第四一七号(昭一九・一〇・一八)
  大陸戦線の現況           大本営陸軍報道部
  冬を迎へる家庭燃料         農 商 省
  手軽に出来る製炭法         農 商 省
  白金の強制買上
           軍 需 省

冬を迎える家庭燃料

 最近の薪炭事情は、かなり窮屈な状態になつてゐます。まづ消費の面はどうかといふと、これは戦局の進展に伴つて、直接軍需はもとより、製鉄その他の鉱工業用や、自動車用の薪炭の需要が急激に増加してきたのと、石炭事情の悪化によるガスの規正、練炭・豆炭の生産の激減などの種々の原因から、家庭用薪炭の需要もまた増加を来してゐるのです。
 これに対して、生産の面はどうかといふと、本年四月乃至八月の生産実績は、昨年同期の実績に対し、木炭は約八割、薪はほゞ同程度といふ状態で、配給の現状もこれに相応して、計画に対し木炭は約六割八分、薪は八割程度しかゆかず、今までのところ低調の譏を免れません。
 しかし、薪炭の生産は十月以降に上つてくるのが普通なので、現状を以て本年度の薪炭の需給を云々するわけにはゆきませんが、戦局の推移とともに各種の悪条件が累加するおそれがあるので、こんご種々の改善策を講ずるとしても、前途なかなか楽観を許さぬものがあります。そこで、今までの生産不振の原因はといふと、第一には労力の不足ですが、その他、輸送、資材の不円滑などの一般的悪条件に加へ、本年度は全国的の旱魃で農繁期が延長されたため、生産者の入山が遅れたこと、水害のため炭窯、林道に被害が相当あつたことなど、例年にない自然的悪事情が相当の影響を与へてゐるだけでなく、製炭事情そのものが他の産業にくらべて採算関係が著しく不利となつてゐること、炭焼場所が奥地に移行したことによる生産上の各種の困難などが、主要な原因となつてゐることは明らかですから、今後の薪炭の需給事情を好転させるには、これらの諸点の徹底的な解消を必要とすることになります。

薪炭の確保対策

 そこで政府はその対策として本年当初より、或ひは閣議で薪炭確保の対策(一月)を決定し、或ひは各省次官会議で非常増産の対策(五月)を決定して、政府の方針を明確にするとともに、これらに基づいて薪炭の大幅値上げやら、薪の全面的政府買い上げ、或ひは平地林を積極的に活用して薪炭の増産に資するための木材薪炭生産令の制定やら、立木の公定価格の指定、さらに林業労務者の徴用解除・除外の措置や、薪炭の夏季増産運動などをつぎつぎと講ずるほか、代用燃料として亜炭コークスの利用、草炭の開発事業なども急速に進められてゐます。
 しかしながら、八月頃までの薪炭の生産出荷の状況では、さらに徹底的な、しかも即効を挙げ得る施策を講じて、決戦前夜の国民生活の安定保障を絶対確保することが必要ですので、戦犯の臨時議会において薪炭緊急増産のため、約一億五千万円といふ巨額の予算の成立を見、政府の並々ならぬ決意のほどを示すとともに、他方、輸送などの確保と円滑化とをはかり、各省の協力の下に、その隘路打開に邁進することとなりました。
 そして今般の予算的措置は、薪炭関係としては洵に劃期的なものなのです。すなはち炭窯の構築に対してかつてない高率の助成を行ひ、出来た炭は悉く窯前で政府が買上げ、薪も山元で買上げることとし、さらに一億円に近い予算で薪炭の生産供出に対する報奨制度を実施し、いやが上にも生産意欲の昂揚をはかり、是が非でも生産責任数量以上の生産を挙げないではおかぬといふ、強力かつ急速な生産供出の促進措置を採ることとなつたものであつて、次ぎにその内容を簡単に紹介することにしませう。

炭窯構築の高率助成

 本年度の生産の低調は、前に述べた通り、製炭労務者の入山の遅れたこと、従つて炭窯構築が遅れてゐることにも原因してゐるので、政府ではこれを挽回するため、従来の慣例を破つて一回三十俵出しの窯を標準として一基百四十五円の六割助成といふ高額助成をして、製炭者の生産意欲の昂揚と経費負担の軽減とをはかることにしましたが、その実施に当つては、窯の大小、性能などを勘案して助成額を増減(標準額に対し)し、適正妥当に決定することが望ましいのです。

政府による窯前買上

 製炭(または製薪)事業地の奥地移行と、薪炭労務者の低収入とを解消する手段として、前に述べた方法と併せて、こゝに窯前(または山床)買上げを実施することにしました。
 これは消費者負担とならぬ一種の価格改訂ともいふべきもので、従来の政府買入地点(だいたい産地倉庫または集荷地点)から窯前(または山床)までの小運送費、改装費、減耗補填費などを政府において負担することとし、従つて生産者の手取金は窯前で公定価格で受取る計算となるわけです。従つて、従来より小運送費その他の分だけ収入増となるだけでなく、運賃などの値上りにも影響されず、安んじて生産に邁進できることになつたのです。
 なほ、政府は値上げ以後の輸送については、従来通り集荷機関に代行させますが、代金支払を迅速にするため、集荷機関に代金の前払をさせ、その金利を政府で負担することにしました。このことは、今までとかく代金支払遅延の譏があつたのを、窯前(または山床)買上げの実施を機会に解決し得たもので、消極的ながら、これまた生産者の収入増といへませう。なほ、以上は九月一日に遡つて実施することになつてゐます。

報奨金制度の実施 

 この報奨金制度は市町村その他の薪炭供出責任団体に対し、薪炭に対する熱意と責任感とを昂揚させるための措置で、部落または実行組合などの小区域を報奨の単位とせずに、市町村をその対象としました。これは市町村の責任者が労力、資材、輸送の諸点を他産業との関連において綜合的に調整し得る点、生産出荷の推進組織が市町村長の責任において運営されてゐる点などに鑑み、妥当と考へられたからであります。
 木炭の報奨金は年間供出計画量に対する供出実績の比率が六割を超過した場合に、その超過量に対して交付されるもので、比率の段階に応じて次ぎのやうに単価が逓増することになつてゐます。すなはち

六〇%以上七
五%未満の部
分に対し
一五キ
ロ一俵
当り
〇、五五
七五%以上九
〇%〃
〇、八〇
九〇%以上一
〇〇%〃
一、五〇
一〇〇%以上
一一〇%〃
二、五〇
一一〇%以上
一二〇%〃
三、五〇
一二〇%以上
の部分に対し
五、〇〇

で、米麦よりやゝ複雑ではありますが、一層親切に、一層張合のあるやうにしてあります。
 従つて、一村で五万俵の供出割当を受け、その七割の三万五千俵を供出したとすれば、報奨金は二千七百五十円、五万俵を完遂したとすれば一万七千百二十五円、もし十二割四分の六万二千俵を生産したとすれば五万七千六百二十五円を得ることになります。
 市町村へ交付された報奨金は、ほゞ同様の比率で各個人に渡ることとなりますから、一致協力して市町村全体の成績を上げていたゞきたいものです。
 また薪の報奨金は年間道県外移出割当量に対する移出実績の比率が七割を超過した場合に、その超過量に対して交付するもので、比率の段階に応じてその単価は次ぎのやうに逓増することになつてゐます。すなはち

七〇%以上八
〇%未満の部
分に対し
実石
一石
当り
一、三〇円
八〇%以上九
〇%〃
二、六〇
九〇%以上一
〇〇%〃
三、九〇
一〇〇%以上
一一〇%〃
五、二〇
一一〇%以上
の部分に対し
六、五〇

 こゝに薪の数量を道府県外移出数量とし、木炭の場合と異るのは、薪は現在のところ、生産検査などのまだ行届かぬ点もあるので、明確に把握し得る移出数量をその対象としたのです。
 以上のやうn薪炭の報奨金制度を実施するに当つては、割当量の妥当適正なこと、報奨金の分配を有効適切にすることなどの必要があります。どんなによい制度でも、運用宜しきを得なければ、一片の画餅に等しいものですから、報奨金実施要綱と報奨金交付取扱手続を都道府県へ通牒するとともに、その精神が末端まで徹底するやうに種々の手段を講じてゐます。

その他の措置 

 以上のほか、製炭労務者の移動費に対する助成金と、自動車用ガス薪の生産拡充設備費に対する助成金とがあります。
 予算的措置は以上に述べた通りであり、今後その円滑、強力な運用を期するものでありますが、さらに応急的措置としては、現に山元または駅(港)頭に滞貨してゐる約七百七十万俵の木炭と、一千四百五十万束の薪を急速に搬出するため、十月を滞貨一掃期間として、あらゆる人力と輸送力を総動員して、大消費地に集中輸送することに去る各省次官会議で決定、目下実施中で、今後これらの対策の総合的有機的な実施運用によつて、本年冬の家庭燃料に不安なきを期してゐる次第です。

今後の家庭燃料

 それでは本年度の全国における家庭用として計画してゐる年間の薪炭の量はどうかといふと、木炭は九千六百万俵、薪は六億七千万束で、全世帯数を約千五百万とみて一世帯当り平均は木炭約六俵四、薪約四十五束程度となります。しかし配給量の決定に際しては、東北地方のやうな寒い地方には全国平均に比し六割程度増加、九州地方のやうな暖かい地方には二割程度減じられます。
 また各家庭については、ガスの有無、都市と農村との区別、畳数の多少、世帯人数などを参酌して決定してゐます。例へば、東京都についてみれば、ガスのある家庭は五人家族で畳数十語畳乃至二十畳の世帯では年間七俵、ガスのない家庭では十六俵を予定してゐます。そして、これらの配給の実施方法は、主要消費都府県いづれも同様で、一年間に各世帯へ配給すべき計画量とその月別配給予定量とを通帳に記載して各消費者に予告し、毎月計画的に配給を実施することになつてゐるのです。
 さて、それでは本年の配給の状況はどうかといふと、これを全国的にみると、前に述べた通りですが、主要消費都府県についてみると多少比率はよく、期間計画に対して八月末日現在で木炭七割二分、薪八割五分となつてをり、家庭用はだいたい二ヶ月以上の遅延を来してゐる実情です。今後生産の好調期に入るとともに政府の各種の施策も漸次功を奏してくるわけですから、配給面においても好転を期待してゐますが、空襲などの最悪の事態を考へますと、応急備蓄はあるにせよ、まことに楽観を許さない情勢にあるのです。
 従つて、消費者におかれては、この薪炭事情の現状をよくよく洞察して、積極的な消費の節約にあらゆる創意工夫をしていたゞかねばなりません。それにつけても、火消し壺を利用してゐない家庭もまだたくさんあるやうです。一束の薪も指の太さぐらゐに細かく割つて使へば、二割以上も節約が出来るはずです。勝手元の思ひ切つた頭の切換へを切望してやみません。
 これら節約のほか、さらに代用燃料の活用とか、或ひは簡易な製炭法による自家用炭の製造など、燃料確保に一段の工夫を払ひ、強靱な戦争生活を築いて、いたゞきたいと存じます。  
                   (農商省)