第四五〇・四五一号(昭二〇・七・二)

  沖縄決戦は何を訓へたか      大本営報道部
  戦時緊急措置法について
  義勇兵役問答
  情報局制定「国民義勇隊の歌」
  最近の預貯金、保険の心得

戦時緊急措置法について  法制局

 戦時緊急措置法は過半の第八十七回帝国議
会の協賛を経、枢密顧問の諮詢を経た上、去
る六月二十二日法律第三十八号として公布せ
られ、同月二十三日より同法施行令と共に施
行せられることとなつた。なほ本法は、同日
を以て朝鮮及び台湾にも施行せられたから、
内外地を通じて運用を見ることになつたので
ある。

立法の趣旨

 本法は実に本土決戦を目前にし、国家の危
急を克服せんがために、戦力の集中発揮に必
要な各般の事項に関し、応機の措置を講ぜん
とするものであつて、未曾有の重大法律であ
り、謂はゞ戦勝日本建設の法的基礎法ともい
ひ得のである。いふまでもなく、現下の非
常事態に対処し、国政の遂行に万遺憾なきを
期するためには、神速果断に応機の施策を実
行しなければならないが、今日、各種の法律
は極めて周密であり、また複雑であつて、戦
時下の機動的な運営に支障のある場合が尠く
ない。さればといつて、具体的必要の都度定
規の手続を経て法令の改正を行ひ、然る後措
置を講じて行くといふのでは到底当面の必要
に応じ難いであらうし、また法律で定めねば
ならない事項に関しても、一々法律を以て帝
国議会の協賛を経、然る後実施して行くとい
ふやうな暇のない場合もいろいろ予想され
る。そこで、「大東亜戦争に際し、国家の危急
を克服する為、緊急の必要あるときは、政府
は他の法令の規定に拘らず、戦力の集中発揮
上必要なる諸般の事項に関し、応機の措置を
講ずるに必要な命令を発し又は処分を為すこ
とを得る」こととし、これによつて現下の要
請に応ぜんとするのが本法制定の趣旨なので
ある。
 右のやうに、本法により政府は他の法令の
規定に拘はることなく、応機の措置を迅速果
敢に断行し得ることとなつたに付いては、政
府の責任は極めて重大を加へたのであつて、
政府に於ても一大決意を以て、旧套に拘泥せ
ず、一切の施策を、恰も戦塵の中より再生す
るの意気を以て積極的に建設せんとすると同
時に、実施に当る官吏を督励して、道義と条
とい立脚した措置を採らしめ、官紀は愈々
之を伸粛して信賞必罰を励行し、本法施行に
万遺憾なきを期する覚悟でゐるのである。

その目的とする事項

 まづ本法の第一条であるが、こゝには本法
が如何なる事項を目的として運営せらるべき
かを示してゐる。
 第一は、軍需生産の維持及び増強であつて
これについて為される事項は固より多々ある
が、差当り二、三の事例を掲げれば、例へば
事業従事者に対する懲戒権を生産責任者に賦
与したり、事業従事者の居住場所を指定した
り、必要ある場合には生産責任者を政府にお
いて任命したりするやうな事柄である。
 第二は、食糧その他の生産必需物資の確保
であり、この生活必需物資の中には、薪炭、
医薬品その他各種の物が包含される。また、
確保といふのは、生産の維持増強及び配給の
適正化をも意味する。この項目について二、
三の事例を掲げれば、不耕地、未墾地の譲
渡、貸渡を命じ、土地改良または開墾を命
じ、または農地の交換分合を命ずる等である。
 第三は、運輸及び通信の維持及び増強で、
空襲被害工作物の応急復旧のため資材、労
務、土地等を使用、収用するやうなことが考
へられる。
 第四は、防衛の強化と秩序の維持である。
防衛については、現在防空法があるが、これ
は空よりする攻撃に対するもので、海よりす
る攻撃には及ばない。しかし、本土決戦を目
前に控へる今日は、この点の強化が何よりも
大切である。
 秩序の維持といふのは、社会秩序の維持と
経済秩序の維持とを包含してゐる、社会秩序
の維持は大体治安の保持と同様の観念であ
る。また経済秩序序の維持には、例へば経済界
の混乱の場合にモラトリアムを施行すること
などがこれに属する。
 第五は、税制の適正化である。これは租税
制度を極力簡素化することを主眼とし、併せ
て租税制度の適正を図ることを目的とするも
のであつて、新税の創設または税率の変更の
やうな一般的税制改正は考へられてゐない。
 第六は、戦災の善後措置であつて、例へば戦
災地の戦力化のため、戦災地における土地の
貸借権その他の権利に関する応機の措置が考
へられる。
 第七は、その他戦力の集中発揮に必要なる事
項であつて勅令を以て指定するもの
であり、
これは将来必要に応じて勅令を以て追加して
ゆく考へである。

本法に基づく措置の手段方法

 以上は、本法が目的としてゐる事項である
が、この目的を達成するために、如何なる手
段方法が採られるかといへば、法律の条文の
上では、如何なる手段方法でも採り得ること
となつてゐるが、その手段方法も、その大綱
は予じめこれを定めて置くことが、本法の施
行の相手方たる国民の側にとつても、また施
行の衝に当る官庁の側にとつても便宜である
から、これを本法施行令第一条で定めてゐる。
 すなはち、施行令第一条は「戦時緊急措置
法第一条の規定に基く措置は、概ね左の各号
に掲ぐる事項に付之を為すものとす」と定
め、業務に関し、事業体に関し、勤労、物資、
動力、資金に関し、土地、工作物等に関し、
権利に関し、その他種々の事項に関する手段
方法が予定せられてゐる。
 尤も、これ等事項の例示は、本法運用の手
段方法の大綱であるから、真に必要已むこと
を得ざる特別の場合は、こゝに例示せられた
事項の範囲に限らず、政府はその責任を以て
必要な手段を採用することが出来る。本条文
に「概ね」とあるのは、その趣旨を現はした
のであつて、これは戦時緊急措置法の持つ非
常応急法たる性格上、当然のことであるとい
はねばならない。

本法の政府の観念その他

 次ぎに、本法第一条の応機の措置を為し得
る政府といふのは、中央政府の外は、地方総
監を予想してゐる。但し、地方総監は、事態
急迫のため、交通または通信困難となつた場
合、その他已むことを得ざる場合においてこ
れを為すものとせられ、この旨は施行令約二
条において明らかにされてゐる。また、本法
第一条の応機の措置は、命令またほ処分を以
て為されるのでもる。命令といふのは、法規
命令を謂ひ、勅令、閣令、省令及び地方総監
府令であわ、処分といふのは個々の、また
は一般的の行政処分であり、一般的行政処分
は、普通は告示等の形式で為されるものを考
へてゐる。
 本法第二条は、第一条の規定に基づいて発
する命令により為す処分または同条の規定に
より為す処分に因り生じた損失につき補償を
為し得る旨を規定し、その詳細は施工令第三
条及びこれに基づく省令を以て規定すること
になつてゐる。
 この補償は、処分によつて生じた損失にお
いてのみであつて、一般に法規命令を以て、
或る事項を定めたことによつて生ずるやうな
損失は、国法上何人もこれを受忍しべき性質
のもので、本法の性格上かくの如きものは補
償せぬことにしたのである。
 また、処分によつたものでも、応急負担的
のものや広く一般に対して為された処分で、
恰も法規命令を以て定めたと同様なものにつ
いては、これまた必ずしも補償することを要
せぬものと考へられる。
 第三条は罰則であつて、相当重い処罰が定
められてゐる。
 本法第一条に基づく措置は、大要以上のや
うなものであり、その性質も極めて重要なる
ものであり、その性質も極めて重要なる
ものであるから、一般国民に及ぼす影響も決
して軽からざるものがある。従つて、本法第
一条に基づいて発せられる命令や、これによ
り為す処分は、明瞭に本法に基づくものなる
旨が示されねばならないのであつて、本法第
一条の命令及び処分には、必ず同条に基づく
ものなる旨を明示することが施行令第五条に
おいて定められてゐる。

戦時緊急措置委員会

 さて、最後に戦時緊急措置委員会のことを
説明しよう。
 すなはち、本法第四条は、「本法第一条の規
定に基づく措置にして重要なるものに付ては、
勅令の定むる所に依り、之を戦時緊急措置委
員会に諮問すべし、但し已むことを得ざる場
合に於ては事後に之を報告すべし」としてゐ
る。
 本法第一条の措置は極めて重要なものであ
るから、事の慎重適切を期せんがために、特
にこのやうな委員会を設けたのである。
 こゝに重要なるものとは何を謂ふかは施行
令第四条においてこれを明らかにしてゐる。
即ち、本法なかりせば、法律を以て帝国議会
の協賛を経べきものに係るやうな命令、並び
にこれに準ずる命令及び処分である。こゝに、
これに準ずる命令といふのは、社会的に極め
て重要な影響ありと認められるやうな事項を
内容とする命令であり、これに準ずる処分と
いふのは、全国的に亘り広汎に行はれる処分
であつて、これは普通告示のやうな形式で一
般的に為されるやうなものである。
 地方総監の為す措置にして重要なものも同
様に、本委員会に諮問し、または報告すべき
こととなつてゐる。この場合は地方総監か
ら、各主務大臣に申報し、各主務大臣よりそ
れぞれ委員会に対する諮問または報告の手続
を探ることとなる。
 しかして地方総監が本法の措置を為すの
は、前述のやうに、事態急迫のため、交通ま
たは通信困難となつた場合等であるから、事
の性質上、自然、事前の諮問は殆ど不可能
となり、事後の報告による外ないこととなる
ことが多いと思はれる。
 なほ、地方総監が本法の措置を為すについ
ては、各地方総監府に置かれる参与の制度を
活用して、重要な事項についてはその意見を
求むることとし、所期の成果を収めたいと考
へるのである。
 右の外、本委員会には、本法第一条第七号
の勅令を以て指定する事項についても諮問ま
たは報告することとなつてゐる。而して本委
員会は専ら貴衆両院議員を以て構成せられる
こととなつてゐる。

     (法制局)