国民の声


 人は謂ふ、国民の声を聞けと。吾れは則ち問ふ、国民の声何処に在るかと。
 学者の声は国民の声なる乎、何ぞ然らむ。彼等の言は国民の関り知る所に非ず、彼等の多くは国民の名を僭して其の一家の言を飾るもののみ。
 詩人の声は国民の声なる乎、何ぞ然らむ。彼等の歌は彼等の私情を聞かせらるゝのみ。
 新聞紙の声は国民の声なる乎、何ぞ然らむ。彼等の論は一党一派の利害に立つ、国民の幸福と風馬牛のみ。
 政治家の声は国民の声なる乎、何ぞ然らむ。彼等は国民の名によりて私己の権勢を争ふのみ、国民と何の関する所ぞ。
 国民の最大多数は実に黙然として声なき也、唯々夫の倖々焉たるもの、是の無声の国民を利として動もすれば口に是を藉る。
 経世家たるものよ、沸々たる小泡沫の下に、千万尋の深淵の杳然として声なきものあるを知れ。

                                    (三十一年十二月)