交戦国の銃後生活
 浪々と暖かくなつてまゐります
と、人の心もとかく弛み勝ちにな
るものですが、圃な野げて馳つて
ゐる私どもにとつては、}ロー割
と蝕も心をゆるめることは出来ま
せん。
 内地の件の花は、もう只盛りだ
らう。いやもう放つたかなとは蟄か
に故国のことを恩ひながら馳つて
ゐる前線の兵験さん辿のことを考
へますと、私どもにとつて困帯倣
乏に耐へるといふこと佗何でもな
い、普り前のことであります。そ
して、それこそ、取平に勝ち械く
大切な癖なのでありますロ
 敵米英は暇な拓がな私どもの油
」肝を阻つてゐます。それは、ただ
に盤からの攻撃ばかりでなしに、
私趨の日常生活の中に、或はまた
私盛の思想の巾にどうかして喰ひ
入らうとしてゐるのであります。
 今じの馳申は総力放といはれま
すやうに、前線と銃後との囁別は
ありません巾ですから、交戦国は
いづれも陀力増強の一発として、
それぞれの印武生括に触心を執ひ
長期馳を勝ち抜かうといふ気構へ
を示してゐるのであります。
 今日は、かうした意味で交仇叫組
の明比生活を頻妃の報道から拾ひ
あげて申上げてみたいと存じま
す。
 まづ最初に盟邦ドイツについて
みませう。今年の多は紬ソ晩学が
異常な緊張を示した年でありまし
たが、特にスターリソグラードを
放棄した後のドイツ国内では、「ス
ターyソグラードの勇士の歩ひ合
戦をせ上」といふ合ひ青海が国民
の陶から胸へと樽ほつて、国内は
今まで上りも層一層緊張した状態
を示しました。
 その第一歩が去る一月廿∧日公
布された労働力総動員法でありま
す。これに上つて今までは比較的
軽く扱はれてゐた女子の労働力も
母としての義戦に差支へない限り
壌力動員すろことになつたのであ
りま†。また二月十入日ゲツベル
ス宜侍相が国民の智超を促す胚史
的な悦孜をして以来ドイツ醒民の
間にほ「日確厳刑琵丁劉」といふもの
が起され、革帯工場の労働者詣君
が自費的に日曜日を掛椚した上、
その日の貿銀までもヒットラー総
統に掛げるといふ熱諷を示してゐ
ます。これに呼脇して、強制勢働
萱鎖から漏れてゐる宅人達までが
超して「老人労働奉仕窪動」を
全担的に一民浦し、毅海女物ともせ
ず平常工額などに申先券帯を申し
出てゐるといふ有様であります。
 ご一月出日には搾済省からバー、
カフェL、小鼓商店専に封するh閉
鎖令が公布されて独特下国民が最
低生活を行ふのに必弊なものを究
る店以外の商店ほ一切駒釣される
ことになりました。残る商店は肉
屈、入首尾などの日常生活の必幣
晶を艶る店だけで、開銀される商
店の人達や、これらの店でずろ品
物を製造してゐた人建は全部、放
線や駁礁工渠方面に券働カを振わ
向けることになるわけです。
 お上そ鞋樺といふ官#ほドイツ
国内の何威を探しても見沓りませ
ん。例へば婦人にしましても、十
七才以下の女性がパーマネyトを
かけることは蕪止されてゐますが
ドイツの女性はもはやかういふ政
府の命令如何といふこと上りも、
臼敢的に華藁な衣裳や沢手な化粧
を温故してひたTら戦争の完亀に
協力し上うと巧めてゐるのでらり
ヽノ
▲‖P




瀦な〃碩へ向けるといふ政米をと
つてたります。
 こかがドイツの決慨拍描の一晰
岬でもりま†。
 次に川じく盟邦イタリヤり国民
牝川ほどうでせうか。イ々リヤも
またドイツと同様に締人山労働を
姐大し、不急煎策な椴州し、食糧
椚飛に腿命の労力をいたしてゐる
のでありまサ0
 撃カて敵米英の状態はとうであ
りま叶うか。脱脂以来打ちつづく
敗[に流石拗先の軽かさむ誇るア
メリカも、由比生晒のいろいろの
餉で破捉や解離を来してゐるの
は、叩ほれない卒甥のやうであり
ますい
 桝へば、アメリカが小破悩んで
ゐるりは、弊初動員の州舶であり
ませり。ただ班銀の値上げだとか
平礪り頻教だとかいふ耶態ほ職前
からもアメリカにはつきもののこ
とで、これらの革質を見て直ちに
 アメリカの緊粥が弛んだなどと考
 へたら大間盛ひであbます。なん
といつても自由主義の国柄であり
ますから、私どもの国民性から判
断いたしま†と、憐分矛盾したこ
とも多いのでありまサ。しかし、
さうした一両ではまたいほゆるヤ
ンキー気質といひませうか、無紺
地極まる大階さと杭放意力き亦す
蹄民性を持つてをりますから私ど
もはどこまでも油断のならない放
として彼等の昇つ柱が折れるまで
職ひ汲かなければなりません。
 なる程、アメリカの酵柄は自由
主義であるかは知れませんが、最
近のアメリカの経済紙制の動きな
どをみてゐますと馳牢の必蓼に感
じて、どうしても自由主義モはや
つてゆけないことが刺つてきてゐ
るのであります。
 例へば、物資の割歯配給制につ
いてみますと、既に開放以来砂糖
 コ】ヒー、ガソyソ、自動申、タ
イヤ、チューブ、タイブライター
その他態銅製品、払料油、自掬革
等に剤普渕が布かれてきましたが
去る二月入日には靴の割督制が汲
表され、「二月廿入臼の夜牛からは
さらに肉琴.ハダdサラダ仙、
チーズ、緑地【買掛等にも和治渦岱
湖が甥施されることになつたので
あります。
 そこで政府飽局塘土もちろんの
こと、例へば民薮溝辿出上院鍋院
のタイデイソグスなどは、ラジオ
放送で「一九望年はアメリカ凶
民が今まで頻求されてきた上りも
濃かに多くの犠牲に甘んずるよう
党悼しなければならない。肉朗、
バタト、卵、牛乳その他各種の食
智叩を今までと同祓に和ることは
出水なくなるだらう」と幽拭に訴
へてゐる程であります。
 敵イギリスほどうかと見ますと
この的でも勢力の不埠、食瑞の不
自由は日立つて著しくたつてきた
が、その反面またイギリス人特有
の粘り強さも教挿されて彼等の馳
意が決して侮るべからぎるもので
あることを物讃つてゐるのであ
る0ち上つとロソドンの術な渉い
ても、一枚に制眼に身を噛めた馳


ノノ

特色が窺はれ、析重機蹴約壌勤の
ごときも盛大に孝行されたと外電
は報じてl字皇−す。また公概の募
集のこときも極めて好成蹟で、最
近飛行機埠間といふのを催して軍
事公債の募集をしたところ、}瀬
野について二人の割合で一興界者が
あつたといふことでありま†。
 最後にソグエートの状態に簡朋
に捕れますと、この隣でもドイツ
の学卒攻勢に備へて軍需生産の冊
弘に必死の努力を拭けてをるので
あります。去る三月一日、クイビ
シェフの工場労働者、技師、事務
良和一同がスターリン旨相に宛て
て「杏自生恵増強に全力を均して
必ザ前年の五捌な下ら取掛箆を梵
現する」との響ひを酎悔に兎めて
迭つたのたきつかけに生硬的に椅
雨仙池迦動が展開されてゐます。
 交他国の銃後図民難治はお上そ
以上のやうであります。いまや、
敵、快方とも働かぎる潜は食ふべ
か仁ず、と如意榊弘に会刀を適し
て他つてゐるのであります。
      ハ川月十川H放窪)

4.14