蒋政権 貴陽退却を企図


 皇箪の畦倒的な攻勢に堪
えかねた箔介石はいよ′\
浅口落ちを決屯し、政府の
 く巾んちヤ・)
各骨虎は釆淀、費陽、昆明
卜(褒南)の各地を日指して退
却することになり、その内訳車と外交の率軌槻拗は賓陽に移柑
することになつた棋様と∵ニーヨーク・タイムスの溝口特電は
潮じてゐる。
 雅政棉が求後の逃げ場としてゐる賃滴、昭戌に放ては漑に解
詮したハ桝撃‡滋蚊十二見・瑞蚊二衰参照)が敵の軍事外交の撃向
槻翔が移されることになつたと雑ぜられるせ陽は殻州省の首府
になつてゐるので、この横合に潰州省と費楊についてあらまし
を述べて見よう.
 潰州省は竜郷本部の西南部、南支部の奥地にある省で、北は
阿川、南は鹿西、東は潮浦、西は宰南の各省に固まれてゐて.
面積は十七萌六千鉄方粁と云はれるから、丁度北海道の二倍位
の大きさの鹿である。
  食州省は宰縛省と紫に形づくちれてゐる宰食市原といふ市原にあ
 るので、省内は梅絨ニ;T尺内外から六千杜以上の市さサ持ち、而も
 粂而頓の七刺以上は全く未開の荒蓼たる山地である。山脈の小で最
 も大計なものは溺放であつ七、省内のほゞ中央部を東西に充つてを
 り、之によつて攻州省は南北に分れると頻に、河もこの謂故によつ
 て北に流れて揚子江に合流すろ偽江を始め大小触多の河と、南に流
 れる河とに分けられてゐる。窺候ほ土地が帝いために掃度の低い渕
 には沌和であるが、串斌の料蛙が非常に商いため、岬雨常に鳩らず
 叉克には讃や謡が非常に多いといふ却である。
 かういつた面秩、地勢、気候の滋州省にはどの位の人口があ
るかと言へば、人口は大慣七汚濁入内外といはれ、従つて一平方
粁に川十人位の人が仏んでゐるといふ他出になるのであつて、
支那各省の巾でも人焼の稗な土地に鳩してゐる。こ1には甘は
べ・つ各く
小川族といふ球族が非常に樺山什んでゐて、鴻族は少かつたので・
           トh・つた
ある。竹‖族は次第に陶汰されてHつて、硯准では絶人‖の二刺
巾外に過ぎないとの祁である.
 鹿紫は農米を主とし米、奔獅、その他いろ′′1な瓜作物が川
                ■−はく
氷るが、平地が少い上、人焼も柿綿なため、その藷紺は何れも
             きい放い
少いのである。然し阿片の北増は賃柄箭と川じやうに非常に盛
んであつて、この術の総収入も大部分が阿け税といふ位である.
鍬物としては石狭を始めとして、蛾、糾、水鋏、鈍器が主なも
のであるが、轟縦は大したことはない.この内市波は十充憶咄
   lいき・丁りで)
織りの埋蔵景を持つてゐて、山水、態浦等にはやゝ劣つてはゐ
るが、竜郷各省の巾では梵川埜富な方である0併し小規横で葡
  きいくつ
式た探掘法をとつてゐるため、窪糊は十二構噸内外といつた程
度に過ぎないのである∵次に製碧…としては生鮮、絹織物、拙
布、油顆等が主なもので、とりわけ桐油等が亜姿な物産である.
 この省の交通胱態は山地が多くて、蛾適もまだ減じてゐない
                             たょ
といふ有様で、布巾を沈れる河の価かな水漣に税るといふ典令
に、交通の不梗た土地であるが、液娃凍はを小心として叫方に.
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自動埴輪を挫設してゐるやうである.・叉昭和十年の七月から中
均航峯公司によつて閃かれた重橙と箪南の間の舵娯路は☆陽を
艇如してゐるといふ風に、叔紀は航峯絡も開設されてゐた¢
 贅暢はこめ珠州省の首府であるが、此威は省の中央の翠珠高原の
 小さな盆地にある人口十萬といはれる和合である。萌さ五千尺とい
 ふ帯地にあるため、気候は刺合に渦暖であるが、晴天の臼が少く雨
 天とか典天の日が多いといふ串である。費州省の政治の中心地であ
 る馬め、役所tか翠接が多く、市待は新笹の二つの奴にとりかこま
 れてゐる.            (六月一日放逸)