最近の国際情勢 北阿作戦と米英の確執 情報局第三部長 堀公一

 本年末の新しい出来事で世界の注目を集めてゐるものは、仏領北ア
フリカの作戦で、またこれ程鳴物入りで宣伝せられた作戦も尠ないの
である。敵側のいふところによると、第一米英側がこの作戦に成功す
れば、一には殆ど喪失して終つたといつてもよい地中海の制海権が幾
分米英側に回復することが出来る、二には地中海の航通が開けること
によつて近東イラク、イラン方面への補給その他が容易になる、また
三にはこの北アフリカを地盤としてフランス、イタリヤ、及びバルカ
ン方面への反攻の機会を窺ふことが出来るし、四には北アフリカ一帯
を占拠することが出来れば、大体アフリカ全部が米英側の勢力下に帰
し、アフリカの物資が利用出来る計りでなく、大西洋航路の脅威も大
いに減ずるといふ、いろいろな利益を挙げてゐるのであります。
 殊に当時の米英としては、各々その国内の民心を引き立てる上から
いつでも、またソ聯に対する第二戦線の約束の手前からいつても、何
等かの攻撃に出でなければならない立場にあつたのであります。
 敵側のいつてゐるところによりますと、この軍隊武器輸送の為には
軍艦輸送船を合せて六百五十隻の船を使用し、或るものは英国から南
下し、或るものは米国から直接大西洋を横断して北阿に向つたといふ
ことですから、話半分と見ても相当大規模な危険且つ大胆な輸送であ
つたには相違なく、それだけに米英軍が上陸したとの報を得るや米英
側は狂喜してこれを迎へ、ルーズヴエルト、チャーチルを初めとして
新聞紙も論客も米英の積極攻勢開始せらると恰も敵前上陸にでも成功
したかの如く囃し立てたのであります。事実は中立地帯である仏領の
侵略であり、且つ米英側のフランス駐屯軍籠絡政策が效を奏した為や
モロッコ、アルジェリアは申訳的な抵抗を試みただけで休戦しし、いは
ば無防備地帯に上陸したのであつて、日本軍の敵前上陸などとは根本
的に違つてゐるのでありますが、何れにしろ気をよくした米英軍は英
将アンダーソンの率ゐる第一軍を先頭とし東に向つて進み、エジプト
方面から西進する英第八軍に呼応して一挙にチュニス及びビゼルタを
目指して進軍し、一時これ等の町から二十五哩位までのところに迫つ
た模様であります。
 併し予ねて凡有場合を予想して周到な作戦計画を建ててゐた独伊軍
首脳部に於ては、電光石火的に十一月十一日フランス非占領地帯に兵
を進むると共に、陸海空の三軍を動員して有力部隊をチュニジアに輸
送し、優勢な空軍と協同して反撃に出ると共に、独伊海空軍は敵補給
路の遮断に活躍を始めたので、米英軍は今やメヂエス、エルハブ附近
の線まで後退を余儀なくせられ、ことに本年末までには是非共チュニ
ジアを占拠するといふ米英側の夢想は挫折を喰つた訳であります。一
方エル・アゲイラの線で敵を阻止してゐたロンメル将軍統率下の独伊
軍は最近エル・アゲーラを撤退して西方トリポリタニアの方向に向つ
て移動中でありますが、これは恐らく戦略的に戦線短縮を計る為で、
却つて枢軸軍側の地位を保持することになるものと考へられます。
 またチャーチル初め米英側が宣伝にこれ努めた対イタリヤ爆撃はそ
の後も継続せられ、軍事施設よりも民間に損害は相当あるやうであり
ますが、イタリヤ国民の結束はこれによつて益々鞏固となり、独伊両
国間の力も愈々緊密となつて、敵側の離間宣伝や威嚇や無防備施設の
盲爆によつて我が枢軸陣営が微動だもするものでないことを如実に示
す逆效果を来す結果となつたのであります。
 かやうな訳で初め景気の良かつた米英宣伝もこの頃は北阿の距離の
大きな補給の困難なること、独伊空軍の優勢なること等を理由として
北阿作戦は難且つ長時間を要することを指摘し、国民の楽観気分の抑
圧に努めざるを得なくなつた現状であります。
 北阿上陸作戦に当つて敵側にとり重要なる役割を勤め、またこれが
ため汚名を千歳に残したものにはフランスのジアン・ダルラン海軍大
将があります。ダルランは一昨々年夏独伊休戦以来ペタン元帥の下に
ヴイシー政府の禄を喰み、本年四月ラバール氏が首相となつて以来
は、陸海空軍総司令を勤めて来たのでありますが、米将アイゼンハウ
アーの率ゆる米英軍がアルジェリアに上陸しまするやダルランは苦境
にある八十七歳の老元帥を見棄てて、その抗戦命令を無視し、直ちに
米軍側と休戦交渉を開き、アイゼンハウアーと協議の上自ら仏領アフ
リカの最高弁務官となり、ノゲス将軍、ポアソン総督等を委員とする
帝國審議会なるものを組織し、また今年ドイツより逃げ出し仏軍人間
には人気あるジロー将軍を総司令官として軍務を掌らしめる当、着々
傀儡行政府組織を計画してゐる模様であります。
 これを見て一番驚いたのほ英国に亡命してゐるいはゆるフランス委
員会主席のドゴール将軍であります。
 ドゴールは一昨々年独仏休戦の際も仏国政府はアフリカに退いて、
あくまで独伊と抗戦すべしと主張した一人でありますが、その説が容
れられざるに及ぶやロンドンに逃れ、英国政府に縋つてフランス植民
地等に呼び掛け対独抗争を続けて来た男であつて、その主張はもとよ
りフランスを活かす道ではありませんが、その性格はダルラン等り豹
変常ならぎる機会主義者と異つて一本気な正直者であります。が何分
一般の気受も良くなく、また政治的経験手腕にも乏しく、唯英国政府
としても外にもつと適任の後任者が見付からないから已むを得ずその
地位を認めて来ただけであつて、英国が例へばマダガスカールを侵略
した時の如きも、何等ドゴール派には相談なしにこれを専行する、ま
た武器貸与法の適用を米国に哀訴しても、米国はこれに見向きもしな
いといふ訳で、ドゴールは予ねてこの英米の冷淡な態に不満を懐いて
ゐたのであります。
 ところが今度米英軍の北阿侵略以来の米軍とダルランとの話合ひの
下に競争相手ともいふべき偽政権が出来上つて行くのを見ては、それ
を黙過することが出来ません。英国政府の制止も聞かずダルラン排撃
の放送を繰返すと共に、英政府に哀訴嘆願したのであります。
 英国政府としてはドゴール派が中部アフリカに相当の勢力を有して
をり、且つ二年余りも面倒を見て来た義理もあり、無碍にこれを見棄
てる訳には行かない。また予ねて英国嫌なダルランが米国側とタイ・
アップして北阿に根を張らうとするのだから心中甚だ穏かではない。
併し一方フランス人民の人望を繋ぐ上からは、ダルラン、ジローのコ
ンビを利用することが遙に有利であり且つその背後には米国があるの
だから、これまた全面的に否認することも出来ないといふ窮況に追ひ
込まれたのであります。
 米国政府はこれ等米英間の醜態暴露を恐れた為か、それ共英国政府
から泣きつかれた為かわかりませんが、ダルランとの取極めは軍事上
の便宜に基く暫定的のものであつて、仏領アフリカの帰属問題とは関
係のないものであると声明し、情勢の緩和に努め、英国はまたマダガ
スカールに於ける行政施行をドゴール派に委任する等、いろいろ苦心
の策を弄してゐるやうでありますが、過日議会で特に秘密会を開いて
チャーチル自らこの問題の説明に当つたところより見ますると、この
ダルラン、ドゴール従つて米英間の紛糾は更に内攻してをり、機会あ
るごとにその醜状を表はし来たることと思はれるのであります。
 併しながら以上の米英間の軋轢は枢軸側の北阿地方回復によつて自
然消滅すべき問題であつていはば獲らぬ狸の皮算用とでもいふべく米
英両国間に蟠する一層深刻な相剋に比ぶれば単なる派生的な小事件に
過ぎずと見て差支へないのであります。
 米英両国は昨年八月チャーチル、ルーズヴエルトの洋上会談に於
て、いはゆる大西洋憲章なるものを作り上げ、領土不侵略、各国民が
自主的に政体組織を選択するの権利、交易の自由等八項目に亙る理想
要綱を発表し、如何にも米英両国はこの共同理想を目標として戦つて
ゐるかに吹聴したのであむます。
 もとよりこれは米英両国がこれを実行することを目途としたもので
はなくて、既に枢軸諸国に占領されて取返すことの出来ない各地につ
いて夢物語のやうな文句を並べて世界諸国民を誘惑し呼掛けんとした
に過ぎないのでありますが、肝腎の自己の権力下にある印度等が本憲
章を援用して、印度に印度の欲する政府を与へよと要求するにいたる
と早速本憲章と称するものが実際的価値なきものであることを暴露
し、同年九月初旬になると、チャーチル自身が本憲章を規定する政府
選択権は欧州諸民族に適用するもので印度には適用するものではない
と判然釘を打つたことによつても空虚なものであることが窺はれるの
であります。
 畢竟英国の企図するところは、その従来の英帝国版図を是が非でも
維持し、昔日の勢力を盛り返へしたい、これか為には米国であれ、ソ
聯であれ、凡有国を利用し、操縦し、又これが為には嘘もいへば御機
嫌もとる、目的の為には手段を選ばずといつたところであります。
 これに対し米国の企図するところは今次の大戦を利用して英帝国は
もちろん全世界に亙る経済的政治的覇権を確立し、戦後は領土的には
別として実際には唯一無二の独裁者として世界に君臨することを目ざ
してゐるのであります。米国が自らを聯合国の兵器廠と称して武器弾
薬をどしどし製造して代金はいらないといつて諸国に送り出してゐる
のも、また必要なき戦争を自ら誘発して国民に多大の犠牲を強ひてゐ
るのも、将又英国本土や中南米やアイスランドやアフリカや印度、シ
リア等世界各地へ米国兵を派遣してゐるのも、皆この遠大なる野心に
基くものと見て初めて諒解が出来るのであります。ここに米英が、心
から相和すことの出来ない溝が出来てゐるのであります。換言すれば
英帝国の再興を夢見る英国の宿望と、世界制覇を目指す米国の野心と
が絶えず暗闘を続けてゐるのであります。
 最近この問題に口火をつけたものは米国の流行雑誌のライフであり
その火の手を煽つたものは例のウイルキー君であります。
 去る十月十二日ライフは英国民に与ふる公開状といふ一文を掲げ、
「今度の戦争に於て米国は莫大な金を使つて武器の貸与をやつてゐる
のに英国がこれを徳とはせず、聯合国の犠牲に於て英帝国の維持にの
み努めるならば延いて米国の同情を失ひ結局敗戦するにいたるだら
う」と米国式にいつてのけ、またライフ社に予ねて恩顧になつてゐる
ウイルキーはこれに和して「英領植民地は今や英帝国の残骸に過ぎな
い。植民地を廃して自由を与ふるに非ずんば印度人も東亜諸民族も随
いては来ないであらう」と放送したのであります。
 元来英国人は歴史的にも文化的にも英国に負ふところ多く、この際
英帝国の為に戦ふは当然なりと思つてをり、また武器貸与を特別の好
意に出るとして意張つてゐる米国人に対し、日頃反感をもつてゐるの
でありますから、この英国人がこの小癪な米国人の放言に黙つてゐる筈
はありません。また事実英帝国の解体を我慢するくらゐなら英国も好
んで戦争をする必要もない訳です。即ち十一月十日チャーチルは「今
次英国作戦の目的は権利擁護者としての栄誉と義務とを遂行すること
にある、この上領土を獲得または拡張する野心はないが、併し英帝国
はこれを保持しようと決心してゐる。自分は英帝国を解体する為に総
理大臣になつたのではない」と強く一矢を酬いたのであります。
 するとウイルキーが再び口を開いて「大西洋憲章の理想は聯合国の
間に目的の一致を見るに非ざればこれを実現することが出来ない、然
るに同憲章の主役の一たる英国が今なほ帝国主義的旧秩序の保持を宣
言するが如き状態では大西洋憲章の理想達成は望み難い」と大見栄を
切つたのであります。理論的には軍配はウイルキーに挙がる訳であり
ますが、彼の主張の欠点は大西洋憲章の条文は如何ともあれ米国政府
が着々その世界政策を実行しつつある現実を忘却した点にあります。
それはとに角ライフの投じた一石が意外の波紋を起して、米英関係の
醜状を天下に暴露する結果となつたのは寔に皮肉であります。この論
争に関連して十一月下旬のロンドンタイムス社説はウイルキーの演
説を国内的人気取りの悪口だと許り見るのは当らない、右は米人の伝
統的な反帝国主義的思想の現れであつて、従つてチャーチルの演説だ
けでは米国人の疑念を解く訳にはいかない。併し一方英国にも対米疑
念がある、それは米国は最近世界の最強国なりとの自信を強めてゐる
が果して戦後その力を被征服民族解放の為に使ふかどうか、万一この
目的の為にその偉大な力を用ひずとすれば米国目下の言論戦も武力戦
も畢竟米国の世界政策実現の為の準備としか見なければならぬ。曾て
駐英米国大使ワイナントは米英側には他の如何なる問題よりも英植民
地政策に関して意見の懸隔があるといつたが、この両国相互の疑念こ
そ両国協調を阻害する最大の危険である」と英国人の対米猜疑心を率
直に認めてゐるのであります。
 かやうに米英間の確執は深刻なものがあるのでありますが、しかし
彼等の争ひは枢軸対米英といふが如き根本的、理念的意見の衝突では
なくして利害の衝突に於て深刻なものがあるといふ計りであります。
いなアングロサクソンの世界制覇といふ点に於ては計らずもその野望
が一致してゐるのでありますから、情勢に応じては妥協の余地が十分
あるのであります。我々としてはもとよりかかる米英の軋轢の為に安
易感を起してはならないことはもちろんであります。

                 (十二月二十三日放送)

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