第三六三号(昭一八・九・二九)
   官民に告ぐ   内閣総理大臣 東条英機
   (国内態勢強化方策)
   学校防空の重点
   鳥取震災の教訓を生かせ
   防空質疑応答 (一)
   防空資材を克服した新工夫(頼母しい戦争生活例)
   第二国民兵の規則改正       陸軍省兵備課
   決戦下の軍人援護          軍事保護院
   飛行機の構造(一) (航空常識講座第二回)    航 空 局

官民に告ぐ  内閣総理大臣 東條英機

 諸君、一昨年十二月八日、謹みて大詔を奉戴し、皇國の自
存自衛のため、一億国民が蹶然起ち上りましてから今日に
至るまで、作戦において、はたまた建設において、着々進め
つゝある巨大なる歩みは、正に世界歴史にその比を見ざるも
のであります。御稜威の下、我が肇國の大理想がかくも力強
く、大東亜の天地に、昭に実現せられつゝありますること
を目のあたりに見まして、大業翼賛の光栄を担ふ我々臣民
は、まことに感激に堪へない次第であります。
 顧みまするに、政府は組閣以来二年に垂(なんな)んとし、特に大東
亜戦争勃発以来、第一線将兵の善謀勇戦に呼応致しまして、
大東亜戦争遂行のため、国内態勢の強化につきましては、あ
らゆる努力を傾倒して参つたのであります。しかもこれが実
施に当りましては、一億官民の自発的に盛り上る忠誠奉公の
精神を基調と致して参つたのであります。この間、国民諸君
は、官民の別なく、刻々に変転する事態に対応し、よく各種
の困難を突破して、あらゆる努力を続けて来られたのであり
ます。国民諸君のこの並々ならぬ御苦心と御奮闘とに対しま
しては、私はこの機会に、衷心より感謝の意を表するもので
あります。
 今次大東亜戦争の遂行に当り、我々一億国民は、常に必勝
の信念を堅持すると共に、いよいよ不屈不撓、あくまでも強
靱なる闘志を以て、何処までも戦ひ抜き、勝ち抜く牢乎た
る決意を有してをるのであります。もとより、この大戦争の
目的を完遂せんがためには、尋常一様の覚悟を以てしては、
容易にその結末を求むることの出来ないことは、開戦劈頭
より、既に我々の斉しく覚悟してをつたところであります。
 今や敵米英は、予期せる如くあらゆる犠牲をも顧みず、短
時日の間に、帝国を圧倒せんとして頻りに反攻の挙に出で、
戦局は日一日と苛烈の度を加へてをるのであります。一億
国民が決意を新たにし、あらゆる職域において、あらゆる
私生活において、一大勇断を以て、すべてを挙げて戦争完勝
の一点に集中すべき緊急の時機は到来したのであります。
 惟ふに、危急に際して敢然として奮起し、欣然として一切を
大君の御為めに捧げまつる尽忠の至誠こそは、日本国民の特
性であり、皇國必勝の根源であります。三千年来、日本国民
が、断乎として幾多の外敵を一掃し、儼として光輝ある國體
を擁することのできましたのは、実にこれあるがためであ
ります。
 今こそ、一億国民が宣戦の大詔を奉戴せし彼の日の感激を
以て、再び奮起するの秋は来つたのであります。この感激、
この奮起あつてこそ、大東亜戦争の完勝は、いよいよ確実と
なるのであります。
 こゝにおいてか、政府は、国政運営上に思ひ切つた刷新を
敢行し、今後ますます統帥と国務の関係を緊密化して、雄渾
活溌なる戦争指導の途行を期し、機敏溌剌たる対外施策を行
ふと共に、作戦に即応して、国内諸般の態勢を徹底的に強化
し、以て専ら戦力の急速にして、しかも劃期的なる増強を図
らんことを決意するに至つたのであります。
 しかしてこの際、政府が断行せんとする国内態勢強化の目
標と致しまするところは、官民を挙げて常に悠久なる國體観
念に徹し、今次聖戦の本義に鑑み、いよいよ必勝の信念を以
て、不屈不撓、盡忠報國の誠を致さんとする強靱なる精神力
結集の下に、国力を挙げて軍需生産の急速増強、特に航空戦力
の躍進的拡充を図り、日満を通ずる食糧の絶対的自給態勢を
確立し、また国内防衛態勢の徹底強化を図る点にあるのであ
ります。もとよりこれ等の諸点は、従来よりも政府の施策と
して最も力を致してきたものでありまするが、特にこの際、
これを取り上ぐる所以のものは、現下内外の情弊に対処し、
特に時、一刻の遷延をも許さざる時の重要性に鑑み、所要の
施策の急速にして徹底せる実行を期せんとするにあるのであ
ります。
 この目標に到達するために、政府が今回特に執らんとする方
途の主要なるものについて、以下申し述べたいと存じます。
 その第一は、行政運営の決戦化を図ることであります。
行政運営につきましては、今日まで幾度か所要の措置を執
り、特に行政簡素化については、さきに相当大規模にこれを
実行致したのであります。
 しかしながら飜つて惟ひまするに、今日の戦局の段階にお
きましては、機に臨み、変に応じて官庁が全責任を以て敏速
果敢に処断すると共に、国民をして縦横にその全能力を発揮
せしむるの必要を痛感するに至つたのであります。
 こゝにおきまして、それぞれ各官庁におきましては、徹底
的に自己反省を行ひ、官吏それ自体において先づ進んでその
頭の転換を行ひ、各々責任観に徹して、思ひ切つて自己の職
責の遂行に邁進することを必要とするのであります。これが
ため政府は、決戦下苟くも省略し得る事務は必ずこれを省略
し、整理し得る官庁は必ずこれを整理し、不用の拘束は速か
にこれを撤廃し、再び大幅の人員縮減を行ふ等、真に簡素にし
て強力なる純乎たる決戦態勢を具現し、以て機敏適切なる行
政運営を期することと相成つたのであります。しかして、こ
れが具体化につきましては、他の重要なる方途と共に昨日
(九月二十一日)の閣議において、これを徹底的に行ふことに
決定致したのであります。各省においてはその方針に基づ
き、直ちに思ひ切つた具体案の作成に着手し、近き将来にお
いてその成案を得て、強力にこれが実行の運びに至らんとし
てをるのであります。
 第二は国民動員の徹底を図ることであります。
現下の戦局に対処し、第一線の戦力を更に増強し、作戦の
要求に即応して戦争の飛躍的増強を図らんがためには、国民
動員に関し徹底せる措置に出づるを必要とするに至つたので
あります。これがため政府は、国民動員につき各般の緊急
対策を執り、特に学生生徒の動員に関し劃期的措置を講ずる
ことと致したのであります。予てより殉国の至情抑へ難き青
年学徒の念願に応へ、政府はこの際、これ等学生をして直接
戦争遂行に参与せしむることに方針を決定したのでありま
す。
 今や重大戦局に直面し、将来国民の中枢となり、国民の指
導者なるべき青年学徒が、他の同僚に伍して、身を挺して敢
然祖国の難に赴くの秋は到来したのであります。
 もとより学問の保持向上、特に戦争遂行に当面、必要なる
理工科等の部門における教育の維持に関しては、その万全を
図るのものであります。また徴集猶予を停止せらるべき学生生
徒に対する諸般の措置に関しても十分考慮致してをりまする
ことは、申すまでもないところであります。
 学徒諸君、征くものも、また残るものも、よく国家の要求
に徹し、それぞれの分野において、戦争完遂に渾身の力を致
し、以て決戦下、帝国青年の意気とその実力とを遺憾なく示
して戴きたいのであります。
 その三は国内防衛態勢の徹底強化を図ることであります。
 今日、防空を主とする国土防衛、なかんづく帝都および重
要都市の防衛のために万全を期すべきは、もとより当然のこ
とであります。
 しかして、これがためには官庁、工場、家屋等の必要なる整
理を行ふと共に、不必要なる人員の減少を図る等の徹底せる
措置を講ずる必要があるのであります。
 此の見地に立ちまして政府は、先づ官庁が率先してこれが
実行に当たるの必要を認め、官設工場の業務を地方工場に移し
て、これを廃止し、また諸官衙、学校等の整理を行ふと共
に、決戦下、帝都および重要都市に存置するを必要とせざる
官庁の地方移転を行ふことに決定した次第であります。
 この際とくに強調致したいと存じまするが、政府は帝都に
ある官衙等の整理、地方移転につき、積極的に迅速なる措置
に出でんとする所以のものは、実に輦轂の下、帝都の防衛に
万全を期せんとするにあるのであります。民間におきまして
も国内防衛態勢の徹底強化の方針を体し、欣然としてこれに
協力し、積極的に戦争遂行に寄与せられんことを期待するも
のであります。
 その第四は各種外郭団体、統制機関、統制会社等、生産第
二戦部面に対し、その整理を行ふと共に、その業務につき、
官庁に準じて徹底的刷新を行ひ、人員の縮減を図ることであ
ります。
 蓋し、これ等の組織は、その必要に基づいて生れ、時代の変
遷に伴ひ発展して参つたものでありますが、現下の戦局に
臨みましては、その重要性につきましても変動を生じ、ま
た、その運営の上におきましても、刷新を要する点少からざ
るものがあるのであります。この際、これ等の組織は十分反
省して、現下戦局に対処し、戦争遂行上の切なる要求に応じ
て、一大刷新を図らなければならないのであります。
 この点に鑑みまして、この際、政府はこれ等に対しても相
当思ひ切つた措置をとる所存であります。
 第五に、海陸輸送の一貫的強化、価格及び配給制度の徹
底的簡素化等を図り、以て現在の弊を一掃して、戦力増強の
上に飛躍的貢献を致さんとする
ものであります。
 これ等の点に関し、今後政府は、統制を強化すべきものは
これを強化すると共に、反面、不必要なる統制はこれを撤廃
し、国民の明朗にして溌剌たる気分の昂揚を図り、苟くも官
庁における事務上の便否に藉口して徒らなる拘束を行ふこと
は、この際断じて撤廃せんとするものであります。
 以上申述べましたる措置は、今日までの経験に鑑み、しか
も、現下戦局の緊急なる要求に基づき、苟くもその能力を発
揮し得べきものは積極的にこれを促進し、必要と認めらるゝ
ものは果断にこれを実行し、弊害ありと認めらるゝものは、
徹底的にこれを排除せんとする政府の牢乎たる決意に出でた
ものであります。
 もとよりこれが実施に当りましては、各方面に対し少から
ざる影響を与ふべきことは、想察するに難からざるところで
あります。しかしながら、勝たんがためには、万難を排して
これを強力に断行しなければならないのであります。政府は、
従来の官庁の伝統に捉はれず、一切の行懸りに拘泥すること
なく、新らしい出発点に立つて、格別の決意の下に、必ずこ
れを断行せんとするものであります。
 私は官民諸君が、この政府の意のあるところを体し、蹶然と
して奮起し、敢然として政府に協力せられんことを切に要望
するものであります。今や第一線におきましては、皇軍将兵
は血みどろの決戦を続けつゝあるのであります。銃後にある
われ/\もまた、今日までの努力、並びにその成果に安んず
ることなく、更に思ひを新たにし、銃後の備へを固くし、
皇軍将兵をして、その力を遺憾なく発揮せしむることを期せ
ねばならないのであります。
 諸君、真に決戦段階に突入せる今日、一億国民諸君は官民
を問はず一人残らず総員戦闘配置に就き、以て完勝の一途に
驀進せられたいのであります。私は官民諸君が必ずやこれに
応じて立ち上り、比類なき忠誠心の下、非凡の力を発揮して
世界を驚倒せしむる大成果を挙ぐることを確信するものであ
ります。
 最後に、重ねて一言致したいと存じます。
 敵米英の反攻は、日に/\熾烈の度を加へ、戦局の前途は
いよ/\多事ならんとしてをるのであります。
 しかしながら、光輝ある我が國體の下、正義の戦ひは必ず
勝つのであります。破邪顕正の戦争は必ず勝つのでありま
す。東亜の禍根を芟除して、東亜永遠の平和を確立し、以て
帝国の光栄を保全せんがために起ち上つた今次聖戦に勝利
の栄冠は必ず皇國の上に輝くのであります。しかして大東亜
戦争勃発以来今日までの経過に鑑み、また現実大東亜におけ
る彼我攻防の大勢を達観致しまして、私はいよ/\必勝の
信念を堅くしてをるものであります。況んや戦局の現段階を
転機として、政府が勇断よく一切の過去の経緯を一擲して、
新たに出発せんとする以上の施策が最も強力に、且つ迅速に
実行せられ、これに呼応して官民諸君がいよ/\没我の奉公
心を以て欣然として奮起協力するにおきましては、我等の前
途には勝利あるのみであります。
 こゝに政府の決意を披瀝し、官民諸君と共に必勝の確信の
下、飽くまでも烈々たる闘志を以て、戦ひ抜き、勝ち抜き、
以て 聖慮を安んじ奉らんことを誓ふ次第であります。
 終りに鑑み、遙か欧州の天地において、よく帝国と緊密な
る提携の下、赫々たる戦果を挙げつゝあるドイツその他の盟
邦諸国の御健闘を祝し、且つ満州国、中華民国、タイ国及び
ビルマ国並びに大東亜諸民族共同目的達成のため帝国に寄せ
られつゝある協力に対しまして、深甚なる敬意と謝意とを表
すると共に、いよ/\その興隆を祈つて私の放送を終りたい
と存じます。