停頓状態に陥つた英ソ交渉

 ドイツ包囲を目指す、イ
ギリスとソヴィエト聯邦の
交渉は、各国の注目の裡に
進められてゐるが、最近は
全く停頓状態に陥つてゐた
所、今回イギリスは新たに、妥協案を作つたと報ぜられる。然
らばこの交渉に於ける、両国の主張は、一体どういふ点に喰ひ
違ひを生じたのか、又この交渉を繞る経緯等について述べるこ
とにする。
 ドイツのチェッコ合併後、イギリスがドイツ包囲政策を提げ
て立ち、躍起になつてゐることは周知の通りであるが、従来イ
ギリスは、東部ヨーロッパ方面の安全保障については、余り深
入りしないと言ふ方針を採つて来た。ところがドイツのチェッ
コ進出後は、イギリスはこの方針を変へて、東部ヨーロッパの
安全保障に乗りだし、去る三月三十一日には、ポーランドを援
助することを声明し、更に四月十三日には、ルーマニアとギリ
シャに対し、その独立を保障するに至つた。
 一方イギリスは、ポーランドと直接国境を接してゐるソヴィ
エト聯邦と結んで、ソヴィエトト聯邦の力を借りようとし、四月の
半ば頃から、イギリスとソヴィエト聯邦の間に交渉が開始され
た。この交渉の内容について記せば、イギリス側が主張する所
は、イギリスとフランスが、ポーランドとルーマニアを援助す
る義務によつて、戦争に捲きこまれた場合には、ソヴィエト聯
邦に於ても援助する用意があることを、声明して貰ひたいとい
ふのである。
 之に対しソヴィエト聯邦は、もつと強硬な案を出して来て、
イギリス、フランス、ソヴィエト聯邦の三国の間に、軍事同盟
を結ばなければならないと提案した。
 之を詳述すると、イギリスはソヴィエト聯邦に対し、二つの
提案をしたのである。つまりその第一は、イギリスやフランス
がポーランドとルーマニアに与へる安全保障を、ソヴィエトが
補強し強化すること、第二はソヴィエト聯邦がフィンランド、
エストニア、ラトヴィア及更に場合によつては、リトアニアに
対しても、安全保障を与へることといふこの二つの提案を、イ
ギリスからソヴィエト聯邦に提出したのである。
 之に対しソヴィエト聯邦でも、二つの案を出した。先づ第一
はイギリスが、ソヴィエト聯邦やフランスとの間に、三国同盟
を結ぶこと、第二はこの同盟を結んだ上、三国はバルチック海
と黒海との沿岸の諸国の安全を、共同で保障することをイギリ
スに求めた。
 殊にソヴィエト聯邦は、三国同盟を極東の事態にも、当て嵌
めることを希望したが、イギリスとしては、三国同盟を極東方
面に及ぼすことは、極東方面に対する関係に於て、重大な結果
をもたらすことになるので承諾せず、この話は纏らなかつた。
 その内ソヴィエト聯邦も、三国同盟を極東迄及ぼすことは諦め
たが、此三国同盟を結ばうといふことは、元来イギリスやフラ
ンスの意図するところより、行き過ぎてゐるので、ソヴィエト
聯邦と三国同盟を結ぶことは、イギリス、フランスにとつては
むしろ不利なのである。
 そこでイギリスとソヴィエト聯邦の交渉は、停頓状態に陥つ
たが、その内五月三日、ソヴィエト聯邦の外相リトヴィノフ氏
が突如辞職するに至り、イギリスやフランスでも、その真相が
判らない為め、むしろ当惑気味であつた。続いて去る十日、ソ
ヴィエト聯邦の各新聞は、突然英ソ交渉に関する、イギリスの
ロイテル通信社(別にルーターとかロイターと呼ばる)の報道を、
難詰する主旨の声明をのせた。つまりロイテルによれば『ソヴ
ィエト聯邦の提案に対するイギリスの回答の中には、ソヴィエ
ト聯邦が東欧諸国の安全保障の義務を履行した結果、戦争に捲
きこまれた場合には、イギリスはソヴィエト聯邦を援助すると
いふ項目がある』と言つてゐるが、ソヴィエト聯邦の官辺より
得た情報によると、事実に反してゐると指摘した。そしてソヴ
ィエト聯邦が、保障義務を履行する結果、戦争に捲きこまれた
場合、ソヴィエト聯邦は相互主義によつて、当然イギリスやフ
ランスから、援助をうけるべきにも拘らず、この点には一言も
触れてゐないと難詰したのである。
 地理上から言つても、ソヴィエト聯邦は、ポーランドやルー
マニアと国境を接してゐるから、ポーランドやルーマニアの援
助に乗りだして戦ふと、直ちに本国を衝かれる危険がある。で
この場合イギリスやフランスが、ソヴィエト聯邦を援助するこ
とを主張してゐるのである。
 かくてイギリスとソヴィエト聯邦は、遂に意見の喰ひ違ひを
生じ、イギリスのチェンバレン首租も、十一日に下院で英ソ交
渉の経緯を説明し『両国の意見は根本的に一致しないので、尚
交渉を続けてゐる』と述べた。
 元来ソヴィエト聯邦の外交は、自国を守るためには、外国の
力を利用することを、根本の方針としてゐる。然し他国のため
に利用されることは、極力さけようといふのであつて、このこ
とは今回の英ソ交渉の経緯を見ても、良く判るのである。かや
うな状態で、イギリスとソヴィエト聯邦の意見は根本的に喰ひ
違ひ、英ソ交渉は一時暗礁に乗りあげた感があつたが、五月十
七日報ぜられるところによれば、イギリス側が多少譲歩して、
ソヴィエト聯邦が保障義務の履行によつて、戦争に捲きこまれ
た場合は、イギリスとフランスはソヴィエト聯邦を援助するこ
とにした模様で、イギリスは妥協点の発見に努めてゐるやうで
ある。然しこの英ソ交渉がいよ/\成立する迄には、その前途
に幾多の困難が横はつてゐると予想されてゐるとのことであ
る。 

                (五月十七日放送)