航空戦力と科学技術 技術院次長 和田小六

 戦争が常に精神力を基底こするものであることは、古今を通じ、東
西に亙つて変りのないことである。それと同時に、戦争が互に武器の
精鋭を競ふ争ひであるといふこともまたいつの世にも変らぬことであ
つて、これ等はいづれも歴史の明かに示す事実であると考へる。即ち
この戦争の基底をなす精神的のものに、物質的のもの、即ち武器を加
へて、ほんたうの戦力が判定されなければならないのである。
 武器の精鋭を競ふのが戦争の重要なる一面であるといふことと、近
代に於ける科学技術の異常なる進歩発達は、即ち現代戦をして科学技
術戦たらしめる所以であつて、一国の科学枝術の精髄が兵器に綜合結
集せられ、一国の科学技術は兵器によつてその水準を識ることが出来
るとさへいはれてゐるのである。であるから、一国のもつてゐる科学
技術力といふものは、有力なる武器であると考へられる。それも単な
る出来上つた武器ではなく、武器を生む力であり、新兵器の生れる大
なる源泉であり母体なのである。故に科学技術力を培養し、これを躍
進向上せしめるといふことは国防上極めて重大の意義を持つものであ
るが、殊に戦時下、その綜合結集された力には多大の期待が掛けられ
てゐるのである。即ち、今日我が国科学枝術者の成し遂げた研究成果
は勿論のこと、市井無名の人の創意工夫と雖も、苟筍も兵器を精鋭化し
その進歩発達に寄与し得ると思はわるものは、直ちに取り来つて育成
培養し、速かにこれを戦力化しなければならないのである。
 今日我が国が、科学技術最高智能具有の士と、その将来の発展を洞
察し得る具眼の士を切実に求むると共に、創意工夫が戦力化されるま
での大規模の統制されたる組織と、その簡素不紊の運営が要望される
所以である。最近に於ける科学技術の進歩は実に日覚しきものがあつ
て、確固たる基礎理論の下に建てられた科学兵器の進歩は、一瞬も停
止することなく、日に新たなる創意の上に所謂新兵器は生れつつある
のである。科学技術こそ物質的戦力の基礎であり、科学技術力即戦力
たることを痛感せしめるのである。であるから、科学技術の発達によ
つて、兵器もまた発達し変つてゆくのである。従つてまた、戦の仕方
も変るのであつて、その有様はこれを歴史の上に明かにすることが出
来るのである。前世界大戦は飛行機を軍用化し、タンクを創造し、化
学戦に端緒を得て戦争の様相を一変したのであつた。大東亜戦争に於
ける我が航空機のすばらしき活躍及びその戦果は、又この一面を物語
るものであつて、その結果、今日の戦に於ては先づ制空権を確保する
ことが絶対必要条件であり、航空戦力を増強し、その絶対優秀性を確
保しなければならぬといふことが如実に示されつつあるのである。
 即ち航空機の性能を飛躍的に向上せしめると共に、その大量を生産
するといふことは、戦局を支配する重大な問題であつて、科学技術者
の奮起が要望され、その力の結集を必要とするのである。
 飛行幾は本来、他のものの追従を許さぬ、その機動性、これに伴ふ
偉大なる攻撃力にその真価が認められるのであるが、最近その性能は
著しく向上されると共に、電波等の応用によつてその視覚、触手は益
益増大し、攻撃力はいやが上にも増加しつつある状態である。
 前世界大戦に於て飛行機のもつてゐた行動力は、高さに於て数千米
距離に於て千粁を出でなかつたのであつたが、今日その性能は、高度
に於て既に成層圏、即ち一万二千米以上に達し、距離に於いては、鵬
翼全世界を蔽ふて余りあるのである。航空機のもつ三次元的の運動性
は今日の戦を立体化したのであるが、この戦が線的、平面的のものか
ら立体的のものになつたといふことは戦場を一躍、殆ど限りのないほ
ど大きくしたといふことなのであつて、この広い戦場を縦横に活躍す
る飛行機の性能の向上、量の増加に対する要求は実に莫大なるものが
あり、極めて優秀なる性能の飛行機を多量に必要とするのである。非
常に難しいことであつて、わが科学技術力をこれに集中し、不撓不屈
の精神を以て推進打開しなければならぬ問題である。
 然らば、飛行機をこのやうに生産、整備するといふことは何故そん
なに難しいことなのであらうか?いろいろの理由もあらうが、その
一は飛行機には今までに例のない種々の難しいことが特殊の条件とし
て要求されてゐるからである。
 即ち、飛行機には、軽さと、高さと、速さに異常な要求があり、な
ほその上、量を作るといふことに対する非常な要求をも満さなければ
ならぬといふことである。飛行機は空を飛ぷものであり且つ自由自在
の運動をするものであるから、軽く而も丈夫でなければならない。こ
れは常識的なことであり大した意味もないやうに思はれるが、そこに
先づ構造物として飛行機の本質的な難しさがある。技術者にとつて、
物を軽く作ることは材料の節約を意味するものであるから、常識であ
る。しかし、飛行機に要求される軽さといふものは普通のものとは段
が違ふのであつて、例へば、地上用としては比較的軽く出来てゐると
されてる自動車のエンヂンと雖も、これを航空発動機に比べると一馬
力当り十倍も重いのである。なはその上に飛行機の非常に速い速度と
その特有の立体的の運動性とを合せ考へるならば、その構造はよほど
丈夫で軽く出来てゐなければならない。このことは単に飛行機の本体
そのものばかりでなく、兵器にせよ、計測器にせよ凡そ飛行機に整備
されるものに対しては、総てこの軽さに対する苛酷なる要求があるの
である。科学技術者にとつては非常に面白い問題であると共に、また
非常に難しい問題であつて、材料に於いて、設計構造に於いてまた工
作技術に於いて最高の智能と技能とを必要とする所以である。
 次に、飛行機の大きな特異性の一つとして、高さの問題がある。地
上を離れ空中高きに昇ることが出来るといふことは、飛行機によつて
始めて具現化されたことであつて高さによる環境の特異性こそは今ま
でに全く省る必要のなかつたことである。これこそほんとうに飛行機
が出来て初めて考へなければならなくなつたことで、そこに幾多の新
しい、また難しい問題が提供されつつあるのである。一面高く昇るこ
とが出来るといふことは飛行機の有力な武器であつて、絶対高度の高
きことは飛行機の隠密的行動を可能ならしめるものであるし、相対的
の高度、即ち敵機に対し高きにゐるといふことは空中戦に於て欠くべ
からざる条件である。今日、飛行機の常用高度は既に成層圏---即ち
富士山の四倍以上の高さにも達するのであるが、尚その上にも高きを
争ふ不断の努力が続けられつつある。高き成層圏にも達すると空気は
地上の三分一の薄さになり、気温は零下六十度近くにも下るのである。
多量の空気を必要とする現在の原動機及び推進機構が直接非常な影響
を受けるのは勿論のことである。また総てのものの物理的性質は温度
と圧力の影響を受けるものであるから、高さによつて新たに堤供され
る問題は多岐多様に亙り極めて広範囲に及ぷのである。尚その上この
やうな低温、低圧に対し乗員を保護しなければならぬといふ必要があ
るので、問題は心理、生理、医学にまで及ぷのであつて、それ等の解
決は一に掛つて極めて広範囲の科学技術の上にあるのである。
 次に、速さであるが、飛行機が乗物として非常に速いものだといふ
ことは常識である。その速度は地上で普通速いといはれてゐるものの
六七倍にも達するのである。今日の高速の飛行機は、特急列車の八倍
以上の速さをもつてゐる。今までの乗物に見ないこの高速度は、飛行
機を有力な武器ならしめるものであつて、少しでも速い飛行機を作ら
うといふことは飛行機始つて以来競争の目標であり、また今日なほこ
れに対し懸命な努力が続けられつつあるのである。
 速度が大きいといふことだけでも種々難しい問題が起る。例へば速
度が速くなると、空気から、この流れやすい、物の動きに対し極く従
順に見える空気から、非常に強い衝撃を受けるといふやうなことにも
なるのである。大きな抵坑である。これを如何にして避けるかといふ
ことは、今日科学技術者に課せられた大きな問題となつてゐる。
 併し、ただ速い速度を出すといふだけなら、まだ問題は簡単である。
現在の飛行機は空中に停ることが出来ない。結局地上から飛立ち地上
に降りなければならぬのである。これは飛行機に特有のものであり、
そこで問題は益々複雑化するのである。かく数へ来ると、飛行機の質
の向上といふことが非常に難しいものであり、それを打解し優秀な飛
行機を作ることは、勘や、思いつきで出来るものでなく、徹底した科
学技術の基礎の上にこれを求めなければならぬといふことが諒解され
るのである。質の問題既に難しいのであるが、これをなほ一層難しく
してゐるものは量の問題である。近代戦に於ける兵器資材の必要量が
莫大なものであることは申すまでもない。戦は一大消耗であるといは
れる所以である。飛行機の如き精巧なるものを多量に作るといふこと
は非常に難しいことである。発動機の部分品の数だけで一万に達する
のであるから、飛行機全体では莫大の量である。これを一つ一つ精確
に且つ速かに作ることの大仕事であることは想像に難くない。
 二倍の生産を二倍の人と施設でやることは極めて平凡の考へ方であ
る。問題は二倍の人と施設を如何にして得るかといふことであり、今
日労務資材不足の際、問題は依然解決されないのである。施設労務単
位当り生産には何等変化がないのである。この単位当りの生産を劃期
的に増加するところに生産の増強の本当の問題があるのである。要望
せらるるものは生産技術、生産組織なほまた生産組織に対する科学技
術的検討であり解決である。即ち、飛行機の量の問題もまた帰する所は
わが科学技術力によつて解決が与へられなければならないのである。
 かく観じ来れば、飛行機による航空戦力を飛躍的に増強せしめるも
のは一に掛つて我が科学技術者の上にありと断言するととが出来る。
 我が科学技術者はこの莫大なる職責を感佩し、日夜粉骨砕身一致協
力し、常に及ばざるを憂ひつつ、その総力を発揮することに努めつつ
ある。またこの栄誉ある使命を完遂する決意と自信をもつてゐるので
ある。しかしながら我が科学技術力とは、ただに我が科学技術者のみ
の力を意味するものでなく、一億国民の力そのものの中になければな
らぬといふことを強調しなければならない。
                    (昭和十八年九月十八日放送)