我国現下の三大外交問題

    (一) 日英同盟の継続問題

 昨今の外交問題の中で一番大きなのは日英同盟継続問題であらう。之について我国朝野の昨今の輿論は大体継続論に一致して居るやうである。曾ては民間論客の間には無論の事、屡々廟堂に立つた事のある有力なる先輩政治家の間にも可なり強い反対論乃至破棄論を唱へたものもあつたが、イザいよ/\満期に近づいたとなれば此等の意見は不思議に席を譲つて継続論の横行に任かして居る。
 転じて対手の英吉利本国に於ては如何と云ふに、之れ亦大体継続論に傾いて居るやうだ。少くとも今更ら事新らしく非継続を我から提議するまでもあるまいと云ふ辺に止つて居る。尤も中には条件の訂正が必要であらうと云ふやうな議論もあるが、併し之は我国に於てもあるのだから、今迄通りの内容で其儘継続すべきや否やについては彼我共に多少考が動きつゝあるものと観ていゝ。若し夫れ英領殖民地並びに東洋在留の英人間に於て同盟継続に反対の声を高くしつゝある事は今改めて説くまでもない。在支英人が同盟の継続を止むを得ずとせば、門戸開放、機会均等の原則を文字通り確実に守るの保障を得べきを主張し、又濠洲が新たに白人濠洲主義の承認を条件の中に加ふべきを主張せるの点は注目に値する。日英同盟がいよ/\継続さるゝ事となつたとして、右の如き要求が鹿爪らしく書き上げらるゝとは思はないけれども、書かないからと云つて之を顧慮しなくともいゝと云ふ訳で無く、此等の要求は将来に於ける同盟活用の上に多大の影響を有するものと観なければならない。同盟条約の文字上の内容がどうあらうと我等は専ら之の活用によつて現実にあらはるゝ効果如何を着眼しなければならない。
 支那の国論が又殆んど一致して同盟継続に反対であり、否少くとも甚だ同情の無い態度を採て居ると云ふ事も亦大いに注目を必要とする点である。勿論日英同盟は日英両国間の約束であつて、断じて第三者の容喙を容(ゆる)さない。支那が独立国の体面上黙視する能はずとして如何に強烈な反対の声を挙げても、同盟条約の締結又は継続と云ふ事に、日英両国の確固たる決心がある以上、全然之を顧る必要はない。併しながら今後日英同盟条約が主として活用せらるべき地理的舞台は中華民国であるべきが故に、中華民国の同情無き態度が、同盟条約の実際的活用の上に、少からざる煩累を与ふべきは想像するに難くない。我々は同盟条約の継続其物のみに熱中するの余り、一見小癪な支那側の横槍を軽視してはならない。


 我国に於て、日英同盟に対しては其第一次の締結の際から今日に至るまで引続き其存立を得とするに一致して居る。偶々之を呪咀するの声があつても、そは決して多数国民の衷心からの叫びではなかつたと思ふ。夫婦の間でも時々別れ話を持ち出すことはある。イザとなつて本気になつて別れやうと云ふ深い考の無いと云ふのが両国従来の間柄であつた。併しながら日英両国が夫婦の間に見るやうな精神的融合があつたかと云へば大いに疑はしい。我々の観る所を隠さず云ふならば、精神的融合の結果相結んだのではなくして、偶々利害の相一致するものがあつて提携した事の結果、幾分精神上の諒解も出来つゝあつたと云ふ有様であつたと思ふ。従つて今日我々の間に同盟継続論に略ぼ一致して居るのも、之れ過去に於ける同盟条約の恩恵を思ふからであつて真に英国民を諒解しての話ではない。従つて今後同盟条約を継続しようと云ふ事になつても之によつて期する所は一種の利益であるが故に、彼の条件改訂論を唱ふるものも、畢竟皆利害の打算から割り出されるのである。更に極論すれば利害の打算が主であつたからこそ同盟反対論の如きも起つたと云ふ事が出来る。何故なれば此等の人は我の利益の要求が思ふ通り通らずして、只対手方が此条約によつて利益した方面のみを主として着眼するからである。
 過去に於て我国は此同盟によつて如何なる恩恵を蒙つたかは委しく説くの必要もない。国際間に於ける帝国の地位の著しく高められた事や、日露戦争に於て美事の勝利を得た事などは其最も著しいものであらう。無論之は同盟条約のみの賜物ではない。国民の努力奮励の結果の当然の現はれでもあるけれども、我国民の中には偏狭な名誉心に駆られて外部よりの恩沢を過小に見積り、以て事実の正視を謬るもの頗る多きが故に特に此事を一言して置く。兎に角日英同盟は我国に大いなる利益を与へた。之を口に云ふと云はざるとは別問題として、国民は暗々裏に之を十分承知して居る。だからいよ/\と云ふ場合になると国論は期せずして継続論に傾く訳なのである。
 併しながら此同盟は昔のやうな利害の打算一点張りで継続していゝものかどうか。無論之で継続の出来ない事はない。併し之で行く丈けなら同盟条約は最早や実際に於て能力を発揮する場合は極めて少くなり、新時代の趨勢に殆んど無交渉な空名の約束となり終る事はあるまいか。早い話が当初同盟条約の締結を必要とした事実は今日全然消滅に帰して居る。即ち露西亜があゝいふ事になり、次いで独逸も怖るゝに足らずとなれば日英両国に対する共同の敵は最早一人もない。単に此れ丈けの事実で同盟条約は昔通りの意味で継続するの不必要を語り、若し更に継続すると云ふなら先に新らしい根拠を見出さねばならぬ事を示すものである。無論日本一国にとつては尚怖るべき敵があるといへるかも知れない。予輩はしか思はなけれども一部の人は米国を着眼するのであるが、併し米国を敵とする限り英は従来の同盟条約が指示するやうな形に於て我の味方たるものでない事は極めて明白である。此事を顧慮して一部の人はイザと云ふ時に英国が責任を免るゝ事の出来ないやうな規定を設けろとか、又は同盟条約の効力の及ぶ範囲に太平洋を加へろとか云ふものあるが、向ふが腹で嫌やだと思ふ事を紙上の文字で無理にさせようと云ふのは極めて拙い遣り方である。紙上の文字はどうであらうが、実際に行はるゝものであるかどうかを眼中に置く必要がある。予輩は敢て茲に日米若し戦ふ事あらば英は決して我の味方たるものにあらずと断言する。同じやうな事は英の方からもいへるだらう。東亜に於て英の最も恐るゝ所は印度の治安である。之を脅かすものが露西亜であつた間は日本の勢力を其防禦に利用することが不可能でなく、日本も亦背面から露を牽制する位な労は辞するものでない。けれども今日は印度の治安に対する脅威は外から来らずして内から起る。脅威の原因は同じく露西亜から来るとしても今は印度の民心を煽揚すると云ふ形に於て露が英の怖れとなつた。斯くて印度が内部から擾乱することあらんか、英は益々日本の勢力を利用するの希望を深からしむべきも、日本としては之に応ずるの力が無い。同盟条約の条文が何となつても、日本は断じで印度に出兵する訳には行くまい。して見れば日本も英国も共に夫れ/"\枕を高うして眠る能はざる境遇にあるも、之が防衛に互に他を利用すると云ふ事は事実不可能である。故に少くとも此点に於ては同盟条約は有つても其効力を発揮するものではない。
 そこで之までのやうな同盟条約を継続するとなれば、其真に能力を発揮すべき範囲は僅かに支那に止ることになる。殊に支那の内情が今日のやうに動揺定まりなく、延いて世界各国に波動を及ぼすやうな事であれば、東亜に於ける二大勢力たる日英が此方面に於ける平和の維持を其道徳的貴任として負担せんとするのは当然である。此点に於て日英同盟は最も有力な働きをするものであるが、併し日英と云ふ二大勢力が結托して優に他の国々を制することが出来るとなると、時として此両国が提携して共同の利己的目的を計らないとも限らない。そこで若し我々が同盟条約を継続するに当り、利害の打算と云ふ事が、依然として根本の考をなして居れば、同盟の誼を楯として互に我儘を看過し合ひ、二人でこつそり旨ひ事をすると云ふ風に条約を活用しないとも限らない。こう云ふやうな意味の同盟提携が之からの世の中に於て出来るものかどうか。こゝに又一つ慎重なる攻究を要する点がある。而して予輩は従来の経験に照して、こう云ふ考では啻に他国の反感を招くのみならず日英両国其物が到底十分に一致することが出来ないと思ふのである。現に今日まで両国の利害は支那に於て最も激しく反対して居つたではないか。而して我は同盟国だからもつと我々に譲つてもよからうと考へ、彼は又同盟の誼には係らず余りに乱暴だと我々を罵る。支那に於ける日英両国民の関係は同盟所か、観様によつては仇敵も啻ならざる有様にある。して見れば今の儘で同盟条約を継続するのは全然無意義になる。それでも尚継続しょうと云ふなら、而かも之を空名のものたらしめざらんとせば茲に全く新らしい別の基礎を探し求めなければならない。それは何かと云へば即ち利害の打算を捨て、東亜の大局の平和的維持と云ふ事でなければならない。此事は過去に於ても唱へられた。只過去に於ては之は表看板に過ぎなかつた、が今度からは実際の目的であつた利害の打算を止めて正直に表看板を実際の目的とする事である。


 予輩は所謂同盟条約の継続非継続については夫れ程深い興味を有たない。最も関心する所は継続さるゝとして同盟条約が将来どう云ふ精神で運用さるゝかと云ふ事である。而して運用の根本精神が我々の希望するやうなものに変れば実は同盟条約などは継続しなくとも妨げはない。此精神が出来てゐないのに継続しないとあつては仮令継続の実際的必要の消滅が明白であつても両国間の特別の不和を意味することになる。斯く解せらるゝのが嫌やだからと云つて冷淡水のやうな三国同盟も満期毎に更新されて居つたではないか。特に日英両国が不和になつたのでないから条約を継続して置けと云ふ丈けなら、条件がどうだらうが、文字がどうだらうが、一向差支ない。只之を少しでも世界の進歩乃至東洋の幸福の為めに貢献する所あらしめんとする以上、茲に改めて何の目的の為めに之を継続すべきかを真面目に国民と共に考へたいと思ふのである。



     (二) 西伯利出兵の結末如何
            −附尼港事件の善後策−


 日英同盟に次いで矢釜しい当面の外交問題は西伯利出兵の善後策である。細目の個々の問題についてはいろ/\の議論があるにしても政府も国民も他国の内政に干渉すべきではない、西伯利の出兵は何れ遠からず撤退すべき筈のものであると云ふ見解に定まつて居る。而して表向き如何なる口実と理由があるにしろ、大兵を出して居ると云ふ事実について国民の間に大いなる煩悶ある事は又隠すことは出来ない。されば民間には露骨に無条件且つ急速の撤兵を要求するものあり、否らざるも現在の駐兵に対していろ/\弁解に苦しんで居る。兎に角此問題は現下の政界に於ける一大暗礁と云はざるを得ない。
 更に転じて西伯利に於ける形勢を観ると、大体に於て日露両国の反目対抗と云ふ形をあらはして居る。内政不干渉を標榜して兵を進めた我軍が、多数の露国民を敵として戦つたについては相当の理由があらう。如何なる理由があるにしろ、内政不干渉を標榜するものが土民の多数と戦ふと云ふについては内心大いに苦しい所がある。而かも米国は皮肉に撤兵して事実の上に日本の行動を賛成せず、他の欧洲諸国も亦暗に日本に快からざるの形勢を示して居る。此苦しい立場から何とかして逃れ出でようと云ふ苦心は偶々緩衝地帯の設置によつて酬いられんとしたが、之れ亦失敗して今尚窮して通ぜざるの状態に在る。斯くして之は現政府にとつて最も困難な問題であると共に、又我々国民にとつても最も面倒な問題となつて居る。
 緩衝地帯設置の提議に接して我国の軍事当局者の第一に期待した事は、親日派の権勢を以て西伯利各地を統轄する事であつたに相違ない。けれども事実が之と反対に進んで来たので、我々は啻に意外な而かも不愉快な主人公を隣りに迎へねばならぬのみならず、所謂親日派の始末にすら窮することになつた。そこで形勢は又昔に戻つて日露両勢力の対抗の儘となつた。只幾分異る所は此ゴタゴタの間に対手方の勢力を著しく増進した事である。夫れ丈け西伯利に於ける我国の地位は幾分困難を加ふる事になつたやうだ。而して斯の如き結果を来たしたのも、畢竟は第一西伯利に出兵した事、第二セミヨノフとかコルチャックとか云ふ民間に人望の無い反動的保守階級を対手とした事が原因である。
 是に於て我々が冷静に考へねばならぬ事は、第一我々の結んだ所謂親日派は西伯利に於て今後どれ丈け勢力を張り得るものか、否な彼等は早晩消滅すべき運命にあるものではないか。若し日本の直接間接の援助がなかつたならば夙うの昔に消滅して居つた筈のものではなからうか。第二には、さう云ふ種類の階級と是非共提携せねばならぬ理由は何処にあるか。仮りに相当の理由があるとしても今の儘で土民の多数と反感の形勢を続けていゝものかどうかと云ふ事である。西伯利の出兵をどうするかと云ふ根本問題がどう極まつても、今出て居る兵隊を動かすと云ふ事が已に重大な問題であつて、それには少くとも前の二点を冷静に考ふる必要がある。而して我国の当局者は西伯利土民の多数を以て恰かも危険思想の宣伝者の如く見做し、西伯利に於ける現在の状態を継続することは実は日本の自衛の為めに止むを得ないと見て居るやうだが、果して然らば西伯利問題は一転して思想問題であると云ふ事に観なければならない。成程所謂過激派が西伯利の方面から宣伝の手を伸ばしつゝある事は疑を容れない。けれども当局者が此等の運動の正体を明かにせず、只一も二もなく恐がつて所謂風声鶴唳に脅へるの醜態を演じつゝある事は、フリーメーソンとサイオニズムとをゴツチヤにしてマツソン秘密結社の世界転覆の隠諜なる珍無類の滑稽な妄説を流布し、而かも今日有力な政治家中之を信ずるものゝ少からざるに観ても分る。之れ畢竟彼等が時勢の進運に盲目にして其抱持する思想に確信なきの結果であつて、国内のいろ/\な問題につきいろ/\な過ちを重ねつゝあると同様の失態を西伯利問題についても演じつゝあるものと観なければならない。西伯利問題は単純な出兵の可否乃至撤兵の時機如何の問題ではない。


 之に関連して所謂尼港惨殺事件の善後策の問題について一言して置きたい。
 尼港に於て婦人幼童まで悉く惨殺されたと云ふ事は何と云つても我々の血を湧かし肉を躍らしむるに値する暴虐に相違ない。けれども我々は憤慨の余り極度の昂奮の結果、常規を失するなからんとするの慎重と雅量とを欠いてはならない。少くとも如何なる状況の下に三月の事変が起つたか、又如何なる状況の下に五月の虐殺が起つたか。前後の事情をあらゆる方面の材料によつてもつと精密に研究して置くの必要がある。先年鄭家屯事件なるものがあつて、支那兵が日本の将校と兵卒とに凌辱を加へたと云ふ事が報道ぜられた。当時国民は非常に憤慨して遂に政府に迫り、謝罪を支那に求めしめたのであるが、後冷静なる事実の審査が重ねらるゝに及び彼我何れを責むべきやが頗る怪しくなつた。最近の福洲事件についても同様の結果に畢つた事は読者の知らるゝ所であらう。先年英吉利に居つた時、埃及人の一群がハイド・パークに集合して盛んな熱罵を英国の政府と国民とに加へた時、通りがゝりの英国人は、どうせ下層階級のものが多数であつたに相違ないが―悉く微笑を以て之を傾聴して居つたのを観て、流石は大国民の雅量だと感心した事があつた。此点に於て昨今の我々同胞が少しでも冷静な態度を採るものがあると、如何にも国民的良心の麻痺したものであるかの如く罵倒するものあるを観て甚だ苦々しく思ふて居る。
 尤も如何なる新らしい事情が発見されたとしても婦人や小児までも而かも一人残らず虐殺されたと云ふ事については何といつても容すべからざる暴虐として之を憤慨せざるを得ない。只こう云ふ場合に何時でもある事だが、此国民的憤慨を或る目的に利用せんとする輩の少からざる事は我々の大いに警戒せねばならぬ所である。即ち之を機として徒らに国民の敵愾心を昂奮せしめ、以て或は兵員増派の目的を達せんとしたり、或は自家の頭上に帰すべき責任を騒忙の間に他に転嫁せんとするものなどがある。斯う云ふ連中の陰謀がある為めに我々の憤慨は又不当に冷却せしめられるやうな感がないでもない。
 同じやうな事は本問題の責任糺弾についてもいへる。我々は、一部為めにする所あるものゝ罠にかゝつて不当に昂奮するの極、本件に関する本当の責任者を見損つてはならない。而して其所謂真の責任者は明白に政府殊に軍事当局者にあるのであるが、茲に又在野政客の一部の間には、得たり賢しと之を政争に利用せんとするものがある。即ち昨今開かるゝ尼港問題演説会などに於ては一言目には現内閣の倒壊を期すなどゝ出て来る。現内閣を存続せしむべきや否やは之も確かに一問題たるに相違ないけれども、反対派が直ちに之を政争に利用するのは、政府側が之を政党政派を超越する国民的大問題なりと称して、独自の責任を避けんとするのと同様に我々の甚だ不快とする所である。斯くの如きは本問題を純粋に攻究判断するを謬らしめ、且つ之と混同せらるゝを厭ふの結果、常に識者をして本問題から遠からしむるやうになる。兎角斯の如き問題がいろ/\の方面からいろ/\の目的に利用せられ勝ちなのは我々の甚だ遺憾とする所である。



     (三) 日支懸案の一としての山東問題

 もう一つ昨今の外交界に懸案となつて居るものは山東問題である。山東問題の解決がどう着かうと我国の之によつて得る所のものは大抵極まつて居る。当初予期したやうな利権はどの途得られない。得られる丈けのものは跡始末がどんなに拙くとも得られるに極まつて居るから、残る所は只どう云ふ形で結末を着けるかのいはゞ体面の問題に過ぎないと云つていゝ。現に山東に特殊の経済関係を有つて居る人には可なり重大な関係あるに相違ないが、我々国民にとつては此問題はどうなつても大した事はない。止むを得ずんば今の儘に放任して置いた所が格別の不都合はないのである。けれども之が支那と日本との間に存する幾多の交渉案件の一であり、此解決如何が他の多くの問題の解決を導く目標になると云ふ風に観ると、山東問題はなか/\簡単に見逃すべき問題ではない。之れ本問題が夫れ自身としては何でもない事であるに拘らず、他の諸問題と関聯して非常に重要視する所以である。
 山東問題の結んで解けざるは已に久しいものだ。最近我政府は長文の声明を発して従来の関係を明かにしたが、併し之は単に日本の立場を中外に声明して無用の誤解を一掃したるの効あるは勿論ながら、問題其物の実際上の解決の上には何等加ふる所無かつた事を認めざるを得ない。
 何故山東問題の解決が着かないか。支那の政府が道理の説明に服従しないからである。何故道理の説明に服従しないか。人民―実は青年学生―の反対に圧倒せられて居るからである。支那の政府が国民を支配するに殆んど無力なるは云ふを俟たざる所。而かも最近は動もすれば其圧迫を受けて独立の見識を立て通し得ない。いはゞ風前の灯火とも観るべき薄弱なる政府に向つて事理を説くは、貧乏人に向つて債務の弁済せざるべからざるを繰り返すと同一である。従つて先達発表したやうな声明を以て彼我の間に取交はされた交渉の顛末を第三者に明かにしたからとて、無い袖は振れぬ道理で、向ふから折れて来る事を期待し得ないのである。あれで解決が着くと云ふなら余りに理屈に拘泥して事情に迂なるの譏を免れざるが、又民間の議論などは政府の力でどうにでも圧迫が出来ると考へて居るならば、之れ亦甚しき官僚的偏見といはざるを得ない。 支那の政府が右の如き立場にありとして、更に考ふべきは政府を圧迫する人民が、何故我々の声明する道理に承服して政府に対する在来の態度を改めないのか。之については我々は日本政府の立場の根拠と、支那民衆の拠つて以て立つ所と根本的に相違して居ると云ふ事である。吾人の立つ所は彼我両国の間に存する条約の理論的解釈である。而して彼の拠つて以つて立つ所は仮令其中に幾多の誤謬と誤解とを包含するにしろ、事件を有りのまゝに観たる上の道徳的判断である。換言すれば、甲は証文を楯として借銭を返せといひ、乙は其証文が不法に得られたものだと抗弁する。之に対して甲が敢て不法に得られたるにあらざる所以を説く事なく、徹頭徹尾証文の文句の形式的解釈を以て押し通さうとしては到底円満なる解決を見る能はざるべきは云ふを俟たない。
 そこで向ふが何と云はうが事件がどうならうが、こちらが云ふ丈けの事さへ云へばいゝと云ふのなら之でもいゝ。少しでも事件の発展を促して確実に実際の効果を挙げようとなら、も少し変つた方法を執るの必要はあるまいか。言ひ換ふれば民衆の拠つて立つ所の根拠を取り、民衆其物にぶつつかるの必要はあるまいか。我が対手とすべきは政府の外にはないなどゝ云ふ貴族的な、或意味に於ては横着な外交振りでは何時まで経つても解決の曙光を見ることは出来ない。而して本問題に関し結局如何なる解決を告ぐるやは世界の耳目の前に日本国民の真の外交的能力を試験さるべき興味ある問題となつて居る。而かも此問題は本来夫れ程六づかしい問題であらうか。


 一体外交は無理にいろ/\な文句を証文に書かせ、出来る丈け之を活用しようとするのは極めて拙い遣り方だ。強い国が兵力を擁して弱国を強制する場合の外、実質的に何の効果も挙げ得るものでない。双方の友誼関係を事こ実の上に発展して、証文などは無くともいゝ、要り用なら文句は如何様でも相談づくで書き得ると云ふ風にならなければならない。封建時代のやうに空名に拘はる世の中に於ては兎に角証文さへ取つて居れば、之を楯にどん/\政策の進行が出来たかも知れないが、今日は名よりも実、而かも其実たるや国民の根本的諒解を必要とするのだから、外交方針も亦従つて旧い夢から覚め、方向一転の勇断を必要とするに至つた。之れ今日いろ/\の形に於て叫ばるゝ青年の要求である。
 然るにも拘らず我国今日の当局者が、此時代の新らしき要求に対して動もすれば面を背けんとする色あるは我々の甚だ遺憾とする所である。尤も青年の要求は時として旧式外交の攻撃になる。新に就かんが為めに旧を罵るは已むを得ない。而して旧の捨つべきに気附きながら尚民間の要求に屈して之を捨てたと云ふ形を取りたがらないのは官僚政治家の常であつて、其甚しきものは、自己の良心に背いてまで厭くまで旧を善と強弁するを官憲の威信を保つ所以なりと考ふるものすらある。今まで宝丹が腹の痛みに最良の薬だと教へて来た。今度新たにもつといゝ薬が発明されても今更ら之を推薦する訳に行かないと云ふのならまだいゝが、宝丹以外に良薬ありと主張するものを陰に陽に傷けんとするに至つては横暴も亦甚しい。況んや宝丹式外交の已に却て有害なる事の証明された後に於ておや。而して対手方は官僚政治家の強弁如何に拘らず宝丹以外に良薬あるの新智識を十分に会得して居る。それに気附かずして彼に依然として宝丹を強ひ、而して自国の之に反対するものを難ずると云ふのが即ち今日の対支外交の状態ではないか。彼と我と本当に結ばうと云ふなら虚偽を其間に混へてはいけない。真実を語るもののみ独り本当の親善関係を建設することが出来る。
 最近一部の政客の間には対支外交の従来の誤りを悟り、之に何等かの変更を加へんと画策するものはある。併し之は支那に於ける政界最近の変調に促されて止むなく方針の一変を迫られて居るもので、未だ自発的と云ふ事は出来ない。そは寺内内閣時代以来我国は北を援けて南を抑へ、北の中でも特に段祺瑞を擁立する所謂安徽派を陰に陽に援けたのであるが、最近之に対抗する直隷派の擡頭と共に、北方に於ける実権の地位は彼より此に移らんとしつゝある。之と同時に南方派亦陸栄廷、岑春■〔火+宣〕の実力派と孫逸仙、唐紹儀、伍廷芳等の理想派との分立を見、而して前者は北方の直隷派と結び、後者は安徽派と結び、是に於て南北の縦断的抗争は、南北を通ずる甲乙両派の横断的反目に代ると云ふ奇観を呈するに至つた。そこで従来支那の統一は武力に依らざるべからず、而して最も強大なる武力を有するものを援助して一日も早く統一の実を挙げしむべしとする没理想の打算政策は、期せずして眼を段祺瑞一派より転じて、直隷派と岑陸一派との聯合に投ずるに至らしめた。併しこんな方策で成功するものなら、寺内内閣の援段政策が夙うの昔に成功してゐねばならぬ筈である。方策が変つても根本の思想が依然として旧套を脱しない。
 然らば我々は支那の如何なる部分を対手にすべきであるか。之については従来いろ/\の機会に論究して置いたから茲に再び之を繰り返さない。只一言すべきは我々の対手とせんとする対手は、我国に於て往々親米派の名称を以て知られて居る事である。親米派と云ふ名称の正しきや否やについても大いに疑問があるが、一旦米に親んだからとて、更に我に親しましめ得ないとは限らない。一度他に思を寄せたからとて、永久自分に惚れぬものと極めるのは意気地なしの事、確固たる自信あるものは手に入るまで競争を続けるの気概あるを要する。而かも今日已に彼我一部の青年の間には秋波の交換が始まつてゐる。之を思想定らざる青年同志の軽薄なる狎れ合ひとして、頑くな、僻見を加へては日支両国の親善は永久に立ち得ない。

  〔『中央公論』一九二〇年七月〕