第二九九号(昭一七・七・一)

 支那事変五周年を迎へて      陸軍省報道部
 大東亜共栄圏と新支那
 支那問題の重要性
 躍進する新支那の経済建投
 伸び行く国民政府
 国民政府の外交政策
 米本土に深刻な脅威        大本営海軍報道部
 戦時生産と産業安全        厚 生 省
 通 風 塔

大東亜戦下に
   支那事変勃発五周年を迎へて       陸軍省情報部

 大東亜戦争下に、われ/\は支那事変勃発五周年記念の
七月七日を迎へることになつた。昨年十二月八日、米英に対
して宣戦の大詔が渙発された時、政府はこれを「大東亜戦
争」と呼称し、支那事変を大東亜戦争の中に包含すること
に決定した。従つて支那事変といふ名称は、公けには解消
されたことになつたのであるが、しかし支那事変の実質
は、何ら解消したものでもなく、軽減されたものでもな
い。
その由つて来た処から考へてみると、支那事変のもつ意
義と価値といふものは、ます/\重要であることが認識さ
れるのである。今こゝに支那事変勃発五周年を迎へるに当
り、先づ以てわれ/\は支那事変に殪れた幾多の英霊に対
し感謝の誠を捧げると共に、いよ/\事変完遂の決意を固
めなければならない。

大東亜戦争の原因

 大東亜戦争は、支那事変処理(これは延いては東亜新
秩序建設といふ問題になる)に対する米英の不当な経済的、武
力的な圧迫に対し、わが帝国が自存自衛と権威のため決然
として立つたために起つた戦争である。即ち大東亜戦争の
直接の原因は支那事変であつて、日米交渉の癌もまたこゝ
に在つた
のである。
 支那事変において、われ/\は最初から敵は単に重慶抗
日政権だけではなく、その背後に儼然と控へてゐるイギリ
ス、アメリカ等の援蒋国家であることは、十分知つてゐ
たことである。
 従つて事変を解決するためには、単に蒋政権を相手とす
るに止まらず、やがては米英と一戦を賭すことも、またやむ
を得ない重大事局が展開するであらうことは、これまた十
分に予想し、覚悟してをつたところである。
 政府当局も既に今日あることを覚悟し、事変の処理もこ
の見地から行はれて来てゐたのである。即ち漢口作戦の終
了後、わが支那事変処理は、一方において蒋政権を潰滅す
る武力作戦を続行すると共に、他方、汪牙ハの新国民政府
を育成強化し、専ら占領地帯の建設工作を進めて、総力戦
の態勢を整へつゝあつた。即ち一面戦闘、一面建設の両方
策を行つて来たのである。
 蒋政権壊滅の方策としては、専ら全支に亘る掃蕩撃滅戦
を継続する一方、海外よりする援蒋ルートの封鎖戦を行
ひ、武力のみならず、経済的にもます/\圧迫の歩を進
め、その努力の効果は日と共に現はれてゐたのである。
 しかしながら、重慶政権を徹底的に壊滅するためには、
残存援蒋路、即ち香港、上海、或ひはビルマ・ルートを完
全に遮断することが必要であつたが、これには米英との摩
擦を必然に招くことになるので抑制されてゐたのである
が、しかし、時の勢ひが、好むと好まざるとに拘はらず対
米英戦となつた。そしてこれは、大東亜戦争によつて始め
て達成されたのである。かやうに大東亜戦争は、支那事変
の発展であり、支那事変の戦線が太平洋に拡大されたも
のに過ぎない
ことを、先づ第一に忘れてはならない。

大陸と南方作戦

 大東亜戦争勃発以来、僅か半歳にして皇軍は、陸に海に
空に赫々たる武勲を樹て、光輝を世界に発揚してゐる。
の南方作戦の赫々たる戦果を獲得できたのは、支那事変五
ケ年、国家内外に亘る一億国民の総力戦態勢整備の賜もの
である
ことを、この際強調したい。
 いま若し支那事変が起ることなく、大東亜戦争が勃発し
たとしたならば、わが帝国としては、まづ大陸における蒋
抗日軍の撃破作戦に重点を集中し、これに徹底的な打撃を
与へた後、始めて南方に作戦を進め得るわけである。支那
事変五ヶ年は、正に蒋介石各個撃破のために行はれた作戦
であり、国家総力戦の準備時代であつたとみることが出来
るのであつて、今日、南方に作戦し得たのは、全くこの支
那事変の賜ものである
といふことが出来るのである。
 また、北方の守り固きことも、この一の要素をなしてを
り、結局、大陸の安定あつて始めて南方に発展が期し得ら
れる
のである。即ちわが帝国は大八洲を中心として、大陸
に、海洋に、車の車輪の如く相提携して発展できるやうに
国の配在が決められてゐるのである。

蒋政権の抗戦力

 大東亜戦争は、わが帝国を指導者として大東亜諸民族を
打つて一丸とし、以て米英の圧迫と搾取から東亜を解放
し、諸民族をして幸福な生活を得させるにあるのであつ
て、この正々堂々たるわが旗幟に対し、東亜の諸民族は一
様に歓喜し、一致提携して大東亜戦争の遂行に協力しつゝ
ある現況である。
 しかるに、憐れむべき頑迷固陋な蒋抗日政権は、我が
真意を曲解し、今なほ四川の奥地に残存して英米の援助を
頼み、無益な抗戦を継続してゐる現状であつて、これこそ
は大東亜戦争における内部の癌である。
 次ぎに蒋政権の抗戦能力を、一応検討しよう。

 一、軍事能力

 蒋介石軍は、現在なほ総兵力三百万を保有してゐる。こ
れは武漢作戦以後、四期に分つて整備訓練計画を立て、
極力兵員の補充訓練を行ひ、大体において兵員の補充は付
いたもののやうである。しかし肝腎の軍の素質は非常に低
下し、特に兵器の補充は、現在うまく行つてゐない。即ち
小銃、機関銃、迫撃砲程度の小兵器は、何んとか奥地の工
場で製造、補給できる状況であるが、火砲、自動車、戦
車、飛行機といつた近代戦に不可欠な重兵器は、外国から
輸入して補充するより途はない
のであつて、外国からの補
給が完全に遮断された今日、今後これを如何にして装備す
るかは、重慶軍当局にとつて頭痛の種である。
 被服も既に不足を告げ、冬季においてさへ冬服が未だ支
給されてゐないやうな部隊もある。
 また軍隊一般の士気は、多年に亘る連戦連敗に、日本軍
に対しては絶対に勝ち得ないと観念してゐるが、しかし、
さりとて、いま直ちに反戦反軍的となり、叛乱を起すとい
ふ程にまでは至つてゐないとみるべきであらう。
 勿論、蒋介石は督戦隊、監察網を厳に張り廻らして監視
を怠らず、また最近しば/\軍隊の軍紀保持、士気振作に
関して訓示を出してゐることによつても、今後この点が相
当に懸念されることは明らかである。しかし大体において
重慶支那軍は、蒋介石の統率下に今なほ消極的な抗戦能力
を保有してゐる
ものとみることが至当であらう。

 二、経済力

 重慶の抗戦経済は、悪化の一路を辿り、窮乏のどん底に
喘いでゐることは、しば/\報道されてゐるが、さらにわ
が南方作戦の進展に伴つて英米陣営より完全に分断された
今日、その窮乏は数段と深刻化したことは、勿論のこと
である。
 ラングーン陥落直後の三月十八日に重慶外交部は「ラン
グーン陥落に因り重慶は対外補給路を悉く断たれた結果、
従来とは比較にならぬ苦痛と犠牲とを払はざるを得なくな
つたことを、重慶民衆は覚悟しなければならない」といつ
てゐることに徴しても、重慶当局が如何に深刻な苦悩を
感じてゐるかが察せされる。これが打開の途(みち)としては、一
には奥地の開発、二には他の援蒋路の発見あるのみである
が、共に実現の望みは極めて薄いのである。
 重慶の本年度予算は、百六十五億元であり、このうち経常
収入は六十五億元、残りの百億元は公債の発行と法幣の増
発によつて賄はざるを得ないのである。しかし公債の消
化力は、どんなに強硬政策をとつても二十億元以上を望む
ことは至難である。また一方、強制貯蓄なども十億元以上
は困難といはねばならない。従つて今年度財政補填のため
には、少くとも百億元の法幣増発は必至とみられるので
ある。いま仮りに本年度の赤字補填のための法幣増発を
百億元とすれば、本年末までの法幣発行額は、まさに二百四
十億元程度に上るわけで、さらに新政府儲備券の発展、旧
法幣の駆逐策に伴つて約三十億元と推測されるものが奥地
に逆流し、これまた重慶金融諸政策に悪影響を与へること
は必然である。
 去る四月の法幣の対米価値は、既に戦前の四十分の一に
低下
してをり、大東亜戦争に基づく輸入の全面的停頓、輸
送力の減退による物資の偏在、財政欠陥の齎す法幣増発、
占拠地法幣の奥地流入等により、彼等の必至の統制にも拘
はらず、奥地物価、特に舶来品、綿糸布、日用品、薬品、
食糧品等は急激に高騰しつゝある。
 従つて民衆の不平不満は、物価の暴騰に対して特に甚だ
しく、今後、物資の不足は日と共に深刻化し、如何に生活
力低き鈍感な支那民衆も、遂にはこれに堪へられなくなる

のではないかと思はれるのである。
 要するに、重慶政権の財政は、大東亜戦争によつていよ
いよ崩壊の前夜にあるものと考へられる。しかし、これが
直ちに崩壊しない所以は、一に支那の特性にあるのであつ
て、支那の経済組織が原始的であること、民衆の生活程度
が極めて低いこと、蒋介石の統率力は今なほ物をいつて
ゐること等をあげることが出来る。しかしながら、若しそ
の一でも、欠陥を暴露したならば、明日はどうなるか分ら
ないといふ誠に危い状況にある。

 三、思 想

 蒋介石の抗戦建国を中心とする戦争思想は、大東亜戦争
の勃発によつて、既に其の意義を全く失つた
のである。大
東亜戦争は大東亜の解放戦である。大東亜民族の共存共栄
を目的とした聖戦である。ところが、これに対する蒋介石
の抗日思想は、極めて偏狭な排他的民族主義であつて、こ
れは我が大東亜戦争の目的に比較すると問題にならないほ
ど時代遅れの考へ方である。今日、支那の民衆、特に若い
学生、青年層の中に、漸く今日の事態を反省する気運が現
はれて来たことは、われ/\東亜民族にとつて誠に喜ぶべ
きことである。
 しかし、今なほ英米の最後の勝利を盲信し、或ひは、希求
し、依然として抗戦を継続すべしといふ考へも根強い力をも
つてゐるのであつて、われ/\としては、どこまでもわれ
われの真意を支那四億民衆に徹底させるやうに、今後とも
大いに努力しなければならない
のである。
 以上重慶の抗戦力を検討したが、五年に亘る我が皇軍
の奮闘の甲斐あつて、重慶政権のあらゆる部面が年一年と
戦力を低下してゐることは顕著であつて
、今後さらに一層
これに圧迫の手を加へたならば、つひには屈服せざるを得な
いことは明らかである。

米英と重慶

 大東亜戦争によつて全く孤立となつた重慶と米英とが今
後如何にして手を把つてゆくかは極めて興味ある問題であ
る。蒋介石の保護者、親権者を以て任ずる米英の実情をみる
のに、米国は戦争開始以来敗戦に敗戦を重ね、戦争準
備の不十分であつたことを暴露し、その欠陥の補整に汲々
たる有様である。
 たとひ大なる生産力を発揮し軍需品を生産することは出
来るとしても、先づ英国を助けなければならない。次ぎに危
いソ連を助けなければならないといふやうに欧州に重点を
用ひざるを得ない。それに帝国海軍の縦横無尽の活躍に掣
肘されて海外輸送そのものが極めて困難で、如何に宣伝して
も実行がこれに伴はないといふことにならざるを得ない。
 次ぎに英国をみると、これは欧州、北阿、西阿方面の防
備にさへ力が不足して苦しんでゐる現状である。それに船
腹の不足から対蒋援助の如きを望むは無理な話といはなけ
ればならない。
 元来、米英の援蒋なるものは、本腰になつて重慶を援助
する意志は毛頭持つてゐない。僅かに局面を糊塗するため
また重慶を悲観させない程度に関心を持たせつゝ、自国軍備
生産力の強大と援蒋の空宣伝を以て抗日戦に狂奔させ、重
慶を飽くまで対日戦に利用してゐるのである。他国、他人の
犠牲において自己の利益を擁護する米英独特の伝統政策
から一歩も外れるものではない。
 それ故、重慶政権内部においても米英に対し不平不満の声
が起つてゐる。三月中旬、大広報は米英に対し「空虚の言は
さけざるべからず」「英米が支那の反抗に依存することが余
りにも大きいのに失望させられる」と毒付いてゐる如きそ
の一例である。
 蒋も世界情勢の変転、米英の本質を今こそ見極め得て、
心私かに後悔してゐることであらう。

国民政府の育成

 支那事変の処理の一環をなすものに、国民政府の育成
強化の問題がある。帝国は昭和十五年十一月、汪牙ハを
首班とする国民政府を正式に承認し、日支基本条約を締結

 東亜において道義に基づく新秩序を建設するの共同の理想の下(もと)
 善隣として緊密に相提携し、以て東亜における恒久的平和を確
 立し、これを核心として世界平和に貢献せんとす
といふ東亜新秩序建設の大理想を厳守し、さらに日満華共
同宣言、満支両国相互承認によつて日満支三国の提携を具
体的に厳守して以来、こゝに僅か一年有余、わが帝国の指
導援助の下、汪主席以下の献身的な奮闘努力によつて、政
府としての実力を着々として収めてをる。国民政府を承認
した外国は、既に十一ヶ国の多きに及び、独立国としての
面目を如実に具備した。わが帝国は、さきに汪牙ハ首席の
来朝に際し三億円の借款を許容し、さらにまた大東亜戦争
によつて獲得した天津および広東の英国租界を国民政府に
委譲し、以て国民政府の帝国に対する期待に応へ、その
育成強化を援助してゐる。
 大東亜戦争に当つて国民政府としては、先づ速かに国
内の治安を確保し、諸般の建設復興に努めて、帝国の負担
を軽減することが肝要であるので、汪首席以下は、治安
の確立、軍力の増強、生産の増強の三大目標に向つて全力
を尽し、去る五月二十七日、旧法幣を儲備券(ちよびけん)と二対一の比
率を以て交換し、法幣を駆逐することに成功したことは、
通貨戦に勝利を獲得したことをも意味し、国民政府は財政
的にもいよ/\確乎不動の地位を獲得することになり、
前途はいよ/\洋々たるものがあり、われ/\としても
洵に慶祝に堪へないところである。

大陸建設の現況

 大東亜の経済建設は、日満支を根幹とし、これに南方諸
地域を加へることは、しば/\政府の声明せるところであ
る。特に大東亜共栄圏を確立するための大東亜戦争の遂行
途上、大陸資源の占める価値は極めて大きなものがある。
 支那事変以来、支那の経済開発に対して投資された額
は、既に約十五億円に達し、重要国防資源の対日輸送は、
我が総需要量の三割余に当つてゐる。
 なほ鉄鉱石、製鉄用として不可欠の粘結性炭は同じく総
需要量の三割を占め、屑鉄、屑銅、重石、蛍石、雲母、燐
鉱石等の地下資源、綿花、羊毛、牛皮等の農畜産資源から
工業塩に至るまで、戦争遂行に最も緊要な原材料は、相当
量が供給されてゐるのである。
 今後さらに日支両国の完全な協力の下に、農業・工業・鉱
業の国防資源の獲得から交通・貿易・通貨の諸部門に及ぶ
支那経済建設工作は、いよ/\活溌の度を加へ、大東亜
共栄圏の根幹として新生支那の地位の向上に伴ひ、南
方と共にます/\その経済的価値をはっきすることであら
う。

大東亜戦争と支那事変

 以上、大東亜戦争における支那事変の意義と、大陸の価
値について大体を述べたが、支那事変処理即ち大東亜戦
争であり、大東亜戦争の遂行即ち支那事変の処理といひ得
る程に、両者は密接不可分のものである。
 大東亜戦争全般の推移から考へてみると、戦局は今や漸次
静まり長期建設戦の色彩が濃厚とならうとしてゐる。戦争
は前途深刻な長期戦となるであらう。従つて今後は、前線
銃後ともいよ/\一致して長期苦難に堪へ、敵に乗ずる隙
を与へないやうにしなければならない。と共に徒らに戦果
を夢みて安易な偸安を欲することなく、前途に必勝の希望
を確信し、堅実な決意を以て大東亜戦争を戦ひ抜かなけれ
ばならない。

陸軍省報道部では、支那事変勃発五周年に際して、同報
道部監修、文化奉公会編を以て左の冊子を発行すること
になつた。

大東亜戦争と支那事変
 -- 支那事変勃発五周年を迎へて --

 支那事変は大東亜戦争の緒論であり、結論であり、そ
の中核である。日本に課せられた不変の課題は、飽くま
で支那事変の処理にある。
 大東亜戦争と支那事変の連環性と事変処理の重要性を
次ぎの七章に分つて明確適切に説いたのが本冊子であ
る。

第一章 支那事変から大東亜戦争へ
第二章 大陸の安定と大東亜戦争
第三章 蒋介石の抗戦力
第四章 国民政府の発展
第五章 大陸建設の現況
第六章 満州国の発展
第七章 大東亜戦争の将来

 序文、大本営陸軍報道部長荻那華雄大佐「開戦後の
支那戦線と重慶」、巻頭言「かくの如く戦ふ」文化奉公会
副会長桜井忠温少将、付録「支那事変・大東亜戦争経過
日誌」 七月一日発売・定価三十銭 発行所・川流堂小林又七