軍機保護法の改正


 軍機保護法の改正案が先
頃の第七十一特別議会へ提
出され貴衆両院とも通過し
て既に法律として公布され
た事は周知の通りである。
この改正された軍機保護法が、何時から実施されるかといふ事
は、改めて勅令が発布されて期日が決定されるのであるが、今
回の改正の要点は次の通りである。

  第一、軍事上の秘密の種類、範囲が明らかにされたこと。
  第二、刑の範囲を適当にして弾力性が与へられたこと。
  第三、問諜団(外国に対して我国の秘密とする処の情報を与へる
 スパイの団体)を組織した者等を処罰する規定が設けられたこと。
  第四、防空其の他国土防衛のために必要なる規定が設けられたこ
 と。
  第五に秘密に行はねばならぬ演習、実験等のために、一定の土地
 空域、水面に対して、臨時に短かい期間を限つて、一般の者が立入
 る事を禁止又は制限出来るやうにしたこと
  第六、外国船舶の不法入港に対する規定を設けたこと。
  第七、悪意を以つて外国に軍機をもらしたものと、さうでない者
 との処罰上の区別を設けたこと、又過失によつて軍機を洩らした者
 も、圧倒されることになつたこと。

等である。この改正法の実施によつてこれまでの軍機保護法の
不備の点は余程取り除かれる事になるものと思はれるが、大体
軍の機密といふものは既に洩れてしまつてから、之を洩らした
ものを罰しても既にあとの祭りなのである。故に軍機の保護は
これだけで完全に行ひ得るといふものではなく、之を洩らさぬ
やうに国民一般の自覚にまつ部分が非常に多いのである。
 由来日本人は警戒性に乏しいと言はれてゐるのであつて、汽
車電車、或はホテル、クラブ等つまり公衆の前で軍事上の話や
会社の能力やその他いろ/\の事を平気で話し合ふやうである
が、之は非常に危険である。殊に現在は事変の最中であつて、
普通の時よりも一層国家の秘密は厳重に守らなければならない
大切な時なのである。

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 そこで内務省でもかうした軍事上の秘密を保つ上に於て、国
民が注意の上にも注意するやう、各府県の警察部にあてて通牒
を発した次第である。では一体どんな事が軍事上の秘密である
かと言へばそれは言ふ迄もなく誰が考へても充分分る事である
が、そのやうにはつきり之は秘密であると考へられないやうな
事柄であつて、而も外国に分つては由々しい大事となる事柄が
いろいろあるのである。例を挙げて説明するならば、

 ▽日本内地かち支那に現在住んでゐる処の日本人にあてて送つた
  紙が、支那側の郵便局によつて検閲を受けると、その中に我が軍隊
  の出動その他に関する軍事上の機密を推察させる緒口となるやうな
  事柄が書かれてゐる場合があるのである。支那へ向けて手紙を出す
  場合は、現在のやうな際には当然その内容が支那の郵便局によつて
  検閲されるものと思はなければならないのである。
 ▽又大勢の人が集るいろ/\な場所や又は列車、電車、汽船等の中
  で、出動に関する話をしてゐた事が、其方面へ開かれてしまつたと
  いふ事実もある。大勢の人が集る処等では勿論、さういふ乗物の中
  では絶対出動の話などはすべきではないのである。
 ▽或は出動兵士の見送りに当つてその兵士の所属部隊を背いた幟や
  小旗を携へて行つて、そのために某部隊の出動事実が洩れたといふ
  事もある。
   或ひは又出動兵士が知り人に出す挨拶状の中に、自分の所属部隊
  の部隊号や地名を書いたため、不用意の間に軍の行動を洩らしたと
  いふ事実もある。

 之等の例はすべて本人が何気なしにやつたことであつて、無
論いささかも意気があつてのことではないのであるが、しかも
その不用意にやつたことが、結果に於ては重大な軍の機密を洩
らした事となるのであるから、この際は一層注意の上にも注意
して少しでも軍の秘密、国家の秘密が外へ洩れないやう、国民
全体がしつかりとやつてゆきたいものである。

                      (八月二十七日放送)


 後記 − 此の第一臨時増刊は、日本放送協会が昭和十二年七月十九
 日にニュース解説放送を開始して以来、八月二十七日に至る四十回
 分のニュース解説を収録編纂したものである。尚八月二十八日以後
 十月五日に至る分は第二臨時増刊として本号と同時に発行した。





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