空襲下の食物    第四二八号(昭二〇・一・一〇) 

「空襲下の食物」などと銘打つて出るといかにも新らしい珍しい食物でも出現してきたかのやうに思ふが、飛んでもない。今の世にそんな食物なんかありやうはずのないことは、みんなご承知のこと、結局は有り合せのものを活用することに落ちる。
 では、その有り合せのものはどういふ条件を備へてゐれば間に合ふのか。これは殆んど常識で誰も知つてゐることと思ふが、一応おさらひのつもりで並べてみよう。

第一は貯蔵の利くもの、即ち虫もつかなく、腐らなくまた黴の生えないことである。
 この方法には防腐的薬物を用ふる方法、厳重に密閉する方法、冷蔵、冷凍する方法、缶詰や瓶詰にする方法などがあるが、素人にはできないし、結局一般家庭でやるには「乾燥」することが一番よい方法である。どんな食品でも水分を一割以下に乾かせば、虫もつかず、腐りもせず、黴も生えない。
 しかし、折角、乾かしても、空気中に放置しておけば、また湿つて来るから、乾かした後は湿気の入らぬ箱か袋に入れて保存せねばならぬ。

第二は、火を用ひずして食べられるものであること。
 空襲のときなど、不用意に炊事をすると、火が敵の目標になるから、予じめ加工して、煮焼する必要のない食料としておくこと。米なら煎つて焼き米にしておくか、またはアラレのやうに煎つておくのがよい。

第三は、嵩ばらなくて持ち歩きに軽いもの。
 これには食品の水分を乾燥しておく。これは防腐的にも效果がある。

第四、手軽に入るもの。
 安くて、豊富で、加工したものである必要がある。最近のやうに食料不足のときにほ、持にこの条件が大切である。だから頭を働かしていろいろ代表品を考へる。

第五、すこしでも栄養のあるもの。
 二、三日のこと故、さう深い注意はいらないが、制限された少い量なら、どういふ取り合せに食品を調へるかを知つておかねばならぬ。

第六、飽きのこないもの。
 同じものを毎日食はねばならない場合もあるのだから、連食に堪へるものが必要である。従つて味は薄くすることが必要である。

種類 
 さて、それでは前述のやうな条件に適つたものは、いつたいどんなものか、その種類を次ぎにあげてみよう。
 まづ携帯食糧の主食としては、煎り米、麦こがし、煎豆、塩せんべい、セロファン袋飯、焙煎圧扁大豆(これは豆を煎つて、冷めないlうちに、金槌で叩き潰す。冷めてから叩くと砕けて飛ぷが、熱いうちに潰せば砕けて飛ばず、後で食べるときにも固くない)等があり、また「副食物」としては、するめ、乾鱈、自家製乾燥野菜(にんじん、ごばう、馬鈴薯、甘藷、蓮根、里芋、白菜、はうれん草、小松菜、かばちや、なす等)がある。

第四二八号(昭二〇・一・一〇)