戦争継続乎講和乎


     (一)

 何れにしても戦争が段々終局に近づきつゝあることは疑ない。唯問題は昨今繰返して伝へられる単独講和の説などが端緒となつて、案外早く平和の克復を見るか、又は愈々最後の講和期に入るに先立つて、もう一二度戦争が行はる、かの点にある。此両様の観察に対しては夫れ/"\相当の理由があつて、今の所何れを何れとも定め難い有様である。
 講和に先立つてもう一二度の戦争あるべしと見る説には、種々の根拠を挙げ得ると思ふのであるが、中に就いて其最も主なるものを述ぶるならば、次の数点であらう。
 第一に数ふべきは西部戦場に於ける英仏軍の活躍である。四月の八九日頃を以て始まつた英軍の活踵、同じく十七八日頃を以て始まつた仏軍の活躍は、一旦独逸軍に阻止せられて一時却て英仏側の危険を説くの報道もあつたが、独逸側にも最早や逆襲に転ずるの元気は無いと見えて、やがて英仏側は再び頽勢を盛り返し五月初めよりは微弱ながら再び攻勢的態度に出でゝ居るやうである。此方面に於ける英仏の態度の決して退嬰的に非ざることは、五月中旬独逸が東部戦場から約四十個師団の兵士を西部に移したといふ報道に拠つても明かである。何故なれば、此独逸の行動は、英仏の進撃に備ふる目的なりと見ねば、解釈が付かぬからである。若し単に東方の敵勢の手薄なるを好機として、大兵を西部に転じて英仏を攻撃せんとするに出でたものならば、独逸の態度はも少し活溌なるべき道理である。而かも独逸の態度斯くの如くならざるは、是れ畢竟英仏の態度が常に積極的に出で、居るからであらう。且又三月初め以来の英軍のメソポタミヤ方面に於ける成功、四月末以来の伊太利軍の対墺活躍、皆夫れ/"\敵方を相当に牽制するに足り、今や英仏側は西部戦場に殆んど其全力を傾倒し得る境遇に在りとも言へる。巴爾幹方面の近き将来に於ける危険を予想するの説も無いではないが、此方面は屡々予輩の述べた如く、独墺に取つては非常に大事だけれども、英仏に取つては夫れ程の関係は無い。且又此方面に於て英仏側が切迫したる危機に臨んで居ると言ふ報も真否確ではない。先づ当分の所此方面にも差迫つた後顧の憂は無からうと思ふ。
 第二に数ふべきは四月六日の宣戦以来の米国の態度である。合衆国の宣戦布告は、更に之れに次いで起つた南米諸国の対独宣戦と共に、著しく協商国側の元気を鼓舞するに力あつたことは言ふを俟たない。然し米国は唯恁(か)かる精神的声援を与ふるに止まらず、更に進んでモット直接なる実質上の助力をも与へんとして居る。如何なる実質的援助を与ふるやの内容は、未だ明白ならざるも、今日まで世に知られて居る処に依つて見るに、先づ第一には其豊富なる富の一部を割いて協商国側に財政的援助を与へんと準備して居る事である。四月二十九日の電報に拠れば、米国政府は自ら公表するに、協商各国に対して、毎月少くとも八億乃至十億円の援助を与ふべきを以てしたとある。之れ畢竟英、仏、露、伊の諸国が米国に於て購入する食物、軍器鉄道材料等の代償の仕払ひに充てらるべきが故に、是等の諸国は詰り、米国より宏大なる物資の供給を受くることになるのである。啻に之れのみではない。第二に米国は英、仏、露等に向つて又夫/"\相異なれる特別の援助を与へんとして居る。此事の為めに英吉利はわざ/\バルフォアを送つた。彼は四月二十二日から五月十日頃まで華盛頓に居つたが、其間彼は飽くまで戦争を継続すると言ふ根本義に就き深くウィルソンと黙契する所ありし外、特に食料並に運送船の供給に就て深く米国の好意に恃むことを得るの確信を得たといふ事である。仏蘭西は又ヴィヴィアニに副へてジョッフル元帥を送つた。四月二十七日米国に着いてから朝野の間に大に活動して居るやうであるが、其結果として現はれた最も著るしいものは出兵論である。ジョッフルは三十日新聞記者に対つて頻りに米国の出兵を熱望する仏蘭西の希望を表白したが、幸にして之れは米国多数の承認を得たやうである。其結果でもあるまいが、徴兵案は同日下院を、翌日は上院を、殆んど満場一致に近き大多数を以て通過した。五月八日の電報には、早くも已に米兵一万三千の仏国派遣を報ずるものがあつた。仏蘭西は思ふに此外にも尚諸種の援助を得るものであらうが、少くとも其最も乏しとする兵力の補充を米国に得たる事は、彼等の最も満足する所であらう。次ぎに米国は露西亜に対しては、先方から人の来たるを待たず、我から進んでルートを派遣し、出来る丈けの援助を与へんことを申込ませんとして居る。ルートは四月の末頃露西亜に向つて出発した筈である。之れ又米が露西亜をして飽くまで英仏と行動を共にせしめんことに熱心なるを証するものである。斯くの如く米国の態度が積極的である以上は、協商国側は義理にも此儘指を噛(くわ)へて居る訳には行くまい。
 第三に独逸の窮状も亦之れを並べ数ふるの価値がある。独逸が兵員の補充に於て、物資殊に食料の補充に於て、益々窮乏を感じて居るのは寧ろ当然である。人或は独逸は今日尚左程窮乏を感ぜずなどと、見て来たやうな事を言ふものもあるが、之れは道理上有り得ない事である。此上堪へられない程の窮状には陥つて居ないにしても、各種の物資の窮乏に困憊して居ることは疑があるまい。夫れに露国の革命に促されて民心の動揺は更に一層の激しさを加へた。為めに遉がの政府も若干民論の要求に折れ、自由政治の曙光或は之を端緒として発し初めるも知れぬといふことは、既に前号に於て予輩の詳述した所である。而して五月十日の電報には、新に帝国宰相の責任に関する憲法の規定に修正を加へ、改めて其責任が「議会に対するもの」たることを明かにしたと言ふことである。真偽未だ確かならずと雖も、独逸国民が一方には窮乏を感じ、他の一方には自由に覚醒せんとしてゐること丈けは、以上の事実に依つて明かであらうと思ふ。
 それかあらぬか、四月半ばよりは頻々として各地に同盟罷工が行はれてゐるやうである。中にも十六日伯林の同盟罷工は参加労働者の数二十五万の多きに達し為に軍需品工場の已むなく休場するもの三百に及び、市民の動揺は十九日に至つて漸く鎮静したといふことである。独り伯林許りではない。其他の諸市に於ても恐らく同じやうな騒動があつたことであらう。然れば労働党の書入れ日たる五月一日は、政府に於ても余程懸念して居つたらしい。幸に予め警戒をさをさ怠りなかつた為めに、格別の事も無くして済んだやうであるが、他方に於て或は予め千余名の社会主義者を拘禁したとか、或は同盟罷工者を反逆罪に問ふことにしたとか、又は五師団の兵を以て伯林の警戒に充てたとか、種々森厳なる取締りと圧迫とを加へた事実を見れば、単に何事も無かつたとは言へ、如何に潜伏せる禍危の恐るべきものありしかを想像することが出来る。要するに之等の内情は他の原因と相伴つて、遂に独逸をして従前の如く華々しき攻勢に出づる能はざらしめて居る原因であらう。而して是等の事情は又同時に協商国側に乗ずべきの好機を提供するものたることは言を待たない。
 斯く論ずれば、英仏側は恐らく此の儘有耶無耶に戦争を終局せしむべき考ではあるまい。何処までも勇を鼓し、独逸に最後の致命的打撃を与へずんば已まざらんとする考で居るものと謂はねばならぬ様である。


     (二)

 然し又他の一方から見れば、何等の戦争無しに此儘講和期に入るであらうとする説にも、各種の根拠がある。今その主なるものを数ふれば、第一には露国に於ける下層階級間の平和風である。近き将来に於て露国の中心勢力たらんとする下層階級が、其本来の立場に於て極端なる平和主義者たることは前既に之を述べた。彼等には所謂同盟の誼に義理を立て、英仏の行く所まで漫然引き連られて行くと言ふ考は、最早毛頭無い。これでは大変だと、英国は労働党の長老ヘンダアソンを送るとか、白耳義は社会党の世界的名士たるヴァンデンヴェルトを送るとか、又米国は遥々(はる/"\)労働組合の頭梁たるゴンパアズの名を以て、軍国主義の絶滅を見るまでは決して干戈を収むべからずとの警戒を発電せしめたとか、頻りに露西亜社会党の反省を求めて居るけれども、更に何の効果も無いやうだ。即ち露国は今や無条件平和克復主義を執つて一挙に世界の平和を再現せしめんと努力しつゝある。単に夫れ丈けならばまだよい。此の上彼等は更に進んで、平和の促進に害ありとなして一切の兵備をすら解かしめんとして居るのである。露西亜が独逸と単独講和をするといふが如きは万々之無かるべしとするも、露西亜に於ける右の如き風潮は、少くとも英仏をして思ひ切つた攻勢に出づるを躊躇せしむることは明白である。固より斯くして英仏が特別に不利益を蒙ると言ふことは、露西亜の希望する所では無からう。けれども唯彼等は、是の如くする事により、始めて英仏・独墺の双方を促して我の意見に同意せしめ、以て一般的平和を齎らし得ると信じてゐるのであらう。尚序でに言ふが、露西亜が斯く兵備を懈つて居るに乗じ、独逸が之に附け入つて進攻し来ることは無からうかと言ふに、斯かる心配は多分あるまいと思ふ。何故なれば、斯くして露国民の怒を挑発し、折角平和的になつたものを一転して主戦的に変ぜしむるの恐れある事柄は、独逸の最も慎むべき所であるからである。蓋し独逸は目下露国を誘つて之と単独講和をなすを以て唯一の活路と見て居るらしい。固より之に由つて敵城の一角を崩壊し得るとは期待して居まい。が、少くとも彼は之を端緒とし、露西亜を通じて多少面目の立つ講和を贏ち得るの望を抱いて居るのであらう。
 第二に独逸の内部に昨今講和風の頗る旺んなことも亦看遁すことは出来ない。思ふに独逸は今日余程困つては居るものゝ、未だオメ/\敵に屈せざる丈けの余力は有るのであらう。然しどの途先は見へてゐる。一部の者は潜航艇戦の効果と、露西亜の政変の結果とに一縷の望を掛けて居るやうであるけれども、多数の人の腹は、相当の条件ならば早く和を講じた方が得策だと云ふ位の考であらう。少くとも斯の如き思想が下層階級殊に社会党の方面に流行して居ることは疑を容れない。唯帝国主義を代表して居る現政府並に其与党の一派に至つては、固より我からイニシャチィヴを取つて和議の提唱を為すことを欲しない。若し速に和議を修むべくんば、先づ露国と単独に和して同盟の一角を崩し、次で英仏を促して我に和を乞はざるを得ざらしめやうと言ふのが彼等の希望であらう。其為めにや独逸は先般来頻りに露国の下層社会に講和熱を煽らんとして非常に努力して居つたやうである。極端なる非戦論者レニンを露国に帰らしめて、彼に依つて無智の労働者を煽動せんと試みたのは、即ち之が為めに外ならぬ。四月半ば以来屡々独逸より和議の提唱あるべきの報道を言ひ振らしたのも、或は露西亜を誘はんが為めの探りであつたかも知れない。此計画は今の所失敗に終つたやうであるが、兎に角之に由つて我々は独逸にも亦講和風の旺んなるを推測し得るのである。
 レニンを操縦して露国の下層階級を動かすの計画に失敗した独逸政府は、最近ストックホルムに各国社会党聯合大会を開くの計画に依つて更に活路を開かんとして居る。此催しはスカンヂナビア諸国の社会党代表者の主催する所となつて居るけれども、主として斡旋の労を執る者は丁抹のボルグビヱルグである。ボルグビヱルグは是より先き独逸の内命を受けて露国社会党の意嚮を探りに行つた事もある人であるから、彼の斡旋に係るストックホルムの会合の陰に、独逸政府の存在する事は暗か之を推測する事が出来る。其証拠には独逸政府は自国社会党の穏健なる者には、出来る丈け多数出席すべき事を勧誘して居るに拘らず、ハアゼ一派の過激派には悉く旅行券の交付を拒んで居るといふではないか(五月十四日の電報)。されば英仏の社会党は、初めから之れに警戒の眼を注いで居つたが、終には公然参加拒絶の声明を為し、五月十日の電報に拠れば、却つてアベコベに六月を期して聯合国の社会党労働党大会を倫敦に開くといふことである。不幸にして露西亜の社会党は、十一日代表者をストックホルムに派遣するの決定をなしたと言ふから、少くともスカンヂナビア諸国の代表者と露西亜及び独逸の代表者との会合は実現する事になるだらう。而して独逸が此会合に由つて達せんとする所の目的は、露国代表者の参加あるのみで十分である。何故なれば、之に由つて露独両国は如何なる講和条件に一致し得るやを略ぼ探知する事が出来るからである。新聞紙上には、独逸社会党のストックホルム会議に提出すべき講和条件なるものが屡々発表されたけれども、之れは固より深く信用するに足りない。が、兎も角、此会合で露独両国代表者の合致したる意見なるものが成立発表さるゝことになれば、之れが著るしく不当なるものに非らざる限り、精神的に英仏側をも動かす力を持つことは争はれない。斯くては英仏は独逸に先手を打たれた形になり、将来の掛引上甚だ不利の地位を取らねばならぬことになる。何れにしても此会議の成行きは、今後我々の大に注目すべきものであると同時に、此会合に熱心なる丈け、独逸に於ける講和の希望は又切実なるものあるを推測せざるを得ない。而して此会合にして若干の成功を見ば、之が又著るしく一般的講和の機運を促進すべきや言ふを俟たない。
 更に之れと関聯して看遁すべからざるは、露西亜の下層階級が頻りに其宿論を以て政府に迫る所あると同様に、独逸の社会党も亦頻りに昨今政府并に議会に向つて迫る所あることである。五月二日の電報に拠れば、社会党は議会に向ひ、極めて強硬なる態度を以て次の如き請願をなしたといふことである。一に曰く、領土の保全を条件として速に露国と単独講和を為すべきこと。二に曰く、政府は進んで其講和条件を明白に声明すべきこと。三に曰く、議会は政府を助けて、戦後軍備制限を目的とする国際条約締結の為め、国際的平和機関を組織する事に全力を為くすべきこと。四に曰く、政府は国民の希望要求に適合する様に国内政策を改定すべきこと。是等の請願がどれ丈け聴かれたかは分らないが、次いで五月五日の電報に拠ると、帝国宰相は不日帝国議会に於て講和条件に関する明白なる声明をなすべしとの事であつた。以て如何に独逸政府も亦下層階級の要求の為めに動かされつゝあるかを知るべきである。尤も後報に拠れば、帝国宰相は十四日を以て行(や)る筈になつて居つた戦争目的に関する声明をば、終に見合すことにしたといふことである。其故は、さう社会党に圧倒されては困るといふて、保守的軍国主義者から反対されたからであらう。軍国主義者は今なほ潜航艇戦の効果を過信して居るし、且露国政変の今後の発展如何に依つてはも少し有利に戦争を終結し得べしとの空頼みを抱いて居る。斯ういふ考の人も独逸だけにまた少く無いのであらう。何れにしても宰相は、自ら進んで講和条件を声明するが如きは、断じて避くると言ふ方針に改めたことは疑ない。然し独逸は、自ら進んで何等かの声明を為すこと無くして露国を動かす事が出来るであらうか。之れ我々の注目に値する点にして、又思ふに独逸政府の最も関心する所であらう。

      (三)

 ストックホルム会議の結果如何。露独両国代表者の間に、講和条件に関して、果して一致点を見出し得べきや否や。之れは和期の速かに来るや否やに重大の関係がある。而して仮りに露独両国が其占領的希望を全然棄てたとすれば、其間に一致点を見出す事は決して難くない。而して斯くの如き一致が両国の間に成立したとすれば、如何に英仏が従来飽くまで戦争を継続すると主張したとしても、結局露独の協定に大体盲従せざるを得ない事にならう。況んや露独の斯くの如き協定には、米国の如きは ― 少くとも主義に於ては ― 始めから同意を表するに吝ならざるべきに於ておや。故に今後我々の尤も精密に観察を懈るべからざるは、露独両国の間に真の一致を見出す事が出来るか否かの一点に在る。之れさへ出来れば、最早英仏の意嚮の如きは深く之れを問はずして一般的平和は来るであらう。
 且又英仏それ自身も、独逸と同じく、昨今非常に困難を嘗めつゝある。仏蘭西が兵員の不足に苦しんで居る事は曩きにも述べた。若し夫れ英国に至つては、独逸潜航艇戦の結果として、昨今非常に食物の窮乏を感じて居る。四月二十八日の電報は、強制的に食料を制限するの外他に良策無きを悟り、遠からず切符制度を布かんとして居るといふ事を伝へて居る。之れ亦如何に英国が窮乏に悩んで居るかを語るものである。而して此れが原因は畢竟船腹の不足に在る。換言すれば昨今独逸潜航艇の犠牲となる輸送船が非常に多くなつた結果である。兎も角、食料欠乏は今や英国に於て極めて危急なる問題となつて居る。新聞も亦筆を揃へて食料欠乏の結果時局は正に重大なる危機に在る旨を説いて居る。以て其の如何に此問題が重要の意味を有して居るかゞ分るであらう。果して然らば、英国と雖も、適当の条件を以てする講和談判の開始には、実は必ずしも反対では無からうと思ふ。此点は仏国とても同じ事である。
 要するに和期の到来は決して速くは無い。差当り之に直接の関係を有するストックホルム会議の経過は、吾々の特に注意を傾けねばならぬ点である。戦争継続か将た講和か。そは更に今後の時局の発展に見やう。(五月十九日)

                         〔『中央公論』一九一七年六月〕