支那便衣隊とクリーク 閘北

 停戦協定を蹂躙して支那
側は上海の停戦協定区域内
に塹壕を築き、あらゆる戦
備を整へて挑戦的態度をと
つて来た結果は、遂に我が
陸戦隊の出動となり止むを得ざる応戦となるに至つた。
 抑々十二日に開かれた停戦協定委員会の席上、日支双方とも
相手が発砲しない以上は自分の方も発砲しないといふ事につい
諒解が成立したのであつて、我方では十三日早朝から盛んに
便衣隊が我方に向つて発砲して来たのに対して、あくまでも隠
忍自重、決して応戦しなかつたのであるが、商務印書館附近の
支那正規軍が我軍に向つて発砲するに及んで遂に応戦の火蓋を
切るに至つたのである。支那側は不法にも兪鴻釣上海市長の名
を以つて早くも逆宣伝を開始し日本軍が先に発砲した、といつ
て居るやうであるが、その全くデマであることは誰よりも上海
にゐる世界各国人が一番よく知つて居る所である。即ち上海工
部局(共同租界の行政一般を処理する機関であつて、共同租界
に居住するイギリス、アメリカ等の居留民が代表を選んで参加
させて居るものである)の虹口駐箚部隊は次ぎのやうに発表して
ゐるのである。

  支那便衣隊は午前五時十五分を期し宝山賂、ダラッチ路、スコッ
 ト路及びポーツ路に於ても、日本陸戦隊歩哨に対し発砲したが、同
 方面の日本陸戦隊歩哨は自重し午後に至るもなほ応射せず。


 このやうに工部局の虹口駐箚隊は発表してゐるのであつて、
世界各国とも我が陸戦隊の公正なる態度には全く敬服してゐる
のである。
 さてニュース中に屡々出て来る便衣隊とは一体何かと言へ
ば、便衣といふのは平常の服装といふ意味でつまり普通一般人
と同じ身なりをしてゐるものの事である。この便衣隊は多くは
軍人で共産党員も多数便衣隊となつてゐるやうであるが、支那
にかうした便衣隊が生れたのは国民革命軍の北伐に伴つてであ
つて、その使命とする処は敵の後方攪乱でありピストル、爆弾
等の武器を携へて平服のまま巧みに敵地に潜入し、そこで暗殺
その他いろいろ敵の後方攪乱に活躍するのである。

  過ぐる上海事変に於て、我方が如何にこの便衣隊に悩まされたか
 は周知の通りであるが、何しろ彼等は平服をまとつて善良なる市民
 を装つて潜入してくるのであるから、その発見も勢ひ困難なわけで
 ある。彼等便衣隊は多くは夜陰に乗じて潜入し空家等に入つて仕舞
 ふのであつて、その上でいろいろ地の利を占めた上高い処から狙ひ
 撃ちに射撃するといふのがその常套手段である。そこでかうした便
 衣隊を発見するためにはいはゆる便衣隊狩りを行つて、通行人の身
 体検査をした上海行証を渡すやうにしてゐるのであるが、大体便衣
 隊はその眠付等からして一般人とは違つて居つて大抵発見する事が
 出来るのである。便衣隊と云ひ正規兵といつても要するにそのまと
 つてゐる服装の相違だけであつて、その便衣隊を租界内から一掃す
 るといふ事は租界の治安維持の上に欠く事の出来ない要件なのであ
 る。


         …………………◇…………………

 それから上海附近に関するニュースの中ではしばしばクリー
クといふ言葉が出て来るが、之は小川、溝の事であつて虹口ク
リークと言へば虹口を流れてゐる処の川と解釈すればよいので
ある。
 大体南支那は北支那と違つてかうしたクリークと呼ばれてゐ
る処の川が非常に多く小船を通じて交通の便を図つてゐるので
ある。所謂南船北馬はここから起つた言葉で南支那は船の便利
北支那は馬による交通の便利がこの言葉を生んだのである。

  之等のクリークは何れ
 も相当深く且つ床は泥が
 対蹠して居て到底渡る事
 は出来ず、橋が破壊され
 ると通行の便利が失はれ
 る事になるのである。


 それからニュースに出
て来る商務印書館とはか
つての上海事変でも激戦
が交へられた処であつて
四階建、煉瓦作りの大印
刷工場であつた。

  上海事変後我軍の猛撃
 にあつて廃墟と化した残
 骸がその外廓だけをさら
 して居たが、恰度閘北といつて我が居留民がたくさんゐる共同租界
 の北四川路、或は我が陸戦隊本部等に近い地にある要衝の地点であ
 るため、又今回も支那側はここを利用してその高い処から我方に射
 撃を加へたのである。今では勿論廃墟と化して印刷工場もないが、
 かつては排日、抗日の文書の殆んどすべてがこの商務印書館で印刷
 されてゐただけに感慨深いものがある。尚この商務印書館がある閘
 北といふのは上海の共同租界から北に当る支那街一帯の総和で上述
 の通り我が居留民の多数ゐる(勿論現在は危険のため引揚げて居
 る)北四川路に近く、又この閘北には日本人の工場もあり、有名な
 六三花園といふ日本料亭、日本人基地等もある処である。この閘北
 にある上海北停車場は南京への列車発着場として重要な駅となつて
 居る。

 (八月十三日放送)