軍及官に対する反感の分析

 第一部 軍

  (一) 特権に対する反感

   (イ) 軍人には「勅諭」に基きて陛下の股肱たるてう意識存し、こは軍人が国家の重責を担ふ責任感を強むると共に、一方誤りては一般国民と軍人との問に特別の差存する如き自負を生む傾き存す。換言すれば 天皇陛下即大元帥の方程式を立て、天皇を恰も独占するかの如き言説、態度に出ずる如きこと尠からず。
その結果(一)軍人は偉張るといふ感を国民に与へ、(二)国民全般の戦争遂行に於ける責任分担感を減殺す。而も軍が戦争遂行の栄誉を独占する如き態度を示し乍ら、戦局悪化の責を国民に帰する如き(例へば飛行機生産の不足を民の責任とする如き)言説を聞くに及んでは、その間の矛盾感情は端的に反感化す。かかる言説、態度は軍自身の引起す軍民離間とも評し得ぺし。

  (ロ)戦時生活に於ける特権に対しての反感

(一)戦時に際しては軍人は所定の手続を踏まずして強権を発動し得る如く考ふることなきに非ず、その為に国民の所有権を全く蹂躙すること恰も支那人に対すると何等変らざる如き態度に出ずる場合なきに非ず。例へば飛行場の設定、森林の伐採、要塞構築の為、土地、家屋、家財を正当の手続を取らずして「徴収」発す〔ママ〕となす如き。田舎に多し。

(二)食料その他の特配、高級将校の自動車etc

一般民間には戦時に於て軍人が全然特権を有せざるを良しとする気分は存せず。或る程度の特権享受を以て正当乃至止むなしとする気分存す。又今日の危局に於ては土地も財産も軍人の必要とあらば提出する心構へ存す。故に右の項の反感は目に余るか否かの程度問題、礼節を尽せる態度に出でるや暴慢の如き態度に出ずるやの相違に帰するものと言ひ得ぺし。

(三)形式主義に対する反感

  陸軍軍人には軍隊と同様の命令服従を以て凡て国民は動くものなりと言ふ観念存す。故に国民の生活秩序を凡て軍隊的秩序を以て律し、軍隊的秩序に一元化するを良しとする考生ず。之れ又国民の反感を買ひ、民の自主性、創意性の伸張を妨げる一因たること注意を要す。かかる結果は民の全力発動を阻害し、単に与へられたる任務のみを表面上形式的に繕ふの傾向生ず。

註、軍隊特有の階級的秩序(之には権力の差伴ふ)が民間団体(響防団、町内会其の他)に反映し来り、上層の地位に据れる者が必ずしも下層の者を統率する人物に非ざるときは、極めて非協〔ママ〕的なる態度に出でしむる傾向あり。民には軍隊と異れる階級的秩序及び軍隊の命令服従的秩序と異る秩序存することを留意するを要す。

(三) 精神主義の行過ぎ乃至過剰に対する反感

物質精神の対立を安易に主義化し、極端なる精神主義を唱へ然らざる者を凡て唯物主義とけなす如き傾向尠らざるは又一般国民(特に知識層)の反感を買へること否み得ず。例へば空虚なる必勝信念(心より戦局を憂慮せる者に対し必勝信念に徹せずの一言を以て叱る如き)竹槍戦術の鼓吹、物量軽視etc知性乃至理性に訴へる国民より見るとき、右の如き言動は盲目的たる如き印象を与へ、独断主義、独繕主義、非合理主義の印象を与ふ。この印象は今日の重大危局に際し、軍人への信頼感を全く喪はしむ(少くとも減殺す)而して上述の如き軍人の自尊心が之に結合するときは隠然たる反感を形成す。

(四) 面子拘泥

改良の余地ある事極めて明白なるにも拘らず、面子に因はれて之を改めず、民及び官の進言に耳を傾けざる如き態度は、心ある国民をして顰蹙せしむ。

註、嘗て中部軍放送の形式(放送の時間を終りに附加するetc)に就きて、民の声をきき直ちに訂正せる態度は非常なる好感を与へたり。

(五) 軍の威光を笠にきる民の特権的行動言説に対する反感

こは直接に笠に対するものに非ざるも、軍需工業やその他軍の一部と結びつける言論人などの態度に現れるものにして、警戒を要す。

(六) 徴兵の適切ならざることに対する反感

国民は総力戦に於ける人員の適切なる配置を妥当とすべきを知れるも、従来の動員形式が何等総力戦的ならず、国民の能力に所を得しめざる行き方に対しては心好からず。

註、こは徴用に於ても同様(農民を工場に徴用する如き)。

(七)憲兵問題

第二部  官

(一) 官尊民卑的態度、官僚独善的態度に対する反感

総力戦たる以上、民の戦争遂行上に於ける役割大なる事明かにして民の負ふぺき戦争遂行責任の大なる事を率直に承認し、民に信を置くこと必要なると共に、このことを民をして自覚せしめ、民の責任感を自発的に盛ならしむるが、総力戦指導の要諦なること言を俟たず。而して更に敵の本土上陸の危機迫りたる今日に於ては軍官民の差を問はず、国民は凡て運命一体の関係にありとも言ひ得べし。故に官尊民卑の態度はあり得ぺからざることにて、この態度の存続が国民一般の反感を喚起すること尠からず、而してこの態度の存続する所官をして民の中に飛込み、民と苦を共にして指導するの熱意ある態度に出でしめず、常に傍観的指揮の態度に止らしむ。疎開、配給、統制etcによりて官僚の権能極めて大少〔ママ〕なりたる今日、非常に注意すぺき事柄たり。

(二) 法令万能的形式主義に対する反感

官民の接触に際して反感を買ふ事大なり。
  
(五) 役得〔ママ〕に対する反感

食料、日常生活必需品、その他鉄道切符の入手等に対し国民一般が極めて神経質になりたる今日、役得に対して生ずる反感尠からず、特に権力と情実とが結びつく場合一層増大する事注意を要す。

(六) 執務振りのだらしなさに対する反感