独仏国境の二大要塞線


 ヨーロッパの情勢は、益
益深刻な状態を呈してゐる
が、ヨーロッパ諸国は、何
れも万一の危機に備へて国
境の要塞を強化することに
躍起となつてゐる。各国の国境を固める要塞の中でも、フラン
スのマヂノ線と、ドイツのジークフリ−ド線は、世界に有名で
あるが、今回はこのドイツとフランスの国境に横はつてゐる、
二つの巨大な要塞線、マヂノ線とジークフリ−ド線について述
べることにしよう。 
 先づフランスのマヂノ線であるが、マヂノ線はドイツとフラ
ンスの国境を護る火の壁と言はれ、フランス科学の粋をこらし
た要塞線である。フランスの海の生命線を地中海とすれば、陸
の生命線は勿論ドイツとの国境で、マヂノ線は実にこの国境防
備の第一線に置かれてゐるのである。

 マヂノ線は一九二九年(昭和四年)に、時の陸軍大臣のマヂノ
将軍が計画したもので、世界にその比を見ないと言はれる国境
の要塞であつて、鉄とベトンつまりコンクリ−トで築かれた大
規模な地下の要塞と、強固な地上の防禦設備の連鎖である。
 この線はフランスの東北部にある、世界大戦で有名なヴェル
ダンとか、ナンシー、ツール等の地帯から、更に東に寄つた国
境で、ドイツ軍の侵入に備へようといふ防禦線で、主にドイツ
のラインランドに対する国境地帯の防備を中心としてゐる。
 要塞の内部は深さは百米と言はれてをり、兵営とか、弾薬倉
庫、発電所等があり、しかもエレヴェーターが上下し、電車が
走つてゐるから、その尨大なことが想像出来る。その最上部つ
まり一番上層の部分は、砲塔になつてゐて、地上に規はれてゐ
るが、何れも自然の草木によつて巧に蔽はれてゐる。そして到
るところに、鉄条網や電線が張り繞され、戦車の突撃を妨げる
ためには、障害物の小さな柱が林立してゐる。その恰好がアス
パラガスに似てゐるので、俗にアスパラガスと言はれてゐる。
 マヂノ線の防禦設備は、何れも毒ガスに対しても完全な防衛
設備が施されてをり、又自然の草木によつて隠されてゐる無数
の砲塔からは、命令一下組織的に砲火を集中する仕組になつて
ゐる。かくてこのマヂノ線を突破しようといふ敵に対しては、
殲滅的な集中砲火が浴せられることになるのであつて、実にマ
ヂノ線がフランス国境を守る火の壁と言はれる所以である。

 フランスはドイツに備へて、最近このマヂノ線を強化し、延
長してゐるが、之に対しドイツがマヂノ線に対抗するため、西
部国境にジークフリ−ド線を設けたことは周知の通りである。
世界大戦の結果、ドイツの西部国境は多く無防備のまゝとなり、
フランスの強大な武力の前に曝されてゐた。昭和十一年ドイツ
は、この無防備地方のラインランドに進駐したが、更に進んで
西部国境に、要塞を築くことゝし、ヒトラー総統は陸軍長官部
に対して適当の処置をとるやうに命じた。
 かくて西部南境の強化に向つて、着々と工事がすゝめられて
ゐたが、昨年になると、ズデーテン問題を繞るヨーロッパの国
際情勢は俄かに険悪となり、ドイツは益々西部国境の要塞を強
化する必要に迫られたのである。その結果、全ドイツ国民の協
力によつて、昨年の九月末には、西部国境に一大要塞が出現し
約一万五千の最新式のトーチカと、無数の戦車を阻む障害物が
出来上つた。
 之がフランスのマヂノ線に対抗する、ドイツの所謂ジークフ
リード線であるが、このジークフリード線には、防空地帯も設
けられてゐる。防空地帯といふのは、主として高射砲が据ゑつ
けられてゐる地帯で、実にジークフリード線の重心をなしてゐ
るものである。
 このジークフリード線の、鉄のべトンの砦の中に、ドイツ国
防軍の一部が立籠れば、ジークフリ−ド線の突破を目指す敵は
立ちどころに壊滅されることになり、莫大な犠牲を払はなけれ
ば、この線を突破することは不可能であらうと言はれてゐる。

                     (五月二十二日放送)