日本は世界の田舎者か

 日本は世界の田舎者だといふ。田舎者とは何だらうか。彼自身の文化を所有しないで、都会に隷属するものを言ふのである。東京を汽車で立つて、地方の小都市へ旅行する人々は、日本の津々浦々に至るまで、同じ東京の小模型を、それらの田舎町に見るであらう。試みに諸君は、土地の名士や有力者を訪問して、町の案内を頼んで見給へ。必ず先づ諸君は、最初に県庁や、裁判所や、公舎堂やの、堂々たる近代的建築の並んだ一劃を見せられるであらう。それから東京の銀座通りを真似したやうな、所謂五間道路や八間道路やの新市街を、得々として案内されるであらう。だが旅行者の諸君が、その土地に来て真に見てみたいと思ふもの、即ち地方的な特色に富んでる民家建築や、郷土色に豊かな土地の風俗行事の類や、すべてその地方の独自なローカルカラーを伝へるものは、特別の註文がない限り、地方の名士や高官からは、めつたに案内されないだらう。なぜなら彼等地方人の自慢するところは、自分等の住んでゐる都市が、いかに文明的に近代化し、いかに東京チハイしたかといふことにあるのだから、地方的の特色を残溜したやうなものは、彼等にとつてはむしろ恥辱とされるのである。
 日本が今日、世界の田舎町であるといふことは、日本がそれ自身のイデーする文化を持たず、世界の大都会である欧米諸国の国々に対して、文化的に隷属してゐるといふことを意味するのである。日本に来遊するすべての西洋人等が、口をそろへて忠告するところは、日本人が自国の伝統する文化について、自らその美を自覚しないといふことである。日本の政府人や民衆やが、外人に対して先づ誇らうとするところは、巴里、紐育を思はす如き、堂々たる高層建築の竝んだ市街であり、煙突の林立する工場風景であり、ドックに艤装する大汽船の雄姿であり、無数に鉄路の交錯する交通機関の完璧図である。世界の田舎者である日本人は、外国旅行者の来る毎に、必ずそれらの一等区域へ案内する。彼等は心ひそかに得意であり、鼻高々として旅客の讃辞を期待してゐる。「ブラボオ! こりや全くロンドン以上だ。いや大したものだ。日本もすばらしい発達をしたものだ。」といふやうな感歎詞が、今にも相手の口から出ることを待つてるのだ。だが世界の東京から来た旅行者は、彼等の地方人たちとは、全く別のことを考へてる。「何だいこりやあ! 驚くべき悪趣味の西洋模倣だ。」といふのが、多くの外人旅客たちの、偽らない日本印象記である。そして彼等の外人等は、我々がその台所や便所と同じやうに、ひそかに幕を引いて隠蔽してゐるところの、人に見せたがらない所ばかりを、好んで意地わるく覗き込む。そして我々日本人が、自ら半開野蛮として、原始的非文明の遺物として、大いに羞恥赤面するいろいろなもの、たとへば紙の窓硝子である障子や、木の靴である下駄や、非近代生活的なキモノや、非衛生的で見すぼらしい茶座敷や、淫猥卑俗のエロ藝術たる浮世絵や、歌舞伎劇や、それから封建未開時代の名残を止める、さまざまな旧日本的な風物を鑑賞し、且つそれらの物のみを、日本のユニイクな国粋文化として、ロを極めて絶讃する。だがこの外人の讃辞は、地方人たる日本人にとつて見れば、意地のわるい皮肉なイロニイとしか感じられない。彼等が大いに賞讃してもらひたいのは、そんな物とは全く別の方面にあるのだから。日本人といふ国民は、自ら誇るべき価値あるものを誇らないで、誇るに足りないものばかりを、反対に自慢する国民であると、小泉八雲のラフカヂオ・ヘルンが言つてるが、逆に日本人の方から言はせれば、西洋人といふイロニストは、日本人が自ら誇るものを賞讃しないで、誇るに足りない無価値のものばかりを、ツムジ曲りに喝采する人種であると言ふのであらう。(八雲の説によれば、自国の真の文化と国粋精神の美とを、日本で最もよく知つてる民衆は、何の新時代的の教育も受けてないところの、無智純樸な農夫や漁夫の徒であると言ふ。新教育を受けた学生や智識階級者等は、この点で全く話すに足りない西洋心粋者流だといふ。しかし就中、その誇るに足りないものを自誇するタイブの人々は、日本の官吏と政府人だと言つてる。このことの真実は、田舎の小都会に旅行した場合に、だれにも経験によつて理解される。地方のローカルカラーと郷土文化を、最もよく知つてる者は、どこでも土地の純樸な住民や農夫たちであり、反対に地方の東京化を自慢したがるものは、必ず県庁の役人や官吏等である。)

 日本はこれで好いのだらうか。自らその文化の独立性を所有せず、他の欧米帝都に隷属するところの、世界の地方部落であつて好いのだらうか。この提案に対する答は、代数の二次方程式に於ける如く、然りと否との正反対が、共に正しい商として成立する。「然り! それで好いのだ。」と考へる人は、世界の後進国としての日本の、現在に於ける困難な立場を考へてるのだ.軍備も、法律も、経済も、工業も、学術も、すべて現在する、一切の文物は、悉く皆西洋から学んでゐる。もしそれを学ばなかつたら、日本は弱肉強食の近代世紀に取り残され、支那、印度の諸国と運命を共にした。そしてこれを学ぶためには、自ら世界の後進国たることを自覚し、田舎者の謙譲とロマンチシズムとを以て、ひとへに西洋先進国への追及を理念しなければならないのである。しかし僕等の弁証論は、その反対の立場の「否」をも、同時に声高く止揚しなければならないほど、今日のツぴきならないヂレンマに陥つてるのだ。なぜなら此処には、外敵によつて国土が侵略される以上に、もつと憂ふべき問題が残るからだ。つまりその意味は、愛国心の成立に於ける懸念と、その喪失について言つてるのである。
 軍事当局者の説によれば、兵士として最も良質のものは、小学卒業程度の者が多数占めてる農村青年であり、中学卒業程度の者はこれに次ぎ、高等学府を出たインテリ青年は、概して最も質が悪いといふことである。かつて或る政府当局者の書いた物にも、民衆の愛国心はその教育程度に逆比例をすると述べてあつた。即ち真によく日本の国粋精神を知つてるものは、概して無智に近い純樸の労農階級者であり、大学や専門学校やの、より高い高等教育を受けた人々ほど、概して愛国心が薄く、非国粋思想の持主が多いといふのである。そしてこの観察は、今日の現状として、確かに事実であるやうに思はれる。(小泉八雲もまた、少しちがつた別の立場から、それと同じ観察をしたこと、前に述べた通りである。)
 この憂ふべき現象は、何に起因してゐるのだらうか。世界の何処の文明国でも、真に国を憂へ、国を愛する憂国愛国の士は、必ず高等教育を受けた有識インテリの人々にきまつてゐる。ひとり日本が、その反対の例外なのは何故だらうか。おそらくそこには、政府の指導する教育原理に、何かの不健全な病気があることを臆測される。日本の小学校で教へることは、我等の國體が世界独特のものであること、日本人の民族性が、忠勇無双の大和魂を持つてゐることで、世界に類なく冠絶してゐること、現代日本の富強と文明とが、赫々として世界に覇を唱へて居ること、かつて一度も、外国からの侵略を蒙つたことがないこと等である。無邪気な子供たちは、かうした教育から愛国心を鼓吹され、日本を世界無比の神国と考へる。おそらく彼等は、軍艦も、大砲も、電燈も、汽車も、ピアノも、蓄音機も、活動写真も、彼等が現に学んでる小学校も、すべて皆遠い昔から、先祖の日本人が発明して、日本古来から有つたもののやうに考へてる。だがやや長じて、上級の学校に行く日になると、初めて種々の懐疑が起つてくる。そして大学生の帽子を被る頃には、少年の日に鼓吹された愛国心が、根柢から動揺して来る。なぜなら教養のある知性人は、子供のやうに単純なヒロイズムだけで、祖国を熱愛することができないからである。すべての文明国人は、祖国のすぐれた天才や、光輝ある文化の歴史を思惟することで、初めて真に熱烈な愛国心を呼び起すのである。単に外敵に犯されないとか、勇猛無比といふやうなことだけで、種族的なプライドを感じたり、愛国心に燃えたりするのは、ムーア人やエチオピア人の如き、無知蒙昧な未開人(彼等は情操上の子供だから)にすぎない。プロシヤがナポレオンの大軍に侵略された時、敵の砲列に囲まれたベルリンの大学で、哲人フイヒテが演説したことは、独逸の学術、独逸の哲学、独逸の音楽、独逸の建築、独逸の文学が、いかに長い民族的伝統によつて創造されたところの、世界に冠たる文化であるかといふことだつた。フイヒテはそれ以上のことを言はなかつた。だが観衆には、それ以上の意味が了解されてた。そして大学生を先導に、熱狂した群集が、独逸万歳を叫んで敵を城外に撃退した。
 蒼古二千六百年の歴史を有する日本人は、十九世紀の独逸以上に、長く伝統した光栄の文化を持つてゐる。我等は阿弗利加の土人ではなく、情操上の子供ではない。教養の如何を問はず、真の日本人の愛国心は、祖国の文化的光栄を感ずる日にのみ、勃然として中外に発揚するのだ。しかも僕等の学校は、過去にその何事も教へてくれなかつた。反対に僕等は、それを軽蔑するやうに教はつた。小学校では、ピアノで唱歌することを教へたけれども、三味線を淫猥卑声の俗楽として擯斥した。中学校では、万葉集も源氏物語も教へなかつた。それらの学校で学んだことは、すべての伝統する日本文化が、人心を遊惰柔弱にしたり、隠遁厭世の思想を傾注したり、社会の風潮を淫靡軽佻にしたりすることで、質実剛健を尊ぶ軍隊精神と矛盾し、且つ明朗健全の近代精神とも背馳し、すべてに於て「教育上有害なもの」であり、世界線上に勇躍する新日本の理念からは、一切清算抹殺すべきものだといふのだつた。
 最高学府の大学に入つてから、博士の教授たちが教へたことは、すべて西洋の学問であり、西洋人の発明した専門の智識であつた。医学も、法律も、経済も、物理学も、すべて皆さうであつた。そしてかかる智識の吸入に孜々としてる学生たちは、必然的に祖国の文化を軽蔑するやうに習慣づけられた。彼等の仲間では、「日本的」といふことが、「野蛮的」もしくは「封建的」といふことと同義字に考へられてゐる。反対に「西洋的」といふことは「文明的」もしくは「近代的」と同義字になる。明治鹿鳴館時代の西洋心酔主義を、今日最もよく直系してるものは、実に日本の女学生と大学生である。彼等が「善きもの」としてイデーしてゐる事物は、すべて皆西洋にあつて日本にない。なぜなら彼等にとつての「文化の祖国」は、日本でなくして西洋であるからだ。かつて共産主義の思想が栄えた時、不心得にも露西亜を「我が祖国」と呼んだ学生があつたけれども、今日も尚主義者に非ざる大多数の学生やインテリ青年は、心ひそかに独逸や仏蘭西を「我が祖国」と呼んでゐるのである。
 かうした青年こそ、まことにその真の祖国を失つた亡国の民である。彼等は地唄と長唄の区別を知らず、能も歌舞伎も知らないけれども、西洋音楽と外国映画は精通してゐる。彼等は方丈記を一度も読まず、雨月物語の内容を知らないけれども、アンドレ・ジイドやルナアルの文学は通読してゐる。しかも祖国の歴史を知らないことは、彼等にとつて何の恥辱でもなく、外国の文化を知らないことのみが、インテリとしての衿持を傷けるのである。丁度あたかも、他国のために占有された植民地や展領国の土人等が、自国語を知らないことを名誉とし、征服者の外国語を知らないことを、逆に反つて恥辱と感ずるやうに、此等の祖国を持たない学生や青年やが、完全に日本人としての国籍を失つてるのだ。
 だがしかし、だれがそもそもかうした学生等を養育したのか。国を憂ふるものは、彼等の非国民的心事を憎み、愛国心の失喪を歎くけれども、罪の所在が果して何処にあるかを知つてるのか。政府は学生を責める前に、己れ自ら為したことを反省して見よ。祖国の光栄ある歴史と文化について、かつて何事も教へないで、いたづらに大和魂の呪文を説き、子供騙しの武勇伝ばかり教へて、多少理性ある年齢に達した青年等を、果してよく愛国者に仕立てることができるだらうか。小学卒業生と無辜の農民とが、戦場に於て最も勇敢な兵士であるといふことは、日本にとつて最も歎くべく悲しいことではないか。文部省の教育は、大学生にカントの哲学を教へ、科学博物館を見物させる前に、先づ彼等を京都の一茶亭に案内すべきである。そこには僅か一坪ばかりの地面が区切られ、粗末な竹垣がめぐらされてる。そして何もない空地の庭には、二三本の寒さうな南天の樹が、あはれに悲しく、一隅の日蔭に生えて震へてゐる。さうした侘びしい小さな庭を、僕等の日本人の先祖たちは、何百年も古い昔から、紙障子の白く張つた、薄暗く天井の低い茶座敷から、何時間も飽きずに眺め暮してゐた。なぜならそこには、日本人の伝統する抒情詩精神の深奥なものが、侘びしをりや寂びしをりの風情に於て、心行くばかりに表現されてゐるからである。そしてこの「哲学」を教へなければ、そもそもどこに日本のカントが実在するか。そしてまた、そもそもどこに国粋精神の精華があるか。すぺての民族的自覚による愛国心は、かかる国粋的な美学と倫理学とを、悟性や感性に於て会得し、且つそれへの強い愛恋を持つことからのみ源泉する。もし彼等の学生や智識階級者にして、一度その深奥幽玄な国粋文化の意味を知つたら、政府が他から干渉せずとも、浅薄な外来思想に感染する如き恐れはなく、軽佻浮薄な風俗をして、日本を米国の植民地化するやうな愚はしないだらう。
 隣国の支那に於ても、一時西洋心酔思潮が流行し、時代の指導者を誇る学生等や智識階級者が、こぞつて皆洋服を着、洋食を食ひ、西欧文明を最善最美のものとして崇拝し、支那固有の風俗文化を蛮風視した。しかし最近では、排日意識の高揚に伴ふ民族的の自覚から、再び熱烈な祖国主義に返つたので、彼等の新時代に属するインテリゲンチユアは、再び洋服を脱いで支那服を着、且つ支那服を着ることに、指導者としての自己衿持を感じてゐるといふ話である。自ら軽蔑するものは他人も賤しむ。日本の政府人や民衆やが、自ら自国の文化を軽蔑し、自らこれを非文明視する故に、支那人や欧米人やの外国人が、日本を文化的に賤辱して、外国模倣の猿真似を事とする以外に、何の独特な自家文明を所有しないところの、文化的未開国と思惟するのである。しかも日本の学校では、義勇公に奉ずる忠勇無双の戦闘精神だけが、日本の唯一の国粋的プライドである如く教へるのだから、外国人の立場で客観的に観察すれば、何等の学問藝術も所有しないで、学にその種族の武勇を誇るアフリカ土人と同じやうに、野蛮な好戦的人種と見られるのである。そしてこの誤謬と妄想は、しばしば我等を古代の蒙古人と同じく、暴力による文化の破壊者と邪推し、二十世紀の黄禍を幻覚させたりするのである。いづくんぞ知らん。我等は過去に二千余年の歴史を経た、世界で最も幽玄深奥な文化を持つてる。キリスト教の伝道師を手先として、東洋の未開国を次々に侵略した紅毛人が、日本で遂に失敗したのもこの故だつた。我等の先祖は、基督教にエキゾチックの眼を見張つたが、彼等によつて政治的に懐柔されるほど、文化の伝統を持たない未開土人の徒ではなかつた。欧州を席巻した古代蒙古人の勇猛心と、我等の誇る大和魂とは、その文化的内容に天地雲壤の相違がある。日本兵の戦場に於ける勇敢さは、野蛮人のパツシヨネートな猛獣性ではなく、その精神に多くの複雑な文化伝統−物のあはれの感傷性や、自然美への深い趣味性や、君臣一如の國體観念や−が内容されてゐるのである。
 だがすべて此等のことを、政府は国民に教へないし、況んやまた外国人にも教へないのである。政府が自他に教へることは、一切の実質たる文明的内容を除去して、単に忠勇義烈といふ概念だけを、言葉の抽象的な意味で掲げるところの、無意味な国粋主義の命題である。故にそれは、小学生のヒロイズムを刺戟する以外に、大人の学生を教化する力がなく、却つて一笑に附されてしまふのである。かくして政府は、この国の学生と智識階級者を、故意に反動的な思想に走らせ、祖国を追はれた亡命の志士に変へてしまふ。国民教育上に於て、これより憂ふべきことはないであらう。最も肝心なことは、日本が文化的に世界の帝都に隷属してゐる、未開の地方辺境であり、世界の田舎者であるといふ卑屈な自己意識を、一日も早く解消清算することである。