二九  日本の酒と欧米の酒   前田不二三

 酒の性質は、各人種に依つて異なつてゐる。各人種は皆自分に適した酒を拵へてゐる。その土地の産物、気候、人種の趣味及び体質等は、皆酒の性質を決定させる条件である。だから日本の酒は、即ち日本の国土の産物、気候、日本人の趣味及び日本人の体質に適合して出来たものであるから、日本人は日本酒を飲むべくして、他の酒を日常の飲料として用ひてはならぬ。然るに日本人は、何も考へずに日本酒は下等なものであるかの如く思つて、おそろしい高価な外国の酒を飲むやうになつたことは、実に悲しむべきことである。
 日本の酒と欧米の酒とは、大に異なつてゐる。その性質が根本的に違ふ。日本の酒は食前に適するが、欧米の酒は食後に飲むに適する。欧米の酒は冷で飲むに適するが、日本の酒は温めて飲むに適する。日本の酒は塩からい物で飲むに適するが、欧米の酒は塩からい物で飲むと大にまづい。日本の酒は小いものでちびりちびり飲むに適するが、欧米の酒の多くは大口に飲むに適する。尤もリキウ、キユラサウ等のものは、小口に飲むのであるが、それでも西洋人はキユツと引掛けに飲む。日本の酒は木の樽に置くがよく、西洋の酒は瓶に入れて置かなければいけない。斯ういふやうに、日本の酒と欧米の酒とは異なつてゐる。それであるから西洋の酒を飲むといふことは、即ち日本趣味を失つて、西洋趣味を養ふことになるのである。