政治と文化

 私のお話しすることは、これまで他の方々のお話しになつたこととは違つて抽象的で、興味も
少く、またお解り難いことであるかも知れませんが、かやうな抽象的な閑寂について考へてみる
のも、今日重要ではないかと思ひます。
例へは嘉のことにしましても、家郷に封してどうすれば宜いかといへは、嘉人に飯を喰は
せてやるのが凡ゆる文化工作よりも大切なことであると言はれてゐます0それは尤もなことで反
封すべき理由はないのであるけれども、どうして飯を喰はせてやるかといふ問超になつてくると、
嘉の経済をどのやうに組織して背かといつた大きな問題になつて来る。さうするとその問超
は、今日に於いては思想的な間超と無関係に考へることが出来ないといふ事情にあるのでありま
す0そしてこの思想上の問題は軍に嘉だけの間遠ではなく、日本囲内に於いても問題になつて
をり、いな今日世界の凡ゆる囲に於いて問題になつてゐる重大な問題に関係するのでありまして、
徒つて一つの一般的な、抽象的な、原理的な問題に関係してくるのであります。そこでこれから
お話しすることも極めて抽象的に見えましても、段々お話ししてゆくうちに多分わかつて下さる
やうに、やはり具憶的な問題に関係してゐるのであります。
私の題としました「政治と文化」といふ問題に就いて、文化の意味を廣く取れば政治ももちろ
ん文化の一つであります。哲学者はすべての封象を自然と文化とに直分してゐるのであります。
その場合に自然に封して直別される文化の中には科挙とか、萎術とか、哲学とかいつたものはか
りでなしに、経済も、政治も、人間の凡ゆる歴史的活動が含まれてゐるのであつて、その意味で
の文化即ち自然に封して直別された文化の中には政治も含まれてゐるわけであります。この根本
的な、また一般的な意味から考へてみても、政治といふものは人間的な、文化的なものでなけれ
ばならない。畢に自然的な、動物的な力で、つまり暴力でやつてゆくのでは政治の名に催しない
‡■llミ11一−
のである。政治も廣い意味に於ける文化に属するといふことは簡畢なことであるが決して忘れら
れてはならぬ基本的なことであります。
それから哲学者はまた自然に封して歴史を直別してをります。即ち自然と歴史とはすべての封
政治と文化
一六三

                                            一六四
象を直分する二つの概念であります0かやうに直分してみますと、政治は明かに歴史の概念の中
に含まれるわけである0尤も自然にも歴史があり、自然も番展してゆく、地球のやうなものも進
化してきたのでありますし、植物や動物なども進化してゐるのであります。そこで自然にも歴史
があるとすれば、そのやうな自然の歴史に封して、普通にいふ歴史は人間の歴史のことであり、
政治はこの人間の歴史的活動の一
つである。従つて政治も歴史的なもの、歴史性を持つたもので
あると言ふことができます。文化はもちろん歴史に属してをり、歴史の一
つである。政治も文化
も同じやうに歴史に属するものであります。
 ところでこれまで歴史を見てゆく場合、その見方に於いて文化と政治とを二つの達つた立場の
やうに考へて、政治史的に歴史を見てゆくか、文化史的に歴史を見てゆくかといふことが廿世紀
の初めの頃、学問上境しい問題になつたことがあります。それは特にドイツの歴史学界に於いて
閏超になつたのでありまして、その影響を受けて日本でも今から二十年ほビ前に、歴史は政治史
書・圭一l
であるべきか、文化史であるべきかに就いて頻りに論ぜられたことがあります。この間超は文化
史の立場を主張する人々によつて提出されたもので、即ち従来の歴史はいづれも政治史的な見方
であつて、それでは本宮の歴史にはならない。歴史は文化史的に見てゆかねはならぬといふやう
に議論されたのであります。今この論争の根本に立入つて考へて見ると、そこに二つの重要な哲
塵丁的見解が含まれてゐるのであります.


       ニ
第一にそれまでの政治史的な歴史に於いては個々の政治家とか将軍とかのやうな偉人或ひは英
雄が中心となり、それらの個人が歴史を作るといつた見方でありました。即ち個人の活動に重き
を置いて歴史が書かれて来たのであります。日本歴史を見ましても、私ビもが学校で習つた歴史
は政治史的な歴史であつて、それは個々の人間、例へば織田信長とか、豊臣秀吉とか、徳川家康
        、
とかのやうな英雄を中心にした歴史であつて、それが政治史的な歴史の一つの特色であります。
き一ll,∫ぎ
かやうな見方に封して文化史的な立場は集囲主義的な見方を主張した。即ち歴史は英雄的個人の
力で作られるものではなくて、集囲の力、囲民とか、民族セか、その他一定の祀曾階級とかの集
園の力に依つて作られるものであるといふ集囲主義的な立場を取らうとしたのであります。その
場合、経済史的な見方も文化史的な立場の一つと考へられたのでありまして、経済史観、詰り経
..書手
済を基礎として歴史を見てゆくといふことも文化史的な立場の中に含まれるのであります。
政治と文化
一六五

一六六
 第二に政治史的な立場は、歴史を見るのに活動的な事件に重きを置く、朝鮮征伐とか、大阪城
                                                     ll呈
の攻略とかといふ大きな事件として現はれる活動を中心にする、歴史を活動的に、特に攣化の方
                                                                            i
面に注目して見てゆくのであります。これに反して文化史的な立場は活動でなくて弘態に、従つ
て攣化的でなくて持績的なものに重きを置く。或る一定の時代に就いてそれがどのやうな状態に
あつたかといふことを主として見てゆくのであります。個人の活動でなくて、時代の型、タイブ
・}書lI壬・11.タ111j一一.
を明かにすることが文化史的な立場の特徽だとせられるのであります。
 この二つの鮎は、歴史は政治史であるべきか文化史であるべきかといふ歴史の見方に関する論
                                                          ヽ盲
寧に於いて重要な鮎でありますが、よく考へるとこの見方の直別は賓は抽象的であつて、具憶的
、−一首、阜・illきlIき
な歴史に於いては政治史と文化史とは密接に関係し、また政治史が頚調する立場と文化史が強調
ぎ一一.き一,    −    ▲.音一,・‡き
する立場とは抽象的に分離することの出来ないものであることは明かであります。例へは西洋の
中世に於ける宗教の歴史を研究するには、その常時の教曾の歴史を研究しなけれはならない。し
かるにその常時の教昏の歴史を理解するためには、教曾の持つてゐた政治的意義を研究しなけれ
ばならず、教合の政治的意義を明かにするためには、その時代の政治史を研究しなけれはならぬ
セいふ夙に、文化史も政治史に関係してくる。また或る時代の政治史を理解するにはその常時の
経済は勿論、その他の文化の歴史を研究しなけれはならない。だから従来ビのやうな政治史も、
少くとも附録的には文化の歴史を述べてをり、どのやうな文化史も政治の歴史を附け加へて書い
てゐるので、政治と文化とは相互に繋つてゐるのであります。
 また歴史は個人が作るのか、集囲が作るのかといふ問題に就いて考へてみると、そのいづれの
見方も一面的で抽象的であると云はねばなりません。個人といつても杜脅から作られたものであ
り、然し杜脅から作られたものでありながち濁立のものであります。歴史的なものは元来、個別
ill・ヽl一.き
的であると同時に一般的なものであつて、それが物が歴史的であるといふ意味なのです。一人の
人が歴史的人物であるといふことは、その人が他の人にはない特殊なものを持つてゐるといふだ
けでなくて、その時代を代表してゐるとか、その国民なり民族なりを代表してゐるとか、或ひは
率術の一定の流派の模範であるとか、一定の哲学思想の創始者であるとかといふ風に、一般的な
意味を持つてゐるといふことであります。日本の文化が歴史的な意味を持つにはそれが日本的で
あると同時に世界的な意味を持たなければならない。畢に特殊的なものは眞に個性的なものでな
く、個性とは特殊と一般との統一をいふのであります。我々が日本的になるといふことと、世界
llI青.I
的になるといふこととは矛盾するやうであるが、かやうに矛盾するものが一つであるといふ析に
政治と文化
一六七

歴史は成立するのであります。
一六入
個人が眞の個人になることが同時に一般的な意味を持つといふ析
に歴史があるので、若しかやうなことがないとすれは凡そ歴史といふものはない。物が歴史的で
あるといふことの本質的な意味を理解しないで単に日本の特珠性を主張するやうな日本主義は意
味がないのである。今日必要なことは、すべて歴史的なものは特殊的であると同時に一般的であ
るといふ歴史の本質的な意味を具慣的に理解し、自分自身に於いて行動的に資現することであり
ます。
 更に歴史は活動的な攣化的なものであるか、状態的な持績的なものであるかといふ問題に就い
て考へてみても、そのいづれの見方も一面的で抽象的であると云はねはなりません。軍に直線的
き.
に時間的に流れてゆくだけでは歴史はない。歴史が成立するためには直線的に時間的に動いてゆ
くものが同時に囲項的に客間的に纏つてゆくといふことがなけれはならない。そこに歴史的な形
ができてくるのであつて、型とかタイブとかといふのはかやうな歴史的な形であります。徒つて
形といつても畢に静的なものでなくて、時間的であると同時に客間的であるといふやうに矛盾の
一l盲Jl▼暑ll▼
統一として考へられるのであります。歴史とは元来このやうに生成と存在、運動と辞止、時間的
と客間的といふやうな矛盾するものの統一であり、即ち縛詔法的なものであつて、それ故に歴史
は異に動くものであり、蓉展があるのであります0
 政治と文化、また政治史的な見方と文化史的な見方といはれるものは今云つたやうに抽象的に
分離することはできないのであるが、然し兎も角政治と文化とは直別して考へることができ、ま
た普通に直別されてゐる。さうして見ると政治と文化とはどのやうに関係するかといふ問題が依
然として提出されるわけである。ここでは政治の概念から出番してその間超を考へてみたいと思
ひます。政治とは何かといふことに就いては色々の意見、種々の学説があるのでありますが、最
も古くから、そして最も普通に云はれてゐるところに依ると、政治の根本概念は支配の概念であ
ります。支配といふ関係なしに政治といふものはない、かやうに考へられてゐるのでありますが、
             j
今私はこの考へを一應認めて政治と文化との関係を一般的に考へてみたいと思ひます0
先づ支配するにはカがなければならない0政治は権力の問題であるとも言はれてゐます0政治
が力であるとすれば、これに封して協力し、協力することによつて政治の力を檜すことの出来る
ってその力を強めること汎でa告文化の協力なしには政治はその支配を持績的に確保すること
                                                                                 l l ヽ ヽ
ものが色々考へられるわけであります。
文化といふものもそれであつて、政治は文化の協力を侯
が出来ないし、完全にすることが出来ないのであります0政治がカであれは文化も一つの力であ
政治と文化
一六九

∵七〇
る。政治は力であると云つても、最初に述べたやうに政治は廣い意味での文化に属すべきもので
ありますから、その支配は暴力に依るのでなく、人間的な、理性的な力に依らねばならないので

あつて、即ち政治は文化的でなけれはならず、文化的であるためには他の文化の協力を必要とす
l
るのであhリます。


        三


 然るに政治が支配であるといふことは第二に政治は技術であるといふことを意味しなければな
らない。物を支配するといふことは人間的な、理性的な活動としては技術的でなけれはならない。
                                                                               l
政治が廣い意味での文化に属する限り政治は技術であると云ふことができる。そしてかやうに技
術的な政治に封して色々の技術を提供するもの、それは文化であります。例へは法律といふもの
は政治が用ゐる直接的な技術の意味をもつてをり、政治はその他種々の文化を用ゐて支配を行ひ
ます。政治にとつて支配の技術として文化が要求されるのであります。
 然るにかやうに政治は技術であり、文化は政治に封して技術的に使はれる折からして、第三に
政治の目的に対して文化が手段になるといふ関係が生じて来るのであります。政治的支配の目的
瀾壌儀磯驚b
汀d▼濁舶
の馬めに文化が軍なる手段として使はれるといふことが起るのであります0これは種々の場合に
見られることであつて、政治家が文化を一定の政治的目的の薦めにただ手段として用ゐるのであ
ります。文化は政治的支配にとつて確かに有力な手段である0そしてそのことは文化がすべて技
術的なものであるといふことを現はしてをり、一般に技術は手段の意味を持つてゐるのでありま
す。
ところで文化が政治の畢なる手段になつてしまふと、
文化は濁自性を失つて政治に隷属する危
険が生ずるわけであります。文化が政泊の薦めに畢なる手段として用ゐられることに依つて政治
に封する文化の隷属、
文化の奴隷化といふことが生ずるのでありますが、
かやうな文化の奴隷化
の結果は文化の哀讃、
          l音lヽ音字T,
文化の破壊となり、そこで文化を利用しようとした政治にとつて却つてそ
の有力な手段となり得ないといふことに軒るのであります0即ち文化を手段として用ゐる立場か
ら考へても、政治はそのためには優秀な文化を必要とし、然るに優秀な文化を持つには政治は文
化に封してその濁自の立場を認めることが必要なわけでありよす0ともかく政治が支配であると
いふことから生じ易い結果はかやうに文化が結局軍なる手段にされてしまふといふことでありま
す。かやうな危険が現在に於いて賓際に存在するのでありまして、この時代に於いて我々は文化
政治と文化
一七一

                                             一七二
の持つてゐる濁自の意味を明かに認識してその自律性を失はないやうにしなければなりません。
文化がただ政治に隷属するのでなく、むしろ逆に文化が政治に影響を輿へて政治を文化的にする
       〜・lI一.111.1.
ことが必要であつて、それはつまり政治のカを強める所以でもあるのであります。
文化は濁自のものであると言つてももちろん政治と文化とが無関係であるといふのではなく、
文化と政治とはどこまでも相互に聯関したものであります。しかし相互に聯関してゐるといふこ
とは、両者がいつも同じ関係に立つて均衡してゐるといふことではありません。
拳術とか、科学
とか、種々の文化は相互に聯関すると言はれますが、それはこれらの文化の諸勢力がすべての時
に同じ均衡の関係にあるといふことではなくて、却つて或る時代に於いては或る文化が支配的な
位置を占め、他の時代に於いては他の文化が支配的な位置を占めるといふ風であります。歴史を
動かすカとしての文化を見ると、即ち廣い意味での文化、政治をも含めて文化といふものを歴史
      ヽ′iI、J  −  ▲llI−・1Ill一I−〜1・111.一...111.I
的に見ると、各々の時代に於いてかやうに諸文化の聯関に於ける優位の関係に攣化が認められる
のであります。
ルネサンスの歴史を書いた有名なブルツタハルービいふ歴史家は世界史を考察して、世界史の
三つの大きな力として国家、
宗教、文化を挙げてゐます。
これら三つのものは相互に制約し合ふ、
或るものは他のものの制約となり、後者はまた前者の制約となるといふ凰に相互に制約し合ふ国
家と宗教と文化といふ三つのものが世界史の大きな勢力であると、かやうに言つてゐるのであり
ますが、これら三つのものの関係を考へて見ても、
一つの時代、例へば中世の如きに於いては宗
教が支配的な位置を占め、すべてのものが宗教的色彩に彩られ、宗教に従属してゐたのでありま
   、書手−‡11・一11一一ll
す。また近世のヒューマニズムの時代に於いては文化が支配的な理念として現はれて、政治も宗
教も文化の立場から考へられてゐます0そして今日の時代の特色は政治が支配的な位置を占めて、
してまた例へば大学の理念の攣遷を見ましても、中世に於いては神学が大学の支配的な学問であ
      ヽ′l′■1..■lぎ1′
り、それから近世のヒユーマニズ土即ち人文主義の時代に於いては文化、殊に哲学が支配的な寧
 −    きII
閏であつたが今日に於いてはいはゆる政治的大挙の理念に見られるやうに政治に支配的な位置が

認められるのであります。
そこで我々はともかく現代の特赦として、文化の歴史的聯陶の内部に於ける政治の優位を承認
しなけれはなりません。この時代に軍なる文化主義を主張することは非現質的な、抽象的なこと
であります。今日の時代に於いて政治の持つてゐる優越な地位の必然性を認識しなけれはならな
凡ゆるものが政治に従属的に見られるところに存在すると云ひ得るやうに思はれます0
かやうに
政治と文化
一七三

い0この認識を離れて文化の立場を主張することは意味がないのであります。
                                                                                                                            .■r  .  −  r .Lr.Ll巨
一七四

我々は文化を重ん
ずるが、
畢なる文化主義者であるのではない0然し政治の優位を認識すればするだけ、それだけ
政治に封して文化の立場から要求を掲げ、不合理な政治に封して反撃を加へることが必要であり、

それが今日の歴史を前進させる所以である0もし政治に力がないならは、これに多くを要求し、
反撃を加へる必要などはないのである○然るに現在政治に優位があればあるだけ、我々は文化の
立場から政治を批評し、政治に文化性を輿へることに努力しなければならない。その必要は一般
的に言へは、最初に述べたやうに政治も廣い意味では文化であり、政治に於ける支配は動物的な
非合理的な力に頼るべきではないといふことから考へられるのであります。政治は支配であるに
しても、かやうに文化性を有することに依つて、畢なる支配である以上に今日よく云はれる指導
                                                           l
性を有することになる0文化的でないやうな政治は何等指導性を有し得ないのであります。ギリ
ヽ!・111一一一I‡−享・Iも1▲l一.11一一ll
シアの哲学者は政治の最も重要な任務は圃民を教育することであると考へたが、圃民を教育する
といふのは圃家が文化的な理念を有すべきこと、政治が文化的な任務を名はねはならぬことを意
味してゐます0今日に於いても政治家の最も重要な任務は国民を教育することであると思はれま
す。
ノこ・dっ
1 ∵竹ノ「1一し  lヽ
優れた政治家は何よりも自分がなさうとする政治に適した人間針作ることを考へる0
何か外か
ら持つて来た組織に人間を無理矢理に押験めるといふのは拙け政治家である0
人間をそのままに
して置いて自分の欲する組織を強制的にこれに輿へるといふのは拙い政治家のことである0新し
い組職を作らうとする政治家はその政治に適するやうに国民を改造しなけれはならない0
間を作り欒へるといふことが政治家の最も大きな仕事である0そこに我々のいふヒューマニズム
と政治との最も深い、最も根本的な結び付きが考へられるのであります0我々がヒューマニズム
といふ場合、決して畢なる文化主義を意味するのではなく、
生がヒュ
ヽflJ
先づ人
却つて我々は人間の改造、人間の再
Iマニズムの根本問題であると考へる。しかるに人間の改造とか再生とかといふことは
決して外的な力のみに依つては出来ないことであつて、人間は内から文化的な力に依つて作り欒
は思想が問題であり、そして人間が本質上杜曾的な存在である限り、しかも特に政治が優位を占
享_・幸一−
へられなけれはならないのであります。
▲】ぎ
かやうな人間の改造に於いてこれを指導すべき理念或ひ
める今日の如き時代に於いては政治思想が重要な関係を持つてゐるのであります0
政治と文化
一七五

                                           一七六
前に述べたやうに、すべての時代に於いて歴史を動かす種々のカが同じ割合で働き同じ関係に
あるのではなくして、或る時代に於いては或る力が指導的であり、他の時代に於いては他の力が
          盲11I・Il一ミl一・・1・1・きT・
指導的であるといふことは、ちやうビ人間に於いてすべての者が皆感情や智カや意志などを悪く
l音一l−i一一l−1111I・・1・一11IIIl‡I・1一1.1一l−      J「山11 1 1
持つてゐるが、或る人に於いては特に熟怜が薔達し、他の人に於いては智力がより多く教達し、
                                                              盲i               ヽ ヽ
l与l」       ▲】ヽ
また他の人に於いては意力が一層よく蓉達してをり、そこにそれぞれの人間の個性が存在するの
                                                   1−1               一..‡
ヽ盲・    青               l、′
と同様であつて、各々の時代は一つの個性を持つたものとして、即ち歴史的なものとして、
何等
ミIrさ.▼くl− i一l■l_′■l盲l−1..】..
か一定の力がそこで支配的な優越な地位を占めてゐるのであります。かやうな意味に於いて政治
の優位が今日の時代を特色付けてゐることは認めねばならないけれども、その政治の考†方に於
いて、我々はその中へ文化的な、更にヒユーマ1妄チックな考へ方を叩込むことが必愛であると
主張したいのであります0これは我々が直面してゐる現賓の問題を考へてゆくに常つて極めて大
切なことであると思はれるのであります。
現賛の問題といへば、支那事攣が現在我々にとつて最も大きな問超であります。戦争はアラウ
I音・ミ・・葺・−.葺lI
ゼウィッツが定義したやうに他の手段をもつてする政治にほかならないのであります。
この事攣
に於いて文化が重要な意味を有することは明瞭でありまして、例へは今日の戦争には精鋭な武器
駁小野鮎禎
憂針鼠_蝕
が必要であるが、武器を作るものは科学のカであり、技術の力であけます0しかも軍事的な應用
科挙はそれだけで蓉達するものではなく、應用科学を教注させようと思へば理論科学をも薔達さ
せてゆかなけれはなりません。しかし文化の力を考へるにあたつて、文化といふものをもつとヒ
ユーマニスチックに見て人間の身に附いた文化の力が問題であります0我々の鉢の中に叩込まれ
た文化の力といふものが、事攣が長びけば長びくほど大きな意味を持つて来るのであります0長
期の戦争に於いて、それを持ち耐へて行くのは我々の身に漆込んだ文化の力であります0かやう
なカが我々日本人にどれだけあるかといふことが今試練されてゐるのだといふことを、我々はは
っきり自覚しなけれはならないのであります。相手の支郷は古い文化囲であつて、決して所謂チ
ャンコロとして片附けられるものではないのであります0現在は日本の文化は支郷よりも進歩し
てゐるけれども、何千年となく身に附いた文化としては支郷人も却々油断の出来ない力を持つた
民族であります。このことを忘れてはならないので、現に欧洲大戦に於いて、文弱といはれてゐ
たあのフランス人が、長く善く戦ふことが出来たのは彼等には文化の力が本宮に身に附いてゐた
からであると思はれるのであります。支那をエチオピヤと同じやうに考へてはなりません0日本
の力と支都の力との間には表面的に見ることを許さないやうな性質的な相違がないかといふこと
政治と文化
一七七
′一

に就いて種々の方面から深く反省する必要があるのであります。
一七入
支都事攣が皇軍牌兵の奮闘に依つて目覚しい戦果を収めてゐることは、誠に喜ばしいことであ
・_一lll_一一ll一ll        −        ・l一llllI
ります0しかし武力の戦争の後に、むしろ武力の戦争の一歩一歩に文化闘争が徒つてゐることを
忘れてはならない○囲と囲との戦争は武力の戦争ばかりではない。文化闘争は血催さい手段に依
                                                                                                                                   lll一一▼
つて行はれるものではなく、平和のうちに行はれるものであるが、
それだけ恐ろしいものであり
  ー
ます0日本が本営に勝利を得るにはこの文化闘争に於いてもまた必ず勝つといふ確信がなければ
ならないのであります。従来の支那の歴史を見ると、支那は幾度となく外因から侵略された。い
はゆる夷秋から侵略を受けたけれども、囲が亡びてしまはなかつたのは彼等の文化の力に依るの
                                                            \
であります。その民族を柏手にして、我々は今後長い間文化闘争を績けて行かなけれはならない
のである。もちろん日本と支那とは文化的に握手しなければならない、
それがこの事攣の目的で
あります。しかし文化的に握手した場合に、
果していづれが指導性を持つことになるのであるか。
これから後三十年、五十年の歴史を考へると、そこには矢張り平和のうちに於ける文化闘争とい
笥一句ニ
   \
ふものが考へられるのであります。杏、武力の戦争の一歩一歩に文化闘争が伴つてゐるのであつ
て、あの廣大な地域を考へてみても、究極の勝利は文化上の勝利でなければならぬことが明かで
あります。それ故に今日は戦時だから文化は必要でないとか、文化は縮小されるのが富然だなど
と言ふ者があれは、それは甚だしい短見であつて、今日こそ我々は日本の文化を本宮に力強くし
なけれはならないのであhリます。

 イギリスその他、西洋諸囲の帝国主義は世界の到る虞に植民地を作つてをります。それは武力
に依つて行はれたけれども、彼等は自分がそこへ持込む文化がそれらの植民地の以前の文化より
も優秀なものであるといふ確信を常に持つてをつた。これは彼等の強味であつたと云へるのであ
ります。しかも日本は支那に射して帝囲主義的侵略を行ふものではないのでありますから、それ
                                                                               llll
だけに日本は一層多く文化の力を必要としてゐるわけであります。しかるに現在我々に果して文
化的勝利の確信があるのであるか、深く考へてみなければならぬことであります。


        六


 かやうに今後幾年績くか分らない文化闘争に於いて、最も重要なのは云ふまでもなく思想の問
政治と文化
一七九
r」
フ〈

                                           一入○

題であります。この鮎に就いて我々は武力の戦争に於けると同様の確信を持つてゐるのであるか、
日本のインテリゲンチャの奮起を促さねばならないのであります。勿論我々の間には色々の思想
が現はれてゐる、けれども支那人から濁善的であると見られないやうな、世界的な思想水準に達
した、そして眞に世界史的意義を有し得るやうな思想が果して存在するのであるか。我々インテ
リゲンチャは現在の分裂した思想を一つの思想として大きく、深く、また高く纏めてゆくやうに
相互に協力する必要があるのであります。
 ところで文化闘争といふことから考へて、我々はいつたい日本の文化のどのやうな特性的な力
に依つて戦ふのであるかといふことが問題であります。私はこの場合に日本の文化が徒酪少くと
も支那の文化に封して一つの重要な特色として持つてゐる知的な性質、インテレタチェアルな性
質に大きな意味を認めたいと思ふ。支那の文化と日本の文化とを侍統において比較して見た時に、
享l、I′書I
日本の文化の特色は一層知的であるといふところにあると考へられるのであります。日本が支郷
に魁けて東洋に於いて優越な地位を占めることができたのも日本の囲民性のこの特質に依るので
あります。知性といふと今日何か西洋的なもののやうに云はれるけれども、それは大きな間違ひ
であつて、我々は日本の文化の勝れた特性であるこの知的な性質を薔達させることに依つて支那
一一一一一一
の文化に封抗して指導性を持たなければならないのである。この鮎から考へて日本の思想界の現
状には反省すべきことが多いのであります。第一に今度の支部事奨がこれから長い間績くであら
う文化闘争であるといふことさへも十分に自覚されてをらず、この闘争に於いて日本の文化はそ
の知的な特質を番展させることに依つて支那の文化に封して職ひまたこれを指導してゆかねばな
らぬといふことを考へないで、畢に西洋のことはかり問題にして西洋の合理主義に対して日本或
ひは東洋の非合理主義を強調するに止まつてゐるのであります。我々が現在相手にしてゐるのは
支那である。その支那文化に日本の文化が封抗する道は、私の信ずる所に依れは、日本文化に固
有な知的性質を蓉挿させることである。その知的性質が西洋的な理知とどう達ふかといふことは、
勿論大きな問題であるけれども、ただ西洋文化に封して非合理主義を強調することに依つては今
日の日本の現資の思想問題も文化問題も前進させることが出来ないのであります。
もとより私はただ畢に文化の闘争を云ふのではありません。文化聞手は政治に於ける指導性の
与−
問題から考へて重要な意味を持つてゐるのであつて、

    政治と文北
文化闘争に於ける勝利なしには政治に於け
一入一

一入二
る指導性は確立されないのであります。文化そのものの立場から云つても、闘争は統一のための
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ものであり、新しい文化の創造のためのものであります。我々のいふ文化闘争は決して単に支邦
文化の征服といふが如きことを意味するのではありません。文化闘争は番い文化に封する新しい、
ょり高い文化の生産と普及とを意味し、これによつて東亜の新秩序の建設は可能になるのであり、
これなくしては東洋永遠の平和の確立は不可能であります。従つてそこでは偏狭な濁善的な日本
主義をも超克して世界史的に進歩的意義を有する新しい日本文化が作られねばならず、支那文化
の濁自性をも認めつつこれを包み得るやうな普遍的意義を有するより高い文化が作られねばなり
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ません。我々は抽象的に日本や支那の民族主義を否定するのではなく、これを超えてこれを包む
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ょり高い文化、即ち日本や支那の濁自性を自己のうちに生かす仝恐としての東亜協同慣の新文化
の建設を目指すべきであります。この事攣は東洋に於ける新文化の建設の契機とならねばならず、
この事業に於いて日本と支却とが掟携して協力すべきは申すまでもないことであります。しかも、
東亜協同慣といつても、畢に開銀的な慣系として考へられるのでなく、同時に世界に向つて開い
たものでなけれはなりません。かやうな協同慣が成立するためには日支南国における人間の再生
と文化の改造が必要なのであつて、賓にそのための文化闘争なのであります。背いものに新しい
l匿瓜肌驚汀静聴
霊馳涯
脚筆  者娩渚打
着物を被せるだけでは何にもならない。凡てのものが根抵から新たにならなけれはならぬ0東洋
の新秩序が建設され、日本がその中に入つてゆくためには日本の政治も文化も新しいものに攣化
されなければなりません。日本は元のままにして置いて支那だけ攣化すれは、それで東亜協同憤
といふ如きものは作られることが出来ないのであります。日本の侍統主義者もこの鮎を深く考へ
ねばならないので、文化に於いて博統は重要であり、侍統なしには創造も不可能セはありますが、
               .f.‡.11■音・暑..・預
過去を復活させるにしても、それを現在の如何なる立場から、如何なる意囲に徒つて復活させる
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かが問題であつて、この立場と意囲の相違に應じて博統の如何なる妥素乃至方面が重要硯され、
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また過去の歴史が仝慣として如何に解繹されるかも相違して来るのであります0そして私はやは
り新しいヒューマニズムの立場が東洋文化の復活にとつて基本的な方向であり、これによつて初
めて日支を結ぶ思想が生れて来るものと信じてをります。
政治と文化とは直別されるけれども、両者は相互に関聯してをり、一つの時代に於いて政治と
文化とは共通の原理に立つてゐるのであります。自由主義の時代に於いては自由主義の政治があ
ると共に自由主義の文化があつた。さうしてみますと、今日の時代に於けるそのやうな根本原理
は何であるかといふ問題が掟也されるのであります0今それに就いて立入つて論ずることはでき
政治と文化
】入三

                                           一入四

ませんが、それが現在完成された憶系として輿へられてゐないことは確かであります。それの個
個の委素は既に現はれてゐるにしても、完成された慣系としてはそのやうな原理はまだ存在しな
いと云はぎるを得ません。自由主義とか資本主義とかに就いては完成された憶系が存在してゐる、
なぜならそれは既に長い歴史を過去に持つてゐるからであります。それと同様に完成された新原
理は輿へられてをりません。我々は新しい時代の端初に立つてゐるのであります。自由主義の思
想にしても、それが現はれ始めた近世初期に於いては決して纏つた慣系を持つてゐたのではない
のであつて、歴史の教展と共に完成されたものであります。それ故に新原理が今日なほ膿系とし
て存在しないといふのは寧ろ常然のことであります。それはいはゆる理論と賓践との辟讃法に於
ヽ盲書l一字.モ′壬ll一l
いて、歴史的賓践の蓉展に従つて理論的にも次第に完成されてゆくものなのであります。完成し
‡1−−壬1−.■    −    −1・字書舌∫−
た思想が輿へられてゐないからといつて行動を怠ることは進歩的な態度とは云へないのでありま
す。これは今日我が囲のインテリゲンチャの考ふべきことであると思ひます。