無名詩人への供養
       生田春月の追悼として
 ロタな仕事もしないくせに、不平ばかり言つてるといふ非難は、不平家への抗議にならない。なぜといつて
その人々は、始めから仕事をあたへられてないのである。彼等は仕事を熱望し、生甲斐のある人生を、眞に働
きたいと思つてる。しかも政令は、彼等の才能に適するやうな、天職としての地位をあたへず、ロタな・仕事し
か輿へてくれないのである。そこで不平家へのこの非難は、原因の中に理由を持ち、非難の中に抗議を有する
非論理になる。ロクな仕事しか出来ない人は、ロクな仕事しか輿へてくれない融合(非難者)に封して、逆に
不平と抗議を持つてるのである。
 今日僕等の詩人に封する、牡合の関係がこの通りである。詩人の提出する不平に対して、政令と文壇はいつ
も答へる。「何をぐづぐづ言つてるのだ。一慣君等にそんな不平を言ふ権利があるのか。口惜しかつたら資力
で示しで見紛へ。ヱルレーヌのやうな詩を書いて見給へ。杜子美のやうな詩を書いて見給へ。そしたらだれも
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が、文句なしに君等の頑術を認めてやるゥ散文の出来そこなひのやうな詩を書いて、ロクでもない文畢しか出
来ないくせに、不平なんか言ふ権利がどこにあるんだ。」と。或はその通りであるかも知れない。だが詩人の
側の不平は、かうした未完成の文筆しか創作し得ない状態に、僕等を宿命づけてゐるところの、環境や杜合に
向つてゐるのである。第一に詩の言葉がない。第二に詩の生育する文明がない。すぺてが過渡期の猥雑と殺伐
を極めてゐる現代日本で、杜甫やヱルレーヌのやうな文明熟爛期の垂術品が、到底生れる筈がないではないか。
僕等がそれを作らないのではない。環境がそれを作らせないのだ。
 僕等の現代詩人の仕事は、詩そのものを作ることより、むしろ杜甫やヱルレーヌが生れた時戟A即ち「詩を
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有する時代」を、日本に早く呼びあげることの熱意に燃えてる。先づ文明を創立せょ! これが現代日本詩人
の、全線に亙つて叫ばれてるスローガンだ。ところで文化の創立は、それの土憂となつてる言葉の創造に出餞
する。そしてここに、僕等の詩人の天職してゐる仕事がある。その仕事は困難であり、勢多くして報酬すくな
く、拳術的完成には前途が速い。所詮現代日本の詩人は、文化の下積みに働く労働者で、来るぺき時代の前の
犠牲者、文化の敷石にすぎないだらう。しかもまた僕等の誇りはこの鮎にある。詩は文明の基礎工事である。
そもそもまた詩人でなければ、だれがこの猥雑な国語と文明を整理するのか。詩人は日本のキリストである。
ロクでもない仕事をしながら、僕等の不平を言ふ権利は十分あるのだ。
 そこには多くの、粛條とした寂しい塞が汲んでゐる。彼等は生前に無能と呼ばれ、無才と笑はれ、下手カス
の詩人と言はれて、せに名もなく埋もれてしまつたところの、寂しい無名詩人等の墓なのである。今、だれも
彼等を知らず、訪ふ人もなく、墓に手向ける人もゐない。だが私は一人訪ね来て、野菊の花を捧げながら、悲
古∫ 純正詩論

しく真の前に低桐する。
 無能の農人とは何だらうか。下手カスの詩人とは何だらうか。もとより才能なくして文学に志すことは悲劇
である。しかし世には才能があつて、才能の伸べられない場合もある。たとへば今日、言葉を持たない僕等の
詩人等が皆さうである。僕等がもし外国に生れてゐたら、すくなくとも今あるよりは、もつと肇術的に完美さ
れた詩を書き得たらうとは、現代の日本の詩人が、だれも皆ひとしく痛感してゐるところである。無名に埋も
れた多くの詩人は、おそらくその生れた時を得なかつた。彼等は才能を有してゐた。その上に筒ほ眞撃な燃え
る詩情を持つてゐた0〓享言へばd彼等は詩人の素質すべき天分を具へてゐた0しかも不幸なことには、彼
等の所有してゐるポエデイが、その生れた時の文化に合はず、表現の言葉を持ち得なかつた。彼等がもし俗物
であり、世に迎合して名を要ることを知つてゐたら、彼等はそのポエヂイを捨て、もしくはそれを欒貌させて、
時の環境に合ふところの別の方面に走つたらう。しかも彼等は純潔だつた。そして言葉のない文明から、自己
のポエデイを歌はうとし、非力の争闘を績けて死んだ。
 新饉詩の昔から今日まで、かうして幾人かの無名詩人が、悲壮の戦ひに死んでるのだらう。そして伶ほ多く
の裔人が、天質の豊富にも拘はらず、無能の名に呼ばれて経つたのだらう。私はここで、悲しい亡友生悟藤月
のことを追憶してゐる。彼の世に生きてることは、すべてに於て悲劇であつた。彼は自ら自嘲してピエロニス
トと稀し、詩壇は彼を非才の詩人と定評した。そしてまた、葺際に於ても彼の詩は拙かつた。だがあらゆる意
味に於て、彼ほどにも日本の悩みを一人で負ひ、身を以て詩に殉じた義人はなかつた。彼の歌はんと欲したの
は、賓に「純粋に詩的なもの」であり、且つただそればかりであつた。ところで日本現代の文明は、すべてに
於て不純であり、春月の求めたイデアに逆行してゐる。今の日本の文化には、どんな詩的な純粋もなく、どん
な訳文滞紳の破片さへもない。有るものはただ過渡期文化の猥雑だけだ。そして茸に春月は、この猥雑の中に

弟へを求めた.しかも純粋に詩的なものの美を求めた。
 純粋に詩的なものは、それ自ら頚文精神に立脚してゐる。しかも春月の生きた時代には、既に韻文精神が廃
滅してゐた。そして賓際にもまた、詩が散文の中に鮮饅してゐた。この「詩の失はれた時代」に生きて、純粋
に詩的な精神をもつ詩人こそ、正に悲劇的存在の象徴である。彼はポエデイを所有してゐる。だがそれを表現
すべき言葉が無いのだ。彼にして少し早く、せめて多少の萌文精神があつた時代、即ち新饅詩時代に生きてゐ
たら、おそらくその悲劇は無かつたらう。彼はもつと多くの活躍をし、勝利と喝宋を博したらう。彼は「慈し
き時代」に生れた「書き詩人」の、あらゆる不運を表象してゐる。そしてドンキホーテと共に、理想家の故に
敗北した。
 しかしながら春月は、敗北によつて勝利を得た。その筋世の言葉にもある通り、虎は死して皮を残し、詩人
は死んで名を残した。槍は錆びても名は錆びぬ。熱情詩人春月の名は長く後世の日本詩史に、昭和の北村透谷
として残るであらう。彼は不運であつたが無記ではなかつた。然るに世には、全くその名も知れずに埋もれて
しまつた、多くの無記無名の春月がゐる。彼等もまた春月の如く詩を愛し、春月の如く詩に悩んだ。彼等は必
ずしも無才でなかつた。しかもその理想が高く純潔にすぎ、あまりに詩を愛することが深い故に、却つて詩を
作ることが出来なかつた。或はまたその作品が、時流の好個に投じなかつた。そして無為無能と呼ばれながら、
寂しく墓の中に埋もれて行つた。
 今は秋。蒲條とした杢の下に、多ぺの塞が並んでゐる。だれも彼等を訪ふ人もなく、だれも彼等を知る人も
ない。塚は埋もれ、風は吹き、枯葉は落ち、野菊はしをれる。藷條とした杢の下に、無名の寂しい塞が並んで
ゐる。塞が並んでゐる。
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