第三一三号(昭一七・一〇・七)
   米国の戦争指導と我等の覚悟    情報局次長・奥村喜和男
   資産評価基準問答
    −小売業者の転廃業−      商 工 省
   実施される鉄道の二十四時制    鉄 道 省
   制定された勤労顕功章       厚 生 省
   軍人援護実話(上)
   思想戦読本(四)思想戦と政治   情 報 局

米国の戦争指導と我等の覚悟  情報局次長 奥村喜和男

 大東亜戦争は、米英の東洋制覇の野望を粉砕するまで、大東亜の建設をなし遂げるまで戦ひ抜かねばならぬ戦ひである以上、この戦争が、長期戦となり持久戦となることは、国民の均しく覚悟すべきところであります。このことはたゞに政府の決意、国民の覚悟か
らさうであるだけでなく、敵米英自体の事情や決意からも、同様の結論に達せざるを得ないのであります。
 国内輿論の啓発指導に当ると共に、対外宣伝、特に大敵宣伝の重大な任務に携つてゐる情報局は、敵国の動向と国内情勢の推移に不断の注意を払ひ、敵国の情報を蒐集してをりますが、ここに開戦後における米国の動向、特に戦争指導の進展状況について述べ、ご参考に供したいと思ひます。

開戦直後の戦争指導

 開戦前、米国は、熱病にうなされたやうに主戦論、開戦論で塗りつぶされてをりました。太平洋艦隊司令長官キンメルの如きは、交渉決裂の直前「日本を屈服せしむるには経済封鎖のみで十分だが、もし武力戦となつても大砲のたゞ一撃のみで事たりる」と無責任極まる放言を敢へてしてゐたのであります。
 さらに、上院議長の要職にある者まで、「開戦となつても米国艦隊は三ヶ月以内に日本海軍を撃滅し得る」などと公開の席で暴言を吐いてをりました。また泰国に駐在してゐた米国の公使グラントは「若しも日本が真に戦争を欲してゐるならば、今こそ彼等に戦争をしかける時である。余は米国が有する優勢なる海空軍力を以つて僅か数ケ月にして日本を粉砕し得ることを信ずる。しかし余は日本がアジア戦争といふ結果を招来せしむるが如き実際的軍事行動をいま起すとは信じない。我我は日本の息の根を止めて終ふまでこれを圧迫せねばならぬ」と明言してゐたのであります。
 十一月二六日、米国は日本が国家の面目と権威にかけて絶対に忍ぶべからざる暴戻なる最後回答をつきつけて参りました。こゝに東亜安定に関する帝国昔年の努力は遂に水泡に帰せんとし、帝国の存立また正に危殆に瀕しましたため、帝国は三千年の歴史と伝統を守るべく、蹶然起つて一切の障礙を破砕すべく、畏くも御聖断が下つたのであります。
 開戦劈頭、帝国海軍の奇襲に遭つて大敗を喫した米国は、自らの不用意を棚に上げて、日本は信義を破つて不意打ちにしたと説明し、これによつて対日敵愾心を煽らうとしました。そのため考案されたのが「真珠湾を銘記せよ」といふ標語であります。真珠湾を不意打ちした敵を打ち倒すため、国民よ戦へといふのであります。この標語は当分のうち国民の間に効果がありました。
 しかし戦局の進展と共に、ひとり真珠湾のみならず各地において敗戦相次ぎ、一方、米国民の戦争のために蒙る犠牲、不便も漸く国民生活の各分野に浸潤し、深刻化して参りました。従つてかやうな子供欺しの標語では、この大戦争の意義を説明することが不可能となり、そこに開戦当初における米国戦争指導の行詰りがあつたわけであります。
 一方、日本の真珠湾奇襲作戦の成功は、決して日本の不信によるものではなく、むしろ米国海軍の迂闊と怠慢に基因することが、米政府必死の隠蔽にも拘はらず、暴露するに至りました。即ち、キンメル提督の査問委員会の判決によつて、十一月二十六日、日本への最後回答を申送ると共に米国政府は、戦争必至との判断の下に、スターく海軍作戦部長をして、在ハワイのキンメル太平洋艦隊司令長官に対し、開戦警告を発せしめてゐた事実が判明したのであります。これによつて流石の米国民も「真珠湾を銘記せよ」といふ標語こそ、実は米海軍の職務怠慢のごまかし以外の何物でもないことを知るに至つたのであります。

戦争指導の転換

 かくて開戦数ヶ月は、相踵ぐ敗戦と急激な戦時体制への切替へによつて、国民は政府への不平不満を続けてをりました。かやうな状態が米国の政府や国民の間に続けられるならば、今次の大戦も或ひは容易であつたかも知れません。しかし、開戦以来十ヶ月に垂んとする今日においては、米国の戦争指導もその面目を一新するに至つたのであります。我々は冷静に敵米国の動向を凝視せねばなりません。戦ひに勝たんとすれば、己を知ると共に敵を知らねばならぬのであります。今日の米国は開戦当初の混乱から漸く立直り、官民協力して戦争完遂へ努力してゐるのであります。特に政府当局の輿論指導、宣伝目標、戦争指導そのものが次第に整備されて来たことを見逃してはなりません。また米国民の抗戦意思も漸次強固になりつゝあることを認めざるを得ないのであります。
 米国政府は今日では、今次大戦の世界史的意義を認識し、今やこれを、思想と思想、世界観と世界観の血戦であるとし、旺んに自由主義、即ち、民主主義と国際主義の擁護に血道をあげ、世界三十ヶ国を列ねて自由主義擁護の人類の同盟なりと呼んでをります。またその豊富な物資力を全面的に動員し、ルーズヴェルトが最近握つた産業独裁権のもとに、或ひは自国の軍需品製造に、或ひは英国その他聯合国の援助物資の生産に、世界民主主義国の兵器廠として縦横の活動を続けてゐるのであります。

アメリカの戦意

 米国が一九四四年、即ち明後年の秋を期して全面的な対日攻撃を開始すべく、周到な計画のもとに、生産を拡充し、軍備を増強し、訓練を強化しつつあることは、我々の特に注目すべき事実であります。今や米国においては何人もこの日米戦争が短時日に終熄するなどと考へてはゐないのであります。ルーズヴェルトは、この戦ひを米国の「生存に関する戦争」と規定し、いよいよ本格的にこの大東亜戦争に取組んだのであります。最近、米国が北のアリューシャン群島と南のソロモン群島とに同時に占領奪還の反撃を策したのも決して偶然ではありません。
 さらに、こゝに今一つの、重大とは言へないまでもご注意願ひたい事実をつけ加へたいと思ひます。米国が日本空襲を企図してゐることは、言ふまでもありませんが、今や米国の陸海空軍は総力を挙げてその準備と訓練を怠らないのであります。四月十八日の東京空襲以来、特にその感が深いのですが、その一つのあらはれとして、米国は最近に至り、西南部テキサス州の大草原の中に、東京の模型を造つてその爆撃を練習してをります。模型といつても、小さなものではなく、東京と同じ大きさのものであります。以ていかに、米国が日本空襲に真剣であるかが分かることゝ思ひます。東京にはもう空襲はないだらうとか、日本に防空の必要はあるまいなどといふことが、いかに軽率であり、間違ひであるかがわかると思ひます。
 我々はこゝにはつきりと、今次戦争の世界史的意義、米国戦争指導の本質的変化、米国民抗戦意思の熾烈化を正しく認識せねばなりません。真に、喰ふか喰はれるかの、生死を賭して血の戦ひであります。

われ等の覚悟

 大東亜戦争は長期戦であり、持久戦であります。相踵ぐ敗戦によつて米国民は戦意がなくなつてゐるだらうなどと考へる人が、若し一人でも日本国民の中にあるならば、恐るべき認識不足であります。世界の歴史を転換し、人類の運命を決定する戦争であればあるだけ、この戦争は一年や二年の戦果でその勝敗を決定することは出来ません。規模、構想、従つてその犠牲において、今次の大戦は人類の嘗て経験せざる大戦争であることを覚悟せねばなりません。
 最近、英国の皇帝代理としてインドに赴き、インド独立運動の鎮撫に活動してゐたグロスター皇弟は、インド民衆に、今次大戦の重大性を告げてかう言つてをります。

「地球上の何人もこの戦ひを避けんとし、また傍観者であることは許されない。男も女も子供も、何等かの意味においてこの戦の影響を感ぜずに生活しえるものはない。未だ生れざる人々でさへその影響を受けるであらう(○)」。

 誠によく今次大戦の性質を説き得てゐるといふべきであります。日独伊と米英といづれが、世界の指導者となるかといふ全く天下分け目の戦争であります。米英がその支配と侵略とをほしいまゝにした旧秩序の世界を崩壊せしめて、日独伊の世界観による真の世界秩序の建設が成るか否か、生死関頭の戦ひであります。
 日本国民は今こそその本領を発揮し、決死の戦ひを展開せねばなりません。況んや相手は何といつても世界の二大強国であり、特にその生存を賭しての抗戦であります。戦ひは正にこれからであります。開戦以来の輝かしい戦勝に眩惑されて、戦ひはもう終るであらうとか、戦争の峠は既に見えたなどと考ふるが如きは、断じて許されないところであります。我々は今次戦争の長期持久性をよく認識して、十年でも二十年でも、我々の死ぬるまで戦ひぬく決意のもとに、大いに戦争意識を昂揚し、生産の拡充し増産に励み、職域に精励し、以て国民としての本分を尽さねばなりません。
 今や国民のあらゆる行動、生活の一切は大東亜戦争の完遂といふ一点に集中されなければなりません。一億国民は、帝国の自存自衛のため蹶然起つて一切の障礙を破砕するの外なきなりとの御聖断が下されたことを夢にも忘れず、粉骨砕身、東亜の禍根を芟除して帝国の光栄を保全せんとの大御心に応へ奉らねばなりません。

--- 第三回中央協力会議総常会における演説要旨 ---