改正された治安
維持法について

 司法省刑事局第六課長 太田耐造

 三月十日公布せられました、治
安維持法の内容、及びその立法趣
旨について簡単に説明致します。
 皆様御存じの通り、第一次欧州
大戦の当時ドイツは武力に於いて
は赫々たる戦果を収め、聯合軍側
を圧倒し得たのでありますが、戦
争の終局に於いては、寔に悲惨な
運命に陥つたのであります。かや
うなことになつた原因は、全くド
イツ国民の思想的崩壊に在つたと
謂はれてゐるのでありまして、こ
れを思ふにつけ、思想国防が如何
に重要であるか痛切に感ぜずに
はをられないのであります。いま
や我が国は内外共に非常なる難局
に際会してゐるのでありまして、
この難局を乗切つて、肇國の大理
想を顕現致す為めには、挙国一致
國體の下に固く団結致し、國體に
弓引くが如き不逞の分子等をして
いささかも乗ずる間隙を与へない
ことが、最も肝要であると存じま
す。
 國體に背くが如き不逞の思想を
絶滅する為めには、もちろん単に
厳罰を以て臨むことを以て、足る
ものではありません。教育その他
各方面に亙つて、根本的にその対
策を講ずる必要のありますことは
もちろんであります。併しながら
苟も我が國體の変革を企てるやう
な不逞分子に対しては、徹底的検
挙を行ひ、改悛の情なき場合には
厳罰を以て之に臨み、なほ悔悟し
ない者は、之を社会より隔離し得
るやうな法律なり、制度なりを整
備することも、また極めて必要の
事柄であります。
 現在まで行はれて来た治安維持
法は、大正十四年に制定せられた
ものでありして、全文わづかに七
條に過ぎないのであります。今
回改正せられた法律では、現行法
の刑罰規定を整備強化して、これを
第一章に掲げるとともに、第二章
に特別な刑事手続を規定し、さら
に第三章を設けて、予防拘禁制度
を規定したのでありまして、全文
六十五條に亙る綜合的大法典とな
つたのであります。
 現行法は大正の末期から、昭和
の初年にかけての思想運動情勢を
背景として規定せられたのであり
ますが、その後思想運動情勢は非
常に変化し、殊にいはゆる反ファ
ッショ人民戦線方策が採用せられ
て以来、益々複雑化するに至つた
現在に於きましては、これが取締
上多くの不備欠陥があるのであり
ます。従つてかやうな情勢の変化
に対応して。処罰規定を整備して
その不備を補ふ必要があり、また
一面に於いて國體変革に関する犯
罪に対する刑罰を一層重くして、
規定の上にも國體を明徴ならしめ
る必要があるのであります。
 さて改正法は、第一章に於いて
國體変革を目的とする結社を支持
する結社、すなはちいはゆる外郭
団体及び同様の目的を有する結社
の組織を準備する結社に関する処
罰規定を新設した外、結社の程度
に達しない集団に関する処罰規定
を設け、さらに宣伝その他國體変
革の目的遂行に資する一切の個人
行為を取締るべき包括的規定、類
似宗教団体に関する処罰規定等を
も新設し、國體変革に関する犯罪
につき禁錮刑を廃し、懲役刑の
みと致し、刑の短期を引上ぐる等
重大な改正を致したのでありま
す。
 第二章に於いては、思想犯罪が
他の一般犯罪と異る特質を有する
点、及び行政検束を捜査に利用す
ることは人権蹂躙だといふ非難あ
る点に鑑み、特別な刑事手続を規
定してゐるのでありまして、その
要点を列挙しますと、
 第一に、捜査の中心機関である
  検事に対し、相当広汎な強制
  権を附与したこと。
 第二に、本法違反事件は原則と
  して、司法大臣の指定した弁
  護士でなければ、その弁護を
  為し得ないこととしたこと。
 第三に、控訴審を省略して二審
  制度を採用したこと。
 第四に、裁判管轄移転の自由を
  認めたこと。
等であります。
 第三章は、予防拘禁に関する規
定でありますが、その骨子は、い
はゆる非転向の思想犯人を、裁判
所の決定に依り、予防拘禁所に収
容することが出来る。その拘禁期
間は原則として二年であるけれど
も、本人が転向を誓ひ、収容の必要
なきに至れば、いつでも行政官庁
の処分に依つて之を退所せしめ得
る。併し本人悔悟せず、拘禁継続
の必要が存する限り、二年の期間
はこれを何回でも更新し得ること
になつて居るのでありまして、予
防拘禁の対象者は、本法第一章の
罪を犯し、刑の執行を終つて出獄
せんとする者、または刑の執行終
了若くは執行猶予の言渡を原因と
して、保護観察に附せられた者に
して、改悛の情なく、さらに同様
の罪を犯す虞あること顕著なる者
となつてをります。
 かやうに、場合によつては、本
人を一生涯でも拘禁し得るやうな
制度が設けられましたのも。全く
思想犯罪の特質に基づくものであ
りまして、これを実情に徴します
るに、一旦感染した思想はなかな
か払拭することが難しく、転向を
肯じない詭激分子は、これを社会
より隔離して、悪思想の伝播する
のを防止し、一面強制の方法によ
つて、思想の改善を図り、忠良な
る皇国臣民に立帰らしむるの必要
があるからであります。
 以上が改正の要点でありますが
これを要するに、我が國體を擁護
し、大義を匡し、以て高度国防国
家体制の完璧を期せんとする法意
に外ならぬのでありまして、本法
に触るるが如き反逆者は非常時局
下、皆無ならんことを念願する次
第であります。(三月十七日放送)