最近に於る
支那の陸軍

 支那の軍備は之迄頗る微
弱であつて我軍の精鋭を以
つてすればいはゆる鎧袖(がいしう)一
触と考へられたのである
が、最近殊に満洲事変後に
於ける情況を見ると、そ
の軍備は国力の増進に伴
つて精神的及び物質的の
両面方面共、充実強化され
昔とは大いにその趣きを
異にするに至つた。
 従来支那の軍隊は恰も
我国の封建時代に於ける
が如く各地軍閥の私兵で
あつて、各軍閥は其の軍
隊を以て自己の地盤の拡
張と利権の増進のために
争闘をくり返してゐたの
である。従つて支那全体
の兵力は甚大であるにも
拘らず、国防軍としての価値は頗る低く、綜合的対外戦闘力は
微々たるものであつた。然るに最近蒋介石が政権を握つて以来、
逐次各軍閥を屈服させ殊に昨年は残存してゐた唯一の反蒋勢力
であつた西南派をも圧倒し、更に最近に於ては従来統一政策の
癌と見られてゐた共産軍とも概ね妥協したので、今や地方軍閥
の殆ど全部が南京政府の勢力下に抑圧され、其の軍隊も亦南京
政府の統制に服する事になつて、支那の軍事的統一は漸次達成
されやうとして居たのである。
 然しながら各軍閥の真の解消といふ事は仲々困難であつて、
広西(かんしい)、四川等のやうに、毅然として反中央気分を内に包んで好
機を狙つてゐるものもある。従つて支那全体が実質的に統一さ
れた新しい国防軍建造には、なほ前途幾多の紆余曲折が予想さ
れるのである。しかしここに注意すべき事は苟も対日問題に関
する限り、殆ど支那の全軍は同心一体となつて抗日気分に燃え
てゐることである。最近に於ける軍隊訓練の対象は悉く日本で
あり、各種の軍事施設の目標もすべて我軍に向けられてゐたの
である。
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 では現在支那陸軍の正規兵の数はどれ程かと言へば、中央直
系軍約四十七師約四十人万を筆頭に、中央傍系軍約四十五師約
四十六万、旧東北軍の約十五師約十一万、広東・広西軍の約十
七師、約十七万と数へて来ると合計約二百万余である。かやう
に兵数が極めて厖大な事は支那軍備の特徴であつて、支那全土
の人口約四億に対してその比率は約二百分の一に相当するので
ある。なはここに我国民として最も注意を要するものは、単に
その兵力問題ではなくして実質的の内容の進歩向上といふこと
である。

  即ちその第一は編成装備の改善であり、これまで同じく師(我国
 の師団に相当するもの)といつても大きいものは其の兵力二万を越
 えるのがあるかと思ふと、又小さいものは五千にも足りぬといふ風
 であつたが、最近は基本編制を定め之に基いて一師約一万四千名と
 して、昨年初め頃から改編に着手し現在に於てはこの新編制による
 ものが、中央軍の直系傍系を通じて約五十師に達するに至つた。
  その第二は装備の改善充実であつて、現在最も優良と判断される
 中央軍某師の装備は、小銃約五千五百挺、軽機関銃約二百七十挺、
 重機関銃約九十挺、歩[ ]砲約三十門、迫撃砲約三十門、野山砲約三
 十六門、拳銃約四百挺で、之を昭和七、八年頃に比べると、自動火
 器は少くも七、八倍に、野山砲及び歩兵砲等は五、六倍に増加され
 て、いはゆる近代式健良装備の軍隊も多くなつたので、その火力装
 備は満州及び上海事変の当時に比べて著しく増加してゐる事は明瞭
 であつて、決して軽視する事は出来ない。
  その第三は訓練の向上及び戦闘力の増加であつて、仲々侮り難い
 進歩を示してゐるのである。蒋介石は殊に軍官学校、航空学校、砲
 兵学校軍事諸学校の訓練に重点を置き、専ら幹部の養成に努めてゐ
 るので其の将校の能力も年を追つて進歩して居る。

 之を要するに現在の支那軍は対日国防力の強化を目指しその
抗日意識を利用しつつ、あらゆる改善に努力してゐるから往年
の支那軍を見た眼を以つて、直ちに今日の支那軍の戦術力を判
断する事は危険である。 (七月二十七日放送)