事変の新段階に於ける
  政 府 の 所 信
                         近衛内閣総理大臣

 支那事変勃発以来半歳にして国民政府は事実上中華民国の政府たるの機能を喪失し、これに代つて、北京初め各地に新政権育成の鬱然たる機運が勃興しつゝあるのであります。
 此の如き驚異すべき偉大なる戦果は、これ全く御稜威の下に忠勇無比なる我将兵の奮闘と銃後国民の熱誠とにより齎されたるものでありまして、これに対し私は感謝の辞を知らないのであります。
 今後に処する帝国政府の態度は去る一月十六日の声明によつて明らかであります。国民政府の存在にして一日長からんか、それだけ支那の大衆の苦悩は増し、東亜の禍根を深からしむることになるだけであります。われわれは国民政府の妄動に対しては仮借するところなくこれを撃滅すると共に、日支間の一切の建設的諸問題は、これを新らしき支那政権との間に協カすることこそ、最も具体的なる唯一の方策であると信ずるのであります。従つてかゝる新政権の強北拡大に対しましては、帝国は十分の援助を吝まざる決意を有するものでありきす。只現在の如き大破壊の直後に於て、新政権が単独に再建の歩を進むることは至難でありますが故に、帝国はこれに対し、積極的に介添への役をする必要と責任があるのであります。然し乍ら、かゝる一時的現象は、支那の領土及び主権を尊重する帝国の態度と何等矛盾するものではないのであります。
 又帝国は、支那に於ける列国の権益はこれを尊重するのみならず、今後は東亜の大勢を正しく理解する諸国と従来にも増して文化的、経済的協力をすることが、新支那建設の上の一つの要素とすら考へるものであります。但しかゝる転換期にある支那の機微なる事態に対しては、列国が旧套を脱して、一箇創造的なる眼光を以て審にその動向を、精察せんことを希望して已まないのであります。
 実に国家としての支那建設にとりて、日本との協調は何等の矛盾を含むものに非ず、却てその完成の一要素であるといふことは、世界歴史の大勢を知るものにとつて明々白々の事実であります。要するに東亜の安定的勢力としての日本の存在と、竝に日本の真の意図するところのものが何であるかを、支那国民及び列国が偏見無しに認識することは、今日の混乱を収束し将来の建設を早めるために、極めて必要なる前提であると思ふのであります。
 此際特に外交に関し附け加へますれば、世界の秩序維持に重大なる役割を力めつゝある日独防共協定が新に盟邦伊太利を加へて強化されましたことは深き文明史的意義を有するものであつて、真に欣快に堪へぬ所であります。殊に今次事変に対する独伊両国の理解ある態度は帝国の深く感謝する所であります。
 今や支那問題を中心とする時局は新しき段階に入つたのであります。混沌たる支那の情勢と複雑なる国際関係とを想ふ時、前途は洵に遼遠なるを知るのであります。然しながら帝国不動の国策の命ずる所に従ひ、日満支三国の鞏固なる提携を枢軸として東亜永遠の和平を確立し、以て世界平和の完成に貢献せんとすればこそ、敢へて此の苦難の途を選んだのであり、現代の吾々がその犠牲を忍ぶことは固より覚悟の上であるばかりでなく、これは正に吾々が後代同胞に対する崇高なる義務であると信ずるものであります。
 政府が当初より堅持しておりました方針、即ち勝利を得る為に凡ゆる努力を集中すること、及び物心両面に亙り国家総動員の態勢の完成を期するといふことは、愈々焦眉の急となつたのであります。されば財政経済一般、産業貿易各方面の政策は、軍備の充実と国費の調達に万全を期することを基調としてこれを実行せんとするものであり、又庶政一般に就ても、中央地方を通じ政治行政の刷新をなすべきものは急を要するものよりこれを断行する決心であります。更に思を銃後国民生活一般に致す時に、そこに幾多の緊急問題を発見するのでありまして、政府は特に出征軍人の遺族家族に対する施設に就て努力を惜しまぬ用意あることを表明したいと思ひます。
 昨年末今議会閉院式に際し賜はりたる優渥なる勅語によつて、時局に対する深き御軫念の程を拝しましたことは、真に恐懼感激に耐へませぬ。政府は国民諸君と共に一億となつて御聖旨を奉体し、飽く迄も不退転の決意を以てこの曠古の大業を遂行せんことを念願して止まないものであります。

(昭和十三年一月二十二日放送)

週報第67号(1938.1.26)