すべてを戦争へ  

 ソロモン群島ガダルカナル島を
めぐつて日米両軍の間に、凄絶な
戦ひが続けられてゐることを私ど
もは知つゐます。ガダルカナル
の戦況はどうなつてゐるだらうか
と、私どもは、はるか南の戦場と
そこに身命を賭して戦つてゐるわ
が忠勇な将士の上に想ひをはせる
のであります。
 もちろん、如何なる戦ひにも、
御稜威の下、皇軍は必ず勝つので
あります。はげしく、すさまじい
決戦に次ぐ決戦……これまでの決
戦に打ち勝つて来たやうに、これ
からの決戦にも皇軍は勝ち抜いて
行くに違ひありません。
 けれども、勝つためには、私共
としてもそれだけの決心と努力
と、辛苦に耐へる心構へが必要で
す。勝つだらうと漫然考へるだけ
で、勝利を得ることが出来る程、
この戦争が生易しい戦争でないこ
とは、すでに私共が十分、知り尽
し、覚悟してゐるところでありま
す。私どもは、遠く離れた決戦場
へ艦艇を送らなければならない、
飛行機を増強しなければならない
弾丸を送らなければならない、武
器を軍需品をどんどん送らなけれ
ばならない……今、ガダルカナル
島の戦場をめぐつて、補給戦も鎬
をけずつてゐるのであります。私
どもの職場、生産陣はそのまま戦
場に通じ、私どもの生活も、仕事
もみな戦争の一部分であります。
職域を通じて、直接に戦争に加は
つてゐる私どもが、現在、その生
活のすべてを戦争に捧げなければ
ならないのはいふまでもありませ
ん。私どもが十の仕事をするとこ
ろを十二すれば、それだけ、直ちに
戦力も増強されるのであります。
 アメリカもイギリスも頽勢をと
りもどすのに必死であることは申
すまでもありません。北アフリカ
のフランス領植民地に侵略の歩を
すすめ、独伊枢軸軍を牽制しよう
とする一方、その全力を太平洋に
投じて日本の軍事力を撃砕しよう
としてゐます。
 ことにアメリカは国内の平時体
制を次第に戦時体制にきりかへる
ことに成功し、軍需生産にいやが
上にも拍車をかけてゐます。その
一枚看板ある民主主義をかなぐ
り捨てて、ルーズヴエル徒の独裁
の下にすべてを戦争へ、戦争へと
国民の日本に対する敵愾心をあふ
つてゐます。そしてアメリカ国民
そのものも日本についての認識を
あらため、日本の精強さに目覚め
つつ、その特有の冒険心と自負心
を以て、日本打倒に躍起になつて
ゐます。いま、アメリカの輿論を
支配してゐるのは日本に対する攻
勢でありその恃むところは何とい
つても生産のの力であります。
 かうしてソロモンは敗戦にあへ
ぐ彼等の、攻勢に出ようと努力す
る中心舞台となつたのでありま
す。そこには、次から次へと艦艇
を送り、飛行機を送り、叩かれて
も叩かれても、その損失を補つ
て、攻勢への足場を固めようと執
拗に頑張つてゐるのであります。
 私共も、アメリカのこの企図を
粉砕する為には、アメリカの生産
力にも、技術にも打ち克つだけの
力を発揮し、皇軍の活躍を自在な
らしめなければなりません。私ど
もの生産、日常生活のすべては、そ
のまま決戦につながつてゐます。
 さうして決戦を一つづつ勝ち抜
いて行つて、はじめて米英に止め
をさすことが、出来るでありませ
う。前線も銃後もない、といふこ
とはもう形容の言葉でもなければ
精神の上だけのことでもありませ
ん。戦争の現実そのものをさして
ゐるのであります。
 私どもは、私どもの日常のすべ
てを戦争に、勝利のために捧げな
ければならないといふことは、日
本人の生存、子孫の繁栄、ひろく
は東亜の運命全体とつながつてゐ
るのであります。
 そのためには、現在の私達は何
に一番力をそそがなけれはならな
いか、限りある力の中心をどこに
むけなければならないか…毎日
毎日の心のおきどころ、力のおき
どころに重点を求めることが必要
になつてまゐります。
 次のやうな挿話を御記憶の方も
ございませう。
 一ケ月ばかり前、東條総理大臣
は、組閣一周年と豊年御礼のため
伊勢神宮に参拝されました。その
途中、三重県の明野農学校を何の
前ぶれもなく視察し、校内をくま
なく一巡されたことがあります。
 その時、東條総理大臣は、花を
作つてゐる場所に歩みなとどめ
「薔薇や芍薬もよからう、しかし
戦争目的にどれだけかなつてゐる
かを検討してみる必要がないだら
うか、今こそ戦争に打ち勝つため
にすべてた捧げることが肝要では
ないだらうか、国民生活には、ま
だまだ戦争に直接関係のない無駄
が多いのではないか」といはれま
した。この言葉の中には、私ども
がいろいろ考へなければならない
ことがふくまれてゐます。
 もちろん、花といふものは良い
ものであります。薔薇や芍薬に限
りません。都会の雑踏の中にあし
らはれた花々は、人々の心をなぐ
さめ力づけもいたしませう。注意
深く作られ手入れの行き届いた花
が、人々に愛されるばかりではあ
りません。農家の庭片隅に自然
のままに咲き乱れる花、路の傍に
忘れられたやうに咲き残つてゐる
花、自然の恵みを受けた花々の姿
は、私どもの生活を潤ひのあるも
のにし、豊かにさへしてくれます。
 しかし、ここに或る土地がある
その土地を現在どう使はなければ
ならないか、といふ問題が課され
た時には、躊躇なく食糧増産にむ
けられなければなりません。戦争
が、決戦が私ともにそれか要求し
てゐるのであります。これは一つ
の例でありますが。
 私どもは、自分達の生活をふり
かへつてみて、戦時生活、戦争生
活にとつての無駄なもの、余分な
ものは遠慮なく切り捨てて行かな
ければならないのでありませう。
すべてを戦争目的といふ一点にそ
そがなければならないのでありま
せう。そして、目の前にある決戦
に、次ぎ次ぎに打ち勝つて行かな
ければならないのであります。
 いま、私どもに求められてゐる
ものが、生産力の増強であり、食
糧増産であり、貯蓄でありとする
ならば、渾身の力と工夫と創意と
を以て生産に当り、あらゆる無駄
をきりつめて、貯蓄にふりむけな
ければならないのでありませう。
 戦争は現在それ程重要な時機に
達してをります。私共一億の国民
の中、一人として心の弛みを持つ
者があつてはならないのでありま
す。
 大本営陸軍報道部長の谷萩大佐
は十二月八日の講演で大東亜戦争
の性格を説明し、「この大東亜戦
争は、大小幾多の決戦がある間隔
をおき、或ひは連続して惹起され
る、しかもそれが長期間に亙るの
である。従つて今日の長期戦は世
にいふところの長期戦と短期決戦
の複合体、マラソン障碍物競争と
申してよろしい」といはれてゐま
す。そして「複合的長期戦である
から明日の決戦に備へると共に、
数年先のことも考へなければなら
ない、もし明日の備へと数年先の
備へとに矛盾があるならば、已む
を得ず、明日の備へを重々しとし
て、これに善処しなければならな
い。何となれば、明日の決戦に破
れたならば、如何に数年先に増産
を計るも、本格的決戦に勝ち得ぬ
からである」と喝破されてゐます。
 私どもは、今、目の前に控へて
ゐる責任の重さに、心身ともにひ
きしまるのを覚えずにはをられま
せん。長期戦であるから、などと
いつてのんびり構へてゐることは
許されないのであります。全力を
あげ、全心をかたむけ、私どもの
すべてを捧げて、今日の決戦を戦
ひ抜き、勝ち抜いて行かなければ
ならないのであります。さうして
はじめて、今後の一大決戦にも勝
ち、米英に止めをさすことが出来
るのでありませう。
 私どもは、昨日で感激に満ちた
大東亜戦争一周年の記念行事を終
りました。身も心も緊張の中に新
しい勇気と力とを似て、戦争第二
年に発足しようとしてゐるのであ
ります。もう、年末だから、年始
だからといふやうな、のどかな、
のんびりした言葉は口にのぼらな
い筈であります。国運を賭したこ
の大戦争にひたむきな努力を以て
私どちの仕事をつづけたいと思ひ
ます。
 厳粛な精進の誓ひを神明の前に
誓ひたいと思ひます。
     (十二月十二日放送)