軍縮に因る損失の補償    『中央公論』一九二六年二月「小港雑感数則」

 軍縮の結果見込外れで損害を蒙つた造船所製鋼所などが政府に向つて莫大の補償を要求してゐることは久しい話である。私共は一つには其の背理に驚き、一つには諸会社の厚顔無恥に呆れたのであるが、今度の議会でいよ/\之が予算面に計上さるゝといふ。果して然らば、我々は之に対する議員の態度に由て卒直に良心の有無を識別する機会を得たことを喜ぶ。
 軍縮を予想しなかつたから、政府は内々で注文を予示し、諸会社は之に応じて材料を取り揃へたといふ。併し正式の契約をしたのではない。そこへ軍縮といふことが現はれて材料が無駄になつたから賠償を貰ひたいといふのも虫のいゝ話だが、軍艦軍器の製造の諸設備は政府の御用があればこそ整へたのだ、今となりては外に流用も出来ぬから何とかして呉れでは、厚顔も甚しいと許はねばならぬ。
 見込が外れて困るのは諸会社ばかりではない。外に之に因て蹴られた軍人軍属がある。少し位の退職賜金では追つ付くものでない。諸会社は過去に於て莫大の利益を占めた。今困つてゐるといふも帳面の上の事だけで、関係者各個人が為に衣食に窮するといふのではあるまい。軍縮の結果で困る者を傍観して居れぬといふのなら、救済の順位に於て諸会社は決して第一位を僭占すべきものではない。
 当が外れて困るといふ者を探すなら、先づ戦死者の家族に着眼せよ。次には廃兵に着眼して貰ひたい。之等に対しても相当の方法を講じてゐるといふだらう。併し日に増し生活の困難になり進む当世に於て、彼等の惨状を極むるは我々の耳目にさへ現はれて居る。諸会社にやる金を直に此方に流用することは手続上出来まいが、せめて斯うした目的の為に全部を捧ぐると云ふ条件の下に呉れてやるとでもいふ工夫はないものだらうか。
 いづれにしても無条件で名義のない補償を支出するは国民の断じて許さゞる所であらう。殊に富豪の聯合運動なるが故に其の要求が聴かれるといふ点に我々は甚しき不快を感ずるものである。