日本国民の新目標

 いまや内外の形勢は、いよ/\重大にして、国家の前途を思へば、まことに
深憂にたへないものがある。一九三五・六年の危険線を前にして、祖国日本は
建国以来未曾有一大国難に当面して居る。いかにしてこの国難を克服すべき
かといふことは、九千万国民のすべてが、最も真剣に考へねばならぬことであ
る。断じて一党一派に捉はれたり、或は階級的立場などから論議されたりして
はならぬ。いまこそ我れ等は、建国の詔勅にある八紘一宇の大精神をもつて、
大義を四海に布くといふ熱と信念との下に、日本民族本来の使命に向つて、堂
堂と邁進しなければならぬ。
 日本民族本来の使命とは何ぞ? それは中外に施して悖らず、古今に通じて
謬らざる皇道精神を以て、世界人類の悩みを救ふことでなければならぬ。私は
欧米を歩いて、彼等の物質文明なるものが、もはや飽和点に達し、その桎梏か
らのがるべく、いかに彼等が悶えつゝあるかといふことを、つぶさに見て来た。
その悶えのロシアに現はれたのが、ボルシェヴィズムである。ソヴィエート・ロ
シアは、いま高価な代償を支払つて、人類がかつて試みたことのない社会生活
の新形態を、熱心に試験しつゝあるが、残念ながら彼等の企図は、真に人類の
幸福を将来しうるものではない。またその悶えは、ファシズムとなつてイタリ
ヤに現はれたが、強力独裁的な覇道政治は実は已むを得ない一時の変法であ
つて、長くかゝる制度の下に、国民生活の真の幸福を求むる訳には行かない。
ナチスの独裁下に、反動ファシズム政治を布いてゐるドイツも亦、いまやその
国民生活が、極度の窮乏と疲弊のドン底とにある。大英帝国は、その伝統と矜
持とのために表面をつくろつてはゐるが、内面的にみた国民生活の実相は、か
なりに急迫せるものがある。殊に米国の如きは、世界第一の富を誇り、無限の
天然資源とを擁しながら、都市も農村もいまや、深刻な不景気に脅やかされつ
つある。ルーズヴェルト大統領の産業復興法集の如きも或程度まではムッソリ
ーニの「スタト、コーポラチヴォ、ファシスタ」の真似であり、それが米国の
国情を以てして如何なる程度まで実現出来るかまだ]
(えつくす)である。又大統領が現に
施しつつある当座の策は畢竟一時の彌縫策としてはともかく、結局、真に米国
人を幸福ならしむる所以のものでなささうだ。
 かやうに、見きたれば、欧米諸国民が、いかに物質文明の行き詰りに懊悩し失
望しつゝあるかといふことを知ることが出来る。そして彼等のうちの或るもの
は、明らかにその物質文明に疑問をもち、東洋特有の精神文明に、異常の関心
を有ちつゝあるものさへもある。現に世界的記者として令名ありし故ヂロン博
士の如きも、その病中バルセロナの静養地からジュネーヴの私に屡々書を寄せ
「世界の平和を樹立し得るものは、結局、日本国民以外にはない」といふ意味
を強調されたが、わが国民はよろしく、翁のこの言に鑑みて、日本国民の大使
命について自覚するところがなければならぬ。
 私は、世界の誤まれる物質文明を是正して、人類を救ひうるものは、窮極に
おいて、日本民族より外にないといふことを確信するものである、しかし人を
正すものは、まづ自身を正さねばならぬ。即ち私が、日本国民たるものは、伊
勢大廟の神前にぬかづいた敬虔な気持ちになつて自己を反省し、まづ六根を浄
めよと叫ぶのは、そのためである。そして国内改造の大業も亦、この清く正し
い心を以て遂行されねばならぬ。
 いまやわが日本は、明らかに一大革新の前夜におかれてゐる。明治維新以来
六十七年、鬱積せる一切の不正も誤謬も、いまこそ断乎として改革されねばな
らぬ。五・一五事件以来の逼迫せる社会情勢は、明日の日本を建設せんとす
る新機運を、脈々として醞醸し瀰漫せしめつゝある。この新機運は、人々が自
覚すると自覚せざると、また欲すると欲せざるとに拘らず、いまや明らかに町
に村に野に工場に街頭に、鬱勃としで醸成されつゝあるのだ。かくて日本が、
七十年来の輸入文化に誤まられし一切の虚偽と不正とを清算して、敢然、日本
本然の姿に還るべき日が近づきつゝあるのである。昭和維新の目標は、政治・
経済・外交・教育等のすべてを、日本本然の姿の上に再建設すること以外に、
断じてない。今日百弊の根源は、あらゆる制度・施設が、非日本的に建設され
発展して来てゐるところにある。たとへば党利党略の外眼中にない政党によつ
て左右されてゐる今日の政党政治の如きは、日本本来の政治理想たる「(し)らす
の政治精神」に断じて反するものである。また教育についていふも、道義建国
の国家たる日本において、いづこにの教育が行はれてゐるか。かやうにすべ
てのことが、皇道をはなれて非日本的に建設されてゐるところに、今日の誤謬
の根本がある。故にまづ吾々は祖国日本をその本然の姿に還らしむることによ
つて、日本を明るく正しく再建設し、而して後これを世界に及ぼして、人類の
幸福と福祉とを図らねばならぬ。

 (治らすとは、己を空しくして、民の幸福を図る、公正にして無私の意)