膨脹的日本
コミカル、べリオド△△△△
『明治廿七八年役』といふ滑稽的時期の一たぴ経過するや、『膨脆的臼

本』なる語は忽然として我圃に現はれぬ、朝に在りては伊藤流の政事家、
川上流の軍人盛りに之を唱へ、野に在りては礪澤流の士人亦従ひて之に
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和し、日く園費は三倍に上す可し、是に非ざれば以て『膨脹的日本』に
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副はず、日く軍備は二倍を加ふ可し、是に非ざれば以て『膨脆的日本』
に協はずと、一唱して百和し、吠虚して侍賓し、菩々喧々、紛々擾々、
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『膨脆的日本』を口にせざる者は、時務を知るの俊傑に非ざる乎の観あ
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り、『膨脆的日本』の行色何ぞ其れ壮なるや。
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然れども膨脹なる語は邦語の所謂ハレフタルヽ也、ハレフタルヽものは
自然の常態に非らず、一種の病根か其他の慮因かゞ底下に伏在し、皮膚
筋肉を刺激して一時に暴大せしむるの謂、決して健剛の結果には非ず、
惟ふに彼等の膨肢といふは、西語の所謂s、のロ担巧ならん、s♂ロ担巧か
S、のロ担巧か、忽ちにして幼時寧習せしラ、フオンテーヌの『フアープル』
に所謂『魁偉なること牛の如くならんと欲し1蛙』の詩に想到せり、其
詩に云く
"Une Grenoui11e vit un Bcuf
Qui lui sembla de be11e tai11e.
E11e, qui n'6toit pas grosse en tout comme un auf,
Envieuse, s'6tend, et s'enne, et se travai11e,
Pour 6galer 1'animal en grosseur,
Disant : Regardez bien, ma sceur ;
Est-ce assez? dites-moi ; n'y suis-je point encore?
-Nenni.-M'y voici donc?-Point du tout.-M'y voila?
-Vous n'en approchez point. La ch6tive p6core
S'enna si bien qu'e11e creva.
Le monde est plein de gens qui ne sont pas plus siges:
Tout bourgeois veut batir comme les gTands seigneurs,
Tout petit prince a des ambassadeurs,
Tout marquis veut avoir des 1)aP:eS."

詩のこ1ろは
『一疋の蛙あり、偶ミ一頭の牛を見て、己が膿格之に肯たりと自惚れ
ぬ。去れども箕は其大きさは一箇の難卵にも過ぎず、斯かる沙々たる
躯をもちながら満々たる其野心、一たぴ彼亘獣に封し己が偉大を此ら
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ぺんと欲し、張横がり、膨肢し、勉むることも勉めたり。厳みて其一
族に向ひ、如何に我妨我妹、我を如何にと見つるぞや、是れなら最早
十分欺、それとも未だ及ばぬ歎。争でく及びもあらず。ウンとこせ
〈、是れなら如何に見ゆぺからん。まだ〈何虞さへ迫つかず。ウ
ンとこせヤツとこせ、去らば今度は何とか見る。ハ、11笑止、到底
似つくべうもなし。扱ても久磨の一蛙公、最後に一息ウンと力味て、
△人】
満身を膨脆せしめし時、ポンと一饗響くや香や憐れや腹は割けにけ
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見渡す世界はお目出度き人物を以て満たされぬ。敷にも足らぬ水呑百
姓の大諸侯の崇邸を夢想すあり、小糠三合のこつぱ華族の全樺大使を

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希望すあり。見る影もなき鍋取公家の宮内大臣を睨まへるあり。』
厳ふに蛙公の志壮ならざるに非ざるなり、然れども徳を量らずカを料ら
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ず、徒らに膨脆これ勉めなば、其腹裂けて朴れざる者幾ど稀なり、今の
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膨脹的日本論者は圃をフアープルの蛙公たらしめんと欲する歎、至一其
成敗利鈍→非三臣明所二逆陪一といふも、亦自から事饅に由らん、圃家の
性命は永遠を期す、之が雄大魁偉を望まば、徐々其滋養と運動とを助長
す可し、限りある胃嚢の中に、一日三斗の変酒を注入し、之が暴長を求
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むるあらば、今日腹皮膨脆の喜びを見んも、明日は暴痢暴涛して全身萎
徴の悲に合はん、是れ望ましき圃策なる歎。
(明治三十年八月六日「日本」)