・・・「は」或ハ「ハ」ト表記ス。
・・・「ば」或ハ「バ」ト表記ス。
・・・「々」デ代用ス。

 須らくカを下層に用ふべし


社会の組織(そしよく)極めて複雑なるは人皆之を知る然るに社会に出現せる百般の
現象を観察討査するに於て動もすれば其上層にのみ注目し常に下層の状
態及び下層に起る所の現象を忽且(こつしよ)に附するが如き形迹(けいせき)あるは余輩の常に
怪む所なり今試みに今日一般世人の社会に対する行動に徹するに其社会
の上層の完美なるものあるを見れば則ち曰く社会の完美此(かく)の如しと而し
て其下層に於ては尚未だ完美の片影(へんえい)をも認むる能はざるものあるを知ら
ず其上層の進歩を見れば則ち曰く社会の進歩其れ此の如し以て文明を称
するに足ると而して其下層に於ては遅疑停滞暗霧の裡に彷徨するものあ
るを知らざるなり其の醜悪の上層に現出するものあれば則ち曰く社会学
て混濁亦捷ふ可らずと而して下層に於て却つて清浄潔白なる徳義の存
               せいあ
するを知らざるなり是れ所謂井蛙の管見にして一を知つて未だ十を知ら
                     くわいく
ざるものと謂ふ可し此等の眼光を有する頓々の徒ハ唯だ祀曾の上層を見
て其下層を見ず徒らに皮相の観察を以て得々自ら喜び政令の一部たる上
層を以て直に牡曾の全部と混清して其眼光の薄弱なるを示す寧ろ憐む可
 きのみ
蓋し牡曾なるものゝ組織が既に複雑なる以上ハ百般現象を研究して以て
政令の幸粂を増進せんとするに於て其祀曾を組成する各層に注目して其
状態を審にせざる可らざるハ固より論なし故に其上層に於て鋭利なる観
察を為すと共に銚て其下層に向つて眼光を縛ず可きハ融合の研究を為す
 に於て必要なる條件ならざる可らず人或ハ云はん政令の上層にして能く
完美し能く進歩するを得せしめバ下層ハ従つて其化導する所とならん下
層の如きハ措て間はざるも可なりと其れ或ハ然らん香な或鮎に於てハ上
層に於る潮流の滑々として下層に進入して之を他導するハ事箕に於て認

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むる所なり故に上層の完美進歩して下層の模型たらんことハ固より望む
所なれども唯上層にのみ留意して下層ハ措て間はざるが如きハ余輩の取
らざる所にして上層と共に下層の完美進歩に関して大に研究を致さんこ
とを望むものなり蓋し牡合の下層ハ常に屈従被役の境遇に沈むと維も杜
合の成立上より及び人生需用の鮎より之を見れバ茸に杜禽の根底を為す
ものと言はざる可らず故に此根底にして確立することなくんバ上層なる
             ひい
ものも亦存立するを得ず惹て政令なるものハ破壊せらる1に至る可きな
り是れ政令なるものハ之を組成する萬般の事物相待つて然る後存するも
のにして其下層ハ賓に之が根底たる可きものなれバなり而して往々下層
                     さしはさ
の忽且に付せらる1者あるハ余輩の疑を鋏む所以なり
今試みに茸例を挙げて之を論ぜんに夫の巡査の如きハ其職域極めて廣汎
なるも常に世人の冷遇する所となり其螢ハ頗る大なるも其報酬ハ頗る薄
し又郵便配達大の如きも其職とする所ハ迅速を主とするものなれバ瞬時
      ぬす
と雄も安逸を倫むを得ず東走西奔に其両脚を棒の如くするも其の俸給ハ
頗る軽少なり而して世人之を硯ること恰も奴隷の如し又請合祀其他の事
業に使役せらる1労働大の如きも終日若くハ終夜煤爛熟塵の間に膏血を
滴らして労働に従事し涙を呑んで苦役に屈従し而も懇待を受くるにあら
ず亦厚給を沸はる1にもあらず又小拳教員の如きハ固より以上の諸職業
に此す可きに非らずと錐も是れ亦非常に一般政令より冷眼現せられ其報
     かな
酬の勢に副はざるに至つてハ蓋し前者と異ならざるなり其他伶ほ仔細に
列挙せバ思ふに不幸の冷遇を受←るもの此等のみに止まらざるぺし而し
て此等の融合に封して輿ふる所の利益ハ如何なるものあるか大の巡査の
如きハ祀合の安寧を維持し各人の幸柴を保全するに於て一日も映く可ら
ず大の配達犬の如きも爾今益ミ通信の必要を認めて其迅速ならんことを
望むに於て一日も映く可らず犬の労働大の如きも亦工業の漸く勃興せん
とするの機運に際して其磯達を謀るに於て一日も軟く可らざるなり娩に
小学教員の如きハ未来の日本国民たる可きものを養成するの重任を負ふ
                    へう
 ものなれバ政令全般ハ厚く感謝の恵を表し進んで小孝教育に従事せんと

 するの人士を歓待せざる可らざるなり
 彼等が敢曾に向つて為す所の助力ハ資に此の如きものあるなり然れども
 かなしい
 悲かな彼等が地位ハ固より高きにあらず従つて其勢力ハ頗る微弱なる
             かく
 を免れず故に祀合に向て此の如き助力を為すと雄も社曾ハ左程に感銘の
 意を彼等に致さゞるのみならず却つて彼等を冷眼現す然れども彼等即ち
 概言すれバ政令の下層にあるものが杜曾の根底たるに関してハ其の冷眼
 現せらる1と香とに係はらず牢として動かす可らざるなり故に若し今日
 の如き有様にて止まざらんか余輩ハ恐る或ハ他日恐る可き結果を現出す
 るに至らんことを固より政令全般が悉く衣食に安んじ苦を受ることなく
 して生活するを得るが如きに至ることハ決して見る可らずして或る者ハ
 他を使役すると共に使役せらる可きものも常に社曾に存す可きハ自然の
 理にして之を各国の政令態達の状況に徴するも其然るを認む可けれバ或
                                  にん
 ハ巡査たり或ハ小寧教員たり更に下つて配達大勢働夫たるもの一人も無
 きに至るが如きことハ決して起る可らざるを信ず然れども若し今日の状
 態に放任して顧みることなくんバ遂に杜曾の需用に應ず可き供給に映乏
                 ほ
 を来たすことハ必ずしも無きを保す可らず蓋し彼等が今日の状態に甘ん
 ずる所以ハ之を措て他に生活方法を内国に後見する能はざるを以てなり
 然れども到底永久其冷遇に甘んじて過度の労役を致すを欲せず而して一
方に於て海外事業益ミ其歩を進め外に向つて膨脹力潅い其度を高むるに
 至らバ彼等ハ剖の合はぬ勢を為さんょりハ寧ろ断然成敗を天に任じて進
 取を計らんのみと為し相率て海外に走るに至らんことハ早晩起る可き現
 象ならん事此に至らバ政令ハ其需用を充たす可き供給なきの不幸を免れ
 ざらんか
                                   ひく
 既に前来述ぺたる如く政令の下層ハ資に社合の根底たり唯其地位の卑き
       び
 と其勢力の徽なるが為に政令の冷眼現する所となり其融合に向つて為す
           へいぜん
 所の助力ハ隈伏して柄然たらざるものあるなり然れども其政令組織の一
 要素たるハ疑ふ可らず故に巧くも観衆の経給を以て自ら任ずる者ハ棉密
 鋭利なる眼光を以て融合の全盾を洞察し特に其下膚に向つて注目留意し
 上唇の饅壌完美を計ると共に下屠も亦其匡救改良の方策を忽且に付す可
 らず蓋し鍋を未萌に防ぐハ経輸を以て任ずる者の一日も怠る可らざるも
 のなるべし嘲か今日融合下屠の状態に感ずる所あるを以て故に経給を以
 て任ずる人士に質すこと爾り
              (明治二十九年十二月十二日「東京朝日新聞」)