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明治時代
第一二二代 明 治 天 皇 ( 637詔)
孝明天皇に御諡號を上り給ふの宣命(慶應三年二月十六日)
毛利敬親・島津久光父子に下し給へる討幕の密勅(慶應三年十月十四日)
王政復古の詔(慶應三年十二月九日)
王政復古の大號令(慶應三年十二月九日)
大神宮に御首服(御元服)を奉告し給ふの宣命(明治元年正月三日)
開國の詔(明治元年正月十日)
天皇の稱を用ゐるの國書(明治元年正月十日)
開國の御沙汰書(明治元年正月十五日)
御親征内治外交の詔(明治元年二月二十八日)
五箇條の御誓文(明治元年三月十四日)
五事の誓に際し天神地祇を祭り給へる御祭文(明治元年三月十四日)
國威宣布の宸翰(明治元年三月十四日)
毛利敬親に下し給へる御沙汰(明治元年六月二日)
救荒の勅語(明治元年六月二十二日)
東征軍慰勞の御沙汰(明治元年六月二十七日)
江戸を改めて東京と稱するの詔(明治元年七月十七日)
奥羽に下し給へる勅語(明治元年八月七日)
大神宮に即位を奉告し給ふの宣命(明治元年八月二十一日)
神武天皇御陵に即位を奉告し給ふの宣言(明治元年八月二十二日)
即位の宣命(明治元年八月二十七日)
明治改元の詔(明治元年九月八日)
故藤原藤房を追賞し給ふの勅宣(明治元年九月二十二日)
東京に遷都し正議直諫を求め給ふの詔(明治元年十月十七日)
祭政一致の道を復し氷川神社を親察し給ふの詔(明治元年十月十七日)
征東大總督熾仁親王に下されし御沙汰(明治元年十一月二日)
故大石良雄等を追賞し給ふの勅宣(明治元年十一月五日)
奥羽追討越後口總督嘉彰親王に下されし御沙汰(明治元年十一月七日)
松平容保等寛典の詔(明治元年十二月七日)
政治始の勅語(明治二年一月四日)
毛利元就に社號宣下の勅宣(明治二年二月二日)
島津久光を徴し給ふの勅語(明治二年二月十一日)
毛利敬親を徴し給ふの勅語(明治二年二月十一日)
會議親裁の勅語(明治二年二月二十五日)
故毛利元就に豐榮神の神號を贈り給ふの策命(明治二年三月三日)
三條實美を修史總裁に任じ給ふの御沙汰(明治二年四月四日)
國是諮詢の勅語(明治二年四月二十日)
有司公選の勅語(明治二年五月十三日)
皇道の興隆其の他二件に關する御下問(明治二年五月二十一日)
戊辰の軍功を賞するの詔(明治二年六月二日)
鍋島直正に下されし勅語(明治二年六月四日)
英國皇族の来朝を勞ひ給ふの宣命(明治二年七月二十五日)
供御を節して救助に充てしめ給ふの勅語(明治二年八月二十五日)
贋金處分諮問の勅語(明治二年九月二日)
刑律選定の詔(明治二年九月二日)
東北鎭定の功を賞し給へる詔(明治二年九月十四日)
王政復古の功臣に賜はりたる詔(明治二年九月二十六日)
三條實美の功を質し給へる詔(明治二年九月二十六日)
岩倉具視の功を賞し給へる詔(明治二年九月二十六日)
德川慶喜等を寛宥するの勅語(明治二年九月二十八日)
大村永敏の薨去を弔し給へる勅宣(明治二年十一月十三日)
<従四位大村永敏へ賜誄 (明治 2年 11月 13日 )>
八神殿を再興し天神地祇を同殿に奉齋し給ふの宣命(明治二年十二月十七日)
八神殿に皇靈を奉齋し給ふの宣命(明治二年十二月十七日)
故三條實萬に忠成の諡を賜ふの勅宣(明治二年十二月二十七日)
小松清廉に下し給へる御沙汰(明治二年)
神靈鎭祭の詔(明治三年正月三日)
惟神の大道を宣揚し給ふの詔(明治三年正月三日)
松尾祭に奉幣し給ふの宣命(明治三年四月十二日)
欽明天皇一千三百年祭に奉幣し給ふの宣命(明治三年四月十五日)
毛利敬親に下し給へる勅語(明治三年六月七日)
弘文天皇に御諡を奉り給へる宣命(明治三年七月二十三日)
毛利敬親に下されし詔(明治三年十月二日)
文部省雇和蘭醫「ボードイン」に下し給へる勅語(明治三年十月十五日)
岩倉具視を山口・鹿兒島兩藩へ御派遣の御沙汰(明治三年十二月三日)
島津久光等に下し給へる勅語(明治三年十二月三日)
(番號外三)毛利敬親に下し給へる勅語(明治三年十二月三日)
新律綱領頒布の勅語(明治三年十二月二十日)
參議廣澤眞臣の薨去を弔し給へる勅宣(明治四年一月九日)
<正四位広沢真臣へ賜誄 (明治 4年月日闕 )>
鍋島直正の薨去を弔し給へる勅宣(明治四年一月二十三日)
<従二位鍋島直正へ賜誄 (明治 4年正月 23日 )>
廣澤參議加害者を捜索追捕せしめ給ふの勅語(明治四年二月二十五日)
祭式を古式に復し春季御祭典を奉げ給ふの宣命(明治四年二月二十八日)
東京にて大嘗祭を行ひ給ふ事を孝明天皇の御陵に奉告し給ふの宣命(明治四年四月八日)
毛利敬親の薨去を弔し給へる勅宣(明治四年四月十五日)
<従二位毛利敬親へ賜誄 (明治 4年 4月 15日 )>
伊達宗城を清國へ遣はすの勅語(明治四年五月十五日)
清國皇帝へ下されし國書(明治四年五月)
柳原前光を清國へ遣はし給ふの勅語(明治四年五月十五日)
遣清國使祭に於て下されし宣命(明治四年五月十五日)
副島種臣を魯國に遣はすの勅語(明治四年五月二十二日)
廢藩置縣の詔(明治四年七月十四日)
廢藩置縣に就き諸藩の知藩事に下されし勅語(二詔)(明治四年七月十四日)
鹿兒島・山口・佐賀・高知四藩の知藩事に下されし勅語
熊本・名古屋・德島・鳥取四藩の知藩事に下されし勅語
開拓使雇米國人「ケプロン」に下されし勅語(明治四年八月二日)
三條實美邸へ御親臨の際下されし勅語(明治四年八月十八日)
岩倉具美邸へ御親臨の際下されし勅語(明治四年八月十八日)
海陸軍律頒布の勅語(明治四年八月二十八日)
兵部大少輔及び御親兵少佐以上に下されし勅語(明治四年九月三日)
服制更正の勅諭(明治四年九月四日)
神器及び皇靈遷座の詔(明治四年九月十四日)
皇靈を神鏡と同床に奉齋し給ふの宣命(明治四年九月三十日)
文部省雇外國人に下されし勅語(三詔) (明治四年十月五日)
米國人「フルベツキ」に下し給へる勅語
獨逸國人「ミユルラ」及び「ホフマン」に下されし勅語
獨逸國人「ホルツ」に下されし勅語
工部省慮外國人に下されし勅語(三詔) (明治四年十月五日)
英國人「カーケル」に下されし勅語
英國人「プラレトン」に下されし勅語
佛國人「ウエルニ」及び「チボジー」に下されし勅語
華族の海外留學を奨勵し給ふの勅諭(明治四年十月二十二日)
條約締結諸國へ透られし全權大使渡遣の國書(明治四年十一月四日)
特命全權使臣に下し給へる勅語(明治四年十一月四日)
特命全權大使隨行理事官に下されし勅語(明治四年十一月四日)
大嘗祭の豐明節會に下されし宣命(明治四年十一月十八日)
外務省雇米國人「イペシヤインスミツ」に下されし勅語(明治四年十二月一日)
始めて新年拜賀の外國使臣に賜はりたる勅語(明治五年一月二日)
三條實美に政治委任の勅語(明治五年五月二十二日)
御西巡の時京都府の華族に下されし勅諭(明治五年六月一日)
長門國櫻山招魂場を弔し給へる勅宣(明治五年六月十二日)
薩摩國鶴ケ峯招魂場を弔し給へる勅宣(明治五年六月二十三日)
山内豐信の薨去を弔し給へる勅宣(明治五年六月二十七日)
<正二位山内豊信へ賜誄 (明治 5年 6月 27日 )>
(番號外四) 〔學制頒布被仰出書〕(明治五年八月二日)
京濱間鐵道開業式に際して下されし勅語五詔) (明治五年九月十二日)
工務省職員鐵道局長以下に下し給へる勅語
百官に下し給へる勅語
庶民に下し給へる勅語
各國公使に下し給へる勅語
横濱在留の外商に下し給へる勅語
琉球藩王冊立の詔(明治五年九月十四日)
琉球藩王尚泰に下し給へる勅語(明治五年九月十四日)
琉球藩使臣に下し給へる勅語(明治五年九月十四日)
天長節賜 [酉甫 ]の勅語(明治五年九月二十二日 新暦十一月三日)
招魂社大祭の宣命(明治五年九月二十三日)
太陽暦施行の詔(明治五年十一月九日)
徴兵令制定の勅語(明治五年十一月二十八日)
新年拜賀の各國公使に下し給へる勅語(明治六年一月二日)
新年宴會の勅語(明治六年一月五日)
紀元節賜 [酉甫 ]の勅語(明治六年一月二十九日)
陸軍少將井田譲を清國總領事に任じ給ふの國書 (明治六年二月二十三日)
清國渡遣に際し副島種臣に下されし勅詔 (明治六年三月九日)
太政官制を改正し給ふの勅語(明治六年五月二日)
改定律例に關する上論(明治六年五月十七日)
皇居造築延期に就き三條實美に下されし勅諭(明治六年五月十八日)
人民啓導に關し地方官に下されし詔(明治六年五月二十日)
島津久光を慰問し給へる詔書(明治六年五月)
地租改正法頒布の詔(明治六年七月二十八日)
澤宣嘉の薨去を弔し給へる勅語(明治六年九月三十日)
<従三位沢宣嘉ヘ賜誄 (明治 6年 9月 30日 )>
開成學校開業式臨幸の際下されし勅語(明治六年十月九日)
開成學校敎師に賜はりたる勅語(明治六年十月九日)
岩倉具視の邸に臨幸の際下し給へる勅語(明治六年十月二十日)
岩倉具視の上奏に答へ給ひし勅語(明治六年十月二十四日)
西郷隆盛等辭職に付き陸軍武官に下し給へる勅諭(明治六年十月二十五日)
近衞局に下し給へる勅語(明治六年十月二十五日)
近衞士官に下し給へる勅諭(明治六年十月二十九日)
天長節賜 [酉甫 ]の勅語(明治六年十一月三日)
三條實美邸に臨幸の際賜はりたる勅語(明治六年十二月十九日)
三條實美に賜はりたる勅語(明治六年十二月二十五日)
宮廷の用を節し軍資に充當せしめ給ふの勅語(明治七年一月二十日)
近衞歩兵笠二聯隊に軍旗御親授の勅語(明治七年二月二十三日)
紀元節賜 [酉甫 ]の勅語(明治七年二月十一日)
島津久光に下し給へる勅語(明治七年二月十三日)
嘉彰親王を佐賀征討總督に任じ給ふの勅語(明治七年二月二十八日)
佐賀縣の暴動勃發に際して下されし勅語(四詔)
近衞第二聯隊大隊長に下し給へる勅語(明治七年二月二十八日)
親軍出發に付き留守聯隊大隊長に下し給へる勅語(明治七年二月二十八日)
睦軍中將山縣有朋を征討參軍に任じ給へる勅語(明治七年三月一日)
海軍少將伊東祐麿を征討參軍に任じ給へる勅語(明治七年三月一日)
西郷從道を臺灣蕃地事務都督に任じ三條を委任し給ふの勅(明治七年四月五日)
陸軍少將谷干城を臺灣蕃地事務參軍に任じ給へる勅語(明治七年四月六日)
海軍少將赤松則良を臺灣蕃地事務參軍に任じ給へる勅語(明治七年四月六日)
陸軍幼年學校に臨幸の際敎頭へ下されし勅語(明治七年四月七日)
岩倉具視を親諭し給ふの勅諭(明治七年四月二十八日)
議院憲法頒布の詔(明治七年五月二日)
佐賀の役の戰功を賞し給へる勅語(七詔)(明治七年五月三十一日)
陸軍少將山田顯義に下されし勅語
陸軍少將野津鎭雄に下されし勅語
佐賀縣士族前山精一郎に下されし勅語
參謀渡邊陸軍少佐に下されし勅語
第四大隊長厚東陸軍少佐に下されし勅語
第十大隊長茨木陸軍少佐に下されし勅語
第十一大隊長和田陸軍少佐に下されし勅語
臺灣事件に就き大久保利通を清國へ御渡遣の勅語(明治七年八月五日)
司法省雇佛人「ボアソナアド」に下されし勅語(明治七年八月五日)
臺灣の役に諸省長官に下し給へる勅語(明治七年八月五日)
左大臣島津久光に下されし勅語(明治七年八月十六日)
招魂社大祭の祭文(明治七年十一月六日)
招魂社に佐賀の亂の官軍戰死者の靈を合祀し給へる祭文(明治七年十一月六日)
臺灣蕃地都督西郷從道に凱旋を命じ給へる勅語(明治七年十一月十二日)
臺灣より歸りたる外國人に下されし勅語(二詔)(明治七年十一月十五日)
米國人甲世爾に下されし勅語
李仙得に下されし勅語
司法省雇佛國人「ボアソナアド」に下されし勅語(明治七年十一月十九日)
柳原前光へ下されし勅語(明治七年十一月二十五日)
大久保利通の功を嘉尚し給へる勅語(明治七年十一月二十七日)
西郷從道臺灣より凱旋の時に下されし勅語(明治七年十二月二十七日)
各國使臣賀正の表を上りたる時下されし勅語(明治八年二月一日)
海軍兵學寮臨幸の際海軍士官に賜はりたる勅語(明治八年二月九日)
皇女薫子御生誕賀宴の勅語(明治八年二月二十七日)
木戸孝允の歸京を促し給へる勅諭(明治八年一月)
招魂社に臺灣役戰死者の靈を合祀し給へる祭文(明治八年二月二十二日)
清輝艦の水卸式 (進水式)に於て下されし勅語(明治八年三月五日)
開拓使雇米國人「ケプロン」に下し給へる勅語(明治八年三月二十八日)
德川昭武に臨御の際下し給へる勅語(明治八年四月四日)
勳等賞牌の典を定め給へる詔 (明治八年四月十日)
元老院・大審院を設置し地方官召集の詔(明治八年四月十四日)
第一囘地方官會議に際して下されし勅語(三詔)
開會の勅語(明治八年六月二十日)
議員に賜はりたる勅語(明治八年六月二十一日)
閉會の勅語(明治八年七月十七日)
合祀に洩れし故矢柄到の靈を招魂社に追祀せしめ給ふの祭文(明治八年七月四日)
元老院開院式の勅語(明治八年七月五日)
千島樺太交換條約批准の詔(明治八年八月二十二日)
華族會舘に臨御の際賜はりたる勅諭(三詔) (明治八年十月七日)
華族に下し給へる勅諭
三條實美・島津久光・岩倉具視等に賜はりたる勅語
華族會館發起人に賜はりたる勅語
大蔵省顧問「ウイリヤムス」に賜はりたる勅語(明治八年十月十五日)
一般華族に賜はりたる勅語(明治八年十一月十二日)
賞牌制定に就き各親王に賜はりたる勅語(明治八年十二月三十一日)
元老院開会式に際して賜はりたる勅語(明治九年一月十五日)
臺灣都督西郷從道を勳一等に叙し給へる勅語(明治九年二月二十二日)
特命全權公使柳原前光に下し給へる勅語(明治九年四月五日)
雇佛國人「ボアソナード」に下し給へる勅語(明治九年四月六日)
李仙得に下し給へる勅語(明治九年四月六日)
紙幣寮雇化學者「トーマス・アンチセル」に下し給へる勅語(明治九年四月)
木戸孝允邸に臨辛の際賜はりたる勅語(明治九年四月十四日)
大久保利通邸に臨幸の際賜はりたる勅語(明治九年四月十九日)
御巡幸中三條實美へ政治御委任の勅語(明治九年六月一日)
栃木縣招魂場御弔祭の勅語(明治九年六月五日)
憲法起草に關し熾仁親王に下し給へる勅語(明治九年九月六日)
特命全權辨理大臣黑田清隆へ下されし勅語(明治九年九月二十二日)
特命全權副辨理大臣井上馨に賜はりたる勅語(明治九年九月二十二日)
大神宮へ動章を納め給へる詔(明治九年十二月二十七日)
米國獨立百年記念博覽會の際大統領に送り給へる勅書(明治九年十二月)
地租減税の詔(明治十年一月四日)
岩倉具視へ政治御委任の勅語(明治十年一月二十四日)
御西巡の際三條太政大臣其の他に下し給へる勅語(明治十年一月二十四日)
西京神戸間鐵道開業式に際して下し給へる勅語(五詔)(明治十年二月五日)
工部の諸官員に下し給へる勅語
百官に下し給へる勅語
大阪府知事・京都府知事・兵庫縣令に下し給へる勅語
雇外國人に下し給へる勅語
居留外國人に下し給へる勅語
藤原不比等追賞の勅宣(明治十年二月十日)
武内宿禰追賞の勅宣(明治十年二月十一日)
楠木正行追賞の勅宣(明治十年二月十七日)
西南の役の勃發に際して賜はりたる勅語 (六詔 )
熾仁親王を征討總督に任じ給へる勅語(明治十年二月十九日)
山縣有朋を征討參軍に任じ給へる詔(明治十年二月十九日)
黑田清隆を征討參軍に任じ給へる詔(明治十年二月十九日)
川村純義を征討參軍に任じ給へる詔(明治十年二月十九日)
島津久光・同忠義へ下されし勅語(明治十年二月二十六日)
熾仁親王に下し給へる勅(明治十年三月七日)
大阪臨時病院に臨御の際院長に賜はりたる勅語(明治十年三月三十一日)
病中の木戸孝允に賜はりたる勅語(明治十年四月十九日)
熾仁親王に賜はりたる勅(明治十年五月十三日)
木戸孝允の薨去を弔し給ふの勅宣(明治十年五月二十八日)
<従三位木戸孝允ヘ賜誄 (明治 10年 5月 28日 )>
川路利良に下し給へる勅語 (明治十年七月三日)
「ジヨンエルカドワラター」に下し給へる勅語(明治十年七月二十四日)
東京還幸の際熾仁親王に賜はりたる勅語(明治十年七月二十五日)
西南の役從軍の屯田兵に下し給へる勅語(明治十年八月十八日)
第一同内國勸業博覽會の際下されし勅語(二詔)
開場式の勅語(明治十年八月二十一日)
閉場式の勅語(明治十年十一月三十日)
第二新選旅團兵の解隊整列式の際賜はりたる勅語(明治十年八月二十二日)
池田慶德の薨去を弔し給へる勅宣(明治十年八月)
<従二位池田慶徳ヘ賜誄 (明治 10年 8月日闕 )>
開拓使屯田兵の解隊整列式の際賜はりたる勅語(明治十年九月十八日)
西南の役凱旋諸隊に賜はりたる勅語(九詔)
別働隊第三旅團整列天覽の際下し給へる勅語(明治十年九月二十日)
宇和島出張巡査隊整列式天覽の際下し給へる勅語(明治十年十月九日)
新撰旅團整列式の際下し給へる勅語(明治十年十月三十日)
凱旋諸隊の整列式天覽の際下し給へる勅語(明治十年十一月一日)
隊付各部長に下し給へる勅語(明治十年十一月)
大隊長心得萩原貞固に下し給へる勅語(明治十年十一月七日)
各鎭臺に下し給へる勅語(明治十年十一月)
凱旋巡査隊整列式天覽の際下し給へる勅語(明治十年十一月二十六日)
諸艦隊に下し給へる勅語(明治十年十二月二十五日)
軍中惡疫流行により征討總督熾仁親王に下されし勅諭(明治十年九月二十五日)
敬仁親王御命名式の勅語(明治十年九月二十五日)
西南の役平定後諸將の戰功を賞し給へる勅語(十三詔)
黑田清隆に下し給へる勅語(明治十年十月三日)
野津鎭雄に下し給へる勅語(明治十年十月三日)
大山巌に下し給へる勅語(明治十年十月三日)
山田顯義に下し給へる勅語(明治十年十月三日)
征討總督熾仁親王に下し給へる勅語(明治十年十月十日)
山縣有朋に下し給へる勅語(明治十年十月十日)
嘉彰親王に下し給へる勅語(明治十年十月十日)
曾我柘準に下し給へる勅語(明治十年十月十日)
伊東祐麿に下し給へる勅語(明治十年十月十日)
大島義昌に下し給へる勅語(明治十年十月十日)
高島鞆之助に下し給へる勅語(明治十年十月十五日)
三好重臣に下し給へる勅語(明治十年十一月一日)
谷干城に下し給へる勅語(明治十年十一月一日)
學習院開業式臨御の際下されし勅語(明治十年十月十七日)
西南の役其他の論功行賞に關する勅語(八詔)
熾仁親王を大勳位に叙し給へる勅語(明治十年十一月二日)
大久保利通に下し給へる勅語(明治十年十一月二日)
山縣有朋を勳一等に賞し給へる勅語(明治十年十一月二日)
大隅重信を勳一等に叙し給へる勅語(明治十年十一月二日)
大木喬任を動一等に叙し給へる勅語(明治十年十一月二日)
寺島宗則を勳一等に叙し給へる勅語(明治十年十一月二日)
伊藤博文を勳一等に叙し給へる勅語(明治十年十一月二日)
河野敏鎌に下し給へる勅語(明治十年十一月八日)
元老院雇米國人「ヴエルベツキ」に下し給へる勅語(明治十年十一月九日)
駒場農學校開校式の際下されし勅語(明治十一年一月二十四日)
「マツクブライド」等に下し給へる勅語(明治十一年一月二十四日)
第二囘地方官會議閉院式の勅語(明治十一年四月十日)
大久保利通の薨去を弔し給へる勅宣(明治十一年五月十五日)
<内務卿大久保利通ヘ賜誄 (明治 11年 5月 15日 )>
大久保利通薨去に付き各地方官に下されし勅語(明治十一年五月十五日)
陸軍士官學校開業式に臨幸の際下されし勅語(明治十一年六月十日)
工部大學校開業式に臨幸の際下されし勅語(明治十一年七月十五日)
巡幸中の庶政を三條實美に御委任の勅(明治十一年八月二十八日)
利用厚生の勅語(明治十二年三月)
琉球藩を靡止するの勅諭(明治十二年三月八日)
大原重德の薨去を弔し給へる勅語(明治十二年四月四日)
<従二位大原重徳ヘ賜誄 (明治 12年 4月 4日 )>
東京大學醫學部開業式に臨御の際賜はりたる勅語(明治十二年四月二十二日)
招魂社を靖国神社と改稱し給へる御祭文(明治十二年六月二十五日)
上野公園に臨幸東京府民に下し給へる勅語(明治十二年八月二十五日)
近衞射的場開場式に際して下されし勅語(明治十二年九月二十日)
海軍兵學校へ臨御の際賜はりたる勅語(二詔)(明治十二年十二月二十五日)
生徒に賜はりたる勅語
列席の各艦長に賜はりたる勅語
聖旨、敎學大旨(明治十二年)
各地方長官に下し拾へる勅語(明治十三年二月二十七日)
陸軍省雇外人佛國人「ミユニエ」に下されし勅語(明治十三年五月五日)
陸軍省雇外人「シヤルベー」以下四名に下されし勅語(明治十三年五月五日)
財政緊縮に就て下されし勅語(明治十三年五月)
巡幸中の庶政を熾仁親王に御委任し給ふの勅(明治十三年六月十五日)
米國前大統領グラントに賜はりし勅語(明治十三年七月四日)
楠木正成に正一位を追贈し給へる策命(明治十三年七月二十日)
野津鎭雄の薨去を弔し給へる勅宣(明治十三年七月二十五日)
<陸軍中将野津鎮雄ヘ賜誄 (明治 13年 7月 25日 )>
紀元節賜 [酉甫 ]の勅語(明治十四年二月十一日)
第二同内國勸業博覽會開場式の勅語(明治十四年三月一日)
學習院行幸の際下し給へる勅語(明治十四年四月十五日)
第二囘内國勸業博覽會開場式の勅語(明治十四年六月十日)
巡幸中の庶政を三條實美に御委任し給ふの勅(明治十四年七月二十九日)
國會開設の勅諭(明治十四年十月十二日)
大臣・參議及び各省の卿等に下されし勅語(明治十四年十月十三日)
海軍兵學校卒業式臨御の際下し給へる勅語(明治十四年十一月十九日)
各地方官へ下されし勅語(明治十四年十二月八日)
陸海軍軍人に下し給へる勅諭(明治十五年一月四日)
學制に關する勅諭(明治十五年二月二十一日)
立憲制度調査の爲め伊藤博文を歐州に派遣し給ふの勅語(明治十五年三月三日)
博物館開場式に臨幸して賜はりたる勅語(明治十五年三月二十日)
朝鮮壬午の變に際し陸軍少將高島鞆之助に下し給へる勅語(明治十五年七月)
朝鮮壬午の變に於ける花房義質の功を嘉尚し給へる勅語(明治十五年九月二十八日)
天長節賜 [酉甫 ]の勅語(明治十五年十一月三日)
軍備擴張に付き地方長官に下し給へる勅語(明治十五年十一月二十四日)
軍備擴張に付き三條實美に賜はりたる勅語(明治十五年十二月二十二日)
幼學綱要頒賜の勅語(明治十五年十二月)
第一囘水産博覽會褒賞授與式の勅語(明治十六年五月二十一日)
岩倉具視の薨去を弔し大政大臣を贈り給ふの勅(明治十六年七月二十日)
<前右大臣岩倉具視ヘ賜誄 (明治 16年 7月 23日 )>
德川慶勝の薨去を弔し給へる勅宣(明治十六年八月六日)
學習院に臨仰の際下し給へる勅語(明治十六年十一月二十一日)
新年宴會の勅語(明治十七年一月五日)
紀元節賜 [酉甫 ]の勅語(明治十七年二月十一日)
大山巌をして欧洲各國の兵制を視察せしめ給ふの勅(明治十七年二月十二日)
日本鐵道會社鐵道開業式の際下されし勅語(明治十七年六月二十五日)
五爵制定の詔(明治十七年七月七日)
天長節賜 [酉甫 ]の勅語(明治十七年十一月三日)
井上馨朝鮮派遣の國書(明治十七年十二月二十一日)
故岩倉具視に正一位を追贈し給ふの勅語(明治十八年七月二十日)
巡幸中の庶政を三條實美に御委任し給ふの勅語(明治十八年七月二十五日)
近衞歩兵第三聯隊に軍旗御親授の勅語(明治十八年十月二十七日)
内閣組織改定の詔(明治十八年十二月二十三日)
三條實美の辭表を容納し特に優恩を賜ふの詔(明治十九年一月十三日)
高等師範學校に臨幸の際下し給へる勅語(明治十九年五月十八日)
海防費補助金下賜の詔(明治二十年三月十四日)
島津久光の薨去を弔し給へる勅(明治二十年十二月十七日)
<前左大臣島津久光ヘ賜誄 (明治 20年 12月 17日 )>
勳章増設の詔(明治二十一年一月三日)
市町村制發布の上諭(明治二十一年四月十七日)
樞密院設置の上諭(明治二十一年四月二十八日)
皇室典範及び憲法草案諮絢の勅語(明治二十一年五月四日)
丁年以上の各親王を樞密院會議に列せしめ給ふの勅語(明治二十一年五月十八日)
三條實美を特に樞密院會議に列せしめ給ふの勅語(明治二十一年五月十八日)
近衞兵演習天覽の際下されし勅語(明治二十一年十一月二十一日)
大日本帝一國憲法及び皇室典範制定の御告文 (明治二十二年二月十一日)
大日本帝國憲法發布の勅語(明治二十二年二月十一日)
大日本帝國憲法發布の上諭(明治二十二年二月十一日)
憲法發布に依り大赦の上論(明治二十二年二月十一日)
皇室典範制定の勅語(明治二十二年二月十一日)
森有禮の薨去を弔し給へる勅宣(明治二十二年二月十四日)
黑田清隆元勳優遇の勅語(明治二十二年十一月一日)
伊藤博文元勳優遇の勅語(明治二十二年十一月一日)
皇太子冊立の詔(明治二十二年十一月三日)
皇太子嘉仁親王に壺切の御劒傳進の勅語(明治二十二年十一月三日)
金鵄勳賞創設の勅語(明治二十三年二月十一日)
貴族院令その他の施行に關する詔(明治二十三年二月十七日)
第三囘内國勸業博覽合の勅語(二詔)
開場式の勅語(明治二十三年三月二十六日)
褒賞授與式の勅語(明治二十三年七月十一日)
陸海軍聯合大演習に臨辛の際下されし勅語(明治二十三年四月二日)
琵琶湖疏水工事竣成式臨幸の際下されし勅語(明治二十三年四月九日)
呉鎭守府臨幸の際下されし勅語(明治二十三年四月二十一日)
松平慶永の薨去を弔し給へる勅宣(明治二十三年六月七日)
元老院正副議長及び各議官に賜はりたる勅語(明治二十三年九月二十五日)
第一囘帝國議會召集の勅語(明治二十三年十月九日)
近衞諸隊小機動演習に於て下されし勅語(明治二十三年十月十日)
元老院閉院の勅語(明治二十三年十月二十日)
敎育に關する勅語(明治二十三年十月三十日)
第一囘帝國議會閉院式の勅語(明治二十三年十一月二十九日)
貴族院伯爵議員補闕選擧の勅(明治二十三年十二月九日)
貴族院子爵議員補闕選擧の勅(明治二十四年二月三日)
三條實美を正一位に敍し給へる勅語(明治二十四年二月十八日)
三條實美の薨去を弔し給へる勅語(明治二十四午二月二十四日)
第一囘帝國議會閉院式の勅語(明治二十四年三月八日)
學習院臨幸の際院長に賜はりたる勅語(明治二十四年四月八日)
山縣有朋に下されし元勳優遇の勅語(明治二十四年五月六日)
露國皇太子遭難に付松方正義に下されし勅語(明治二十四年五月十一日)
貴族院男爵議員補闕選擧の勅(明治二十四年十月二十二日)
衆議院議員臨時選擧の勅(明治二十五年一月十一日)
貴族院多額納税議員補闕選擧の勅(明治二十五年一月二十七日)
伊藤博文の辭表に答へて下されし勅語(明治二十五年三月十一日)
條約改正の成局を望み給ふの勅語(明治二十五年四月)
第三囘帝國議會閉院式の勅語(明治二十五年五月六日)
第三囘帝國議會停會の勅(明治二十五年五月十六日)
憲法疑義に關する貴族院の上奏に答へ給へる勅諭(明治二十五年六月十三日)
陸軍特別大演習に際して下されし勅語(明治二十五年十月二十五日)
山田顯義の薨去を弔し給へる勅(明治二十五年十一月十六日)
第四囘帝國議會開院式の勅語(明治二十五年十一月二十九日)
伊達宗城の薨去を弔し給へる勅(明治二十五年十二月二十四日)
第四囘帝國議會停會の勅語(明治二十六年一月二十三日)
在廷の臣僚及び貴衆両院議員に告げ給へる勅語(明治二十六年二月十日)
大孝に就て土方宮内大臣に下し給へる勅語(明治二十六年二月)
第五囘帝國議會開院式の勅語(明治二十六年十一月二十八日)
衆議院の上奏に對する勅開(明治二十六年十二月二日)
衆議院の上奏に對して内閣各大臣に下し給へる勅語(明治二十六年十二月二十四日)
衆議院解散の勅語(明治二十六年十二月三十日)
第六囘帝國議會閉院式の勅語(明治二十七年五月十五日)
衆議院解散の勅語(明治二十七年六月二日)
衆議院議員臨時選擧の勅語(明治二十七年七月三十日)
清國に對する宣戰の詔(明治二十七年八月一日)
義勇兵に關する勅語(明治二十七年八月八日)
大本営御前會議に際して賜はりたる勅語(明治二十七年九月十七日)
聯合艦隊司令長官伊東祐亨に賜はりたる勅語(明治二十七年九月廿日)
臨時帝國議會を廣島に召集するの勅語(明治二十七年九月二十二日)
第七囘臨時帝國議會開院式の勅語(明治二十七年十月十八日)
第七囘臨時帝國議會閉院式の勅語(明治二十七年十月二十二日)
鴫綠江大捷の際第一軍司令官山縣有朋に下されし勅語(明治二十七年十一月八日)
旅順陥落の際第二軍司令官大山巌に下されし勅語 (明治二十七年十一月二十四日)
旅順陥落の際聯合艦隊司令長官伊東祐亨に下されし勅語(明治二十七年十一月二十八日)
山縣有朋の現職を解き特に帷幄に列せしむる勅語(明治二十七年十二月十八日)
山縣有朋元勳優遇の勅語(明治二十七年十二月二十日)
第八囘帝國議會開院式の勅語(明治二十七年十二月二十四日)
海城大捷の際第一軍司令官野津道貫に下されし勅語(明治二十七年十二月三十一日)
熾仁親王の薨去を弔し給へる勅(明治二十八年一月二十八日)
威海衞占領の際聯合艦隊司令長官伊東祐亨に下されし勅語(明治二十八年二月十七日)
第二軍司令官大山巌に下されし威海衞占領御嘉尚の勅語(明治二十八年二月十七日)
聯合艦隊司令長官伊東祐亨に下されし北洋艦隊奄滅御嘉尚の勅語(明治二十八年三月八日)
營口方面の戰捷を御嘉尚第一軍司令官野津道貫に下されし勅語(明治二十→八年三月十三日)
營口方面の戰捷を御嘉尚第二軍司令官大山巌に下されし勅語(明治二十八年三月十三日)
彰仁親王を征清大總督に任じ給ふの勅語(明治二十八年三月十六日)
財政整理に就て藏相松方正義に賜へる勅語(明治二十八年三月十七日)
講和使節李鴻章来朝の際樞密院議長黑田清隆に下されし勅語(明治二十八年三月十七日)
清國使節遭難に際し有司を戒め給ふの詔(明治二十八年三月二十五日)
第四囘内國勸業博覽會に關する勅語(二詔)
開場式の勅語(明治二十八年四月一日)
褒嘗授與式の勅語(明治二十八年七月十一日)
伊藤博文及び陸奥宗光に下されし勅語(明治二十八年四月十八日)
戰勝後國民に下し給へる勅語(明治二十八年四月二十一日)
遼東還附の詔(明治二十八年五月十日)
日清戰役後陸海軍人に賜はりし勅諭(明治二十八年五月十三日)
征清大總督彰仁親王の凱旋に際して賜はりたる勅語(明治二十八年五月二十二日)
臺灣總督樺山資紀に下し給へる勅語(明治二十八年八月三十日)
臺灣征討の功を御嘉賞北白川宮能久親王に下されし勅語(明治二十八年九月一日)
臺灣總督樺山資紀に下されし勅語(明治二十八年十月二十八日)
日清戰役後日本赤十字社に賜はりたる勅語(明治二十八年十月廿九日)
故北白川官能久親王を弔し給へる詔書(明治二十八年十一月十日)
第九囘帝國議會に關する詔勅(六詔)
召集の詔(明治二十八年十一月十四日)
開會の詔(明治二十八年十二月二十五日)
閉院式の勅語(明治二十八年十二月二十八日)
停會の詔 (明治二十九年二月十五日)
會期延長の詔(明治二十九年三月二十六日)
閉院式の勅語 (明治二十九年三月二十九日)
故有楢川宮熾仁親王一年祭勅宣(明治二十九年一月十五日)
大本營解散の勅語(明治二十九年四月一日)
伊藤博文元勳優遇の勅語(明治二十九年九月三十一日)
第十囘帝囲議會に關する詔勅(四詔)
召集の詔(明治二十九年十一月六日)
開會の詔(明治二十九年十二月二十三日)
開院式の勅語(明治二十九年十二月二十五日)
閉院式の勅語(明治三十年三月二十五日)
毛利元德の薨去を弔し給へる勅宣(明治二十九年十二月三十日)
英照皇太后葬儀費に關する御沙汰(明治三十年一月十六日)
英照皇太后の御大喪に丁り各地方慈惠救濟の勅語(明治三十年一月卅一日)
臺灣總督乃木希典に下し給へる勅語(明治三十年八月二日)
後藤象二郎の薨去を弔し給へる勅宣 (明治三十年八月四日)
第十一囘帝國議會に關する詔勅(五詔)
召集の詔 (明治三十年十一月九日)
開會の詔(明治三十年十二月二十一日)
閉院式の勅語(明治三十年十二月二十四日)
衆議院解散の詔(明治三十年十二月二十五日)
貴族院停會の詔(明治三十年十二月二十五日)
島津忠義の薨去を弔し給へる勅(明治三十一年一月八日)
松方正義元勳優遇の勅語(明治三十一年一月十二日)
元帥府を設け給へる勅語(明治三十一年一月十九日)
衆議院議員臨時選擧の詔(明治三十一年一月十九日)
近衞忠煕の薨去を弔し給へる勅(明治三十一年三月二十一日)
米西戰爭局外中立の詔(明治三十一年四月三十日)
第十二囘帝國議會閉院式の勅語(明治三十一年五月十九日)
第十二囘帝國議會停合の詔(明治三十一年六月七日)
衆議院解散の詔(明治三十一年六月十日)
伊藤博文元勳優遇の勅語(明治三十一年六月三十日)
衆議院議員臨時選擧の詔(明治三十一年七月七日)
第十參囘帝國議會に關する詔勅(五詔)
召集の詔(明治三十一年九月二十七日)
開會の詔(明治三十一年十一月三十日)
開院式の勅語(明治三十一年十二月三日)
會期延長の詔(明治三十二年二月二十八日)
閉院式の勅語(明治三十二年三月十日)
攝河泉陸軍大演習の際各將校に下されし勅語(明治三十一年十一月十七日)
改訂新條約實施に付き下し給へる詔(明治三十二年六月三十日)
第十四囘帝國議會に關する詔勅(五詔)
召集の詔(明治三十二年十月三日)
開會の詔(明治三十二年十一月二十日)
閉院式の勅語(明治三十二年十一月二十二日)
會期延長の詔(明治三十三年二月十八日)
閉院式の勅語(明治三十三年二月二十四日)
條約改正完成に付き賜宴の勅語(明治三十二年十月二十八日)
黑田清隆の薨去を弔し給へる勅(明治三十三年八月二十五日)
山縣有朋元勳優遇の勅(明治三十三年十月十九日)
松方正義元勳優遇の勅(明治三十三年十月十九日)
故德川光圀贈位追陞の勅詔(明治三十三年十一月十六日)
第十五囘帝國議會開院式の勅詔(明治三十三年十二月二十五日)
第十五囘帝國議會に於て貴族院議員に下されし勅詔(明治三十四年三月十二日)
伊藤博文元勳優遇の勅(明治三十四年五月十日)
北清事變戡靖に際し陸海軍人に下し給へる勅語(明治卅四年七月十三日)
第十六囘帝國議會に關する詔勅 (四詔)
召集の詔 (明治三十四年十月二十五日)
開會の詔 (明治三十四年十二月七日)
開院式の勅語(明治三十四年十二月十日)
閉院式の勅語(明治三十五年三月十日)
日英協約成立に就き海軍大臣山本權兵衞等に下されし勅語(明治三十五年三月四日)
西郷從道の秦去を弔し給へる勅(明治三十五年七月二十二日)
第十七囘帝國議會に關する詔勅(七詔)
召集の詔(明治三十五年十月二十四日)
開會の詔(明治三十五年十二月八日)
開院式の勅語(明治三十五年十二月九日)
停會の詔(明治三十五年十二月十六日)
再停會の詔(明治三十五年十二月二十日)
衆議院解散の詔(明治三十五年十二月二十八日)
貴族院停會の詔(明治三十五年十二月二十八日)
小松宮彰仁親王の薨去を弔し給へる勅(明治三十六年二月二十五日)
第十八囘帝國議會に關する詔勅(七詔)
召集の詔(明治三十六年三月二十五日)
會期の詔(明治三十六年三月二十五日)
開會の詔(明治三十六年五月十一日)
閉院式の勅語(明治三十六年五月十二日)
停會の詔(明治三十六年五月二十一日)
會期延長の詔(明治三十六年五月三十一日)
閉院式の勅語(明治三十六年六月五日)
觀艦式御親閲の際下されし勅語(明治三十六年四月十日)
第五同内國勸業博覽會に際して下されし勅語(二詔)
開場式の勅語(明治三十六年四月二十日)
褒賞授與式の勅語(明治三十六年七月一日)
伊藤博文を樞密院議長に任じ給へる勅語(明治三十六年七月六日)
山縣有朋・松方正義を樞府に列せしめ給へる勅語(明治三十六年七月十三日)
第十九囘帝國議會に關する詔勅(五詔)
召集の詔(明治三十六年十月二十一日)
開會の詔(明治三十六年十二月七日)
閉院式の勅語(明治三十六年十二月十日)
衆議院解散の詔(明治三十六年十二月十一日)
貴族院停會の詔(明治三十六年十二月十二日)
衆議院議員總選擧に關して下されし詔(明治三十六年十二月十二日)
近衞篤麿の薨去を弔し給へる勅(明治三十七年一月二日)
露國との國交断絶に當り陸海軍大臣に賜はりたる勅語(明治三十七年二月五日)
露國に対する宣戰の詔書(明治三十七年二月十日)
仁川大捷の際第四戰隊司令官瓜生外吉に下されし勅語(明治三十七年二月十日)
第一次旅順攻撃の際聯合艦隊司令長官東郷平八郎に下されし勅語(明治三十七年二月十二日)
井上馨を樞府に列せしめ給ふの勅語(明治三十七年二月十八日)
第二次旅順攻撃驅逐隊司令長井群吉に下されし勅語(明治三十七年二月二十日)
第一次旅順閉塞の際聯合艦隊司令長官東郷平八郎に下されし勅語(明治三十七年二月二十八日)
聯合艦隊司令長官東郷平八郎に下されし旅順口封鎖を嘉尚し給ふの勅語(明治三十七年三月十三日)
第二十囘帝國議會開院式の勅語(明治三十七年三月二十日)
第二次旅順閉塞の際聯合艦隊司令長官東郷平八郎に下されし勅語(明治三十七年三月二十九日)
鴨綠江大捷の際第一軍司令官黑木為 [木貞 ]に下されし勅語(明治三十七年五月二日)
第三次旅順閉塞の際聯合艦隊司令長官東郷平八郎に下されし勅語(明治三十七年五月七日)
金州南山大捷の際第二軍司令官奥保鞏に下されし勅語(明治三十七年五月二十九日)
得利寺大捷の際第二軍司令官奥保鞏に下されし勅語(明治三十七年六月十七日)
旅順港外海戰後聯合艦隊司令長官東郷平八郎に下されし勅語(明治三十七年六月二十六日)
分水嶺大捷の際第十師團長川村景明に下されし勅語(明治三十七年六月三十日)
東京帝國大學行幸の際文部大臣久保田讓に下されし御沙汰(明治三十七年七月十一日)
摩天嶺大捷の際第二師團長西寛二郎に下されし勅語(明治三十七年七月十九日)
細河沿大捷の際第十二師團長井上光に下されし勅語(明治三十七年七月二十三日)
大石橋大捷の際第二軍司令官奥保鞏に下されし勅語(明治三十七年七月三十日)
楡樹林子大捷の際第一軍司令官黑木馬 [木貞 ]に下されし勅語(明治三十七年八月六日)
聯合艦隊司令長官東郷平八郎に下し旅順口沖の戰功を嘉尚し給へる勅語(明治三十七年八月十二日)
浦鹽建艦隊?破の際第二艦隊司令長官上村彦之丞に下されし勅語(明治三十七年八月十五日)
遼暢戰に際し滿洲軍總司令官大山巌に下されし勅語(明治三十七年九月一日)
滿洲軍總司令官大山巌に下し遼陽占領を嘉尚し給ふの勅語(明治三十七年九月六日)
内閣總理大臣桂太郎に下し給へる勅語(明治三十七年十月十日)
沙河大捷の際滿洲軍總司令官大山巌に下されし勅語(明治三十七年十月十六日)
天長節賜 [酉甫 ]の勅語(明治三十七年十一月三日)
第二十一囘帝國議會開院式の勅語(明治三十七年十一月三十日)
水雷攻撃に關蘭し聯合艦隊司令長官東郷平八郎に下されし勅語(明治三十七年十二月二十三日)
旅順陥落の際乃木希典及び東郷平八郎に下されし勅語(明治三十八年一月六日)
黑溝臺の戰後満洲軍總司令官大山巌に下されし勅語(明治三十八年一月三十日)
奉天包圍の際滿洲軍總司令官大山巌に下されし勅語(明治三十八年三月八日)
鴨綠江軍に下されし勅語(明治三十八年三月十三日)
奉天占領の時満洲軍總司令官大山巌に下されし勅語(明治三十八年三月十三日)
日本海海戰大捷に付き東郷平八郎に下し給へる勅語(明治三十八年五月三十日)
同じき日帝國海軍に下し給へる勅語(明治三十八年五月三十日)
講和全權委員小村壽大郎に賜はりたる勅語(明治三十八年七月六日)
樺太占領の時北遣艦隊司令長官原口兼濟に下されし勅語(明治三十八年八月三日)
沈艦引揚委員長新井有貫に下されし勅語(明治三十八年八月十一日)
「ノーニル」へ下されし勅語(明治三十八年十月十五日)
講和全權委員小村壽太郎に下し給へる勅語(明治三十八年十月十六日)
平和克復の詔(明治三十八年十月十六日)
平和克復後陸海軍人に下し給へる勅語(明治三十八年十月十六日)
沈艦引揚に關し柴山矢八に下されし勅語(明治三十八年十月十九日)
聯合艦隊凱旋の際東郷平八郎に下されし勅語(明治三十八年十月廿二日)
凱旋大觀艦式に臨幸の際下し給へる勅語(明治三十八年十月二十三日)
第二十二囘帝國議會に關する詔勅 (三詔 )
召集の詔(明治三十八年十一月十二日)
開會の詔(明治三十八年十二月二十六日)
閉院式の勅語(明治三十八年十二月二十八日)
韓國特派全權大使伊藤博文に下し給へる勅語(明治三十八年十一月廿日)
韓國公使林權助に下し給へる勅語(明治三十八年十一月二十日)
韓國駐剳軍司令官長谷川好道に下されし勅語(明治卅八年十一月廿八日)
滿洲軍凱旋の際大山巌に下し給へる勅語(明治三十八年十二月九日)
第一軍司令官黑木為 [木貞 ]凱旋の際下されし勅語(明治三十八年十二月九日)
故本居宣長に從三位を追贈し給ふの策命(明治三十八年十二月十一日)
大本營解散の際參謀總長其の他に下されし勅語(明治三十八年十二月二十日)
第二軍司令官奥保鞏凱旋の際下されし勅語(明治三十九年一月十二日)
第三軍司令官乃木希典凱旋の際下されし勅語(明治三十九年一月十四日)
第四軍司令官野津道貫凱旋の際下されし勅語(明治三十九年一月十七日)
鴨綠江軍司令官川村景明凱旋の際下されし勅語(明治三十九年一月廿日)
日本赤十字社に下し給へる勅語(明治三十九年二月十六日)
凱旋觀兵式の際下し給へる勅語(明治三十九年四月三十日)
帝國軍人援護會に賜はりたる勅語(明治三十九年六月七日)
戰役に盡力せし諸團體に下されし御沙汰(明治三十九年七月十七日)
兒玉源太郎の薨去を弔し給へる御沙汰(明治三十九年七月二十七日)
第二十參囘帝國議會に關する詔勅(三詔)
召集の詔 (明治三十九年十一月十四日)
開會の詔 (明治三十九年十二月二十六日)
閉院式の勅語(明治三十九年十二月二十八日)
皇室典範增補の詔書(明治四十年二月十一日)
皇室典範增補の御告文(明治四十年二月十一日)
帝室制度調査局總裁伊藤博文に下されし勅語(明治四十年二月十一日)
帝室制度調査局副總裁伊東巳代治に下されし勅語(明治四十年二月十一日)
平和會議委員都筑馨六に下されし勅語(明治四十年四月十九日)
眞宗本願寺派管長大谷光瑞に下し給へる勅語(明治四十年五月十三日)
韓國統監伊藤博文に下されし勅語(明治四十年八月二十日)
皇太子殿下韓國行啓の際伊藤博文に下されし勅語(明治四十年十一月九日)
第二十四囘帝國議會に關する詔勅(三詔)
召集の詔書(明治四十年十一月十一日)
開會の詔書(明治四十年十二月二十五日)
開院式の勅語(明治四十年十二月二十八日)
陸軍大演習に行幸將兵等に下されし勅語(明治四十年十一月十八日)
戊申詔書(明治四十一年十月十三日)
米國大西洋艦隊司令長官「スペリー」に下されし勅語(明治四十一年十月二十日)
米國大統領に囘電し給へる勅語(明治四十一年十月二十七日)
第二十五囘帝國議會に關する詔勅(三詔)
召集の詔書(明治四十一年十一月七日)
開會の詔書(明治四十一年十二月二十四日)
閉院式の勅語(明治四十一年十二月二十五日)
陸軍特別大演習の際下されし勅語(明治四十一年十一月三日)
觀艦式に際して下されし勅語(明治四十一年十一月十八日)
宮内官吏に下し給へる勅諭(明治四十一年十二月十八日)
韓國統監解職に際し伊藤博文に下されし勅語(明治四十二年六月十四日)
田中光顯に下されし勅語(明治四十二年六月十六日)
嵯峨實愛の薨去を弔し給へる御沙汰(明治四十二年十月二十四日)
伊藤博文の薨去を弔し給へる勅語(明治四十二年十一月二日)
第二十六囘帝國議會に關する詔勅(三詔)
召集の詔書(明治四十二年十一月八日)
開會の詔書(明治四十二年十二月二十二日)
閉院式の勅語(明治四十二年十二月二十四日)
佐々木高行の薨去を弔し給へる御沙汰(明治四十三年三月六日)
岩倉具視の薨去を弔し給へる御沙汰(明治四十三年四月五日)
德川昭武の薨去を弔し給へる御沙汰(明治四十三年七月十一日)
韓國併合に付き下し給へる詔書(明治四十三年八月二十九日)
李王冊立の詔書(明治四十三年八月二十九日)
李 [土岡 ]・李 [喜 /火 ]優遇の詔書(明治四十三年八月二十九日)
朝鮮に下し給へる大赦減租の詔書(明治四十三年八月二十九日)
宗秩寮設置に付き華族に下し給へる勅語(明治四十三年八月三十一日)
第二十七囘帝國議會に關する詔勅 (三詔)
召集の詔書(明治四十三年十一月五日)
開會の詔書(明治四十三年十二月二十日)
開院式の勅語(明治四十三年十二月二十三日)
施療濟世に就き内閣總理大臣桂太郎に下されし勅語(明治四十四年二月十一日)
伊土交戰に対する局外中立宣言の詔書(明治四十四年十月三日)
第二十八囘帝國議會に關する詔勅(三詔)
召集の詔書(明治四十四年十一月十日)
開會の詔書(明治四十四年十二月二十五日)
閉院式の勅語(明治四十四年十二月二十七日)
大正時代
第三二代 大 正 天 皇 ( 70詔)
大正改元の詔書(明治四十五年七月三十日)
御踐祚御朝見の御儀に於て下されし勅語(大正元年七月三十一日)
陸海軍人に下し給へる勅諭(大正元年七月三十一日)
貞愛親王及び威仁親王に賜はりたる勅語(大正元年八月十三日)
山縣有朋外各元老に下し給へる勅語(大正元年八月十三日)
内閣總理大臣西園寺公望に下し給へる勅語(大正元年八月十三日)
第二十九同臨時帝國議會開院式の勅語(大正元年八月二十三日)
明治天皇御斂葬の御誄(大正元年九月十三日)
<明治天皇斂葬ノ御誄 (大正元年 9月 13日 )>
恩赦の詔書(大正元年九月十三日)
慈惠救恤の勅語(大正元年九月十三日)
内大臣兼侍從長桂太郎に下し給へる勅語(大正元年十二月十七日)
伏見宮貞愛親王に賜はりたる御沙汰(大正元年十二月二十一日)
西園寺公望に下されし勅語(大正元年十二月二十一日)
海軍大臣齋藤實に下されし勅語(大正元年十二月二十一日)
第三十囘帝國議會閉院式の勅語(大正元年十二月二十七日)
時局収拾の爲め西園寺公望に下し給へる勅語(大正二年二月九日)
桂太郎元勳優遇の勅語(大正二年二月二十二日)
有栖川宮威仁親王の薨去を給し姶へる御誄(大正二年七月十五日)
桂太郎の薨去を弔し給へる御誄(大正二年十月十八日)
德川慶喜の薨去を弔し給へる勅語(大正二年十一月二十九日)
第三十一囘帝國議會閉院式の勅語(大正二年十二月二十六日)
第三十二同臨時帝國議會閉院式の勅語(大正三年五月五日)
昭憲皇太后御斂葬の御誄(大正三年五月二十四日)
<昭憲皇太后斂葬ノ御誄 (大正 3年 5月 24日 )>
第三十三囘帝國議會開院式の勅語(大正三年六月二十三日)
獨逸國に對する宣戰の詔書(大正三年八月二十三日)
第三十四同臨時帝國議會開院式の勅語 (大正三年九月四日)
在郷軍人に下し給へる勅語(大正三年十一月三日)
青島陥落の時陸海軍に下し給へる勅語(大正三年十一月七日)
第三十五囘帝國議會開院式の勅語(大正三年十二月七日)
第三十六囘帝國議會開院式の勅語(大正四年五月二十日)
井上馨の薨去を弔し給へる御誄(大正四年九月六日)
即位禮當日紫宸殿の御儀に於て下されし勅語(大正四年十一月十日)
恩赦の詔書(大正四年十一月十日)
第三十七囘帝國議會開院式の勅語(大正四年十二月一日)
敎育に關する御沙汰(大正四年十二月十日)
内閣總理大臣大隈重信の辭職に際して下されし御沙汰(大正五年十月九日)
皇太子冊立の詔書(大正五年十一月三日)
皇太子裕仁親王に壺切の御劔傳進の勅語(大正五年十一月三日)
大山巌の薨去を弔し給へる御誄(大正五年十二月十六日)
第三十八囘帝國議會閉院式の勅語(大正五年十二月二十七日)
臨時外交調査會官制公布の上論(大正六年六月五日)
第三十九囘帝國議會開院式の勅語(大正六年六月二十三日)
臨時敎育合議官制公布の上論(大正六年九月二十一日)
第四十囘帝國議會開院式の勅語(大正六年十二月二十七日)
皇室典範增補の勅語(大正七年十一月二十八日)
第四十一囘帝國議會閉院式の勅語(大正七年十二月二十七日)
朝鮮總督府官制改正の詔書(大正八年八月十九日)
寺内正毅の薨去を弔し給へる御沙汰(大正八年十一月七日)
第四十二囘帝國議會開院式の勅語(大正八年十二月二十六日)
世界大戰に關する平和克復の詔書(大正九年一月十日)
平和克復に際し陸海軍人に下し給へる勅語(大正九年一月十日)
第四十三囘帝國議會開院式の勅語(大正九年七月一日)
<全国青年団ヘ東宮令旨 (大正 9年 11月 22日 )>
第四十四囘帝國議會開院式の勅語(大正九年十二月二十七日)
王世子系嗣に殿下の敬稱を用ゐしめ給ふの詔書(大正十年八月十八日)
<東宮御詞 (大正 10年 9月 3日 )>
鐵道五十年祝典に際して下されし勅語(大正十年十月十四日)
(攝政御名)攝政を置くの詔書(大正十年十一月二十五日)
<摂政就任ノ東宮令旨 (大正 10年 11月 26日 )>
第四十五囘帝國議會開院式の勅語(大正十年十二月二十六日)
大隈重信の薨去を弔し給ふの御誄(大正十一年一月)
山縣有朋の薨去を弔し給ふの御誄(大正十一年二月九日)
學制頒布五十周年に際し下し給へる勅語(大正十一年十月三十日)
第四十六囘帝國議會閉院式の勅語(大正十一年十二月二十七日)
(攝政御名)皇都復興に關する詔書(大正十二年九月十二日)
(攝政御名)國民精神作興に關する詔書(大正十二年十一月十日)
第四十七囘臨時帝國議會閉院式の勅語(大正十二年十二月十一日)
第四十八囘帝國議會開院式の勅語(大正十二年十二月二十七日)
(攝政御名)東宮御成婚に付き減刑を行ふの詔書(大正十三年一月二十六日)
第四十九囘臨時帝國議會開院式の勅語(大正十三年六月二十八日)
第五十囘帝國議會開院式の勅語(大正十三年十二月二十六日)
第五十一囘帝國議會開院式の勅語(大正十四年十二月二十六日)
(攝政御名)長慶天皇御在位に關する詔書(大正十五年十月二十一日)
昭和時代
第一二四代 昭 和 天 皇
攝政就任の令旨(大正十年十一月二十六日)
昭和改元の詔書(大正十五年十二月二十五日)
第五十二囘帝國議會閉院式の勅語(昭和元年十二月二十六日)
御踐祚後朝見の御儀に於て下されし勅語(昭和元年十二月二十八日)
閑院宮載仁親王に下されし勅語(昭和元年十二月二十八日)
西園寺公望に下されし勅語(昭和元年十二月二十八日)
内閣總理大臣若槻禮次郎に下されし勅語(昭和元年十二月二十八日)
陸海軍人に下されし勅諭(昭和元年十二月二十八日)
大正天皇御斂葬の御誄(昭和二年二月七日)
<大正天皇斂葬ノ御誄 (昭和 2年 2月 7日 )>
恩赦の詔書(昭和二年二月七日)
大喪に就き慈惠救濟の勅語(昭和二年二月七日)
明治節制定の詔書(昭和二年三月三日)
第五十三囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和二年五月四日)
第五十四囘帝國議會開院式の勅語(昭和二年十二月二十六日)
第五十五何臨時帝國議會開院式の勅語(昭和三年四月二十三日)
陪審法施行に際して賜はりたる勅語(昭和三年十月一日)
御即位禮當日紫宸殿の御儀に於て下されし勅語(昭和三年十一月十日)
恩赦の詔書(昭和三年十一月十日)
養老賑恤の御沙汰(昭和三年十一月十日)
大饗第一日の御儀に於て下されし勅語(昭和三年十一月十六日)
大禮觀兵式の際下されし勅語(昭和三年十二月二日)
在郷軍人に下されし勅語(昭和三年十二月三日)
敎育振興に關する御沙汰(昭和三年十二月十日)
東京市大禮奉祝會行幸の際下し給へる勅語(昭和三年十二月十三日)
第五十六囘帝國議會開院式の勅語(昭和三年十二月二十六日)
<久邇宮邦彦王へ賜誄 (昭和 4年 2月 2日 )>
<伯爵後藤新平へ御沙汰 (昭和 4年 4月 15日 )>
<男爵田中義一へ御沙汰 (昭和 4年 10月 3日 )>
第五十七囘帝國議會開院式の勅語(昭和四年十二月二十六日)
皇都復興に關して下されし勅語(昭和五年三月二十六日)
第五十八囘臨時帝國議會閉院式の勅語(昭和五年四月二十三日)
ロンドン海軍會議全權に下し給へる勅語(昭和五年六月二十日)
第五十九囘帝國議會開院式の勅語(昭和五年十二月二十六日)
<浜口雄幸へ御沙汰 (昭和 6年 8月 28日 )>
敎育者に下し給へる勅語(昭和六年十月三十日)
<子爵渋沢栄一へ御沙汰 (昭和 6年 11月 14日 )>
第六十囘帝國議會開院式の勅語(昭和六年十二月二十六日)
<軍人勅諭五十年記念日ニ於ケル勅語 (昭和 7年 1月 4日
)>
滿洲事變に際し關東軍に下し給へる勅語(昭和七年一月八日)
<紀元節ノ祝宴ニ於ケル勅語 (昭和 7年 2月 11日 )>
<上海派遣軍将兵へ勅語 (昭和 7年 3月 16日 )>
第六十一囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和七年三月二十日)
<第六十一臨時帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 7年 3月 24日 )>
<天長節ノ祝宴ニ於ケル勅語 (昭和 7年 4月 29日 )>
<犬養毅へ賜誄 (昭和 7年 5月 18日>
<男爵白川義則へ勅語 (昭和 7年 5月 23日 )>
第六十二囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和七年六月一日)
<第六十二臨時帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 7年 6月 15日
)>
<第三艦隊司令長官野村吉三郎へ勅語 (昭和 7年 6月 24日
)>
第六十三囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和七年八月二十三日)
<第六十三臨時帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 7年 9月 5日 )>
<男爵本庄繁へ勅語 (昭和 7年 9月 8日 )>
<陸軍特別大演習参加将卒へ勅語 (昭和 7年 11月 13日 )>
徴兵令施行六十周年に際して下されし勅語(昭和七年十一月二十八日)
第六十四囘帝國議會開院式の勅語(昭和七年十二月二十六日)
國際聯盟脱退に關する詔書(昭和八年三月二十七日)
<男爵武藤信義へ御沙汰 (昭和 8年 8月 6日 )>
<子爵上原勇作へ御沙汰 (昭和 8年 11月 11日 )>
<伯爵山本権兵衛へ賜誄 (昭和 8年 12月 11日 )>
第六十五囘帝國議會開院式の勅語(昭和八年十二月二十六日)
皇太子御誕生に付き恩赦を行ふの詔書(昭和九年二月十一日)
<伯爵伊東巳代治へ御沙汰 (昭和 9年 2月 21日 )>
全國小學敎員精神作興大會に臨御して賜はりたる勅語(昭和九年四月三日)
東郷平八郎の薨去を弔し給へる御誄(昭和九年六月四日)
<侯爵東郷平八郎へ賜誄 (昭和 9年 6月 4日 )>
第六十六囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和九年十一月二十八日)
第六十七囘帝國議會開院式の勅語(昭和九年十二月二十六日)
第六十八囘帝國議會開院式の勅語(昭和十年十二月二十六日)
昭和11年
<新年ノ祝宴ニ於ケル勅語 (昭和 11年 1月 5日 )>
<紀元節ノ祝宴ニ於ケル勅語 (昭和 11年 2月 11日 )>
<子爵斉藤実へ賜誄 (昭和 11年 3月 7日 )>
<高橋是清へ賜誄 (昭和 11年 3月 7日 )>
<天長節ノ祝宴ニ於ケル勅語 (昭和 11年 4月 29日 )>
第六十九囘帝國議會開院式の勅語(昭和十一年五月四日)
<第六十九特別帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 11年 5月 27日
)>
<陸軍大演習参加将卒ヘ勅語 (昭和 11年 10月 5日 )>
<海軍大演習参加将兵ヘ勅語 (昭和 11年 10月 29日 )>
<明治節ノ祝宴ニ於ケル勅語 (昭和 11年 11月 3日 )>
<帝国在郷軍人会ヘ勅語 (昭和 11年 11月 3日 )>
帝國在郷軍人會組織の確立せらるるに當り賜はりたる勅語(昭和十一年十一月二十三日)
第七十囘帝國議會開院式の勅語(昭和十一年十二月二十六日)
昭和12年
<新年ノ祝宴ニ於ケル勅語 (昭和 12年 1月 5日 )>
<紀元節ノ祝宴ニ於ケル勅語 (昭和 12年 2月 11日 )>
<天長節ノ祝宴ニ於ケル勅語 (昭和 12年 4月 29日 )>
<神風ノ成功ニ対スル御言葉 (昭和 12年 5月 20日 )>
第七十一囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和十二年七月二十五日)
<第七十一臨時帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 12年 8月 7日
)>
第七十二同臨時帝國議會に關する詔勅(二詔)
召集の詔書(昭和十二年八月二十四日)
開院式の勅語(昭和十二年九月四日)
<第七十二臨時帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 12年 9月 8日
)>
北支及び内蒙方面に作戰せる陸軍將兵に賜はりたる勅語(昭和十二年十一月十二日)
上海方面に作戰せる陸軍將兵に賜はりたる勅語(昭和十二年十一月二十日)
聯合艦隊司令長官永野修身に賜はりたる勅語(昭和十二年十一月二十日)
支那方面艦隊司令長官長谷川清に賜はりたる勅語(昭和十二年十一月二十日)
<中支那方面ノ陸海軍諸部隊へ御言葉 (昭和 12年 12月 14日
)>
第七十三囘帝國議會開院式の勅語(昭和十二年十二月二十六日)
昭和13年
憲法發布五十年に普り恩赦を行ひ給ふの詔書(昭和十三年二月十一日)
憲法發布五十年祝賀式典に於て賜はりたる勅語(昭和十三年二月十一日)
<第七十三帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 13年 3月 27日 )>
自治制發布五十周年記念式に於て賜はりたる勅語(昭和十三年四月十七日)
<前支那方面艦隊司令長官長谷川清へ勅語 (昭和 13年 5月
5日 )>
<徐州会戦ノ将兵ヘ御言葉 (昭和 13年 5月 25日 )>
支那事變勃發一周年に當り内閣總理大臣近衞文麿に賜はりたる勅語(昭和十三年七月七日)
支那事變勃發一周年に當り陸海軍人に賜はりたる勅語(昭和十三年七月七日)
<張鼓峰事件ノ将兵へ御言葉 (昭和 13年 8月 15日 )>
軍人援護に關し總理大臣近衞文麿に賜はりたる勅語(昭和十三年十月三日)
南支作戰の戰果に對して賜はりたる御沙汰(昭和十三年十月二十四日)
武漢攻略の戰果に對して賜はりたる御沙汰(昭和十三年十月二十八日)
<前北支方面軍司令官寺内寿一へ勅語 (昭和 13年 12月 12日
)>
第七十四囘帝國議會開院式の勅語(昭和十三年十二月二十六日)
靑少年學徒に下されし勅語(昭和十四年五月-)十二日)
<全国警防団員へ同総裁・梨本宮殿下令旨 (昭和 14年 6月
26日 )>
<結核予防会へ同総裁・秩父宮妃殿下令旨 (昭和 14年 9月
20日 )>
<侯爵朴泳孝へ御沙汰 (昭和 14年 9月 28日 )>
<第十回明治神宮国民体育大会へ同総裁・秩父宮殿下令旨
(昭和 14年 10月 29日 )>
第七十五囘帝國議會開院式の勅語(昭和十四年十二月二十六日)
紀元二千六百年紀元節に下されし詔書(昭和十五年二月十一日)
紀元二千六百年紀元節に下されし恩赦の詔書(昭和十五年二月十一日)
<第三十五回陸軍記念日ニ偕行社総裁・閑院宮殿下令旨
(昭和 15年 3月 10日 )>
<海軍協会ヘ同総裁・伏見宮殿下令旨 (昭和 15年 4月 12日
)>
<紀元二千六百年奉祝東亜競技大会ヘ秩父宮殿下令旨 (昭和
15年 6月 5日 )>
<公爵徳川家達へ賜誄 (昭和 15年 6月 9日 )>
日獨伊三國條約成立に際して下されし詔書(昭和十五年九月二十七日)
<紀元二千六百年記念全国社会事業大会へ同総裁・高松宮殿下令旨
(昭和 15年 10月 10日 )>
紀元二千六百年特別觀艦式に際して賜はりたる勅語(昭和十五年十月十一日)
紀元二千六百年記念觀兵式に際して賜はりたる勅語(昭和十五年十月二十一日)
<紀元二千六百年奉祝明治神宮国民体育大会へ同総裁・秩父宮殿下令旨
(昭和 15年 10月 27日 )>
敎育勅語渙發五十年記念式典に際して下されし勅語(昭和十五年十月三十日)
<大日本防空協会ヘ同総裁・梨本宮殿下令旨 (昭和 15年
11月 8日 )>
紀元二千六百年記念式典奉行に際して下されし勅語(昭和十五年十一月十日)
西園寺公望の薨去を弔し給へる御誄(昭和十五年十二月四日)
<公爵西園寺公望へ賜誄 (昭和 15年 12月 5日 )>
第七十六囘帝國議會開院式の勅語(昭和十五年十二月二十六日)
<男爵湯浅倉平へ御沙汰 (昭和 15年 12月 26日 )>
第七十七囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和十六年十一月十六日)
米國及び英國に對する宣戰の詔書(昭和十六年十二月八日)
陸海軍に賜はりたる勅語(昭和十六年十二月八日)
布哇の偉功を嘉尚して山本五十六に下されし勅語(昭和十六年十二月十日)
南支那海の武勳を嘉尚して山本五十六に下されし勅語(昭和十六年十二月十二日)
第七十八囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和十六年十二月十六日)
第七十九囘帝國議會開院式の勅語(昭和十六年十二月二十六日)
香港攻略御嘉尚の勅語(昭和十六年十二月二十七日)
昭和 17年
新嘉坡攻略御嘉尚の勅語(昭和十七年二月十六日)
東印度諸島方面の戰果を嘉尚して下されし勅語(昭和十七年三月十日)
<第七十九帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 17年 3月 26日 )>
比律賓方面の戰果を嘉尚して下されし勅語(昭和十七年五月七日)
緬甸及印度洋方面の戰果を嘉尚して下されし勅語(昭和十七年五月十一日)
聯合艦隊航空部隊の武勳を嘉尚して下されし勅語(昭和十七年五月十二日)
金子堅太郎の薨去を弔し給へる御沙汰(昭和十七年五月十九日)
第八十囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和十七年五月二十七日)
<第八十臨時帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 17年 5月 29日 )>
<戦時下国民ノ職域精励ニ付御言葉 (昭和 17年 8月 10日 )>
學制頒布七十周年記念式典に際して下されし御沙汰(昭和十七年十月三十日)
清浦奎吾の薨去を弔し給へる御誄(昭和十七年十一月九日)
<戦時下外地民ノ職域精励、聖業翼賛ニ付御言葉 (昭和
17年 12月 18日 )>
第八十一囘帝國議會開院式の勅語(昭和十七年十二月二十六日)
昭和18年
林銑十郎の薨去を弔し給へる御沙汰(昭和十八年二月六日)
<第八十一帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 18年 3月 26日 )>
第八十二同臨時帝國議會に關する詔勅(六詔)
召集の詔書(昭和十八年六月一日)
開會の詔書(昭和十八年六月十五日)
開院式の勅語(昭和十八年六月十六日)
貴族院の奉答文に對して下されし勅語(昭和十八年六月十七日)
衆議院の奉答文に對して下されし勅語(昭和十八年六月十七日)
閉院式の勅語(昭和十八年六月十九日)
故元帥海軍大將山本五十六に賜へる御誄(昭和十八年六月四日)
<元帥海軍大将山本五十六へ賜誄 (昭和 18年 6月 5日 )>
第八十三囘臨時帝國議會に關する詔勅(五詔)
召集の詔書(昭和十八年十月十二日)
開院式の勅語 (昭和十八年十月二十六日)
貴族院の奉答文に對して下されし勅語(昭和十八年十月二十七日)
衆議院の奉答文に對して下されし勅語(昭和十八年十月二十七日)
閉院式の勅語(昭和十八年十月二十九日)
第八十四囘帝國議會召集の詔書(昭和十八年十一月九日)
聯合艦隊航空部隊の武勳を御嘉尚古賀峯一に下されし勅語(昭和十八年十一月十一日)
ギルバート方面海域の武勳を御嘉尚聯合艦隊司令長官古賀峯一に下されし勅語(昭和十八年十二月六日)
第八十四囘帝國議會開院式の勅語(昭和十八年十二月二十六日)
昭和 19年
<第八十四帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 19年 3月 25日 )>
故元帥海軍大將古賀峯一に賜へる御沙汰書(昭和十九年五月十一日)
河南作戰の偉勳を御嘉尚支那派遣軍總司令官畑俊六に下されし勅語(昭和十九年五月二十七日)
故樞密院議長男爵原嘉道に賜へる御沙汰書(昭和十九年八月十日)
戰局危急に際し地方長官に下されし御言葉(昭和十九年八月二十三日)
第八十五囘臨時帝國議會に關する詔勅(三詔)
召集の詔書(昭和十九年八月二十九日)
開會の詔書(昭和十九年九月六日)
開院式の勅語(昭和十九年九月七日)
<第八十五帝国議会閉院式ノ勅語 (昭和 19年 9月 11日 )>
<南方軍総司令官寺内寿一、聯合艦隊司令長官豊田副武、台湾軍司令官安藤利吉へ勅語
(昭和 19年 10月 21日 )>
<支那派遣軍総司令官畑俊六、支那方面艦隊司令長官近藤信竹へ勅語
(昭和 19年 11月 11日 )>
補遺詔勅集
第八十六回帝國議會開院式の勅語(昭和十九年十二月二十六日)
戰災者援護に關して鈴木首相に下し給へる勅語(昭和二十年四月十七日)
故閑院元帥宮殿下薨去を弔し給へる御誄(昭和二十年五月二十八日)
第八十七囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和二十年六月九日)
大東亜戰争終結の詔書(昭和二十年八月十四日)
戰争終結につき陸海軍人に賜はりたる勅語(昭和二十年八月十七日)
復員に際して陸海軍人に賜はりたる勅諭(昭和二十年八月二十五日)
ポツダム宣言受諾誓約履行の詔書(昭和二十年九月二日)
第八十八回臨時帝國議會開院式の勅語(昭和二十年九月四日)
第八十九回臨時帝國議會開院式の勅語(昭和二十年十一月二十七日)
復員皇族方に賜はりたる御言葉(昭和二十年十二月一日)
年頭、國運振興の詔書(昭和二十一年一月一日)
食糧難克服に關する御言葉(昭和二十一年五月二十四日)
第九十囘臨時帝國議會開院式の勅語(昭和二十一年六月二十日)
日本國憲法公布の上論(昭和二十一年十一月三日)
日本國憲法公布記念式典において下されし勅語(昭和二十一年十一月三日)
日本國憲法公布により恩赦の詔書(昭和二十一年十一月三日)
樞密院廃止に際して各員に賜わりたる勅語(昭和二十二年四月三十日)
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凡 例
一、本書は神代の神勅より、現時に至る重要詔勅二千一百餘詔を年代順に奉掲し、且つ日常携帯拜讃に便ならしむべく、特に小型本一冊に之を諾輯せるものなり。
二、原文の漢文饅又は宣命饅なるものは、何れも之を平仮名交りの和文饅に謹詳し、且つ
全文に振仮名を附して、拝領に便ならしめたり〇
三、詔文の出入・術開・盃蝕不明等のものは、夫々原本に就きて慎重に校訂し、侍ほ原典
敷種あるものは、善本を以て底本となし、傍ら他書をも校合して誤なきを期したり〇
四、同日附を以て二詔以上の詔勅を下されある場合は、時にその代表的のもののみを奉掲
して、他を省略せる場合あり。例へば第四人二詔の如きその例なり〇
五、同一の語詞にして時代により訓方相違するものは、なるべく其の昔時の訓方に準塚す
ることとせり。例へば左表の如し。