満蒙除外論を排す



 対支借款団加入の条件として我国より満蒙除外の特別提案を為すに決した事は我が帝国の政策として当然の様に言ひ做されて居る。除外の理由として俗間の説く所は斯うである。満蒙は我が新領土朝鮮と接壌して、経済上国防上至大の密接関係がある。之に外国の勢力の拠るが如きは許し難い。之れが一つの理由。も一つには、最近親日党の旗頭徐樹錚が、西北籌辺使として夫の国防軍を率ゐて此方面に蟠拠すること、なつたから、満蒙と我国との関係は一層親密なるを得る訳である。之を態々我から捨てゝ新借款団の一般投資範囲たらしめんとするは、現在並に将来の独占利権を一擲し去るに均しく、之れ程馬鹿気た事はない。
 併しながら、若し満蒙除外論の本当の趣旨が斯んな処に在るのなら、是れ疑もなく一には支那の輿論の大勢に逆行し、又一には我国一部の侵略主義者を悦ばすに過ぎざるものと云はざるを得ない。
 満蒙除外論の表面上の口実は、領土接壌を理由として満蒙方面に特殊活働の許容を世界に要求し得べしと云ふに在る。日本が一般借款団と行動を共にする外、独立に特殊の活働を恣にするの必要ありと云ふ事が、領土接壌といふ理由に基くのなら何故に之を満蒙に限るのであるか。支那全体、少くとも支那本部全体について、夫の要求を提出するのなら分つて居る。之を満蒙に限るは甚だ論理の一貫を欠いて居る。
 予輩をして腹蔵なく言はしむるなら、帝国は満蒙に対する特別の野心を有せざる以上断じて其除外を主張すべきではなかつた。領土接壌を理由として既定の又は計画中の事業の除外を求むべくんば、支那全体に亘つて之を為すべきであつた。而して之を外にしては、留保なしに借款団に加入すべきであつたと思ふ。当今の時代に於ては、巧言美辞を以て腹の底を隠すことは出来ない。満蒙除外は大国の面目として余りに意地穢い。
 更に一歩を退いて、満蒙除外に依て日本の利益する所如何を考へて見よ。支那民衆の心を喪ひ、排日気勢の緩和阻止に何等劃策する所なきの今日、僅に国民の怨府たる徐樹錚君一派に憑(よ)りて無理な利権を設定するの外、之に由りて何の得る所もあり得ないではないか。空名を取つて実利を失ふの愚に陥らずんば倖である。

                      〔『中央公論』一九一九年九月〕