東亜思想の根拠

 

       一

 曩に私は「現代日本に於ける世界史の意義」(本誌六月号)と題する小論において支那事変の世界史的意義を論じ、それがいはば空間的には東洋の統一の問題の解決に、他方いはば時間的には資本主義の問題の解決に存することを述べた。かやうな見方は最近次第に一般に語られるやうになつた東亜共同体の思想のうちに具体的に表現されるに至つたかの如く思はれる。そこで私はいま再びさきの問題を取上げ、これを発展させることによつていはゆる東亜協同体の思想が如何なる根拠を有すべきかに就いて若干論じてみよう。
 東亜共同体の思想 ― 単に東亜思想と呼ぶ ― を論ずる立場は依然として世界史的な立場でなければならぬ。もしも東亜思想が世界史の統一的な理念を放棄することによつて生れるものであるとすれば、それは結局反動的な意義しか有しないことになるであらう。東亜といふ語は地域的なものを現はしてゐる、それは今日現実的には日満支を指してゐる。やがて述べるやうな意味において私はもちろん地域的な考へ方にも或る重要性を認める。しかしながら東亜思想が単なる地域主義、即ち地域的分離主義、地域的閉鎖主義、乃至は地域的便宜主義、或ひは更に単なる地理的宿命論或ひは風土主義、等々のものである、とすれば、それは世界史の統一的な理念を有するものであることができぬ。東亜といふ語が地域的な名称であるだけ、我々はかやうな地域主義の考へ方に陥らないやうに特に注意することが必要である。単に地域的に考へられるやうな思想は真の思想の名に値しないであらう。日本が世界史の発展の統一的な理念を掲げて立つことによつてのみ今次の事変は真に世界史的意義を獲得することができるのである。
 ところで世界史的見地において東亜思想を論ずる場合、二つの点が問題になつてくる。即ち一方においては東亜思想の民族主義乃至国民主義に対する関係が問題であり、他方においてはそれの国際主義乃至世界主義に対する関係が問題である。
 支那事変の当初から私は種々の機会にこの事変が偏狭な民族主義の超克の契機となるであらうといふことを繰返し述べてきた。そのことは今や東亜協同体の思想の出現によつて実証されるに至つたかのやうに見える。東亜協同体は云ふまでもなく民族を超えた或る全体を意味してゐる。しかし私は民族主義乃至国民主義が世界史の現段階において有する意義を全く否定しようとする者ではない。そこに誤解があつては却つて真に具体的な世界史的見方が失はれることになるであらう。後に論ずることを先取しつつ、誤解のないやうに予め云つておけば、民族主義乃至国民主義は今日次の三つの点から考へて重要な意義を有してゐる。第一に、それは現在抽象的なものになつた近代的世界主義もしくは国際主義の克服にとつてその否定的契機となり、そこから新しい意味における世界主義の発展してくることが可能にされるといふ意味において重要性を有してゐる。第二に、それは東亜協同体といふが如き民族を超えた全体を考へるにしても、その中において各々の民族或ひは国家がそれぞれの個性、独立性、自主性を有するのでなけれはならぬといふ意味において重要性を有してゐる。第三に、どのやうな世界的意義を有する事柄も、抽象的に普遍的に実現されるものでなく、却つてつねに一定の民族において最初に実現されるといふ意味において、言ひ換へれば、どのやうな世界史的な出来事もつねに一定の民族の行動として開始されるといふ意味において、民族主義には正しい見方が含まれてゐるのである。


        二

 かくて我々は先づ、支那における民族主義の意味を正しく理解しなければならぬ。すべて戦争はこれに参加する国々においてその民族主義を喚起する性質を有してゐる。支那における現在の民族主義にもそのやうな方面があることは確かである。しかし支那における民族主義の擡頭は事変以前からのことであり、それは単に抗日といふが如きこと以上に内的な必然性を有してゐる。即ちそれは支那の近代国家への発展に伴ふものであり、その限りこの民族主義は歴史的必然性と進歩的意義とを有してゐる。それは日本自身があの明治維新の頃に尊皇攘夷の名において経験してきたものと類似するところがある。我々は支那における民族主義が支那の近代化にとつて有する歴史的必然性と進歩的意義とを十分に認識しなければならぬ。この認識なしに支那の民族主義的傾向を単純に排撃し、その三民主義にいふ民族主義を抽象的に否定するが如きは却つて反動的なことになるであらう。我々は支那の近代化への歴史的に必然的な運動を阻止することができないし、また阻止すべきでもない。寧ろ支那の近代化こそ東洋の統一の前提であり(拙論「日本の現実」中央公論昨年十一月号参照)、従つてまた東亜協同体の形成にとつての前提である。日本は支那を征服しようとするものでない以上、支那の近代国家への発展を阻止すべき理由はない筈である。まして日本の国内に向つては民族主義を唱へつつ支那に対してはその民族主義を否定するといふが如き矛盾を犯してはならない。もし日本において民族主義が今日何等か重要な意義を有するとすれは、それは支那においても同様の意義を有すべき筈である。また逆に支那における民族主義に一定の制限が置かれねばならぬとすれば、日本における民族主義にも同様の制限が認められねはならぬ筈である。かやうに考へてゆくのが東亜協同体的な考へ方であると云ひ得るであらう。それのみでなく我々は歴史の現在の段階における支那の民族主義の特殊性を理解しなけれはならぬ。それは支那の近代化が日本よりも遅れて行はれてゐるといふ事情に基く特殊性である。いはゆる東亜協同体は単なる民族主義の上に立つことができぬ。その限り支那の今日の民族主義は批判さるべきものであり、しかもその批判は世界史の現在の段階がもはや単なる民族主義の時代ではないといふ点から、言ひ換へれば東亜協同体の思想の世界史的意義を閘明することから出立しなけれはならぬであらう。
 三民主義は救国主義であると既に孫文が云つてゐるやうに、支那の民族主義は支那の国家的独立の要求である。そして支那の独立は日支の共存共栄を意味すべき東亜思想にとつてその前提でなけれはならぬ。支那の独立を妨げてゐるのは列国の帝国主義である。日本の行動の意義は支那を白人帝国主義から解放することにあると云はれるのである。この解放なしには東洋の統一は実現されない。しかしまたもし日本が欧米諸国に代つて支那に帝国主義的支配を行ふといふのであれば、東亜協同体の真の意義は実現されないであらう。白人帝国主義の駆逐といふ場合、駆逐さるべきものは帝国主義であつて白人ではない。東亜協同体は本質的に白人に対しても門戸の開かれたものでなければならず、ただその帝国主義的侵入を許さないのである。東亜協同体の建設を目標とする日本みづからも同様に帝国主義的であることができぬ。しかるに帝国主義の問題は資本主義の問題である。かくて東洋の統一といふ空間的な問題と資本主義の解決といふ時間的な問題とは必然的に一つに結び付いてゐる。東洋の統一の思想は白人の歴史が即ち世界の歴史であるかのやうに考へる世界史についてのいはゆるヨーロッパ主義、世界を白人的見地からのみ考へる思想を打破して真の世界の統一を実現すべき意義を有してゐる。東洋の統一もまた単に日本的見地からのみ考へられてはならない。東洋の統一の実現が却つて真の世界の統一の基礎であるやうに、支那の統一の実現がまた東洋の統一の基礎であるのであり、この支那の統一を実現するものである限り支那の民族主義には東亜協同体の立場からも意義が認められねはならぬ。しかしながらかやうに民族的に統一された支那が如何なる新しい政治的構成を有すべきかは、東亜協同体といふ新しい全体の見地から考へらるべきことである。なぜなら単なる民族主義の立場においては東亜協同体の建設は不可能に属するからである。


       三

 民族主義が廿世紀の思想であると云ふことはできないであらう。世界史的に見れば、民族主義乃至国民主義の時代はあのルネサンスの時代であつた。ルネサンスの時代は中世の教会的世界主義が破れて国民主義が現はれ、近代的な国民国家の成立に基礎がおかれた時代である。中世を支配したのは地上における神の国の観念、あらゆる民族的、社会的、文化的差異を超えたカトリック教会的な普遍的文化の観念であつた。ルネサンスにおいて見られるのはかやうな神の国の観念の没落と統一的カトリック的文化のそれぞれ独立な国民的文化への分裂である。中世の世界語であつたラテン語に対して国語の価値が認識され、「国民文学」が現はれたのもこの時代のことである。ダンテは『俗語論』を書き、イタリア語で不朽の傑作を遺した。イタリアにおけるヒューマニズムの出現はイタリア人の国民的意識の覚醒と結び付いてゐた。
 かやうにしてルネサンスの国民主義は中世の教会的世界主義を破つて現はれたものと見られ得るが、それは同時に世界的意義を担つてゐたのである。世界のルネサンスに先駆したイタリアの国民主義は自己のうちに同時に近代的社会の普遍的原理を具へてゐた。それ故にこそ当時イタリアにおける国民主義の出現は世界史的なものであつた。この国民主義はそれ自体としては特殊的なものであつたにせよ、同時に普遍的意義を有したのであつて、新しい世界秩序を指示してゐたのである。かやうにして歴史そのものが教へるやうに、すべて真に歴史的なものは特殊的にして同時に普遍的なものである。単に特殊的であつて普遍性を有しないものは真に歴史的なものと云ふことができぬ。今日いはゆる東亜協同体が世界史的意義を有すべきものであるとすれば、それは東亜といふ特殊性を具へたものであることは勿論であるが、単に特殊的なものでなくて同時に普遍的なものでなければならぬ。言ひ換へれば、それは東亜の地域に限られないで世界の新しい秩序に対して指標となり得るやうなものでなければならぬ。東亜の新秩序は世界の新秩序であり得ることによって東亜の新秩序ともなり得るのである。従つて東亜の新秩序は今日の世界的な課題即ち資本主義の問題の新しい解決を提げて現はれるのでなけれはならぬ。東亜協同体は東亜に建設されるものとして特殊的であり、或る閉鎖性を有するものであるにしても、それは普遍的原理を含むものとしてどこまでも開放的であつて世界の諸国の自由に出入し得るやうなものでなければならぬ。
 中世的世界主義に対して国民主義として出立した近代的社会の形態は、そのうちに普遍的原理を含むことによつて次第に世界化され、世界の現実は歴史の発展と共に次第に世界的になつた。今日の世界の一切の事情が過去の歴史の如何なる時代に比しても世界的になつてゐることは明白な事実である。それは世界主義の勝利を意味すると云ふことができる。従つて今日世界に国民主義とか民族主義とかが現はれたとすれば、それは、逆説的に聞えるにしても、世界の現実が愈々世界的になつたために現はれた民族主義であり国民主義であると云はねばならぬ。世界は現在益々世界的になつたのであるが、近代的な世界主義が抽象的なものである限り、その抽象性の故に世界主義に対して否定的な国民主義乃至民族主義の現はれてくる理由があつた。しかし他方すでに世界の現実が愈々世界的になつてゐる以上、世界史の現在の段階において民族主義や国民主義の有する意義は制限されてゐる。即ちそれは近代的な抽象的な世界主義に対する否定の契機になるといふに止まるのであつて、行き着くべきところは最早や単なる民族主義や国民主義であることができぬ。今日は或る意味では近代的世界主義の分裂の時代であると云はれるであらう。しかしながらこの分裂はもはや単に民族主義乃至国民主義への分裂ではあり得ない。固有な意味における、そして真に進歩的意義を有した国民主義はルネサンスの時代のものであつた。かやうにして今日東亜協同体といふが如き民族を超えた一全体の構想の有する重要な意義が認められるのである。抽象的な近代的世界主義は世界の諸地域における、例へば東亜協同体の如き種々の独自な新しい全体社会へ分裂すると考へられるであらう。けれどもこの分裂は単なる分裂であるのでなく、却つて新たな統一のためのものであり、一層具体的な世界主義へ道を開くものでなければならぬ。かくの如くにして東亜協同体は新しい世界秩序に対する普遍的原理を内在せしめてゐるのでなけれはならず、世界の新秩序の形成にとつて動力となるものでなければならない。
 近代的な世界主義は如何なる意味において抽象的であつたであらうか。それは各々の民族の有する固有性や特殊性に対する深い認識を有しない点において抽象的であると云はれるのがつねである。それは実に近代的原理の上に、言ひ換へれば自由主義の上に立つてゐるが故に抽象的であるのである。近代的自由主義は個人主義である。即ちそれにとつては個人が先であつて社会の後のものである。アトムの如く独立な個人が先づ考へられ、社会はしかる後にかやうな個人が本質的には個人的立場から取結ぶ関係として出来てくるものの如く考へられる。あの社会契約説は近代的社会観の典型的なものである。同じやうに近代的世界主義にとつては各々の国家がアトミズム的に先づ考へられ、世界はかやうな国家の本質的にはそれぞれの国家の立場における関係として後から出来てくるもののやうに考へられる。近代的世界主義は固有な意味におけるインターナショナリズム、即ちそこでは世界は単にネーションとネーションとのインターリレーションに過ぎず、従つて勢力均衡といふことが国際主義にとつて最も有力な学理であつた。近代的自由主義においては諸個人はあらゆる結合にも拘らず本質的に分離されてゐる。同様に近代的世界主義においては諸民族はあらゆる結合にも拘らず本質的に分離されてゐるのである。近代的社会はアトミズムの体系であるといはれるやうに、近代的世界主義もアトミズムの体系にほかならない。
 今日自由主義に対して全体主義が現はれてゐる。全体主義的社会観は、全体を部分よりも先のものであるといふ原理に従つて、先づ社会を全体として考へ、その中においてそれに包まれるものとして個人を考へるのである。部分に対する全体の優先が認められる。ところで今日の全体主義は民族主義として現はれた。そして既に云つた如く近代的な抽象的な世界主義に対する否定の契機としてまづ民族主義の現はれる理由が存する以上、且つ民族といふものが共同社会(ゲマインシャフト)としての性質を自然的に具へてをり、従来の社会の諸形態のうち全体主義を極めて直観的に示してゐる関係から考へて、全体主義がまづ民族主義として現はれたのは当然であると云へるであらう。しかしながら世界史の今日はもはや単なる民族主義に止まることができないとすれば、全体主義は民族を超えた東亜協同体といふが如き一層大きな全体にまで拡充されねばならぬ。東亜思想は全体主義の拡充として意義を有するであらう。かやうな拡充は従来の民族主義的全体主義に含まれてゐた種々の非合理的要素が除かれることを要求してゐる。東亜協同体は単なる民族主義によつては考へられ得ない故に、従来の全体主義が血と地といふが如き非合理的なものを強調してゐたのに対して一層合理的なものを基礎としなければならぬ。民族と民族とを超えて結ぶ原理は、一民族の内部においては結合の原理として可能であるやうな内密のもの、秘義的なものであることができず、公共的なもの、知性的なものでなけれはならぬ。また従来の全体主義は論理的に云つても全体が部分を抑圧し、個人の独自性と自主性とが認められないといふ欠陥を有してをり、そして事実としてもさうであつたのであるが、新しい全体主義においてはかやうな欠陥がなくならなけれはならぬ。東亜協同体といふ全体の内部においては、日本もその全体性の立場から行動することを要求されてゐると同時に日本はどこまでも日本としての独自性と自主性とを維持すべきであり、支那に対しても同様にその独自性と自主制とが承認されつつしかもどこまでも全体性の立場に立つことが要求されなければならない。かくして一般的に要求される論理は、個体はどこまでも全体のうちに包まれつつしかもどこまでも独立であるといふ新しい論理であり、この論理は従来の全体主義における有機体説の論理に対して正しい弁証法の論理と云ふことができるであらう。東亜協同体の内部においては各々の民族が独自性を有しなければならぬ以上、従来の抽象的な世界主義が民族の固有性を否定したのに対してこれが自覚を強調して現はれた現在の民族主義にも重要な意義があると云はなければならない。しかもまた同じ論理に従つて一民族の全体の内部においても個人の独自性と自主性との認められることが要求されるのである。かやうにして考へられることは、新しい全体主義は自由主義に単に対立するものでなく、却つて自己のうちに自由主義を弁証法的に止揚するものでなけれはならぬといふことである。単に自由主義に対立する限り全体主義もそれ自身一個の抽象に過ぎないであらう。更にまた東亜思想は固より抽象的な世界主義を否定するところから生れ得るものであるが、この特殊的なものは自己のうちに新しい世界秩序に対する普遍的原理を含むことによつて同時に新しい世界主義を指示するものでなければならない。この新しい世界主義は全体主義と同様の原理に従つて考へられるものである。即ちそれは近代的世界主義におけるアトミズムを克服して世界を実在的な全体と考へ、それぞれの民族がどこまでも独自性を有しつつしかもその中に包まれてゐるといふ全体として世界を把握するものである。東亜思想は近代世界主義を否定しつつ同時に新しい世界主義を内在せしめてゐなけれはならないであらう。

 

       四

 私は東亜思想の基礎となるべき新しい全体主義が従来の民族主義的全体主義の非合理性に対して合理的なものであるべきことを述べた。もとよりこの合理性は抽象的なものであつてはならぬ。純粋に合理的であるのは或る意味においては近代的社会即ちいはゆるゲゼルシャフトである。近代的ゲゼルシャフトは合理的であつた限り開放的、公共的、世界的であつた。しかしそれが近代自由主義的合理性であつた限りその合理性も抽象的であり、従つて制限を有したのである。その合理主義はマックス・ウェーバーの云ふ如く簿記によつて象徴されるやうな近代的合理主義である。東亜思想は合理的なものでなければならぬといつても、それは抽象的な合理性をいふのでなく、却つてその合理性は今日の全体主義者が強調するゲマインシャフトの根柢をなすやうな非合理的なものを止揚したやうな具体的な合理性でなければならぬ。その合理性は抽象的に普遍的なものでなく、東洋文化の伝統といふものと結び付いたものでなけれはならぬであらう。しかしながら東亜協同体をゲマインシャフトと考へるところから封建的なものへと反動に陥らないやうに注意することが大切である。ゲマインシャフトはゲマインシャフトとしてゲゼルシャフトが抽象的に開放的であるに対してつねに何等か閉鎖的な全体であるが、新しい協同体は封建的なゲマインシャフトの如く単に閉鎖的な体系であつてはならない。それはゲマインシャフト的に閉鎖的であると同時にゲゼルシャフト的に開放的でなければならぬと云はれるであらう。(これらの点については今月の日本評論における拙論「知性の改造」参照。)東洋的な社会はゲマインシャフト的性質を鮮明に有するといへるであらうが、それが封建的なものに依存するところが尠くないといふことを考へなければならぬ。この点から云つても、東亜思想が東洋文化の伝統を尊重することは当然であるとはいへ、それは単なる東洋主義に止まることができない。
 私はすでに支那の近代化が東亜共同体の前提であると云つた。東亜思想は東洋文化の伝統につながらねばならぬことは明かであるにしても、かやうな近代化を除外することができない。一般に近代化をもつて単なる西洋化の如く考へることは間違つてゐる。人間は自分のうちに全くないものを身につけることができぬ。しかも自分のうちにあるものも環境から触発されて初めて発達する。音楽の素質のある者も他から音楽を聴くといふことがなければ自分のうちに音楽の素質のあることを発見することがないであらう。かやうにして我々が有するいはゆる西洋的なものも単に西洋から与へられたのでなく、むしろ元来自分のうちにあつた謂はば西洋的素質が西洋文化に接触することによつて発見され発達させられたに過ぎないと考へることができる。人間の発達にも文化の発展にも環境がつねに必要である。東亜文化の特殊性を主張することから世界文化との接触を排斥するやうなことがあつてはならない。東亜協同体の文化は単に西洋文化に対する東洋文化といふが如きものでなく、東洋の特殊性を有すると同時に世界的意義を有するところの、しかも東亜協同体の使命に鑑みて世界的に最も進歩的な文化でなければならない筈である。
 如何なる世界史的行動もつねに一定の地域から発足する。けれどもそれが世界史的意義を有するものである限りそれは一定の地域に局限されない意義を有するものでなければならぬ。この際注意すべきことは世界的といふことを単に地域的にのみ考へてはならないといふことである。世界主義を単に地域的に考へるならば、世界主義は世界征服主義ともならねばならぬであらう。世界的といふことは文化の内的な一定の性質をいふのであつて、それが如何なる範囲の地域において実現されるにせよ、その範囲の広狭に拘らず、一定の文化は世界的であることができる。日本が世界を征服しなくても日本の文化は世界的になることができる。日本が支那を征服しなくても東亜協同体の建設に指導的であり得るといふことも根本においては日本の文化のかくの如き性質に依るのでなければならぬ。単に地域的な考へ方をするならば、東亜共同体の建設といふことも日本の侵略主義と考へられねばならなくなるであらう。如何なる世界的なものも抽象的に世界的に実現されるのでなく、一定の地域において特珠的なもののうちに初めて実現されるといふ意味において、抽象的な世界主義に対する地域的な考へ方の具体性を認めなければならぬと共に、東亜協同体といふものを単に地域的に閉鎖的な体系として考へることは許されない。世界の現実が今日の如く愈々世界的になつた場合においては地域的に完全に閉鎖的な体系として如何なる社会秩序を考へることも不可能にされてゐる。東亜共同体が何等か閉鎖的な意味を有するとするならば、それはその秩序の内的性質によつてさうでなければならぬ。即ちそれは近代的ゲゼルシャフトに対するゲマインシャフトとしてすべてのゲマインシャフトに本質的な一定の閉鎖的性質を有すると考へられるのであるが、しかし他方この新しいゲマインシャフトは近代的ゲゼルシャフトの基礎である資本主義が現在有する問題に新しい解決を与へることによつて可能であるといふ意味において、即ち今日の世界史的課題を解決するといふ意味において本質的に世界的なもの、従つて本質的に開放的なものでなければならぬ筈である。
 東亜協同体といつても固よりただ協同的に作られるものではないであらう。その建設に対して日本は現にイニシアチヴを取るべき立場におかれてゐる。このやうに如何なる世界史的な出来事もつねに一定の民族の行動として発足するといふ意味においては今日我が国において民族主義が強調されることも偶然ではない。しかしそれは飽くまで我々の民族の世界史的使命を強調する立場に立たなければならぬ。そして東亜協同体の建設は日本の東亜征服を意味するのでなく却つて新しい基礎における共存共栄を意味するのでなければならぬ以上、また日本は自らイニシアチヴをとつて作るこの東亜の新秩序のうちに自らも入つてゆくべきものである以上、日本も日本の文化もこの新秩序に相応する革新を遂げなければならぬ。日本がそのままであつて東亜協同体が建設されるといふことは論理的にも不可能である。しかしまたそのことはこの協同体において日本がその固有性を発揮することを否定するものではないのである。国内における革新と東亜協同体の建設とは不可分の関係にある。かくして新文化の創造なしには東亜の新秩序の建設もあり得ないのである。