第四九号(昭一二・九・二二)
 戦局頓に進む          陸軍省新聞班
 勇戦堅塁を抜く         海軍省海軍軍事普及部
 毒瓦斯の防ぎかた         陸軍省新聞班
 長江を遡る−漢ロまで      外務省情報部
 国民精神総動員大演説会に於ける近衛内閣総理大臣演説
 最近公布の法令         内閣官房総務課

 国民精神総動員大演説会に於ける

 近衛内閣総理大臣演説(九月十一日於日比谷公会堂)



  時局に処する国民の覚悟



 茲(こゝ)に、国民精神総動員運動を開始するに当りまして、
私の所信を披瀝して、この歴史的なる国民運動に対し
諸君の御協力を願ひたいと思ふのであります。
 吾々の不拡大方針が支那政府の不誠意に依りまして
顧られず、北支事変が遂に支那事変となり、支那の排
日分子に対して、茲に全面的且積極的なる膺懲を必要
とするに至りましたることは諸君已に御承知の通りで
あります。
 申すまでもなく、吾々の真意は東洋文化を共通する
所の日満支三国の提携を以て東洋安定の枢軸と致しま
して、これを通じて世界平和の確立に自主的に参与す
るといふ処にあることは、今も昔も変りはないのであ
ります。
 東洋の平和あつて、初めて東洋国家の真の幸福があ
るのであります。同じく東洋の二大隣国として、日支
提携といふ基礎の上に立つにあらざれば支那の国家建
設は不可能なのであります。従つて排日を前提とする
が如き支那の国家主義は、断じて支那の国家を幸福な
らしむるものではないと信ずるのであります。
 然るに支那政府の抗日的訓練は、その由つて来ると
ころ遠く且深きものがありまして、我方の隠忍の結果
は却て彼の侮日となり抗日の激する処、今や国を挙げ
て赤化勢力の奴隷たらんとする現状に立ち至つたので
あります。これが為に十五年間の抗日教育の下に成長
しました所の支那の若き青年は自ら進んで墓穴を掘り
つつあり、又国民党の排日教育に毒せられない素樸な
る父老兄弟はこの日支相搏(う)つの矛盾に挟まれて、今や
身を置くに処なき有様であるのであります。
 こと茲に至りましては、啻(ただ)に日本の安全の見地から
のみならず、広くは正義人道の為、特に東洋百年の大計
の為にこれに一大鉄槌を加へまして、直ちに抗日勢力
の依つて以て立つ所の根源を破壊し、徹底的実物教育
に依つてその戦意を喪失せしめ、然る後に於て支那の
健全分子に活路を与へまして、これと手を握つて俯仰(ふぎやう)
天地に愧(は)ぢざる東洋平和の恒久的組織を確立するの必
要に迫られて来たのであります。このことたる、吾々
が今日これを解決せざれば吾々の子孫が更に大なる困
難の下にいづれの日にか解決を必要とするものであり
ます。果して然らばこの日本国民の歴史的大事業を吾
等の時代に於て解決するといふことは、寧ろ今日生を
享けたる我等同時代国民の光栄であり、吾々は喜んで
この任務を遂行すべきであると思ふのであります。
 若しも斯の如き歴史的大事業が何等の困難なしに
出来ると思ふならば、これは思ふ方が無理であらうと
存じます。今後或は色々の方面から国難が起つて来る
ことも覚悟しなければなりません。吾々に肝要なこと
は如何なる国難が起つて来ても必ずこれに打克(か)ち、如
何に長期に亙つても半途にして屈せず、有終の美を成
し遂げすんば断じて止まぬといふ固い決意が必要であ
ります。申す迄も無くこれは決して一政府一軍隊の力
に依つて出来ることではないのであります。全国民の
全勢力を綜合蓄積し国家の最高目的の前にこれを動員
し、これを傾倒して始めて可能であると信ずるのであ
ります。実に銃剣を取る者も、鋤、鍬、算盤を取るも
のも、同じく国家的戦闘の一単位として単にその持場
が異つてゐるに過ぎないのである。若しこゝに自分が
一人居らなかつたならば国家の全勢力はそれだけ欠陥
が生じて来る、若し又自分が一時間だけ余計に働いた
ならば、国家の持久力はそれだけ増すことになる、斯
の如き自覚を以て全国民が国家総動員の内に織り込ま
れて来るならば、吾々に課せられましたる時代的使命
を遂行し、発展的日本の為に一新紀元を作ることは決
して困難でないと信ずるのであります。私は尠くと
も二つの方面から斯く信じて疑はぬ理由を有つて居る
のであります。
 その一つは我が日本の歴史は極めて古いが国家の生
活力は青年のやうに旺盛であるといふことでありま
す。このことは今日の日本を公平に観察するものの内
外一致せる認識であると思ひます。
 顧るに吾々の祖先は過去に於て幾多の大困難に遭遇
し、よくこれを克服致しまして、今日の如き国家的遺
産を吾々の手に残したのであります。日本の発展せん
とする所、そこに必ずや大なり小なりの摩擦があるこ
とは免れませぬ。今次の事変の如きも亦日本が偉大な
らん上する為に必然的に遭遇したる国際的摩擦の一過
程であります。果して然らばこれは当然吾々の手に依
つてこれを解決し、後に来る吾々の子孫のために遺産
として贈るべきものであると思ふのであります。
 第二には独り日本の主観的立場からばかりでなく、
世界歴史の全体から見まして、日本は今世界に於ける
進歩的国家としての主要なる役割を働いてゐるといふ
確信であります。今日の世界は独り東洋に於てのみな
らずヨーロッパに於きましても亦不安が漲つてゐる
のであります。斯る世界不安の根本的原因は究極す
るところ実質的なる国際正義が未だ十分実現せられて
ゐないところにあるのであります。日本の行動は或は
為にするものの皮相的認識により如何様にも曲解せら
れることもありませう。併し日本の行動の本質は世界
歴史の本流に於て、真の国際正義を主張せんとするも
のであります。斯る意味に於て吾々の主張は、日本以
外の他の進歩的な国民によりても共鳴せらるるもの決
して尠くないと信ずるものであります。
 斯の如き確信の下に吾々全国民が己れを空しうして
国家の最高目的の前に打つて一丸となれば、前途なん
の恐るべきものもないのであります。国家の一大事の
前に、国内の凡ゆる階層が協力一致して義勇奉公の誠
を尽くすといふことは我が日本本来の姿であります。
現に去る九日終了致しました第七十二議会に於て、
尨大なる予算が両院とも全会一致を以て一瞬の間に協
賛されましたる一事を以て致しましても歴然たる事実
であります。斯の如きは日本以外の国家に於きまして
は容易に理解し難きところでありまして、特に日本内
部の分裂を見越して排日強行の一理由として来ました
所の支那政府の如きに対しては、意外なる精神的打撃
を与へたことと思ふのであります。素(もと)より私と致しま
しては、斯る国民諸君の協力誠意に対しましては感謝
の念に堪へぬものがあるのであります。而して斯の如
き協力の由つて来るところ遂に我が日本国体の尊厳無
比なる歴史的組織に淵源することを思ふとき、私は日
本臣民たるの恩寵を今更の如く痛切に自覚せざるを得
ないのであります。
 『国家は雑然たる利益団体にあらずして、一つの文化
的使命を有するところの協同目的体であり、国民は己れ
の利益を追及する唯物的存在に非ずして、民族国家の
組織を通じて人類に寄与せんとするところの精神的存
在である。』斯の如きは西欧の唯物的文化に慊(あ)きたらざ
る人々の間に澎湃として最近湧き起つてゐるととろの
新しき要求であります。然るにこの要求は万世一系の
皇室を中心とする我が日本の国家組織に於きましては
先天的に具現せられてゐるのであります。吾々の国家
に対する自覚の深まる所、そこに国家総動員は強制を
俟(ま)たずして自ら成るのであります。
 御承知の如く 天皇陛下に於かせられましては北支
事変の発生するや、直ちに葉山より御還幸遊ばされま
して日夜軍国のことに御精励遊ばされて居るのであり
ます。私は拝謁を賜はる度ごとに御精励の御模様を拝
しまして恐懼感激に堪へざる次第であります。本月四
日開院式の勅語に於きまして

 朕ハ帝国臣民カ今日ノ時局ニ鑑ミ忠誠公ニ奉シ和協
 心ヲ一ニシ賛襄以テ所期ノ目的ヲ達成セムコトヲ望
 ム

と仰せられましたことは既に御承知の通りでありま
す。この 大御心に副(そ)ひ奉るべく我が同胞軍隊は、戦
場にあつて赫々たる忠勇を致して居るのであります。
この 大御心に副ひ奉るべく銃後の経営に全力を尽く
すことは吾々一般国民の義務であると信じます。
 惟(おも)ふに世界は今や一大転換の期に際会致してゐるの
であります。この秋に当り東洋の道徳を経とし西洋の
文明を緯とし、両者を綜合調和して、新しき世界に貢献
することは実に我国に課せられたる重大使命であり
ます。大なる将来を有つ日本国家の行進は既に始まつ
てゐるのであります。希(ねがは)くば官民一致国家の目的を以
て吾々個人の目的とし、この大業の遂行に協力せられ
んことを希望して已(や)まない次第であります。