山崎謙著 国民精神新論 日本観念形態の研究  東京 東宛書房蔵版

    序

 幕末から明治維新へかけての開港期にはあれだけ立ち後れてゐたのに、今日では或る意味において、日本は、すでに先進のヨーロッパを追ひ越したとさへ云はれてゐる。この事実に徴するに、日本国民は甚だ優秀な民族であつたやうに思はれる。
 しかしながら日本国民は、いつまでもただ、無闇矢鱈に過去の成功ばかりを誇つてはをられぬであらう。いまや彼らは、もつと大きな自己の存在に醒めて一層ひろい発展を目指すべき時機に立斗ち到つてゐる。ところで、国際的な発展の仕事は、先づ国民的である。われわれはされば、国民の真の偉大さを----要素的に----重要視せずにはゐられないのである。
 国民の偉大さは、これからは、単にローカルな一徹さなぞであつてはいけまい。従つて、
かの矯激なるたぐゐの精神なんかも寧ろ窘められるを要するのである。国民の進歩にとつて最も正常な途は、「時局の認識」のうちにこそ存するのである。ここに求版される「日本観念形態の研究」がほんの聊かでも日本国民の「反省自重」に役立つところあるならば、著者の望みは足りるのである。
 併せて既刊の拙著「哲学読本」や「解釈学概論」や「表現学概論」などを参照してもらへ
ば、この書の意義は一層はつきりするであらう。

一九三六年六月一日
                         江戸川の畔にて
                                 山  崎   謙


国民精神新論
   ----日本観念形態の研究----

目次

前 篇  郷土的国民精神

  1 郷土観念としての国民精神
  2 持て余されてゐる自然科学
  3 信徒の附かない街の形而上学
  4 善導された弁証法
  5 日本主義の今昔形態
  6 中世的世界観としての宗教
  7 観念論と提携せる町人的唯物論
  8 独占されたリベラリズム

後 篇  日本的観念形態

  1 日本的なものと西洋的なもの
  2 ペシミズムと日本精神
  3 国語の将来と国際語の擡頭
  4 伝統日本と常識日本
  5 インテリゲンチアと日本
  6 全体主義と日本の輿論
  7 スィンセリテイと日本人
  8 進歩主義と日本イデオローグ