して、エゴからホモ(人間表)に訴へるのである。それ
故に奉術は、所筆言つてすべての人間性に共通してゐる、普遍の同扁換を書くにすぎない。新奇は嚢術の
「表現」にだけある0奉術のエスプリは陳腐にすぎない0そして伶、すぺての眞理やモラルと同じやうに陳腐
なのだ。
常識的なものは軽蔑される○だが眞理やモラルやは、決してその陳腐さの故に軽蔑されない。なぜならそれ
らの義しいものは、古くして常に永遠に新しいからである0エストイの文学償値は、彼の紳人観の思想的概
  ただ
念にあるのでなく、かうした生活のイデアに於て、彼が如何に強く悩み、烈しく戦ひ、寂しく漂泊したかとい
ふことの、魂の告白された記録の表現にかかつて居る0季術が「常識」と稗するものは、思想の盲さや平凡さ
を言ふのでなく、それらの思想や人生観やを構成してゐる、作者の生活情操の稀薄さや浅薄さを言ふのである。
モーパッサンの性慾寧上的人生観は、フロイドの同じ性慾至↓的心理学と比較する時、思想としての幼稚さと
常識さを指摘される0だが拳術家としての見方に於ては、逆に却つてフロイドの方を「常識的」だと言ふので
ある0なぜならそれは抽象上に考へられた思想であり、人間性の本質に肉博してゐる、必然的な強い衝動や生
活革志に根ざしてないから0すぺて個性的なものは必然的である0抽象↓の一般概念に属する思想は、個性的
でない故に必然的でなく、したがつてそれは肇衝↓の意味の常識に属してゐる0そこで「常識」と「概念」と
は、拳術上の言葉に於てシノニムになるのである0拳術は概念を軽蔑する。詩や小説は勿論のこと、エッセイ
や評論の琴と維も、作者の個性的な生活情操を根嫁して居ないところの、畢なる純理的な抽象思想は文拳でな
い0科挙や雷撃の大思想に封しても、それが純理的な抽象思想である限り、蜃術家としての権利に於て、僕等
はこれを「常識」と呼ぶことができるのである0ハ科学を常識と呼んで自許してゐる哲学者も、詩や撃術の前
2β2
に・ほ膝を属し、自らまた常識であることを自覚して居るヂなぜなら哲革もまた理智の概念にすぎないから。〕
 文蜃上の意味に於て、何が「常識」であるかは既に解つた。ところで日本の文壇には、今日この「常識」と
「常識家」が多すぎるのである。彼等は彿陀ほどの思索もなく、トルストイほどの懐疑も持たない。それで居
て人生の一切を悟りすまし、何もかも解りきつてる顔をして居る。すべての厳粛な議事の前で、彼等は故意と
欠伸をし、さも退屈らしい様子をして居る。あだかもさうすることによつて、彼等自身が賢人であり、既にと
つくにそんな議事を、馬鹿馬鹿しく通過してしまつたことを示すやうに、得意にポーズして見せるのである。
我々の圃の文壇人は、彼等を「物解りの好い」聴明人と言つて尊敬する。だがそんな聴明人は文学者ぢやない。
なぜなら文蜃の出饅鮎は、かかる安易な俗生活から、不安と懐疑とに迫ひ立てられて、叛逆の迷路に入り込ん
で行くところに、最初の振り出しの動機を持つから。
 トルストイを讃んでも常識だと言ひ、ニイチェを讃んでも常識だと言ひ、澤迦の哲学を聴いても常識的だと
いひ、何を見ても常識だと言つて欠伸をしてゐるところの、それらの超常識的に賢人である先生方こそ、僕等
の側の正しい言葉で、まさしく「俗物」と呼ばれるのである。なぜなら彼等は、人生への如何なる理念も、如
何なるモラルも持たないところの、それ故にまた苦悶も懐疑もないところの、卑俗低劣な人間共であるからだ。
「常識」の語義はたくさんあり、時と、場合と、使用者の意味によつて異つてる。だが文学上に於て、賓に
「常識」と言はれる言葉は、これらの「俗物的な俗物思想」を指すのである。そして日本の文壇は、今日この
「常識」と「常識人」とによつて過剰されてる。新しき時代の建設者は、彼等を騒逐しなければならないだら
>フ0
2古∫ 廊下と室房

2朗
書架について
 青年時代には、僕は西洋音楽ばかりを准いて居た。革音横を買つて来て、毎日べ−トペンのシムホニイや、
シユーベルトの未完成シムホニイなどを鳴らして居た。その常時には、まだ今日のやうに洋楽が普及してゐな
かつた0洋楽のレコードを要る店はト銀座に十字屋が一軒あつたばかりであつた。僕はビクタアのカタログを
取りよせて、名曲の新譜を片つぱしから買ひ集めた。洋楽のレコードなんか買ふ人は、ごく珍しく少数の人に
限られて居た。・それで僕は十字屋のリストに名を載せられた。十字屋では僕を華族の若様と思つたらしく、應
接甚だ丁寧を極めて居た。賓際その頃洋楽レコードを集めた人は、たいてい貴族の子弟に限られてゐた。
 僕は子供の時から、病的に近いほどの音楽好きであつた。幼児の時には、毎日オルゴールの玩具ばかりを鳴
らして居た。そのオルゴールは、伯父が横濱の外人雑貨店で買つてくれた舶来の玩具であつた。四角な箱にハ
ンドルがついて居て、これを廻すと鳴るのであつた。曲はローレライか何かのやうに覚えて居るが、賓はだれ
かの子守唄であつたかも知れない。その舶来の楽器が鳴らす不思議な異圃の音楽を聴きながら、僕は遠い海の
向うの杢や都合を考へて居た。夜は枕許において眠り、朝は寝床の中からオルゴールを鳴らして居た。
 少年時代には、手風琴やハーモニカばかりを輝いて日を暮らして居た。父母の眼を忍んで学校を休み、ひと
り土蕨の中にかくれて」日手風琴などを鳴らして居た。
 中学校を卒業する時には、戸山畢校へ入学して陸軍軍楽隊にならうと思つた。軍架線を志願したのは、あの
輿赤の美しい軍服や、行軍の時の先頭に立つ雄姿などが、少年のロマンチシズムを刺激したからであつた0だ
が僕の希望に対して、両親や親類がすべて反封した0特に昔武士であつた士族の組父は、儒教主義の観念から
音楽をひどく嫌つた。「軍楽隊なんて、あれは兵隊の賓者ぢやないか0同じなるなら軍腎になれO」と言つた0
父は僕を第二世の腎者にしようと思つて居た。
故郷の田舎に居る問は、マンドリンやギタアを稽古し、その方のオーケストラを作つて僕が指揮棒を振つた
りした。僕の青年期のすべての歴史は、全く音楽のために室費したやうなものであつた0特挽の天分なくして
書架の稽古に熟するほど、青年期における最大の時間的浪費はない、と1才チェが賢しく皇口つて居るが、僕
の場合が丁度その通りの浪費であつた。今日になつて考へてみると、僕の音楽狂は主としてその漁覚表象によ
るところの、詩的イメ土ノの表象を柴むことにあつたやうだ0例へば僕は、ベートペンの田園シムホ1才を聴
いて、勝手にミレーの田園風景を心に描き、自分の主観が作る詩的幻想の中で架んでゐた0所でこんな音楽の
鵜き方は、本官の音楽の聴き方ではない0日本音楽と言ふものは、全然僕には解らなかつた0解らないと言ふ
ょりは、むしろ反感に近い敵意を持つて居た。三味線なんてものは、一鰹どこが面白くて人が聴くのかと思つ
た。拳者の輝く都々逸をきくと頭が痛くなつた0僕の畢生時代には娘義太夫といふものが流行し、たいていの
畢生はそれの熱心なファンであつた。僕も友人に連れられて二三度行つたが、その度毎に胸を悪くして辟つて
来た。
僕は浅草公園の活動館の前に立つて、呼び込みの楽隊を何時問も救いて飽きなかつた0だが三味線の普をき
くと陰鬱になり、僕の心にある海や青杢やの詩的風景が、すつかり眞暗になつてしまふのであつた〇
四十歳を越してから、僕にもしかしやつと日本音楽が解つて来た0そしてこの理解の進み方は、驚くべき加
速度で増して行つた。それは例へば、水の一杯充ちた袋に、大きな穴をあけたやうなものであつた○豆その
2鮎 廊下と室房

味が鮮つた後は、全部がすつかり蒜に鰐つてしまつた0西洋音響苧時には、徐々に努力して理解を先に
進めて行つた0だが日本藁の誓には、何の勉強も努力もなしに、その入口の表から、ずつと奥底の蜜
までが、壷に本能的に鰐つてしまつた0「本能的に鮮る」といふ言葉が、日本人の是藁を警場合に、
最も邁切な表現だといふことを、此頃になつて始めて知つた。
それでも矢張、始めの中は長唄しか鰐らなかつた0長唄は洋楽器でもよく奏されるし、清元や常磐津などに
比して、特慧花街的江戸趣味がすくなく、洋楽に近い純粋の唄ひ物で、その上に楽趣が比較的明るい健筐
を持つて居るので、僕などにはいちばん鰐りよかつたのである。
だが近頃になつては、清元や新内などの方に、却つてずつと妙味の深い情緒的の嚢術魅力を感じて居る。特
に新内節のぺ−ソスは特別である○あの肉饉の疲警思はすやうなデカダンス0人生から蒜の希讐豊と
を滑耗して、身息も侶へにただ情痴の破滅に任せたやうなあの嘉は、要らく貰に於て最も抒情詩的な
哀感とニヒリスチックの深刻美を持つた奉術だらう。
江戸藁の特色は、すぺて皆「情痴の美」に誉れるやうに思はれる0西洋藁には「讐」があつて「情
痴」がない0情痴のぺ−ソスを奏するものは、日本の江妄楽とハワイアンのジャズミユーヂツタだけである。
薯の藁は肉鰹的の鮎でょく似て居る0しかし三味線藁にまさる情痴実は貰にない。
 琴、尺八、雷、琵琶、義太犬、浪芸、小唄等の、江妄楽以外に属する潰も、たいてい皆此頃では好
きになつた0昔は軽蔑し切つてた浪宗なども、今ではさう悪いものと思はない表芸の旋律には、日本音
楽の最も本然的な原誓階が遺俸されてる0これが表具人の大衆に悦ばれるのは嘗然である。
 谷崎潤蒜氏は上方地唄を愛好され、その小説「蓼喰ふ華や「春琴抄」なども、上方地唄の藁的モチー
グ三者し嘉るが、その百人がメクラ警唄ふ地唄のぺ−ソスこそ、世に最も哀切なリリックの】つであら
266
。丁〆題虚
満ノ山H堵
谷崎民の近作小説は、この地唄のりリシズムと引き離して考へられない。
 西洋音楽と日本音楽と、何れが肇術的に高級であるかといふやうな問は、僕等のやうなアマチュアには答へ
られない。しかしただ一つ、僕が確信を以て断言し得ることは器楽において西洋音楽が逢にまさり、聾欒にお
いて日本が進歩して居ることである。あの雄大荘厳の西洋管絃架に此する時、日本の三味線などは一片の貧弱
な葦にすぎない。しかし馨欒の方で考へれば、日本必ずしも西洋に劣つて居ない。日本の饗柴には、一つの片
片たる小唄や佳詰の節錮しにさへ、到底五線紙に馬譜できないやうな、無数の複雑な陰影と飴情とがある。特
に例へば新内や清元のキキドコロ (情痴的クライマックスのアリア) にあつては、肉筆そのものの中に綿々た
る情痴の怨恨や、魂を蕩かすエロチックの媚態をこめて表現するので、饗発としての陰影的微妙を極めたもの
である。       ′」
 これを歌劇等で唄ふ西洋の音楽が、単にソステヌートとかコムモトとかいふ表情の譜に合せて磯城的に唄ふ
に此し、その蜃術的複雑性の程度は比較にならない。特に西洋音楽のソプラノの如きは、和馨寧上の数理から
作つた不自然至極の機械的饗楽であつて、純正の意味では音楽と言へないやうなものである。先年三浦環女史
がラヂオで唄つたソプラノを瀬き、僕は思はず耳を蓋つて恐れてしまつた。大劇場の屋根も震動するやうな超
人的大饗で、喉も裂けるやうなキイキイ饗で唄ひ叫んだ。あれで音楽情緒の微妙な陰影が出るわけがない。し
かもそれが世界的名人なのである。これを松永和風の長唄や、延着太夫の清元と比較して見給へ。馨発として
の日本音楽が、敷世紀も遠く進歩してゐることを知るであらう。
 とにかく僕は、年四十歳を越えて始めて三味線音楽の妙味を知つた。僕にとつて日本の音楽は、龍宮から辟
つ七浦島の故郷の如く、すべてに於て物珍しい好奇と郷愁の対象である。それは近頃になつて始めて知つた肇
者の美しい委と共に、僕の舵りなきユキゾチズムの対象であり、キューリオスの驚異にみちたせ界である。
2古ア 廊下と室房

2(曙