残酷なる罹災見物

 人の惨殺せらるゝ光景を、特に設置したる高桟敷に在つて見物するものあら
ば、其心状の残酷なるに対して、何人と雖も顰蹙せざるを得ざるのみでなく、
当さに桟敷より引摺下して袋叩きの憂目に会はせざれば、腹の虫をして納得せ
しむることを得ないであらう。
 然り、其の眼前に、斯くの如き冷酷残忍、一滴の血なく一滴の涙もない野郎
現はれたる場合は、何人と雖も鉄拳を以て野郎の頭上を万打するに躊躇しない
のである。我等は熱血民族たる我(わが)日本人に於て特に然るを信ずるものである。
 然し乍ら、我等は、又た常に何等かの事件の発生する毎に、我等の所信の裏
切らるゝ事実を見聞するとき、我等は意外と云はんよりは、寧ろ、日本人は残
忍性の比較的多量なる民族にてはあらざるなきやを思はざるを得ない。西洋人
は問題とせす、尠くとも、血と涙と正義とを以て、古今に一貫せる日本民族の
精神とし、世界に向つて、常に血と涙と正義との宣伝を行ひつゝある我日本人
にして、何等かの事件の発生する毎に、其宣伝と全然矛盾せる顕著なる事実あ
るは何うであるか。之れ我等が常に日本人が血と涙と正義とを精神とする国民
であることを信じつゝも猶ほ日本人の血と涙と正義とが、果して何程のもので
あるかを疑問として、再思三考せざるを得ない所である。
 然らば、其の所謂日本人の血と涙と正義との分量に疑問を生ぜしむる顕著な
る反証的事実とは何であるか。即ち、天災的惨害或は人為的惨事の際に於ける
見物人たる野次馬の多数なることの夫(そ)れである。例へば、数年前に於ける吉原
の大火の際の如き、或は過般大阪に於ける大火及び東京倉庫の爆発による惨害
事件の際の如き、或は最近に於ける暴風雨による被害の如き場合に、其惨状を
見物せんが為めに、遠近より罹災地に向つて押寄せたる群衆は、実に数十万人
の多きに達して居り、罹災民の数に比して幾倍幾十百倍の多数であつたことは、
何人も否認すべからざる事実である。
 而も斯く、幾千となく、幾万となく、幾十万となく、蝟集する人々は、親し
く罹災地について罹災民の惨状を目撃し、形式は何うでも、何とかして之れを
慰藉せんと云ふが如き殊勝気でないは勿論、罹災民の避難其他について応援せ
んとする義侠的精神でもない。去りとて、其災難が天災であるにせよ人災であ
るにせよ、其災力の如何に恐るべきものであるかを観察し研究せんとする研究
的精神では猶更ない。只だ見物である。名所旧跡を見物し、神社仏閣を見物し、
珍奇の見世物を見物すると同様の見物である。
 仮令災害の性質が、震災であるにせよ、水災であるにせよ、又風災であるに
せよ、何であるにせよ、罹災者に対する非罹災者の態度は、飽く迄同情的であ
り、援助的であり、仁侠的であるべきである。即ち血と涙との温かき情を以て
すべきである。
 然るに、其等の罹災地に蝟集する群集は、殆んど悉く一種の好奇心に唆ら
れたものゝみであつて、温かき血と熱き涙の同情に唆られて来るものは殆んど
一人も無い。仮令有るにしても、万人中果して一人有るか何うかさへ疑問であ
る。
 人は矛盾牲のものであつて、一面没我的他愛性を有すると共に他の半面に於
ては戦慄すべき残忍性を有するものである、而して人類が神に進化し得ざる間(うち)
は、到底絶対に此の矛盾より脱却すること不可能であると言はゞ其れ迄である
が、仮令人は先天的に矛盾したる先天性を有するものであるにしても、突発的事
件の為めに悲惨なる境地に陥れる同胞の惨状を、恰かも相撲か芝居でも見物す
る太平楽で見物するも別に咎むべきことにあらずと云ふ結論を作ることを許す
べきでない。西洋人は知らず、苟も血と涙と正義とを民族の精神とし、世界に
宣伝するの使命を有し、現に其宣伝に向つて最大努力を試みつゝある我日本人
にして、斯くの如き残忍是認説の存在を許すべきでない。
 何と言つても罹災は現実の罹災であり、惨事は何と言つても現実の惨害であ
る。而して其が天災である人災であるとを問はず、議論無用の同情すべき悲
惨事である。我等は、今日迄、其変災の性質の何たるを諭ぜず、変炎の臻るあ
       、】ご   り 壱いみん ひ 卓ん  今やうぐ・1 お だい 千丁じ?っ へ・1      え            bh
   る毎に、縫糸民の悲惨なる境遇に多大の同情を表せざるを得ないのである。我
     ら    р、はう ぎ じ       亡さにん      それら 〜 寺いみん 合うぎい おうぶん ちから つく
   等は、同胞の義移亡して、責任ビして、其等確農民の救済に應分のカを亜すべ









               いつさい ぎ ろん h         た  わ小∵   †Tlじやう    lつ
   きである。一切の議論を扱きにして、唯だ温かき同情のみを似てすべきでゐる0
     しか   いれら  で1はう  に拝んCん なか   こご Jかくてきぞじめいし辛− いう  ミくわい
   然るに、我等の同胞たる日本人の中には、殊に比紋的文明思想を有する都合
    亡ん    セんら   へんさい 、妄  りミしや おい  なんらおうぶん え・〜けレ上 空川
  人にして、何等かの響火ゐる尋に、擢典者に対して何等應分の援助を輿へざる
              しはゐ   けんぶつ   たいへいら・、 含  もつ   盲んじやうけんぷつ おL
   のみでなく、芝居でも見物する太中米の気を以て、惨状見物に押しかけるもの
      †く        なん   ぎんにん かうゐ      なん   どんにん せいLん
   の砂なからぎるは何たる残忍の行頻でゐ♭、何たる残忍の精紳である0
      ぁろひ い    けんぷつ けん月つ      けつ  しはゐけんぷつ k〜?フ けんぶつLん
   或は言はん。見物は見物であつても決して芝居見物ビ同校の見物心でなく、
     ● さんてきHこいらく こ・ろ    き けん  さんがいら  ゐしふ     い しきtき
   遊山的太平奨の心でない、危険なる惨嘗地に蛸集するは、意識的ではなくても、
     Tくな   いつべん デーじγ−しん   ため       いつてき ね?つゐ モ・      せいしん
   少〈ども一片の同情心あるが食めであり、一汚の熱涙を混がんどする精轡ある
       た         〜  なか   べんかい ろう   なか   中ほきか たいくD さい 1七かう与−“ニ・きうこ
   が食めであるど。言ふ勿れ。粁解を弄する勿れ。大阪の大火の際、又東京倉庫
     けくはつ 1い し し ろゐく    だいだう 1こた       くbんけん こうき▲・1だんたい いちにん
   爆教の際、死屍累々ピして大迫に横はるゐるも、官憲ビ盈共陶憶に山任Lて、
     ゐ しふ    けんぶつにん はうくわん  魯    じ Cつ k          1たせんねん よLはらたいくb
   蠣生したる見物人が傍観して居った弊欝は何うでゐる。叉先年の青原大火の
     壱い いへ   し    しよく   み ぐる   ね i争いち王い ふ与   ろ芋1 1J   しうげふふ
   際、家なく衣なく食なく、見苦しき嬢巷一枚に慄へて路頭に迷へる醜菜婦は、
                                       一大九

                                         一七〇
      は!   †う に人 お丘           か・            つひサゐ   拝 せい はな てうせう
   殆んど教官人の多きであつたにも拘はらす、ゾー′1追随して慮戴を放ち嘲笑
        ぁJ   や“し うミ         ニ  ちはら   じやくしや いちや  やご か
   を浴せる野次馬はあつても、此の憐むべき翳者に一夜の宿を貸さんどするもの
          いち1い ころも ちた              いっはん めぐ                な
   も、一枚の衣を輿へんどするものも、一飯を志よんどするものさへも無かつた
      じ Cつ k         あるひ 1た ちか けうふう つなみ  た     †】 かいく‡ん り 書いみん
   畢賃は伺うである。或は叉、近く暴風ビ海嘲り食めに、都下幾萬の確炎民が、
      、】ん、− でつ   壱んく  な         盲人“しや〜 けんぶつ     た     いく きん ひミん\ わ
   言語に絶する惨苦を昔めつ1ある惨状を見物せんが食めに、蔑十萬の人々が増
      しふ      か.     おうぶん ちから 〜つ こ uしんてす しか じ はつて音 Tっじやう  かうゐ  な
   集したにも拘はらす、應身のカを以て個人的に而も自尊的に同情ゐる行為を頻
        や は くbんけん こうせ▲1だんたい いちにん さ  Cじフ ミ    ニ
   すものなく、失破り官憲ビあ共圃膿ビに一任し童つた革質は伺うである。之れ、
       ● さんて甘けんぶつ       なん       こ  しはゐけんぶつてきけんぶつ       なん       〓  ぎん
   遊山的見物でなくて何である。之れ芝居見物的見物でなくて何である.之れ残
    こく  けんぶっ    なん
   酪なる見物でなくて何である。
       bhら   かなち     〜 カ   は あひ おい   J こ  き けん かへり     あいおてさ
    我等は、必すしも、如何なる場合に於ても自己の危険を顧みすして変他的な
          犬う育っ              しか なが   たげ みちづ  よ  なさ        し ♪
   れビ要求するものではない。然し乍ら、放は道連れ世は情けである。如何なる
      け あけ むい   じ こ  r せい    た にん た   つく           りいう
   場合に於ても自己を犠牲にして他人の食めに轟さ小るペからざる理由はないに

                                                                                                             −
















        い か  け ちひ おい 一丁lじやう いう     ひつえう   −  ご寺
   しても、如何なる場合に於ても同情を有するこどは必要である。否な、時によ
       ほ あひ       わいた  た   C こ  けんり り えさ        せいめい なげう  にんけふ
   ♭場合によむては変他の虐めに自己の樺利利金のみでなく、雀命を拗つの仁侠
       ひつえラ      ち  なみだ せいぎ   せいめい    に ほんじん  − こ  にんけふ せいしん
   が必要である.血ビ涙ど正義ビを生命どする日本人にして、此の仁侠の精紳な
           たうていしん に ほんじん    し かく     いな たJ に ほんじん       少い む
   くんば、到底兵の日本人たるの資格はない。杏、曹に日本人たるこどに於て無
     しかく            1   や じう あひさ    ミほ     い?− せいぶつ
   資格であるのみでなく、正さに野獣ビ和距るこビ速からぎる一個の生物たるに
      †
    過ぎないのである●
       か  い  じ hい     あ           bトら   しんぎ人ゆうこく むい  みち !▲
   斯う云ふ事例がザラに有るのではないが、我等は、深山幽谷に於て、路に造
          り▲じん   ,う1,   や じう た    ↑く      C じつ   こ こん †くな
   ひし旅人が、繹猛なる野獣の食めに救はれたる革質が、古今に砂くないこどを
      L    ゐ    にんげん い    1うじう !     はつけん     お¢   ゑCき
   知つて居る。入間三吉はす鳥獣を閃はす、沓見すれば已れの餌食どなさすんば
      ゃ     も・つじう        めいろ  り▲じん たい   苧1が  きがい くは
   止よぎる猛獣でさへも、迷路の旅人に対して爪牙の危薯を加へぎるのみでな
         こ   亨}じ上 しか しよく あ1   ふ や・フ            しか   いつ壱い壮んぷつ れいちやう
   く、之れを救助し而も食を漁って扶養するではないか。然るに一切萬物の霊長
           しょ・)  ひe      さんがい な  ちは九    千1は・} ひ さん  き9うぐう   ゆさんてき
   なりビ挿する人にして、惨害に泣く憐むべき同胞の悲惨なる境遇を、遊山的、
                                                                     一ヒ一

                                           一七こ
        くけんげきてきけんぷつ おし          なん   ち    なみだ  か・}ゐ       なん   れいこ‘む C
    軌劇的見物に押かけるどは、何たる血なく涙なき行為である。何たる冷酢熊慈
        ひ ぎんにん  こ・ろ      bhら    もう〇う め‥・る  り▲Cん †く     じ“レつ  むb   つい さい
    悲残忍の心である0我等は、猛獣が迷路の流人を救ひたる革質を思ひ、次で廉
        かいち  お    や C・1・▲ ざんにん   けんぶっぶ    おも      にんげん   いつさい拝ん“ハっ た‥・
    溝地に於ける野次馬の残忍なる見物振♭をm仙ふどき、人間が、一切萬物に激し
          はる   い・ウゑつ   ヾ●ころ  たん ち い てきほうめん           モ じ?フてきはうめ人 おい
    て温かに優越せる胡は、翠に智意的方面のみであつて、其の惰的方南に於ては、
        む ら チ11Tl   いつこ  や 汁レう     お▲               おも      え
    無智狩猛なる一個の野獣にだも及ばぎaものあるを思はざるを得ないのであ
      る0
           こ・ 弁い   わhら    わがに はんCん   せ かい  いつ盲いCんろゐ たい     ねつけつ  ねつるゐ  せい
     鼓に於て、我等は、我日本人は、世界の一切人数に対して、熱血ビ熟沃ビ正
    r  ミ  号音だ に ほん亡んみづか  はた  つね い か  けあひ おい  ねつけつてす
    義己を設くに先ち、日本人自らは、果して、常に如何なる場合に於ても熱血的
       ねつろゐてさ   せいr きうかうし†     はん甘い   えう   つうかん
    であち熱涙的であゎ正義の舶行者であるかを反省するの要あるを痛威せぎるを
     一∧
    得ないである●