知性と感情


 詩作に於て、知性は発動機(エンジン)であり、感情は発動原力(エネルギイ)である。動力機関のない水蒸気は無にひとしい。だが原動力のない機関車は、一層また無意味である。

 形式なき内容は空無にして、内容なき形式は無意味なり。  ―― カント。
 詩に於て、内容は感情に対当し、形式は知性に対当する。カントが理性批判について言つた公理を、詩の場合に当てて図式して見よ。

 知性をもたない詩的感動(リリシズム)。それの素朴的な表現をセンチメンタルと言ふ。詩人がセンチメンタリストと呼ばれることは不名誉である。しかしリリシズムを持たないと言はれることは、詩人としての致命的失格である。

 詩人は哲学を持たねばならぬ。しかし詩に於ては隠すべきだ。 ―― ゲーテ。
 この意味を詳しく説けば、詩人は人生批判や社会批判を持たねばならぬ。しかし純粋の藝術詩、即ち抒情詩を作る場合は、かうした観念を露出したり、議論したりしてはならないと言ふのである。これは日本の民衆派詩人やプロレタリア詩人について、特に適切に言はれる忠告である。

 詩人は哲学を持たねばならぬ。しかし詩に於ては隠すべきだ。―― ゲーテ。
 この言葉を裏から説けば、単に抒情詩を書くだけのことが、決して詩人の能事でないといふこと。真の意味での詩人と言はれる人は、社会や人生や文明やについて、第一原理的な鋭い直観的批判と洞察を持つ人を言ふのである、と言ふことになる。これは日本の一般的な花鳥風月的詩人に就いて、充分適切に言はれる忠告である。