第四四七・四四八合併号(昭二〇・六・二〇)

 勝ち抜く食糧
  最近の食糧事情
  新選「夏の七草」
  山草も決戦食の仲間入り
 新らしい外食券制度        農 商 省
 夏の衛生  蝿、蚊、虱退治    厚 生 省

夏の衛生 蝿、蚊、虱を退治しよう

 いよいよ腸チフス、パラチフ
ス、赤痢などの消化器系伝染病が
多発し、デング熱が爆発する時期
に向つてきました。また発疹チフ
スの予防にも十分注意しなければ
ならない時です。
 戦時下、伝染病の予防には一刻
の猶予も許されません。官民協力
してますます予防法実施の徹底を
期する必要があります。そこでこ
の度、戦時伝染病防止運動
起すことになり、この運動の一つ
として、伝染病多発の原因をなす
蝿、蚊、虱、の退治に邁進するこ
とになりました。しかし、かうし
たことは一部落、一町村が協同し
て行はなければ効果が少いので、
一大熱意を以てこれに当つていた
だくやう切望します。次ぎにこれ
らの害虫の習性と退治方法につい
て述べることにしませう。



その一生と習性

 蝿には八百以上の種類があると
いはれてゐますが、普通に見受け
られるものは家蝿、小家蝿、大家
蝿、縞蝿、金蝿、黒蝿、糞蝿等七
八種に過ぎません。
 蝿の成虫はまづ塵芥、堆肥、厩
便所などの腐敗物の中に産卵しま
す。その卵はバナナのやうな形を
した長さ一粍位のものです。この
卵は暑い時には半日位で孵化し、
蛆虫となつて蠢き、のやうに度
度脱皮して成長し、三、四日も経
てば蛹となります。蛹は小豆色で、
俵のやうな形をしてをり、便所と
か塵芥箱の近くの土の中によく発
見されます。蛹は更に三、四日
すると羽化して成虫、即ち蝿にな
ります。このやうに卵から完全な
親蝿となるには十日前後を必要と
します。成虫になつた蝿は一乃至
二週間位で卵を産み始め、一代の
間に多ければ十数回も産卵し、一
回の産卵数は百乃至百五十箇位に
上ります。生れた蝿が悉く生きて
ゐると仮定すれば、春一疋の雌蝿
は、内輪に見ても秋には実に九京
七千六百五十六兆二千五百億に増
殖するといふ計算になります。誠
に驚くべき繁殖力です。ですから
春に捕る一疋は夏の一千万匹にも
価することを知らなければなりま
せん。蝿の嗅覚は頗る鋭敏で、排泄
物その他の不潔物や飲食物などを
直ぐに嗅ぎ出して集つてきます。
蝿は極めて貪食で、口吻(くち)の広い唇
で物を溶かして、所嫌はず舐め歩
き満腹すると吐出し、また吸込ん
で汚斑を残します。蝿は概して明
るい所を好みます。また白、黄、緑
の色を好み、青、紫、黒などを嫌
ふやうです。蝿は排泄物などの汚
物に止る給果として、その体に無
数のばい菌を附けてゐます。例へば
一疋の家蝿の脚だけに二十九万
以上の大腸菌を検出したといふ検
査成績もあります。その中にはチ
フス菌や赤痢菌やうな病原菌も
証明されてゐます。これらの微歯
は蝿の舐めた食物に移つて行き、
やがて人体内に人る危険がありま
す。いはゞ、蝿は伝染病毒を積み
込んだ爆撃機のやうなものです。

退治法

一、発生を防止すること
 蝿が産卵し、これが発育して蛆
や蛹となり、更に成虫となつて飛
ぶやうになればいよいよ危険です
から、なるべく発生するに適当な
場所を造らないやうに、初めから
注意することが最も理想的な方法
です。それには
 (イ) 代宅の近くに濫りに掃き溜
めを造らないこと。
 (ロ) 塵芥は早く一定の塵芥箱に
入れて、すぐ蓋をすること。
 (ハ) 便所の汲取口に緊密な蓋を
すること。
二、蛆蛸を殺すこと
 蝿の発生場所をなくすることは
駆蝿の第一義ですが、実行困難な
場合も少くありません。そこで駆
蝿の第二は卵、蛆、蛹を殺すこと
です。それには
 (イ) 便池内にドクダミ、ニンニ
ク、サンセウの葉、キリの
葉、イチジユクの喋、ミカン
の皮などを刻んで便池の表面
を蔽ふ程度に投入すること。
 (ロ) 便池内にアセビ、シキミの
葉等の煮出汁を投入するこ
と。しかしこれらの煮出汁は
人体にも有毒ですから十分注
意すること。
 (ハ) 便池の周囲や塵芥箱の下底
の土を一、二寸掻きまはし、
蛹を捕へて殺すこと。
三、蝿が飲食物にとまるのを
防ぐこと

 (イ) 飲食物は戸棚などに入れる
か、食卓覆ひをかけること。
 (ロ) 食堂、調理場の入口には縄
暖簾などを設けること。
四、蝿を捕へること
 棕櫚、竹、厚紙(厚紙の場合は
小孔を穿つとよい)などで蝿叩を
作り、蝿を捕へること。また蝿捕
瓶など、手持の蝿捕器があれば、
これをも利用すること。


その一生と習性

 蚊には多くの種類があつて、名
前のついてゐるものだけでも二百
数十に上つてゐます。これを大き
く別けると、大体普通蚊と羽斑蚊
(マラリア蚊)になり、普通蚊に
はアカイヘ蚊、コガタアカイヘ蚊
等のイへ蚊とトウジウヤブ蚊、ヒ
トスヂ蚊(シロスジヤブ蚊)等の
ヤプ蚊があり、羽斑蚊にも多くの
種類があります。このやうな多く
の種知の蚊の中で、我々が最も警
戒しなければならないのは、デン
グ熱を媒介するとヒトスジシマ蚊
です。
 雌の蚊は人畜から吸血し、三日
位で水面に産卵するやうになりま
す。その卵の数は普通蚊で三百乃
至四百箇位で、一箇の卵は長径一
粍位です。温度などで多少の違ひ
はあるが、卵は三、四日経つと孵
化して幼虫(孑孑)となります。
幼虫は段々活溌に運動するやうに
なり、時々水の表面に出て呼吸を
営みます。幼虫は暖い時には普通
一週間位で蛹(オニボウフラ)に
なり、蛹は普通二、三日で成蚊と
なります。つまり、水面に浮び上
つた蛹の背面が破れて開き、そこ
から成蚊が這ひ出し、暫く水面に
ゐて空気に触れ、翅が硬くなると
飛び立つのです。以上の順序で卵
から成蚊にとるには約十日間の水
中生活を営むことになり、成蚊の
寿命は種々の条件に左右されるが
大体二ケ月位といはれてゐます。
 蚊の発生には水が必要です。し
かしこの水は極く僅かで事足りる
のです。草の葉にある少しの水で
も、藪や草原の湿潤地でも発生し
ます。蚊は人を刺して大切な血を
吸ひ、痒みを起し、皮膚病の基を
作つたりするばかりでなく、最も
恐るべきことはデング熱、マラリ
ア、フィラリアなどの病気を媒介
することです。そのうち日本内地
で最も警戒を要するのはデング熱
を媒介することで、何万といふ本
病患者が僅かの期間に発生して、
時局下大切な生産力を妨害するこ
とも我々の記憶に新らしいところ
で、誠に遺憾に堪へません。現在、
蚊帳も少く、本年は蚊の発生も一
段と甚だしいことと予想されるの
で、皆が努力して蚊退治に努力す
ることが必要です。

退治法

一、蚊の産卵場所をなくすること

 蚊の産卵場所をなくすることは
最も根本的な蚊退治法です。
(イ) 水溜をなくすること。庭、
草原、樹の下等の水溜や藁の
堆積、湿地をなくすること。
花瓶や墓地などにある花立の
水にも注意し、また竹の切株、
缶詰の空缶などに水の溜らぬ
やうにすること。
(ロ) 下水その他の溝渠を掃除す
ること。家の内外の下水溝は
常に掃除し、泥の掻出し等を
し、水の流通をよくすること。
(ハ) 水槽などに隙間のないやう
に完全な覆蓋を施すこと。

二、孑孑(ぼうふら)を殺すこと

(イ) 換水すること。防火用水槽
花立などの水は十日乃至二週
間毎に換水し、且つその際、
器壁に附着してゐろ孑孑をも
拭き取ること。
(ロ) 魚類を飼養すること。普通
の防火用水槽に二乃至三疋の
割合で目高、金魚、鮒、小鯉
等の魚類を飼養すること。
(ハ) 灰を投入すること。普通の
防火用水槽(四斗乃至五斗)
に四升以上の木灰(練炭灰も
可)を入れること。
三、成虫を殺すこと
 蚊取線香がなければ、例へばカ
ヤ、サンセウ、ミカン皮などを燻
すこと。
四、蚊の刺螫(しせき)を受けぬこと
 蚊帳を用ひ、また衣類に注意し
て蚊に刺されぬやうにすること。



その一生と習性

 人体に寄生する虱には衣虱、頭
虱、毛虱の三種類があり、このうち衣
虱と頭虱はよく似た種類で、衣虱
は頭虱よりも一般に大きく、体長
二粍前後で色が淡く、頭虱は体長
一乃至二粍で色が濃いものです。
毛虱は前二者と種々の点で異ひ、
また伝染病媒介上あまり問題とも
なりません。衣虱の卵は長さ〇・
七乃至〇・九粍で細長く、産卵さ
れたばかりの卵は殆んど透明です
が、中で幼虫が発育すると黄色を
帯び、次第に褐色から黒色となり
ます。衣虱の卵は衣類の糸に附着
し、頭虱のは毛に膠着してゐま
す。
 卵は平均七日で孵化して幼虫と
なります。卵は可なり抵抗力が強
く、零下五度に終夜放置しても死
にません。幼虫は二回ほど脱皮し
て蛹のやうになり、第三回目の脱
皮で成虫となります。条件がよい
と衣虱は一日十二箇も産卵し、一
生には多ければ二百から三百位
卵を産みます。卵から成虫になる
までの期間は、衣虱ではおよそ三
週間位で、虱の寿命は明らかでな
いが、三十日から五十日のやう
です。人体から離し、食物を与へ
ないと数日で死んでしまひます。
虱の厭な点は皮膚の不快感、痒み
を起し、また吸血し、皮膚病をも
招くほか、最も恐るべきことは発
疹チフス、回帰熱などの伝染病を
媒介することです。

退治法

一、虱の寄生しないやうにすること
(イ) 衣類、殊に下着類は時々洗
濯して清潔に保つこと。洗濯
する前に一晩水に浸して置く
こともよい。
(ロ)虱寄生の有無を知るため毎
朝着てゐる下着類を点検する
こと。
二、衣虱を駆除すること
(イ) 衣類や敷布は熱湯(摂氏七
十度以上)に三十分間浸漬(ひた)す
こと。
(ロ) 蒲団その他、熱湯に浸漬し
難いものは表裏交互に一日以
上直射日光に曝すこと。
(ハ) 敷物類はなるべく日光に曝
し、居室は清掃を励行するこ
と。
三、頭虱を駆除すること
 度々梳櫛で梳き、出来れば硫黄
粉石鹸で洗髭すること。出来るな
らば石油と食醋の等量混合液、又
は食醋で沾ほしたタオルで頭を被
ひ、三十分経つてから洗ひ、梳櫛
で梳く方法がよいが、また水銀軟
膏もよろしい。
               (厚生省)

 

病は口から

 梅雨時に罹り易いのは伝染病と中毒症で
す。殊に最近のやうに舎生活などをする
やうになると、水が不由由なので非戸水や
水道の共同使用となり、伝染病の細菌が発
生すると勢ひ伝染病が蔓延し勝ちになりま
す。そこでこんな場合は必ず水を煮沸して
から用ひることが肝要です。
 また最も食物の腐敗し易い季節も梅雨時
です。腐敗した魚介類を喰べるとプトマイ
ン中毒に罹るか、軽くて蕁麻疹、重症とな
れば一命に拘はることもあります。
 魚介材の腐敗を見分けるには、大体はそ
の新鮮度によつて判断できますが、腐敗が
進んでゐる場合は、冷凍物の場合は別です
が、アンモニア臭がありますからすぐに判
断できます。魚介類の生物はその度毎に十
分煮るか焼いて直ぐに戴くのが最も安全な
方法です。