自由主義の必要
                
     《時弊の匡済に付きて


如何なる主義も如何なる論宗も、皆な一分の真理を有すると同時に、其
の実行上適度を越ゆれば、皆な弊害あり。我が憲政の初期に当り、政府
は惴々焉として其の職権又は経費の削少せられんことを恐れ、議会に対
しては唯だ従来の規模を無事に保たんことを図る是れ暇あらず、復た何
の余勇ありてか、進みて新職権又は新経費を要求せんや。此の時に於て
さへ自由党及改進党と名乗れる諸政派は、所謂る自由主義又は非干渉論
を唱へ、政府の職権を単に保安者たるに止め、従つて経費をも痛く削減
せんと擬し、所謂る民党の勢焔の及ぶ所、殆ど底止するを知らざらんと
す。
自由主義又は非干渉論固より一分の真理を含有するものたるも、政
府自ら節制を努めて世人の反抗を免れんとする当時、猶ほ之に抑迫を
加ふるは、聊か時宜に通せざるの論たるを思ひ、吾人は滔々たる民党者
流の中に立ちて独り反対の説を取りき。
然りと雖ども、民党の反抗は容易に息むべきにあらず、三四年間の政界
は冗官廃止又は冗費節滅の声を以て騒がされ、其の結果としては自ら国
庫に意外の余裕を生じ、為めに二十七八年の対外進為を開くに容易なる
を得たり。他の一面には政府の干渉政策(選挙干渉は論外)退くあるも
進むことなく、経済界の状態亦た従つて稍々秩序ある自由競争の域に赴
き、輸出入の均衡正さに常勢を保ちたり。戦勝の歓声は端なく百般の拡
張を促がし、曩日の所謂る民党一味も其の論宗たる自由政及非干渉を擲
ち、今は国家の万能力を認め、教育、経済、交通等の諸種事業に関して
争ひて国家の補助又は干渉を求め、従つて政府の職権及経費を頓に増大
ならしめて顧みざるに至る。是れ二十八年以後今日に至るまでの事、吾
人之を名つけて膨脹時代と曰ふ。膨脹時代も今日に至りて極まれるが如
く、世論漸く反動の色を現はせり。
されど、反動の色は重もに経済界より現はれて政治界に於ては未だし。
政治界の現状は猶ほ国家の万能力を認むることを廃せず、苟も経済界の
景気にして快復せば、此の上にも亦た国家の能力に倚頼せんと欲するも
のゝ如き、是れ所謂る国家主義の通用を益々程度以上にせんと欲するも
のたり。此に於て時宜に最も必要なるは自由主義の唱道にして、即ち個
人自営の能力を奨励するに傾くの理論を必要とす。
元来夫の自由主義な
るものは、国家が濫りに侵蝕したる領分を個人の手に快復せんと謂ふに
在り。詳言すれば、個人若しくは個人の任意的合同にて為し得べき事業
は、成るべく之を国家の手より引放ちて而して国家の事業を簡易にし、
従つて個人の国家に対する負担を軽くする
、是れ自由主義の精神たり。
今日の時局は正しく此の類の理論を必要とすべきに、政界何処にも之を
説く者なきは奇と謂はざる可らず。事実上今の列国を通観すれば、国家
の事業は内に簡にして而して外に繁なるを致すに似たり。
内地諸般の進歩は政府の施設に俟つ者固より之なきに非れど、個人又は
任意的合同の自営に因りて仕遂け得べき者亦た頗る多し。我が今日の政
界に在りては、法令又は金銭を以て政府の補助奨励を百般の事業に加へ
んことを望み、而して其の正しく受干渉たるを嫌はず。国家即ち政府は
限あるの力を以て、此の極なきの要望に応ずるが故に、何れの方面に於
ても相当の成績を示すこと能はざるのみならず、縦令ひ政界の嫌を受け
ざるも、政府自身亦た終に其の煩に耐えざるに至らんとす。
現に今日世
界列国の競ひて経営する対外事業の如き、日本政府毎に人後に落ちて他
の軽侮を受くる所以のものは、少なくとも経費の鮎に於て専ら内に厚く
而して外に薄きの致す所なり。自由主義の本家たる英国が南阿の戦争に
二星霜を費やすも、猶ほ疲弊の色を示さゞるを得るは、亦た内治上夙に
自由主義を固執するが故に因らずんばあらず。其の列国に率先して世界
到処に殖民貿易を成功したる所以のものは、固より自由主義の賜なり。
自由主義の効用已に如此、国家万能主義の弊害今日の如きを致せる我が
政界には、自由主義亦た矯弊の一大良剤に非ずや。


自由主義を取る所の政府は、国内の事業を成るぺく人民の自治に任かせ、
而して力を国外の経営に専にするを得。自由主義を取る所の人民は政府
の庇蔭の及ばざる処、予算の恵沢の至らざる処にも、相ひ率ゐて進行し、
而して国力外伸の前駆を為す。
這は是れ英国の特長にして、欧州大陸諸
邦の皆な及ばざる所なり。我が国人動すれば東洋の『英国』を以て自ら
居らんとす、而かも是れ唯だ地理上島国たるの点に於てのみ稍々相似る
を得。若し夫れ人民及び政府の主義に至りては、毫も英国に近似するの
点なきのみならず、寧ろ仏国に酷肖して、何事も『国家』といふ者に倚
頼するの風あり。
日本は地理上に於てのみ欧州の英国たるも、国人の気質及仕方は、全く
相ひ反して、却つて大陸国の仏蘭西人に近し。飜つて支那人を見れば大
陸に在りながら英国人と相ひ近く、彼等は殆ど政府に倚頼せずして、自
営自治以て宇内に闊歩するの風あり。
今ま吾人をして試に比較せしめな
ば、支那人は無意識の中に自由主義を取る者、而して支那政府も亦た文
章上頗る繁縟干渉の観あるに拘らず、事実に於て全く放任主義即ち自由
主義を行ふ者たり。故に東洋の英国と迄は言ふを得ざるも、東洋に於て
英国人と相近きものを求むれば、は日本人にあらずして、寧ろ支那人
なりと謂ふべし。
但だ政府即ち国家としての体用は、支那頗る不完備に
して、英国政府の如く帝国主義を行ふ能はざるも、這は別問題として、
濫りに個人自営の領分を侵蝕して煩瑣の仕事を取込むこと無きは、稍々
英国政府の流儀に近きものあり。
東洋の英国人とも見做さるべき支那人は、官吏たるを熱望する点に於て、
日本人と同じく遂に英国人に恥づ。而かも商工業に従事する者唯だ保安
をのみ政府に委托して、他に補助又は特別の恵沢を希望せず、一に皆な
自力自営を以て進為を図るは、日本人遂に支那人に及ばず。此の点に於
て支那人は自由主義者なり、又た東洋の英国人なり。日本人は時として
自由主義を愛国心と相容れざるが如く誤解し、此の主義を唱ふる者を目
して国家を破壊する者と為す。是れ即ち病根の存在する所にして、其の
徴効としては際限もなく政府の職権を増加し及び其の予算を増加し、相
ひ率ゐて之を食ひ物にす。露国大蔵大臣ウヰツテ氏の奏議にもある如く、
国庫の財本は天より降るに非ず、地より湧くに非ず、皆な国人の拠出
する者なり。故に政府の職権及予算に倚頼せんことは、是れ相ひ率ゐて
自身の肉を自ら啖ふものにあらずや。即ち是れ相ひ率ゐて国を蠱するな
り。
英国人は政府のお蔭を当てにせずして、自営自治を其の本分とするに慣
る、故に政府のお蔭の寸毫も及ばざる海外の地に行きて、克く生業を営
みて成功す。英国政府亦た国内の経営は成るべく人民の能力に一任し、
海軍航海其の他個人の力の能はざるの対外事業に力を専にす、故に世界
到処英国の勢力を見るに至る。英国の如きは、内に自由主義を取りて、
而して外に帝国主義を取る者、即ち人民は内に相ひ食むことを為さずし
て外に競争し、政府は内に用ゆるの力を省きて之を外に専用する、是れ
皆な自営自治の精神に富むの致す所。日本は之に反し、政府は限あるの
能力を以て濫に国内の世話を焼くことを好み、人民は自営自治に慣れず
して何事も政府に倚頼するの風あり。此に於て政府の力は外に伸びるな
く、従つて政府の力の及ばざる処に人民亦た其の力を伸ばす能はず。官
民共に島国内に齷齪して、国運日に窮蹙するに至らんとす、自由主義の
真味を知らざる結果、而して支那人にも及ばざる所以。
               (明治三十四年十一月二十二〜二十三日「日本」)