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  洋癖着流を警戒す


 我囲が内外交通の端を開きてょり国民初めて黍西の文物制度に接濁し其
 外観皮相の完備せるに眩惑して西洋心酔の悪癖を生じ一も西洋二も西洋
 古事皆西洋にあらずんバ不可とし数百千年衆我国に態達し来りたる風俗
 習慣より精神に至るまで之を棄て1顧みざること恰かも弊履の如く全く
 我を軟化せずんバ己まざるの風潮を呈したり是に於てか憂国の士我日本
                   た
 の日本たる所以を究ふを憤慨し決然起つて国粋論を主唱し泰西心酔ハ外
 人東拝となり結局服従の位地に至るべき所以を説き内に於て先づ我所長
 を扶植すると共に国家的思想を滴養し自主濁立の精神を輩固にし然る後
 はか
 外漸次彼の長を取り我の短を補ひ以て健全なる態達を為すの必要を論じ
僅かに外争内卑の誤謬を矯正し以て顧波を挽回するを得たり然るに立願
                        こぞ
 らんや今日伶此迷夢を打破する能はず我を撃つて欧米たらしめんとする
者あらんとハ彼等の論ずる所に操れバ宗教風俗習慣等重く我彼に及ばず
 と憶断し蕾衆の事物ハ一切之を放棄して全く西洋化するにあらずんバ以
 て我国の繁柴を企晒すぺからずと為し能ふぺくんバ人種も改造せんと欲
 す而して国粋論者を目するに文明の何物たるを知らず只管外人を厭忌し
 て固晒自ら居る頑迷一偏の痴漢を以てす此の如きハ国粋論の趣旨を誤解
するにあらずんバ之を岨噛するの能力なきことを自白する者にして所謂
国粋論なるものハ此の如く窮窟なるものにあらず彼の長ずる所にして取
 て以て我を益するに足るものあらバ膏に之を排斥せざるのみならず進ん
 で之を採用するに蹄躇せざるなり香な膏に之を採用するに躊躇せざるの
      せ・ぎかんと九ノ
 みならず百尺竿頭に一歩を進めんことを期するものなり然れども亦彼等
 の如く古事古物皆之を彼に倣ふのみならず直ちに彼に化すぺしと云ふが
 如き‥裡課の言をなすものにあらず縦令彼に在て善良なる風俗習慣として

 餞達し来りたるものと雄ども直ちに我に移して均しく良好なる結果を収
 め得べしと思考するが如き抑ミ誤謬たるを免れず何となれバ風土地味の
 同じからざる地方に於て繁茂せざる植物あるが如く人種歴史等を異にす
                    これ
 るに従ひ邁不適あるぺけれバなり之を是察せずして漫然之に模倣せバ直
 ちに以て彼の如く富強を致すを得べしと信ずるが如き其愚や箕に憐むに
 堪へたり且夫れ自ら侮つて人之を侮り自ら卑うして人之を卑しむ人にし
 て自主自重の念なくんバ濁立濁行して政令に生存する能はざるが如く国
 家も亦自主自重の精神を以て園本を輩固にするにあらずんバ宇内の競争
 場裏に在て其濁立を全うする能はざるなり此精神的要素の国家に取りて
 必要なるハ有形的経済的要素の必要なるに譲らざるのみならず此等の要
 素も精神あつて初めて共用を全うするを得べきなり是日清戦争の明かに
 澄する所にして清園が多く近世の利器を擁しながら終に之を用ひること
 能はざりしハ畢責此精神的要素の映乏に外ならず而して彼等ハ我大捷を
 獲たる所以のものを轟く西洋文明の功に辟す豊思はざるの甚だしきにあ
        きいじ               きんおうむ き
 らずや我帝国が叢商たる孤島を以て東洋に偏在しながら金甑無鹿の国家
                        そし上く
 を維持し得たる所以のものハ賓に此国家を組織する国民の脳裡に一種奪
 ふぺからざる正気碑構して断じて外邦をして一指を我に染めざらしめん
 とする自主自重の精神あるを以てなり而して此精神ハ何に因つて胚胎し
                          はじ
 来りたるや大の勅語に所謂我が 皇租皇宗囲を肇むること宏遠に徳を樹
               上                    そ
 っるい言深厚なり我が臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世々厳の
 美を済せるハ此れ我が国饅の精華にして教育の淵源亦資に此に存す云々
 と知るぺし我国家ハ家族制度の磯達したるものにし忠孝を以て立国の基
 礎とするものなるが故に此楕押を以て我囲家を萬世無窮に俸ふるのみな
         しんせふ
 らず愈よ国運を進捗して世界第一流の園たらしむるハ資に我国民の理想
 とす而して此理想を賓にせんが為めに競ふて他の所長を取りて我築籠中
                                     こゝ
 の物となし以て我の天職を全うせんことを期するなり此に思ひ到らずし
 て東洋流の忠孝を以て無用硯するが如き賓に我国民の本分を誤るものと
 云ふべし古来我国民が忠孝の念に驚き桶和の敏也する所往々奇に拍喝ぎ狂



                                               もと
 に失するが如き観なきにあらずと錐とも爪同ほ能く十丁或の下人心・牢維持す
 るに足るものあり若し乗れ彼等の子が其親に封して権利を有するを得と
 云ふが如き論法を以てせバ臣民も亦君主に封して権利あけと云ふに至ら
 ん萄くも我立園の精神を知り能く之を守るに於てハ斯る言を態する筈も
                                   かく
 なく又其必要もなきなり何となれバ我国民が英子孫に封するの情ハ此の
如き思想を必要とするが如き無味乾焼なるものにあらざれバなり此等の
滑息ハ有形に見て無形に見る能はざるの徒に在てハ恐くハ之を解する能
 はざるなるぺし此の如き眼光を以て我国家を観測して帯革西洋に及ばず
 として唯其西洋たらざらんことを恐れ自家の自損拝外なるを知らずして
      ゆぴぎ                      かく
妄りに他を指して自尊排外と呼ぷ其愚や憐むぺしと雄も従来此の如き謬
         と どく      あ
 説の世道人心を茶毒したるの弊勝げて教ふぺからず今日之を根絶するに
 あらずんバ速に国家百年の長計を誤るなきを期すぺからず厳ふに官局者
 に於て恐くハ之を不問に置くが如きことなかるぺしと錐も今日斯る思想
 を公然薮吹せしむるが如きハ抑ミ国家的観念の普及を計るに切ならざる
             せめ
 の致す所にして断じて其章なしと謂ふぺからず伺詳細に亙るの事項ハ他
 日を以て論ずる所あらんと欲するなり
                  (明治三十年八月一日「東京朝日新聞」)