第四四七・四四八合併号(昭二〇・六・二〇)

 勝ち抜く食糧
  最近の食糧事情
  
新選「夏の七草」
  
山草も決戦食の仲間入り
 新らしい外食券制度        農 商 省
 夏の衛生  蝿、蚊、虱退治    厚 生 省

最近の食糧事情

 食べ物ばかりでなく、なんでも作り出され
る分量、つまり供給と、使ふ分量即ち需要が
平均してゐれば問題は起らないのだが、この
均衡が破れ、供給が少く、需要が多くなる
と、物は足りなく窮屈になるわけである。こ
の道理から、近頃、とみに窮屈になつた主要
食糧事情の裏には、きつと需給の不釣合が起
つてゐるに違ひないことが分るのである。
 では、その不釣合はどんな風に起つてゐる
のであらうか。
 もともと日本のお米の生産高は、平年作で
だいたい内地米が六千三百万石から四百万
石、朝鮮米が、約二千万石、台湾米が一期、二
期を合せて約八百五十万石程度であつた。と
ころが、これに対し、内地の食生活に必要な
分量は七千八百万石ほどなので、その差引不
足分約千四、五百万石は、主として朝鮮、台
湾から入れ、多い時には朝鮮から約一千万
石、台湾から約四百万石に上るお米を移入し
て、内地における米の需給の釣合をとつてゐ
たのである。
 しかるに、支那事変についで大東亜戦争が
起るに及び、日本におけるお米の需要は急激
に増え、内地では、ひとり鮮米、湾米の応援
ばかりでなく、タイ、仏印等の南方からも相
当量のお米を輸入しなければならず、特に大
東亜戦争の勃発した昭和十六年には、東北地
方の冷害等で、内地の米は五千五百万石とい
ふ、平年作よりも八百万石も少い大凶作に見
舞はれた上、更に朝鮮からも計画通りの米が
入らなかつたので、十七米穀年度(つまり昭
和十六年十一月より七年十月末まで)には
南方米を大量に輸入しなければならなかつ
た。
 次いで十八年度はどうであつたかといふ
と、この年度は、十七年の内地米は非常な豊
作で、六千六百七十万石といふ、戦時下には
珍しい実収高を示したのであつたが、朝鮮
が大凶作であつたため、結局、朝鮮からの移
入を防ぐことができず、この年度も相当量の
南方米を輸入しなければならなかつたのであ
る。
 幸ひ、この頃は戦局もわが方に有利に展開
してゐたため、これら南方米の輸入にも、さ
したる支障が起らなかつたのであるが、これ
が作十九年度になると非常に調子が変つた。
即ち、この年度は、内地米は約六千三百万石
でほゞ平年作、朝鮮、台湾が平年作よりやゝ
悪いといつた成績で、内外地を通じての供給
力は、まづまづといふところであつたが、
戦局の推移は、漸く我に不利となり、このた
め、こんどは南方からの外国米の輸入が絶望
に近いといふ状態に陥つたのであつた。この
ため政府では、前年まで南方米が引受けてゐ
た、内地米の不足を補填する役割を満洲の糧
穀に振替へることになり、新たに日満を通ず
る食糧自給態勢を確立することとなつたので
ある。即ち、幸ひにも未曾有の豊作に恵まれ
た満州国から、大豆や高梁等の雑穀を内地に
運び、同時に内地自体においても、お米の
代りに甘蔗や麦を配給し、その主食化をはか
ると共に農家の供出を強化し、他方消費の
面においても、お酒を造る米の量を減らすと
か、その他いろ/\な業務用米を圧縮削減す
るなどの手を打つて、やうやく需給の釣合を
保つたのであつた。
 このやうに昨年度は多分に危険を孕みなが
らも、どうやら切抜けて今年度に入つたので
あつたが、それでは今年度はどうかといふ
と、あつさりした言ひ方かも知れないが、今
年度は昨年度よりもなほ一段の困難が加つて
ゐるといふことが言へるのである。
 即ち、去年の秋の内地産米は東北、北陸地
方の水害、西日本のひでり、その他肥料の不
足等が大きく響いて、米の実収穫高は五千八百
七十万石と、遂に六千万石を割り、また朝
鮮も不作で、鮮米の輸入も当てにならず、一
方戦局の進展はいよ/\益々我に不利に傾
き、このため南方からの外米はおろか、台湾
米さへも入る見込みがないといふ状態なので
ある。
 しかも需要はとみると、本土決戦に備へる
軍動員、生産力の増強をはかるための産業要
員の動員等から、加配を受ける人の数がぐん
とふえるので、結論として今後の需要量は減
るどころか、逆に昨年度よりぐつとふえる
ことになるのである。
 さて、このやうにみて来ると、今年の食糧
事情は、年度の初めから、つまり出発点にお
いて既に需給の間に大きな不釣合が起つて
ゐたことが明らかなのである。
 そこで、この不釣合を何んとかしなければ
ならない・・・といふので、政府でも打てるだ
けの手を打つてきたのである。即ち、供給の
面においては満洲から昨年度よりも、より以
上大量の雑穀を入れると共に、内地において
は、麦、甘蔗、馬鈴薯の大増産を企て、一
方、農家の供出を促し、最近に至つては、別
項の如く、各農村において調整米の造成をは
かり、これによつて、供出後の農村自体の需
給調整を強化させる等の措置をとつたのであ
る。そして、他方、需要の面においては前年
度にも増して、酒造米、その他業務用米の圧
縮をはかり、また配給の適正をはかるため、
帰順配給量の改訂、幽霊人口の調整、外食券
制度の確立(別項参照)等を順次行つてゐる
のである。
     ☆      ☆
 今年度の食糧情勢は、今日迄のところこの
やうな推移を辿つてきてゐるのであるが、さ
て、それならば、端境期に向ふ、今後の情勢
はどうか、といふに、それはいよ/\困難、
窮屈を覚悟しなければならないのである。
 即ち、今年の難局切抜けにまづ期待をかけ
られたものは前述のやうに満洲からの雑穀で
あつたが、敵が沖縄に足場を固めた今日、内
地、大陸間の輸送が思ふやうに行かなくなる
ことは改めて述べる迄もない。従つて、今後
満洲糧穀を計画通りに入れることは極めて、む
づかしく、かうなると、残るところは内地
の麦作と、甘蔗、馬鈴薯などであるが、この麦
作が、今年は天候等の関係から余り芳しくな
く、予定通りの収穫、供出には相当の困難が
予想されるのである。また、馬鈴薯、甘蔗は
相当の大増産が行はれても、これにはまた、
航空燃料の原料といふ、新らしい使命が課せ
られてゐるので、それが食糧として振り向け
られる分量にも自ら限りがあるのである。
 このやうに考へると、端境期に直面した食
糧事情は、非常な困難が重つてゐるわけで、
並々の努力では、この困難を克服することは
とても出来ないのであるが、さりとて、食糧
が戦力の基盤である以上、われ/\はどんな
ことをしても増産し、食ひ抜いて行かねばな
らないのである。
 幸ひに、わが国は昔から千五百秋瑞穂国と
いはれ、国民の土地の利用の仕方、活かし
方、努力、工夫次第で、一億一人として飢ゑ
ることは絶対にないのである。
 それならば、この有難い皇土を活かし、こ
の食糧の問題を解決するには、農村の人、生
産者はどうすればよいのか、消費者は如何な
る心構へをもつて新らしい食生活を打立てね
ばならないのか、われ/\は今こそ真剣に考
へねばならないのである。