出版新体制と良書推薦    情報局情報官 鈴 木 庫 三


 戦争が武力戦から国家総力戦に進んで参りますと、軍人だけの戦で
なく国民全部の戦になります。また武力だけの戦でなく、政治の力も
経済の力も、文化の力も、思想の力も、一切を動員して戦はねばなり
ません。此の様になつて来ますと、俗に戦争といふ眼に見る戦の行は
れてゐるときは、勿論思想戦などゝいふ眼に見えない戦も一緒に行は
れますが、此の眠に見えない戦は俗にいふ平時でも、即ち眼に見える戦
の行はれてをらない時でも、世界が行き詰ると、常に行はれるのであり
ます。而も眼に見える武力戦に勝つても、眼に見えない思想戦や外交
戦や、経済戦に敗れると、結局、総力戦全体から見て負けとなり其の結
果国家は衰へ、国民は奴隷の境遇に追ひ詰められることになります。

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 思想戦は国と国との間、又は民族と民族との間で行はれるばかりで
なく、敵側の思想が国内に入つて来たり、敵側の宣伝謀略の魔手が国
内に延びて来たりすると、国内でも其の戦が行はれます。私共が国内
で赤い思想と戦つたり、国防国家建設を妨げる個人主義や自由主義の
思想と戦つたりしてゐるのは、正に国内に於ける思想戦であります。
此の様に思想戦は武力戦と違つて、定つた戦の線などゝいふものがな
く、至るところに広まつて、平時でも戦時でも、常に行はれるのであ
りますから、思想戦の戦士、つまり思想の戦をする兵士は軍人だけで
なく、国民全部であります。そこで、思想戦に勝つためには何うした
らよいでせうか。それは、国民全部が強い思想戦の戦士になつて戦ふ
ことであります。

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 それでは、国民を強い思想戦の戦士に育てあげるのには何うしたら
よいでせうか。それは、国民に、思想の強い力が出る様な、栄養分に
富んだ、健全な思想の食べ物を与へ、立派な思想戦の武器弾薬を与へ
ることであります。此の様な仕事は家庭教育でやり、学校教育でやり
社会教育で受け持つのでありますが、その方法は新聞によつたり、雑
誌や書物によつたり、ラジオ放送によつたり、映画や演劇によつたり
講義や講演によつたり、絵画、彫刻、音楽等によらねばなりません。
さうなつて来ると、新聞や雑誌や書物などは只の商品ではなくて、思
想戦の戦士を育てる食べ物となり、思想戦の戦士に与へる武器弾薬と
なります。また出版用紙は只の商品ではなくて、思想戦の戦士に与へ
る食べ物や武器弾薬をつくる貴い材料となつて来ます。

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 そこで、我が国は支那事変以来重要な国策として、国防国家体制の
確立に全国民をあげて邁進してゐるのでありますが、以上の様な思想
戦と出版との関係を考へますと、国防国家体制の一つの重要な方面と
して、何うしても出版の新体制を確立しなければなりません。即ち支
那事変以来、政府側と民間側との共同の仕事として、此の出版新体制
の確立を進めて来たのであります。その第一に生れましたのは内閣の
新聞雑誌用紙統制委員会でありまして、第二は日本出版文化協会であ
ります。第三は洋紙共販株式会社であり、第四は日本出版配給株式会
社であり、第五は印刷文化協会であります。又、新聞の方は別に新聞
聯盟が出来まLたが、更に新聞共販会社が生れやうとしてをります。
尚出版新体制の中にはまだ/\大切なものが未組織のまゝ残つてをり
ますがこれから次々にいろ/\なものが出来上つて来ると思ひます。

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 此の様な出版新体制のいろ/\な機関は、夫々特別の任務をもつて
国家のために働くのでありますが、その中で日本出版文化協会に就て
申しますと、これは情報局の指導監督の下に置かれてある半官半民の
協会でありまして、其の任務は日本文化建設と国防国家確立とに関す
る出版文化事業の使命を成しとげて、出版報国の実をあげることにな
つてをります。協会は此の任務をつくすために、いろ/\な事業を行
ふのでありますが、其の一つとして優良出版物の奨励と普及といふ大
切な仕事があります。これを思想国防や思想戦の立場から見ると、優
良出版物の奨励といふことは、思想戦の戦士を育てあげるために、正
しい思想の食べ物や武器弾薬を作り出すことを奨励することでありま
して、優良出版物の普及といふことは、此の様な正しい思想、即ち善
い思想の食べ物や武器弾薬を普ねく国民に知らせ、国民に与へること
であります。その反面に於きましては、悪い思想の食べ物や武器弾薬
を造らない様に出航業者を指導することはいふまでもありません。そ
こで協会はその目的をはたすために、良い書物の推薦といふ仕事を行
ふことになります。此の仕事のために、協会は、学問や経験のすぐれ
た数十名の人達を以て図書推薦委員会といふものをつくり、その下に
数名の専門家で組織する調査班を十一組も持つてをります。此の組織
によつて、毎月出版される何千冊といふ沢山の書物の中から約二百冊
位の良い書物を選び、更に度々調査を重ねて約七十冊の程度になるま
で厳選してから、最後に図書推薦委員会にかけて、その中の三十冊か
四十冊が優良図書と決定するのであります。推薦された良い書物は、
毎月一日に情報局から発表されて、新聞や週報などにのせられます
が、同時にラジオによつて放送されます。今晩九時のニュースの後で
皆様にお知らせするのは、日本出版文化協会の第一回の推薦図書であ
りまして、本年の九月一日から九月三十日までに出版された書物の中
から選んだものであります。その中には専門のものもあれば一般向き
のものもあり、また成人向きのものもあれば子供向のものもありま
す。

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 何れにしても我が国民は、今集つた人も若い人も、男も女も皆力を
合せて、国防方面からは思想戦の戦士になり、文化の方而からは立派
な日本文化を発展させて行かなけれはならないのですから、皆さんで
良い書物を読むやうにしたいと思ひます。

十一月一日放送)