西洋中毒

理学博士 遠藤吉三郎

 

   序

大正三年四月以来、「大日本」及び「新日本」誌上に掲載せる
拙稿の一部に、尚ほ未発表の数編を加へて一巻とせる
るもの即ち本書なり。世間一般に西洋を褒め、何事を
か論ずる毎に西洋ではと言ひ之れを聴く者は其節の
理否を問はずして其言に慴伏するの状態に在り。此
時に当り、反対に西洋に倣ふべからずといふ、著者を以
て旋曲(ツムジマガ)りと評する者少なくはあるまじ。西洋にも善
い事学ぶべき事勿論多々あり、之れを採るべしとなす
に於ては、著者は決して人後に落ちざるなり、然れども
如何に考へて見るも、我が同胞は西洋を有り難がり過
ぎるは争ふべからず、此類の連中は、常に自国の進歩を
阻害しつゝあること亦明かなり。今にして此流潮を
喰止むるに非ざれば、将来取り返へしの附かぬ失策を
来すの惧あり。筆者素より微力、敢て自ら此大勢を堰
止めんと擬するに非ずと雖も、本書に依りて、一人にて
も志を同じうするの士を増すを得なば、執筆の目的は
則ち達せられたるなり。

 大正五年四月  札幌にて 卍生記す

 

西洋中毒目次

一 畏ろしい西洋人

熾烈なる西洋崇拝の時代  警察新築の一理由  我の強い自省心なき独逸人  行政上の紛議と宣教師  外人厚遇と国家の損失

一 文明と野蛮

矛盾せる文明  不徹底な文明  所謂文明は呪詛すべきもの  文明とは物質の誤用  今次の欧州戦争は物質誤用の競争

一 外国崇拝と輸入超過

無意味なる輸入品  上流社会と輸入品  露西亜と英吉利  一国の衰亡と奢侈  贅沢の本場  巴里毒予防と英国のお国自慢  崇外的輸入品の一例  矛盾せる文部省の訓令  国産奨励の声

一 欧州大陸人の日本観

日本に関する欧州人の知識  予がロカール・アンツアイガー紙に与へた痛棒  欧州大陸人の日本を誤解する一因

一 英領的日本

大国のお仲間入り  日本の貨幣と郵便切手  日本は英語を話す国民と認めらる  英語習得の状態と其悪影響  国民教育を外国人に委ぬるは国辱  宣教師の眼に映ずる愍然な日本  西洋宣教師は速に日本を去れ

一 中等教育の英語科の能率

普通教育としての外国語  中学英語科廃止と翻訳機関の設置  西洋諸国の中学に於ける外国語  三十年間の中等教育英語科の効果  英語科の代りに支那語を課したりとせば如何  中学を二種に分たんとする論者  今日の学制論者の誤謬

一 英国は師とするに足るか

英国は立憲国の模範か  英人の国家思想  英国の海外移住民  同盟罷工  所謂英国の紳士道  英吉利の乱暴女  厳正なる判断なき崇外心  大和民族の崇拝すべき道

一 音譜文字無用論

国字改良問題  ローマ字論者の主張と其誤謬  観じ排斥の理由  ローマ字論者は西洋崇拝  言語の変化する点を逸す  言語の変化に伴ふ綴字式と形象文字の利害  方言統一の問題を軽視す  音譜文字の綴方が発音と没交渉となりし場合  同音異義の語に対する音譜文字論者の誤謬

一 加州問題客観

北米論者の誤解  欧羅巴諸国の海外移住防止  外交の無能は却て日本の利益

一 西洋文学の読ませ方

人形の家と新しき女  ノオラと新しき女  イプセンは女権論者か  イプセン劇中に現はれた男女観  イプセンの恋愛呪詛  イプセン作物の通有性としての遺伝  イプセン作物中に現はるゝ軍人と宗教家  外国文学紹介に対する注意

一 バーナード・ショーと大僧正

新文明国民の裏面  大僧正の抗議とショーの弁駁  サンデー・クロニクルの評論  ショー何者ぞ  今日の所謂文士

一 西洋の姥捨山

サンデータイムスの日本の姑  新旧思想の衝突とは何か  西洋のお母さんの末路  日本の賢母良妻主義  日本帝国の破壊者

一 女事務員

女子の職業  英吉利女権論者の主張の要点  ウェルトハイム勸工場の醜態  女事務員の述懐  西欧の国家病は都市集中  恐るべき国家病の伝染  良妻賢母主義の破壊

一 直訳揃ひの日本

東京の大通り  長さの単位  目方の単位  数字の書き振り  日本飯を食はさぬ日本の汽車の食堂

一 選挙権を論ず

西洋の国家と参政権  女子の職業問題と参政権問題  社会の統治権の基礎  一、強力者統治権 二、賢者委任統治権 三、多数意志代表者統治権 四、族長統治権  国家の向上を阻害する悪制度  西洋の国家組織は利益が基礎  欧羅巴諸国の参政権  日本の参政権

一 日本国民の融通性

島国国民性とは何ぞ  都市に顕はれたる国民性  家屋に顕はれたる国民性  衣服に顕はれたる国民性  食物に顕はれたる国民性  日用器具に顕はれたる国民性  言語に顕はれたる国民性  日本人は先天的融通性の国民


・・ をはり ・・


生物学的人道観  明治四十四年十二月初版発行  発行所 博文館

嗚呼西洋      大正二年十一月初版発行     発行所 博文館

西洋文明の没落  大正三年九月発行         発行所 富山房

以上三編は著者が欧米人の思想の欠点を遠慮なく罵倒し日本の國
體と歴史とに鑑みて日本固有の思想を飽くまで保存すべきを主張
するに於て「西洋中毒」所述と一貫せり「西洋中毒」の読者は更に右の三
篇によりて著者の主張及び其論拠を批評せられんことを希ふ

                           著者謹白


大正九年九月二十五日印刷
大正九年九月二十八日発行

西洋中毒 定価金一円廿銭

版権者

(用紙クロックスレー特性ラフ)

著作者  遠藤吉三郎

編輯兼発行者

     東京市牛込区払方町三十五番地  石倉千次

印刷者

     東京市牛込区市谷加賀町一丁目十二番地  中田福三郎

印刷所

     東京市牛込区市谷加賀町一丁目十二番地  株式会社 秀英舎第一工場


大日本社編纂  発行所 東京牛込払方町 振替四七一〇番  二酉社(ニイウシヤ) 電話番町三一六四番