朝鮮人虐殺事件に就いて



 鮮人暴動の流言の出所に就き、親交ある一朝鮮紳士よりこんな話を開いた。横浜に居る鮮人労働者の一団が、震火災に追はれて逃げ惑ふや、東京へ行つたらどうかなるだらうと、段々やつて来た。更でも貧乏な彼等は、途中飢に迫られて心ならずも民家に行つて食物を掠奪し、自らまた多少の暴行も働いた。これが朝鮮人掠奪の噂さを生み、果ては横浜に火をつけて来たのだらう、などと尾鰭をつけて先きから先きへと広まる。かくして彼等の前途には警戒の網が布かれ、彼等は敢無くも興奮せる民衆の殺す所となつた。飢餓に迫れる少数労働者の過失が瞬く間に諸方に広がつて、かくも多数の犠牲者を出だすに至つたのを見て、我々は茫然自失するの外はない。
 この説は流言の出所が横浜方面にありとする当局の説明に符合する。暫く之を一面の真相を得たものとしても、併しこれ丈けの出来事が、あれ程の結果を生むだ唯一の原因とはどうも思へない。この外に又勢を助成する幾多の原因があつたものと見なければならない。然らばその原因は何かと云ふ事になるが、我々はまだこれを断定する充分の材料を持たない。併し責任ある××〔官憲〕が、この流言を伝播し且つ之を信ぜしむるに与つて力あつたことは疑ないやうだ。之等の点は追つて事実の明白になつた上で更に論評を試みたいと思ふ。兎に角民衆は、自警団などと称して鮮人虐殺を敢行したものと否とを問はず、×××〔警察官〕の云ふ事だから嘘ではあるまいと、少くとも一時鮮人の組織的暴行を信じた事は明白の事実だ。尤も昂奮の程度には処によつて多少異なるものはある。田舎では事情が分らぬだけ、東京の火は大部分鮮人の手に出たなどとの流言を信じ、復讐的に虐殺を行つたのもあるらしい。東京市内では流石にそれ程ではなかつたが、教養なき階級が自警団なぞと飛び出してる方面では、可成り乱暴が働かれた様だ。何れにしてもかくして無事の鮮人の災厄を被つたものの数は非常に多い。罪なくして無意義に殺さるゝ程不幸な事はない。今度の震火災で多くの財と多くの親しき者とを失つた気の毒な人は数限りもないが、併し気の毒な程度に於ては、民衆激情の犠牲になつた無辜鮮人の亡霊に及ぶものはあるまい。今度の災厄に於ける罹災民の筆頭に来る者は之等の鮮人でなければならない。

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 殺された鮮人の大部分が無辜の良民であつたと云ふ事は当局でも断言して居るが、流言の如き事実が全然鮮人の間になかつたかと云ふ事に就いては、久しく疑問とされて居つた。民衆の昂奮余りに軌を逸するを見るや、当局は頻りに慰撫の警告を発して、鮮人の多数は無害の良民なり、妄りに之に危害を加ふる事なからんことを諭した。併し乍ら一度び誤り信じた民衆の感情は、容易に納まるべくもない。当局の戒告に拘らず鮮人の暴行を説くものは今日尚頗る多いではないか。斯くして鮮人の我々の間に於ける雑居は、今日尚充分安全ではない。当局にして之を矯めやうとするならば、実はもつと/\民衆に向つて啓蒙的戒告に努むべきであつた。この点に於て我々は当局の態度の頗る冷淡であつた事を遺憾とする。単にそればかりではない。時々、鮮人と社会主義者とが通謀して恐るべき不敵の企てをなせるものあり、などの記事を新聞に発表せしめて、却て民衆の感情をそゝる様な事もあつた。兎に角事実は久しく曖昧模糊の中に隠されてゐた。従つて我々も当局の態度に対して種々の疑を持つたのであるが、此頃に至つて段々事実の発表を見て少なからず疑を解く事が出来たのである。
 日本人と鮮人との××〔陰謀〕に関する報道は今尚公表を禁じられて居るから、今は説かない。併し之を以て大袈裟な組織的陰謀と見るべからざる事だけは疑ないらしい。若しそれ震災に乗ぜる鮮人の突発的暴動に至つては、先月下旬の公表に数十名の夫れを算ふると雖も、大部分皆殺されて居るのだから、冷静な判断としてはどれ丈けの暴行をしたのか分らぬと云ふの外はない。よしあつたとした所が、あの位の火事泥は内地人にも多い。普通あゝ云ふ場合にあり勝ちの出来事で、特に朝鮮人が朝鮮人たるの故を以て日本人に加へた暴行と云ふ訳には行かない。況んや二三の鮮人が暴行したからとて凡ての朝鮮人が同じ様な暴行をすると断ずる訳には行かぬではないか。此際に於ける内地人の昂奮は余りに常軌を逸して居つた。泥棒が東に走つたから東へ行く奴は皆泥棒だと云ふやうな態度だつた。殊に鮮人の暴行に対する国民的復讐として、手当り次第、老若男女の区別なく、鮮人を鏖殺するに至つては、世界の舞台に顔向けの出来ぬ程の大恥辱ではないか。

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 これも親交ある朝鮮の紳士から聞いた話だ。彼は突如旅寓を襲はれて二名の×〔警〕官、十四名の青年団員に衛られて、某××〔警察〕署の演武場に抛り込まれた。捕つたのは三人、後手に縛り上げられる時一人は奮慨の余りに反抗しさうに見えたが、此際何事も命のまゝにするが得策と宥めて、おとなしく引かれて行つた。××〔警察〕に行つたら×〔署〕長と対談して事の仔細を明かにし得るだらうと期待したのに、演武場へ地り込まれたま、廿日の間一言も弁明の機会は与へられず、又××〔警察〕側の説明にも接しない。一日、何故の検束かを尋ねやうと試みたが、これに酬いられたのは手厳しい××〔鉄拳〕の雨であつた。それから先き色々の目に遭つたが、結局同行の二人は所謂行方不明のリストに入つて最早此世の人ではないらしい。自分の斯うして生き残つたのが不思議な位だ。そして出て見ると、乱暴だと思つたのは、下級の××〔警察〕官ばかりでなく、平素その親切を頼みとして居つた純朴な一般内地人が、故なく我々同胞を滅多切りに切り捲つたといふ。あの親切な純朴な日本人が一朝昂奮すると斯の惨虐を敢てすると知つては、どうして我々は一刻も安心してこの地に留まることが出来やう。内地の諸君は済まなかつたと云つて呉れる。民情も鎮つた、これからは心配はないと慰めても呉れる。けれども我々のかくして日本内地に留まるのは、恰も噴火山上に一刻の苟安を偸むやうな思ひがする。戦々兢々夜の目も合はぬとは此事だ。
 右は決して誇張の言ではない。下層鮮人の内地に流入し来るは、元より余り好ましい事ではなかつたが、併し内地在留に極度の不安を感じて、学生などがぞく/\支那に転学するといふ如き現象は、我々の深き反省に値する事ではないか。かう云ふ不安に襲はるゝ朝鮮人も気の毒だが、彼等をしてかくまで恐怖を感ぜしむる我々日本人が、実に大いに反省する所なくてはならない。

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 鮮人虐殺事件に就き差当り善後策として、何よりも先きに溝ぜねばならぬのは、犠牲者に対する救恤乃至賠償であらう。若し之が外国人であつたら喧しい外交問題が惹き起されて居る筈だ。朝鮮は日本の版図だからと云つて不問に附することを得べき問題ではない。尤も殺された者の多数は労働者などであるから、氏名も判らず、遺族の明かならぬも多からう。かういふものに対しては、救恤賠償に代へるに、将来一般朝鮮人の利益幸福に資すべき設備の提供を以てするがいゝかとも思ふ。要するに、僕は此際鮮人虐殺に対する内地人の、謂はゞ国民的悔恨若しくは謝意を表するが為めに、何等かの具体的方策を講ずるの必要を認むるものである。而して特に之を主張するは、只に日鮮融和の政略上よりするのではなく、寧ろ之を以て大国民としての我々の当然なる道徳的義務と信ずるからである。更に進んで、我々は我々自らの態度を深く反省して見るの必要を感ずる。我々は平素朝鮮人を弟分だといふ、お互に相助けて東洋の文化開発の為めに尽さうではないかといふ。然るに一朝の流言に惑ふて、無害の弟分に浴せるに暴虐なる民族的憎悪を以てするは、言語道断の一大恥辱ではないか。併し乍ら顧ればこれ皆在来の教育の罪だ。此所にも考察を要する問題が沢山あるが、これらは他日の論究にゆづり、只一言これを機会に、今後啓蒙的教育運動が民間に盛行せられん事を希望しておく。

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 最後にもう一つ考へて置きたい事は、仮令下級官憲の裏書があつたとは云へ、何故にかく国民が流言を盲信し且つ昂奮したかと云ふ点である。多数の奉公人を使ふ一家の主人が、或る一人を非常に虐待したとする。虐待されても格別反抗もしないので、平素は意に止めなかつたが、その中図らず放火するものがあつて、家が全(ま)る焼けになつたとする。此時誰云ふとなく火を放けたのはその男だと云ふものがあると、人々が悉く成程と信ずるに相違ない。そは平素は意に留めなかつたが、彼は平素虐待されて居る所から、必ずや古人を恨んで居つた筈だと、各々の心が領くからである。これと同じ様に、鮮人暴行の流言が伝つて、国民が直にこれを信じたに就いては、朝鮮統治の失敗、之に伴ふ鮮人の不満と云ふやうなことが一種の潜在的確信となつて、国民心裡の何所かに地歩を占めて居つたのではなからうか。果して然らば、今度の事件に刺戟されて、我々はまた朝鮮統治といふ根本問題に就いても考へさせられる事になる。
 朝鮮から来て居る僕の友人は、鮮人同士の今回の災厄によつて被れる窮迫を救はんとして、檄を本国の父兄に発して義捐金を募つた。やがて集つた若干額を東京に送らうといふ時になつて、銀行は送金を拒んだ。官憲の干渉があつた為めだと云ふ。官憲は何の為めに救恤資金の転送を阻止したか。揣摩するもの曰く、この金の或は不逞の暴挙に利用せらるゝなからんかを恐れたからだと。何所まで事実かは知らないが、食ふや食はずの罹災者の救助資金にまで文句を云はねばならぬ程煩はしき警戒を必要とするなら、何所に我々は朝鮮統治の成績を語る面目があるか。爆弾を懐いて噴火口上を渡るやうなのが、属領統治の本分では断じてない。

                             〔『中央公論』一九二三年一一月〕