世界の現状とその意義

 前回には情報局の機能を申上げましたが、その一つは確固たる国策
をたて、これを立派に遂行するためには、常に国内及び国際情勢を研
究し、これに対する見通しをつけなければならぬと申しました。今夜
はその内の国際情勢、即ち世界の現状と云ふ点につきまして申上げま
す。
 結論から申しますと、世界の現状は動乱期であります。問題は動乱
期の如何なる過程に在るかであります。私は茲二三箇月が世界戦争に
なるかならぬかの分れ目であると云ふふうに考へてをります。これを
決定致します動因は、一は欧州に於ける英独の戦争、二は米国の態度、
三は東亜特に西南太平洋に於ける状態ではないかと思ひます。之等の
点につきまして、事実と云ふよりはむしろその意義を説明し度いと
思ひます。
 まづ欧州方面を観察しますと、状勢の中心は英独戦争であります。
ドイツは最近専ら力を「バルカン」工作においてゐるやうであります。
工作は外交が主でありますが、その背後には武力を用意した上での工
作であります。その目的は伊国と希臘の戦争が当初予想のやうに進捗
しないので、これに対処するためと、且つはドイツの対英作戦に於い
て、東欧方面に後顧の憂なからしめる、と云ふことにあるやうに感じ
られます。それで、「ルーマニヤ」は既にドイツの勢力下にありますが、
「ブルガリヤ」は明瞭でなかつたため工作をした結果、昨今は大体ド
イツの考へてゐるやうな方向に進んで来たと思はれます。特に二月十
七日に発表されました「ブルガリヤ」トルコ間の不可侵条約は、久し
く英国側にあつたトルコが、ドイツの実力の前に、態度を変更しなけ
ればならなくなつた証拠であると思ひます。また二月十四日には「ユ
ーゴースラヴイヤ」の首相と外相がドイツ総統を訪問して、会談して
をりますが、これもまたドイツの対バルカン工作の成功を物語る
ものではないかと思はれます。要するに目下相当成功を示してゐるド
イツの「バルカン」工作は、対英作戦上の必要から来てゐると云ふの
が、その意義であることを御諒解願ひ度いのです。
 しかしながらドイツは、対英武力戦に主力を注いでゐることは申す
までもありません。最近までドイツの空軍や、潜水艦の活動が、稍々
不活発なやうに見えるのは、近き飛躍の為めの準備であることと考へ
られましたが、果せる哉ヒットラー総統は、ムッソリーニ首相の二十
三日の演説に呼応し、去る二十四日、ナチス党大会に臨んで、ミュン
ヘンから全世界に向ひ、歴史的な獅子吼を為し、「厳冬の数箇月間に
我等は徒らに冬眠をむさぼつてゐなかつたことを、人々は近く知らさ
れるのであらう。この間のドイツは僅々数隻の潜水艦を活動せしめて
ゐたのみであつて、我が同盟国伊国は地中海を中心に活発な軍事行動
を海陸海に展開して、強力なる英国艦隊をこの方面に釘づけとし、英
国艦隊をして地中海に東奔西走せしめてゐる間に、吾人は着々春期海
上攻撃の準備を整備するに成功した。実に吾人の海上攻撃は、今日以
後に展開せられんとしてゐるのである」と断じてをられます。これが
何時起るかと云ふことが現在欧州の運命を決定する鍵であります。
 つぎは米国の態度でありますが、米国の対英援助は漸次濃厚になり
つつあることは御承知の通りですが、特に目下議会で審議中の、いは
ゆる武器貸与法案なるのが通過した場合が問題です。これに依つて米
国の対英援助が参戦まで進むか、然らずとも参戦と同様に認めらるる
やうになるかならぬかと云ふことが、米国の態度の分れ目でありまし
て、これにより欧州戦争が、愈々世界全般に拡大するか否かが決定さ
れることとなります。世界の平和を常に口にしてゐる米国の責任は非
常に重大であります。
 第三は太平洋特に西南太平洋に於ける形勢であります。英国は「シ
ンガポール」を中心としてしきりに兵備を促進してゐる現状です。同
地では日本人に対して、非常に警戒をしてゐるのも事実です。濠洲も
その軍隊を続々同地に輸送してをりますし、米国から購入した飛行機
も同地へ到着してをります。而して蘭印もこれに調子を合せて我が方
に対し、防備と云ふか軍備を整へてゐる様子です。且つ我が船舶に対
しても幾多の海上に航行を禁止してゐる状態です。しかのみならず米
国はグアムの防備を強化してゐるし、比律賓駐在の軍隊を増加し、艦
隊を増派してをります。之等は華府で先般開かれた英、米、濠、蘭国
会談で決定した結果だらうと思考します。
 かかる状勢のところへ英国政府は、二月上旬にいはゆる「極東危機」
を唱道しました。これは誤つてゐる情報に基づいて、ドイツが対英攻
撃を採る時には、日本もまた武力を以て南進するだらう、特に「シン
ガポール」を攻撃するだらうと云ふ、独断から出でたものであります。
これは我が国の真意を理解せないのはもちろん、誤れる報道によるも
ので、英国の目指すところは、蓋し極東の危機を大声で唱道して、米
国の輿論を刺戟し、対英援助を一層強化せしめようと云ふ底意に出た
ものかも知れません。而し好く考へて見れば、我が国の大方針は泰国
と仏印との国境紛争に関する、調停斡旋を企ててゐることに依つて明
瞭になるだらうと思ひます。我が国の国策は、日独伊三国条約の締結
に当り賜りました御詔勅により、明らかにせられた通りでありまして、
大東亜の安定を確立し、世界平和の恢復が一日も早からんことを望む
ものに外なりません。これが我が国の肇國の精神でありまして、徒ら
に戦を好むものでありません。而して我が崇高なる精神を弁へないで、
我が生命圏を侵すものがありますれば、その時はその何者たるを問は
ず、我々は破邪の剣を執つて断乎立ち上がるものであります。このこ
とは日本国民一億の一人一人の血の命ずるところであります。若し英・
米がこれを理解しないで、徒らに極東危機の名目の下に我れに挑む如
き態度に出るか否かに依つて、西南太平洋の形勢が決定せられると云
ふのが現状であります。
 大体世界の現状の意義を申上げました。時間の関係上、事実は詳
細申上げることが出来ませんでしたが、皆様が新聞を見られる時、右
に申上げたやうな心構へで御読みになれば、世界の状勢に対して比較
的公正の判断が出来るだらうと考へます。その心構へを作る意味で簡
単に要領を御話したわけです。

                         (三月一日放送)