自序

 「廊下と室房」以来、時々に書いた随筆を集めて一巻とした。日本の随筆文学といふものには、昔から一
種の型があるやうだが、私の書くものには、自然に何かの文化批判や、人生哲学めいたものが入り込むの
で、普通の随筆といふよりは、むしろ西洋のエッセイに類するものが多いか知れない。もつとも中には、
純粋に論文と認むべきものも混つてゐるが、集中の大部分は随筆なので、やはり「随筆集」として出すこ
とにした。詩や論文のやうな文学を、著者の正面の真顔とすれば、随筆はその横顔のやうなものであり、
影絵の面白味であるか知れない。書名の「阿帯(あたい)」といふのは「白痴者」といふことである。こんな文学を
する以外に能もなく、無為に人生の定年を過した私は、まさしく白痴者にちがひない。

昭和十五年十月秋

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